二章第31話 『継ぎ接ぎの人形』
人気のない大通りの道を、エリファの進行方向を塞ぐように、不自然に『それ』は現れた。
「……姫? 人違いだよ。あいにく、お前みたいなのの姫になった覚えはない。私は『幽鬼の姫』だから」
「存じておりますとも。……そして、人違いではないですよ。我らが姫よ」
黒いモヤのように揺らめく『それ』。
『それ』は明らかに普通のものではないし、それだけでなく、『それ』を視界に収め、存在を認知した時からエリファの中で勝手に湧き上がってくる途轍もない違和感。
その不快な感覚に、エリファは無意識にこの存在を敵とみなした。
そして、それは間違いなかったのだ。
「本日は、予兆を感じまして、ようやく見つけられたのでお姿を拝見しに参りました」
「お前なんか、知らない」
「ああ、なんと不憫なことか。愛しき我らが姫よ。かの者達によって、継ぎ接ぎの身体になってしまって。でも、安心ください。見た目が変わられても、私達は姫を間違うことはありません」
「なにを言っているの?」
わからない。
『それ』が何を言っているのかわからない。
エリファの中の何かが目の前の黒い『それ』を理解することを拒むのだ。
『それ』は何かを知っている。
今まで、自分の存在に疑問を持つこと、それは少なくはなかった。
その疑問を解決する何かをこの男は知っている。
なのに、何かが拒むのだ。
「ええ、もうすぐです。もうすぐ貴方は少しずつ目覚められる。そしたら、あとはそれを受け入れるだけなのです」
「お前は、なんなの」
掠れた声で、いつの間にか漏れていた言葉。
それに、少し驚いた様子で沈黙したあと、『それ』は口を開く。
「私、ですか?」
「もしかして……『絶望』なの?」
「――――」
最悪の場合を想定して、青ざめて呟く。
もしも、こいつが『絶望』だった場合、西に構えていたルキナ陣営の者達はどうなったのか。
全滅、なんて考えたくもない言葉がエリファの脳裏を過ぎる。
が、
「あんな者達と一緒にしてもらっては困ります。あれは『異質』という言葉の権化でしょう。私達は不自然であれど、異質ではございません」
その事はあっさりと否定されてしまう。
代わりに、『異質』と『不自然』にどういった違いがあるのかも気になるが、それ以上に『それ』は聞き捨てならない発言をしてみせた。
それは、
「『異質』と『不自然』……? いや、それよりも今、あんな者達って言った? お前は『絶望』の事を知っているの?」
「……奴らがなんなのか私達は知っていますよ。ですが、姫にお教えするほどのことではありません」
「教えてくれないの?」
「まだ、今の姫には時期が早いかと。……さて、もうそんな話はいいのです」
「……?」
何時からなのだろうか、気づけばただの黒いモヤだった『それ』は人の形へと近づいていた。
その姿は人影のようだった。
ただし、影を作る人はこの場所には居ないのだが。
そして『それ』は、突如として話の腰を折り、再び、話題を変えて語り出す。
「私はこれから目覚められるであろう姫様を、一つ、手伝いたいのですよ。自分でも気づかれているはずです。貴方の中に眠る『それ』に」
「よく分からないけど……手伝う?」
「ええ、味見、とも言いますがね。……では、早速始めましょう」
『それ』が、いつの間にか生えていた手を鳴らし、高い音が静かな大通りに響くと同時に、エリファは不思議な感覚に陥った。
「あ、ぁぁぁあああああ!!!!」
突如、エリファの身体を襲う空に投げ出されたかのような浮遊感。時を同じく、身体がバラバラに分解されていくような自分を失ってしまいそうな程の激痛と、不快感。
自分の中から自分では無いものが無理矢理、元の自分という存在をこじ開けて、引き裂いて、踏み倒して――。
「うああぁぁぁああああ!!!」
「つらいのは少しの間です。今に楽になりますよ」
壊れる。自分が、壊れる。じぶんがじぶんじゃなくなる。
痛い。熱い。苦しい。気持ち悪い。怖い。嬉しい?
「ああぁ、ぁあ…………」
壊れる。むかつく。自分が、こわれる。ふあんていだ。じぶんがじぶんじゃなくなる。
痛い。まってた。熱い。どうして。苦しい。ずたずただ。気持ち悪い。そりゃそうだろう。怖い。いっしょだ。うれしい? ……嬉しい。
――何故?
それは、ずっと、待ってたから。
※※※※※※※※※※
「はあ…はあ……」
そして、それらの感覚は海岸の水が引いていくように、エリファの身体から去っていった。
一瞬のようにも、長いようにも感じた身体中が破れてしまいそうな時間。
それから解放されたエリファは、未だ軋むような身体中の痛みを何とか押さえつけて、震える自分の身体を抱きしめながら辺りを見渡す。
「……だ、いじょうぶ。身体は……つながってる。……おかしくもない」
見渡して気づく。
「……え? いない……あいつは……?」
エリファがいるのは人気のない大通り。
そこにあった不自然な『それ』の姿は、綺麗さっぱりに消え去っていた。
あいつに何をされたのか、自分の身に何が起こっていたのか、全く見当もつかない。
謎の虚無感に襲われて、暫く、静寂が満ちた大通りの真ん中でエリファは茫然と立ち尽くしていた。
「なんだったんだろう……あいつも……私も。あいつ……『飢餓の絶望』と同じで私の事を知ってるみたいだった……それに、姫って……」
少しずつ落ち着きを取り戻してきた脳が、徐々に今の自分の置かれている状況を整理し、捉え始める。
そして、思い出し、エリファは首を横に振り、勝手に思考し始める自分の頭を否定する。
「……ううん。私は無事だ。それなら今はそれでいい。今はとにかく早く、西に向かわなきゃ。西に行くって言い出したのは私だから。失敗するなんてダサすぎる」
エリファは一度、目を瞑り、当初の目標を敢えて声に出すことによって、強制的に意識の矛先を自分に起きた現象から西へ向かうことへと持っていく。
「気になることは、山ほどある。正直、ものすごく怖い。けど、今は気にしてる時間はない。……それに、こういうのを聞くとしたらザガだ」
森の奥の洞窟でエリファが『幽鬼の姫』として目覚める前から、ザガはエリファの事を見守っていたはずだ、ならエリファの身体のことはエリファ自身よりザガの方が知っている可能性が高い。
それに、ザガは基本エリファの言うことが絶対だ。
聞けば、教えてくれるはずだ。
もちろん、ザガも知らなければ、迷宮入り確定だが。
「なら、ザガに聞く為にも、私の仕事を早く終わらせてザガ達と合流しなきゃね」
冷や汗が垂れる。
我ながら不器用な演技だ。本当は自分の身に何が起きたのか気になって仕方が無いというのに。
敢えて口に出すことによって、自己暗示をかけようとしているなんて。
それでも、その効果があったのか、それとも、『それ』という不自然な存在と出会い、焦りを感じたからかエリファはルキナの陣営が構える西へと歩みを進め始めた。
「……無事でいて」
祈りを込めながら、全身の内側から刺すような痛みに負けず、再び大通りを走り出す。
――身体の中で蠢く黒い『何か』に気付かないふりをして。




