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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
序章 『姫の目覚め』
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一章第3話  『エリファ』

 夢を見た。


 遠くぼやけていたが。



 ――これは忘れられたいつかの記憶。



 断片的な優しくて厳しい『時』のひとかけら。



 少女は言う、


「あら、今日はこんな所にいたのね」


 もう一人の少女は、何も答えない。


 その様子を見て、少女は言う、



「あなた、今日もいつも通り静かね。ほら、着いてきて、――エリー」





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





「騒がしい」



 村の宿泊小屋で眠っていた『私』とザガは、外からの人の騒然とした声で、目を覚ました。


 寝具から起き上がった『私』は、下ろした少し紫がかった長い髪を黒いリボンを蝶の様にしたもので左右に結びあげ、そのまま、ドレスのようなゴシックな衣装に袖を通す。


 ザガは着替えなどの作業が必要ない為、一足先に外へ出て、村の様子を見に行っている。



「……よし」



 情報収集への意気込みを済ませ、ザガの後を追い、外に出る。


 村の様子はやはり騒々しく、一箇所に村人が大勢集まっていた。

 集まる人々が浮かべる表情は哀しみ、憐れみ、苛立ち、恐怖とそれぞれ違う。

 が、しかしそれらの色は『負』という色で統一されていた。

 それとは対照的に頭上の空は皮肉なほどに一点の曇りもない晴天だったが――。



「――姫、爺さんが言った通り、人が消えたらしい。今回は子供、数は三人だ」


「……ふうん」


「こんな顔、昨日は誰一人として見せなかった。強いぜ、この村は」


「……そうだね」



 ザガの声色は村に漂う陰の雰囲気にあてられたのか、いつもの調子ではなく、少し静かだった。

『私』達には関係が無いとは言っていたが、昨日と今日でここまで村の活気が違うと、さすがに情が湧いたのだろうか。



「ああ、お客さん。悪いですね、こんな調子で」



 遠巻きに、じっと村人達を見つめ観察しているとその視線に気づいた村人の一人の青年が、どう見ても無理やり作った笑顔で、声をかけてきた。



「……いや、気にしないで」



 人だかりの中からは「一気に三人も?」、「最近多くない?」、「あぁ、私の娘が……」などと色々な声が聞こえてくる。



「――ああ、そうだ! 僕、こんな小さな村ですが一応、料理店やってるんです、ほとんど村の外からの客も来ないので、住民達の溜まり場みたいになってますがね」



 先程声をかけてきた青年が、またも無理に気分を上げた声で、話を切り出す。



「良かったら、今から来ませんか、おもてなしさせていただきますよ?」


「……行く」



 おおよそ、客である『私』にこれ以上、村のことで気を遣わせないようにする為の提案だろう。

 そもそも、あまり気に病んではないが、断る理由も無いので、快諾する。

 食事の場を借りて、この青年に色々と質問するのもいい。



「? ザガ、どうしたの?」



 青年が「案内します」と歩き始めたので、それに付いて行こうとすると、珍しく、会話に小言を入れずに落ち着いていたザガが黙り込み、一瞬動きを止めた。

 そんならしくないザガの様子に『私』は振り返り、疑問を浮かべながら歩みを止め、声をかける。



「――んにゃ、なんでもねえや、姫、行こうぜ」


「……こっちです、付いてきてください!」



 ザガに適当にはぐらかされ、言及したい気持ちになるが、青年が少し離れたところで、手を振って急かすので、とりあえずはこのことは置いておき、その青年の方へ向かって歩みを再開する。

 今度は、しっかりとザガも付いてきているようだ。




 群衆の方から、村長であるバズラの励ます声が聞こえたので、長というものは大変だなと、背中越しにそう思うのだった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「こちらの席にどうぞ」



