二章第29話 『信じるということ』
「な、なんというか、また強烈な奴が来たな」
ザガの言う強烈な奴。
空にさも地面があるかのように立ち、叫ぶその青年は、ゴーグルに油汚れの付いた丈夫そうな所々煤けた服、と、あからさまに作業員のような容姿をしていた。
「……そういうザガも十分強烈なキャラだけどね」
「おい姫! さすがにこんなファーストイメージ力カンスト級の奴と一緒にされると俺も泣くぞ!」
「だぁれがああ! ゼェゼェ……ファーストフード力カンスト級だってええ!?」
「言ってねーよ! なんだよファーストフードって……それに、お前めちゃくちゃにうるせえな!?」
叫んで途中で息が続かなくなり荒く息を吸って、また叫ぶ空飛ぶ男はなんだろうか、「うるさい」の化身か何かだろうか。男が叫ぶ度に耳の奥が痛くなる。
そんな鼓膜ブレイカー男は先程、エリファ達がパス回ししていた魔導機械兵達のことを「我が傑作」 と言っていた。
その発言を勿論聞き逃すことはなく、恐らくこの魔導機械兵を創り出したのはこの男の手によるのだろう。
現に、男が空中に現れてから、ずっと止むことがなかった機械兵の攻撃はピタリと無くなっており、機械兵達は男の方を静かに見上げ動かなくなっている。
「うるさいだとおお!? ……ごほん。まあいい、そうやって我を馬鹿にできるのも今のうちだけだ」
「……少しだけ静かになった。もしかして、結構気にしてる?」
「やかましいわ!!」
意外と行動が素直だったので驚くと共に、エリファが要らないツッコミをする。それに恥ずかしくなったのか、またも大きな声で反応する男。
このあまりテンポよく進まない会話に我慢できなくなったのか、ついにライフェナが口を開き、
「……一つ聞こう。貴様がこの下らんガラクタを作り、操っている愚か者か?」
「下らんガラクタだとおおおお!? ゼェゼェ……何を……ゼェゼェ……言う! わからんのか、この技術の素晴らしさが!! そうだとも、我がこの『ウォーカー』を生み出した張本人だとも! 我を馬鹿にするのは少しは許容しよう! だが我が作品を馬鹿にするのは許さん!」
今までで一番大きな声で言葉をまくし立てる男に、エリファ含め一同は反射的に耳を手で塞いだ。
が、その手というフィルターを通しても内容が分かるほどに聞こえてくるので、どんな声量だと思う。
そんな中、唯一その声量に微塵も反応を示さなかったライフェナが腕組をして赤の瞳で男を睨みつけながら、
「ふむ、こんなガラクタが作品だと? 悪いが、私には鉄屑の魅力は解らんな」
「残念な奴だ、この魅力が分からんとは。……ならば、しかと教えてやらねばならんなああ!? 見えるか? 我の背中に生えた鉄の手達を!!」
「……え、それ手だったんすか? センスないっすねー」
男が手だと言った背中から何本も生えた金属。
うにょうにょと蠢くそれはローレンスの言う通りエリファの目にも手のようには見えず、どちらかと言えば触手に近い気がした。なんにせよ気持ち悪い見た目である。
「いちいち馬鹿にせんと気がすまんのかお前らは!! ……この手は我が作品を操作するリモコンだ! 今までは単純な命令しかしておらんかったが、ここからは戦況を我が『見て』、直々に操作するのだ!! これがどういうことか分かるか、ライフェナ姫?」
「――、――! ……なるほど」
「……?」
男の問いかけに、少しの間沈黙した後、ライフェナは答えに至ったようで顎に手をあてながら静かに呟いた。
ライフェナは答えに至ったようだが、エリファにはまるで分からない。
確かに、人が操作することによって機械兵の動きが細かくなり全体の戦闘力が上がることは理解できるのだが、何やらそれだけでは答えに届いていない気がして――。
エリファが答えを求めて頭を回していると、予想だにしなかったことがライフェナの口から発せられた。
