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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
第二章 『灰色の王国』
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二章第32話  『――逃がしてください、絶望』

 


「――――無尽蔵の(アンリミテッド)加速(ブースト)



 セレマはルキナの指導の下、特殊な訓練により発現した魔術の名を呟いた。

 その瞬間、セレマの身体中に爆発的に魔力が駆け巡り、バチバチと音を鳴らし始める。



「ここから、全力!」



 ――きた。この感覚だ。

 この魔術を発動したばかりで身体が追いつかず、加速するばかりで、世界を置き去りにしてしまったかのような錯覚。


 そのまま、ぼやけた視界で震える両手を見つめていると、徐々に置き去りにした世界が戻ってくる。

 慣れてきた証拠だ。



「ひぃっ! 花たちよ! こいつを撃ち抜け!!」


「――よっ!」



 頭上から降り注いだ無数の種子のマシンガンを、風のような速さでひゅるりと加速した身体で躱す。

 躱したセレマはそのまま、『臆病の絶望』――ウィル・ライストン目掛けて、一直線に稲妻の如く距離を詰めた。



「くらえ、はあっ!!」


「うわぁぁああ!!」



 セレマが通った地面から新たな茎が生えるが、その茎の噴出スピードでは加速したセレマの身体を捉えることは出来ない。

 セレマはお構い無しに加速の勢いを殺さないまま、握った右の拳でウィルに殴りかかった。


 涙目で悲鳴を上げるウィル。その悲鳴と同時に、ルキナが喰らったものと同じ爆発が起きる。

 それをすかさず地面を蹴って、後ろに飛んで難なく躱したセレマは間髪入れずに再びウィルとの距離を詰め、目にも留まらぬ速さで左脚を軸に回転し、広げた右脚の踵で回し蹴りを胴体に入れた。



「今度こそ、もらった!!」


「ぐ、がぁ!!」



 流石に反応しきれなかったのか、ウィルはゴム弾のように回し蹴りの勢いで飛び、遠く離れた民家の壁へと衝突する。



「……セレマー。下危ないよー」


「よっと。……まったく、油断も隙もない!」



 蹴り飛ばしたウィルの突っ込んだ民家の方を見ていると、狙ったかのようなタイミングで、隙を突くように噴出する『茎』。

 ルキナの警告と加速している身体のお陰で避けることは出来たが、本当に油断も隙もない。



「花は未だに消えてない。……っていうことは、まだ生きてるってことか」



 罠の魔法は通常、設置した術者が死ぬか、意識を失うか、つまりは何かしらの原因で魔力の供給が絶たれるとその効果は消えてなくなる。

 ウィル・ライストンを蹴り飛ばした今も、茎で噴出し、種を射出する花はその活動を余すことなく続けている。

 あれほどの攻撃を食らってまだ、死ぬどころか意識を保っていると考えるとゾッとする。



「うんーたぶんーそういうことー。セレマー、あとどれ位持ちそう?」


「このままだと、あと十分も持ちそうにないかも。……早く終わらせないとまずい」



 ルキナの問いかけに、セレマはパチパチと強制的に行使させている魔力を弾けさせる自分の身体に視線を落として呟く。


 セレマの発動させている『無尽蔵の加速』。

 これはご覧の通り、身体中に『ブースト』をかけるという魔術だ。

 それだけなら魔術ではなくただの魔法でも出来なくはないのだが、その違いは効果量に現れる。


 通常のブーストより何倍にも増した加速量を出す『無尽蔵の加速』。これは、()()()()という特殊性から来るものである。

 一般的な初級魔法であるブースト。複雑な詠唱を必要とする訳でもなく、簡単に身体能力を上げるという単純かつ便利な魔法であるのだが、それは一度発動すればその効果が切れるまで再度発動することは出来ない。


