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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
第二章 『灰色の王国』
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二章第26話  『第二の絶望、第二の歯車』

 



「――『臆病の絶望』? なにそれ」


「ひぃっ、僕は名乗ったんだから名乗り返せよ……! ほんとにお前らは野蛮だな!」


「はあ?」



 セレマが聞きなれない単語に首を傾げる。

 すると、放っている異様なプレッシャーからは妙に噛み合わない、割と常識的なことを宣う少年。

 そんな想像とは違った少年の言葉に、警戒していたルキナが間抜けな声を出すと、



「ひぃぃぃ!! ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!! い、今のは、違うんです。名乗られたら名乗るのが普通だと思っていたので、つい口に出してしまったんです! あなたがたをバカにしたとかそんなことはなくて、その、それで……」



 少年はルキナが発したその間抜けな声を怒りと取ったのか、身体を仰け反らせて怒涛の勢いで謝罪し、半泣きで頭を抱えながら怯えながら必死に弁明する。

 なんというか、そんな少年の態度からは、拭えきれないほどの『小物感』が滲み出ていた。


 最初のイメージとは全く異なった少年のまさに『臆病』という言葉が相応しい態度に、セレマはじめ一同は拍子抜けする。

 が、セレマが皆の様子を見渡すと、ルキナと一部の兵士達はその顔から怪訝な表情を消すことなく、少年に冷ややかな視線を浴びせていた。



「――『絶望』」


「ルキナ……?」



 少年の態度を見ても先程までと変わらない、ルキナの普段とは違った気だるげではない声。

 一つの単語を心底忌々しいもののように呟いた彼女の声にセレマは只ならぬものを感じ、訝しげな表情を浮かべる。

 そんなセレマの疑問に答えるように、ルキナは口をゆっくりと開き、



「……突如としてこの世界の様々な場所に現れ、干渉する者達。組織のようだが、目的は不明。出自も不明。その存在の特殊性から、あくまで一部の人に噂程度にしか伝わっていない。ただ、各地で今までに何度か厄災を(もたら)してきた。それが、こいつら『絶望』という存在」


「こいつが? そんな風には見えないけど……しかも、ルキナやけに詳しくない?」


「――私は幼少期に『悲劇の絶望』、そう名乗る奴と会ったことがあるんだよ。……そいつは『絶望』という名前がピッタリの女だった。私と私の部下達の一部はその恐ろしさを知ってる……だから、こいつも油断出来ない」



 セレマは『絶望』という組織? のことを聞いたことがない。それ故に、今、ルキナが話したことにも現実味を感じなかった。

 そして、そのルキナの説明に異を唱えるのが他でもない、絶望を名乗った少年――ウィル・ライストンだ。



「おい! 僕をあんな理性の欠片も無い奴らと一緒にするな! 僕は快楽主義者でも人の不幸を笑う奴でもない! しっかり真っ当な理由を持って行動するからな!」


「……ふーん。じゃあー今ここにー現れたのも真っ当な理由があるんだー?」


「ひぃっ、いちいち視線が怖いよ君! ……というより、王都くらい普通に観光するだろ!?」


「……こんな戦時にー? 避難勧告も出されてー封鎖もされているのにー? ……お前がここにいること自体おかしいんだよ」



 ルキナが語尾を強めながら少年を鋭く睨みつける。

 少年の滲み出る小物感のせいで警戒心が少し揺らぎつつあったが、ルキナの言う通り、この少年がここにいること自体がおかしいのだ。


 少年の肌は色白で『観光』なんて言葉が似合う程アウトドア派には見えないし、クセのないストレートの少し長めの薄い茶の髪に薄い青の瞳でどこか女々しさすら感じるその風貌からは、こんな戦時にはいち早く逃げ出しそうな、お坊ちゃんキャラのように感じる。