「……エリファ。すまないが、援護はもうやめだ。この場には私だけ残る、勿論、私の兵達もある程度下がらせる」
「……ぇ」
死角から攻撃を喰らったかのような衝撃に襲われたエリファは数度、目を瞬く。
――訳が分からない。
それこそ、彼女が一番援軍であるエリファ達の手を借りたがっていたはずだ。それこそ妹へと援軍を送るのを渋るくらいには。
しかも、相手の戦闘力が上がるときた。それなのに、人の手を減らそうなど矛盾している。
そんなエリファの疑問を見透かしたのか、ライフェナは言葉を続ける。
「自動操縦ならば良かった。だが、手動ではだめだ。このまま全滅してしまう。今までにも、私達は機械兵達が度々自爆するのを見てきたな? それはあくまで機械の単純な判断で、だ」
「――――」
「しかし、これからは違う。計算された、人の手によるものになる。場合によっては、逃げられないように追い込んでから自爆。人の心理を先読みした自爆。ここというタイミングでの一斉自爆など色々だ。……問題なのはこの男の視界に入ってしまったことだ」
エリファはライフェナの噛み砕いた説明で、言いたいことを理解し、そして目を剥いた。
先程までも自爆に巻き込まれる可能性があったという状況は男が現れた今とも何ら変わりはない。
だが、しかし、その可能性の大きさはまるで違う。
機械の短絡的な行動より、人の思考的な行動のほうがどれ程恐ろしいものか。
あくまで無機物とはいえ兵士だったものは、たった今ただの爆弾に変化を遂げた。
つまり、
「一人の男の手に目に映る最低でも機械兵の数だけ自由に動かせる爆弾がある……!?」
「はっはっは! いかにも!!」
男が大口を開けて高らかに笑い、肯定する。
ライフェナはその笑いを無視して、エリファへと再び指示をする。
「それでさっきの話だ。ここで巻き込まれ、多くの命が散るのは駄目だ。自分から援軍を頼んでおいてすまないが、理解したのなら、早く去れ。ここは、私が何とかして見せる」
「でも、さっき人手が足りないっていってなかったっすか? 矛盾っすよ」
ライフェナの二度目の指示にローレンスが突っかかる。
そうだ、ライフェナの言いたいことはわかった。だが、矛盾は解消されていない。
簡単に言えばライフェナはこちら側の被害を少しでも減らしたいのだろう。
でも、それではライフェナ自身の無事は保証されない。
「なに、安心しろ。むしろ状況は難しくなったように見えて簡単になってもいる。なんせ、機械兵の親玉が自ら姿を現したのだからな。こいつさえ叩けば鉄屑共も動きを止めるだろう?」
「けど……」
「――そして、万が一の被害を最小限に抑えながら、状況を打破する可能性を最大限に引き出すには、私一人が残るのが適切だ」
その作戦を実行した時、一番危険なのは自分であるというのに何食わぬ顔で、むしろ笑みさえ浮かべて見せる彼女にエリファは何か恐ろしいものを感じ取る。
――強いのだ。
実力も精神も。この場で一番強いのは彼女かもしれない。
納得は、多分、いつまでも出来ない。
けど、彼女の態度には有無を言わさない覚悟のようなものを感じた。
納得はしない、だけどその覚悟に、エリファは頷いて、
「……わかった。でも、ライフェナの兵士は聞いてくれないと思うよ」
「……そんなことないさ。皆、私を『信じて』ついてきた者達ばかりだからな」
振り返り、ライフェナの陣営の兵士を見る。見て、戦慄する。
顔が熱で焼けた者も、目を失った者も、戦火に命を落とした者もいる。
だが、こちらを、ライフェナを見つめる多くの顔には心配する表情などひとつもなかった。
それが、どれだけ異様な光景か。
絶対的信頼。
それを背に受けた彼女は、力強い声で呟く。
「――――妹達を、頼む」