 だが、『無尽蔵の加速』は違う。効果が切れるまでの時間を待つことなく、何重にも重ねて発動することが出来るのだ。

 これは、通常の術者とは違い、属性が欠損していて特殊な魔力を持つセレマだからこその、魔力の反発が起こらない故の使い方である。


 ブーストは術者が保有する魔力の最大量の約一パーセントを使うと言われている。だから、一度にブーストに使える魔力はせいぜいその程度だ。

 しかし、もうお分かりだろう。

 そう、『無尽蔵の加速』はそのブーストへの魔力の使用量を重ね掛けによって何パーセントにも伸ばすことが出来るのだ。


 もちろん、維持するための魔力消費が激しい為、長くは持たない。これが、非常にシンプルで最大の短所と言えるだろう。


 このままのパーセントを維持し続ければ、あと六、七分といったところか。

 魔力を使い切ったセレマはとてつもなく無力だ。

 だから、魔力が底を突く前に決着をつけなければ。




「――そうと決まれば、空かさず追撃!」


「……あぁ。なんて調子の良い奴なんだ。丁度、さっきの攻撃で穴が空いたところに攻撃してくるとは……って、うおぁぁあ!?」


「くっ、また爆発か!」



 先程蹴り飛ばした少年が激突した民家の位置へと、少年の飛んで行ったスピードよりも速いスピードで、空気を裂くように駆ける。

 セレマがその位置へと着いた時には、ウィルが丁度、崩れた瓦礫から起き上がり、貴族のような服に付いた砂埃を手で払いながら何やらぼやいている時だった。


 時間が無いセレマはそんなことには目もくれず、容赦なく弾丸のような飛び蹴りでウィルの顔へと襲いかかる。

 突然迫り来る、影に悲鳴を上げるウィル。『無尽蔵の加速』によって何倍にも膨れ上がった速度に、反応が間に合うはずもなく、青ざめた顔面へと直撃する――。

 寸前で、またも火花が飛び、高威力の爆発が起こった。



「つっ――!」


「セレマ!」



 飛び蹴りと爆風の威力がぶつかり合って、セレマは軽く後ろへと吹き飛んだ。

 肌の焦げる感覚。

 膨れ上がる熱にセレマは短く悲鳴を上げる。



「き、君ィ! し、心臓に悪いんだよ、少しは落ち着いたらどうだ!!」


「そっちが、落ち着かせる気ないんでしょ!」



 吹き飛び、倒れ込んだ地面から茎が噴出し、それを転がって避けた先に無数の種が飛来する。

「少し落ち着け」はこっちのセリフだ、まったくこっちに落ち着かせる気がない。



「せいっ!」


「ひ、ひぃっ!」



 それでも、爆発に焼かれた肌の痛みを堪えながらも、もう一度セレマは種を避けると同時に、少年へと迫った。

 拳で、少年の脇腹を捉えんとしたその攻撃、しかし、またも、その攻撃に反応したトラップが発動し、爆発が起こる。



「つっ! 攻撃が通らない……なら、さっきはなんで当たったん――!」



 突如、ぐらつく視界。

 目が回った訳でも、攻撃を受けた訳でもない。

 なのに、一瞬だけ力が抜けてふらついた身体。

 その突然の感覚に、セレマは言い様もない焦りを感じた。



「――早く、しないと。……てやぁっ!!」


「うわあっ! はやい。痛い。こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい――――」



 これほどの力があって、どうしてそこまで怯えられるのか。

 セレマは急変するウィルの態度に、疑問を浮かべながらも、攻撃を行う。

 そして、最早当たり前のように起こる爆発を素早く察知して、巻き込まれないように強化された足で後ろに飛んで回避する。



「もう一発!」



 間を開けず、再度、迸る魔力を雷のように光らせながら、『臆病の絶望』へと距離を縮め、攻撃を行う。

 次に、起こる爆発を再び、一気に距離を離して、回避する。



「――まだまだ!!」



 もう一度、攻撃。また、爆発。それを回避。



「ま、だ!!」



 攻撃。爆発。回避。


 もう一度、もう一度、もう一度、もう一度。


 攻撃、爆発、回避。攻撃、爆発、回避。攻撃、爆発、回避。攻撃、爆発、回避。攻撃、爆発――――。



 この一連の動作を繰り返して、どれくらいだっただろうか。

 遂に、何の前触れもなく、セレマの拳が一度、少年の身体を捉えた。



「――ぁ、ごはぁっ!!」


「……え、当たった!?」



 それは、胴体だった。

 なんの偶然か、その箇所は先程回し蹴りが当たった箇所と一致していた。


 そして、気づく。



「そういえば……ルキナが攻撃して、爆発を食らったのも……胴体のあの場所だった……」



 もし、これが気の所為ではないのならば、攻略法を見つけたと同義だ。『臆病の絶望』の鉄壁の防御、その攻略法を。



「なんで、こんな単純なことに気が付かなかったんだろう。……いや、気がつかれないように攻撃を受ける箇所をわざとズラしていたのか」



 だとしたら、本当に恐るべき存在だ。『無尽蔵の加速』の効果で何倍にも増した速度の攻撃に、ギリギリのところで反応していたことになる。



「……つまり、あれだね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ」



 通常のトラップの欠点として、一度発動したトラップは再度発動しないというものが、一般常識としてあったはずだ。

 それが『臆病の絶望』にも当てはまるということに、今の今まで気づかなかった自分の馬鹿さに顔から火が噴きそうになる。


 それでも、今まで気づかせなかった『臆病の絶望』の自然な被弾箇所の調整はもはや人の域を超えているように思う。



「――『異質』、か」


「あぁ……いやだ、くるなぁ! くるなあぁぁぁ!!」



 爆発の仕組みを知られてしまったからか、自分の終わりを察して、震え上がり、泣き喚く『臆病の絶望』。

 目をこれ以上はないほどに大きく広げ、絶望の表情を浮かべる少年に、セレマは呟きながらゆっくりと寄る。



「終わりだね」


「うわぁぁぁぁああああああああ!!!」



 少年の目の前に立ったセレマは、以前に飛び蹴りを入れようとした顔へと、今までで一番、魔力を込めて拳を握り、なんの躊躇いもなく真正面から叩きつける。

 絶叫したウィル・ライストン。

 誰もが、勝負が決まる、そう思った直後だった。



「あぁぁぁぁぁぁは、あはは!! ……なあーんちゃって」


「セレマ! いけない!!」


「――ぁ?」



 横から、セレマの身体は物凄い勢いで押しのけられた。

 バランスを崩し、大きく横へと飛ばされ、地面を転がる。

 何が起きたのか分からなかった、ただただ、セレマの視界に映ったのは、




 凶悪な少年の笑みと、見たことも無い規模の爆発で、吹き飛んだ少女――ルキナの焦げていく姿だった。




――ゼツボウカラハノガレラレナイ。




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