 店の中には、木製の丸いテーブルが六つくらいあり、そのそれぞれを三、四席の椅子が囲んでいる。

『私』たちは、これらの丸いテーブル席ではなく、厨房の前の、カウンター席に座らされた。


 イメージとしては、料理店と言うより酒場に近い。



「こんなんじゃ、夜も不安で休めなかったでしょう」


「大丈夫、ちゃんと休めた」



 目の前の、店に案内してくれた黒髪の青年は『私』達をあの暗い雰囲気が漂う場所から意識的に遠ざけようとしたりと、真面目で気が回る印象を受ける。



「んま、朝は騒がしかったけどな」



 村が大変なのに心配とかそういう気持ちを抑えて、『私』達を労る健気な青年の言葉に、相も変わらず空気を読まないザガが茶々を入れる。

 そんなザガの失礼な態度に、



「はは……、すみません」



 と、青年は悲しさを抑え込むように微笑む。



「……ザガ」


「悪い悪い、気にすんな」



 そんなやり取りを見て『私』がザガに向けて、じとっと責める視線を浴びせると、ザガは反省しているのかしていないのかよく分からない言葉と声で返す。


 ご覧の通りザガはもうすっかりいつもの調子だ。

 それはそれで、煩わしいが。

『私』が肩を落としていると、青年は「気にしないでください」と呟き、木でできた皿に料理を盛り付ける。


「さ、出来ました。どうぞ特別モーニング仕様です、熱いうちにどうぞ」


 そう言って並べられた料理は、木の実がたっぷりと入ったクリーム色のスープに、二枚のいい感じに焦げ目のついたパンで肉と野菜を挟んだものだった。


「いい香り」


 特に、この焼きたてであろうパンが放つ香ばしい匂いは食欲を暴力的なまでにそそる。


 そのパンを挟んだ具材とともに頬張り、その後でスープを口に含むとたまらない。



「ん……おいしい!」



 自然と口に入れた美味に笑みがこぼれる。



「姫にこんな顔させるとは、兄ちゃんやるな」


「はは、それは何よりだよ」



 微笑ましい空間。

 だが、『私』の脳裏には疑問が浮かぶ。


 そういえば、ザガは食事がいるのだろうか、そもそも食べられるのだろうか。



「――ザガも食べる?」


「あー、うん、そうだなじゃあ一口だけ。少し切りとってそのまま俺の身体に入れてくれ」


「……食べれるんだ」



 どうやら食べること自体は出来るらしい。

 どういう原理かは解らないが。意外な新事実に内心少し驚く。



「こりゃうめえな」



 紫の火の玉であるザガに直接料理を手で放り込むと、そのままザガの中へと料理が取り込まれ消える。


 ますますどういう理屈なのか解らない。

 しかもちゃんと、味覚まであるらしい。



「料理もさることながら、何より姫に『あーん』ってされるのが素晴らしいよな。もう最高の調味料」


「……そんなこと言ってない、勝手に脳内補完しないで」


「はは、仲が良いですね」


「別に良くない」


「即答かよ!?」



 いつものザガの調子に乗った言葉を適当にあしらうと、そのやり取りを見て青年が笑う。

 本当にザガは全くよくわからない存在である。調子に乗った態度をとったか思えば、突然に落ち着いたり、食事の光景も謎だし、色々と忙しい奴だ。私の従者らしいが――。





「ああ、ところで、実はそんなお二人に仲良くしてやって欲しい奴が一人居るんです」


「……?」



 思考の波に襲われていた、『私』の耳に、青年が発した、思い出したような声が届いた。



「ほらおいで」



 手招く青年の厨房の奥の方を見つめる優しい視線の先に振り返るが、人の気配は無い。



「……誰もいねえぞ、兄ちゃん気をやったか?」


「いいえ、隠れてるだけだと思います、ほら恥ずかしがらずに」



 さらに青年が登場を促すと、厨房の奥の空いた扉から、茶髪に青目の『私』の外見と同じくらいの年の少女――多分、十五歳位の少女が、顔を半分覗かせた。


 そして、吹っ切れたのか、そのまま全身を出し、こちらへと物凄い勢いで走ってくる。



「もう、呼ぶのが遅いよ! 出るタイミング見失ってたよ!」



 青年に対して、背伸びしながら頬をぷくっと膨らませる様子は愛らしい。



「ごめんごめん、――紹介します、僕の妹のセレマです」


「あ、あの、その……よろしく!」



 紹介の後、駆け寄ってきてお辞儀しながら『私』に向けて握手を求めて手をだす。

 最初は引っ込み思案の少女なのかと思いきや、大分勢いの強い元気な少女だ。



「――そういうことで、この娘と仲良くしてやってくれませんか? 料理のお代はこれということで」


「俺は良いけどよ、どうしてそこまで? というか、村長といい兄ちゃんといいこの村は金持ちなのか?」


「この村には実はセレマと同じ年齢の子供が居ないんですよ、だから友達が出来にくくてそれで悩んでたみたいなんです」


「なるほどだから、見た目同じくらいの姫と友達になりたいと」


「そうです。あと、実は今、村の景気が村長が今の方に変わってから非常に良いんです、だから一食分くらい代金を取らなくても大丈夫なんですよ」


「あの爺さん結構やんのな」


「それで! え、ええと……だめかな?」



 突然のことに、『私』がしばらく黙り込んでいると少女は上目遣いで呟く。


 考えても、断る理由も特にないし、この妹、セレマから色々と聞くのも悪くない。ちなみに、青年から聞く予定だったが、料理の美味さですっかり忘れていた。

 なので、



「……いいよ」



 と言って、差し伸ばされたセレマの手を優しく握り返す。

 すると、セレマは心底嬉しそうに、ぱあっと表情を明るくさせ笑顔を浮かべた。



「ほんと!? やった、やった!」



 喜びながら周りを飛び回る様子は少女らしさがあって非常に可愛らしい。



「あっ、そういえばあなたの名前は?」


「あー……」



 いつかは聞かれると思っていた事柄。

 だが、今の『私』には何故か頭の片隅に引っかかる名称があった。




「エリー――私の名前は、エリファ」


「エリファ……エリーね、よろしく!」


「お、おい……姫、その名前は……いや、なんでもない」


「……?」



 その名前を口にすると、何故かザガが驚愕するが、ザガの調子がすぐ変わるのは今まで見てきたので無視しておく。

 セレマの様子を見るに、別に変な名前ということも無さそうだ。



「じゃあ、僕はこれから少し村長の所に行ってくるから、妹のことよろしく頼むよ」



 黒髪の青年は荷物袋を肩に乗せ、扉の前で顔だけで、振り向く。



「――おうよ、って俺は友達って認められるのか?」


「エリー! じゃあ、村を歩きながらお話でもしよ?」


「わかった」


「無視かよ! 嬢ちゃんそりゃないぜ」



 青年が外へ出て行ったのに続き、エリファがセルマに手を引っ張られていく。

 可憐な少女二人が、手を繋ぎ、走っていく様は視界そのものが癒されるそんな錯覚を覚えるほどに美しかった。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 一人、店内に取り残されたザガはふぅと溜息をつき、証明の消えた薄暗い店内を見渡す。



「エリファ。か、あの名前……何故……」



 ザガは、掠れた声で人知れず呟いた。

次回、少しこの村での物語が動きます。

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