 それに、このノワンブール王国の王都は現在、外から入れないように封鎖されていて、民には避難勧告がでていたはずだ。


 故に、この少年がこんな兵が構えている場所を彷徨くという状況は些か不自然すぎる。



「うっ……ま、まあいいさ。それに名乗らなくても君の名前は知ってるしね」


「話を逸らすなー。何が目的ー?」


「い、言うわけないだろ? ……でも、強いて言うなら幾つかあるよ」


「ふーん。まー私の事を知っていて、こんな事態の時にーわざわざ私のところにやってきて挨拶するーなんてさー? 私達に用があるようにしか見えないけどねー」



 少年のはっきりとしない態度にルキナが食ってかかる。

 そんなルキナの言動一つ一つに女々しく悲鳴を上げ、身体をビクつかせながらもウィル・ライストンは不敵に笑い、



「……ああ。――勘がいいね」



 空気が今までよりも濃く、深く淀む。

 肌にまとわりつく不快感。妙なプレッシャー。王都の西を全て包み込むようなそれが気弱そうな少年、ウィル・ライストンただ一人から突如として放たれた――


 ――次の瞬間。


 セレマの右の視界。ルキナが立つ地面が突如としてまるで生きているかの如く盛り上がり、勢いよく黄色の魔力の柱が少女の身体を貫かんと吹き出た。



「――ッ!」



 ルキナは驚愕の表情を浮かべながらも、最小の動作で身を半歩だけ下げ、命を消し飛ばそうと噴出した莫大な魔力を避ける。

 眼前で地から天へと登る魔力の柱。

 その最終的な到達点は人の背丈の倍を優に超えていた。



「これはトラップ……!! こんなものをいつの間に!? ――つっ!」



 なんの前触れもなく現れた柱に戦慄し、ルキナがよろける形でもう一歩下がると、その足元から「ボコッ」という妙な音が鳴った。

 その音から危機を察知したルキナは不気味な音が鳴った地面を蹴り、大きく跳んでその場から離れる。

 セレマが、ルキナのついさっきまで立っていた箇所を見ると、二本の黄色い魔力の柱が延びていた。


 ルキナが叫んだようにこれは『罠』の魔法、通称トラップだとセレマも感じていた。

 トラップは予め仕込んでおいて、対象が設定した条件を満たすとその効果を発揮する。

 しかし、扱いずらい魔法であると同時に、トラップ自体が魔力で出来ているために大体が発動前に気づかれてしまうというのが理由で、ロマンのような扱いを受けているものだ。


 だが、今のトラップだと思われる魔力を感じることはこれまでに無かったはずだ。

 ならば、この罠はいつどこで仕掛けられたのか――、



「……よく避けたね」



 最悪の可能性がセレマの脳を過ぎる中、この魔力の柱の原因であろうウィル・ライストンが賞賛を、無傷で避けたルキナへと贈る。

 それからウィル・ライストンは指を立てながら、黒い笑みを浮かべて、



「――でも、今ので結構、数が減ったみたいだね?」



 その言葉を聞くや否や、セレマとルキナは同時に兵が構えていたはずの後ろへと振り返り、視界に映った光景に目を剥く。

 ルキナを狙った攻撃である魔力の柱。それが広範囲に渡って無数に吹き出していたのだ。

 なんの予兆も無かった突然の現象に反応できなかった何人もの兵士達が魔力の柱に貫かれ、突き飛ばされ、あるいは魔力に焼き焦がされて命を散らす。

 その数パッと見て、全体の三分の一。

 そんな絶望的な状況が、セレマとルキナの眼前には拡がっていた。


 国の為にと尽くしてきた命がこの数秒で散った。

 その事実に何も言えずにただただセレマは身体を震わすことしか出来なかった。

 そう、背後にいる、恐るべき存在に。――『絶望』、その存在に。



「……僕が何の準備もせずに、君たちのところにやってきたと思ったのかい? い、いっただろう? ……僕は臆病なんだ」



『絶望』が、セレマ達の背中に語りかける。



「……僕は怖い。僕に及ぶ危険が怖い。僕に及ぶ悪影響が怖い。僕に起こる全ての未知が怖い! だから、全ての行動は策を練って練って、仕込んで、仕組んで、僕に起こりうる全ての現象に手を伸ばす。……傲慢だと思うかい? 愚かだと思うかい? そうだとも。僕は愚かで傲慢で気弱で臆病だ!! 僕は僕自身の弱さを知っている。知っているからこそ、いつでも最善の選択を望むのさ」


「最善の、選択……」


「僕は、ありとあらゆるパターンを想定して、プランを組んでそれを実行しているのさ。仕込んで、仕込んで、仕込んで、仕込んで、仕込んで、仕込んで、仕込んで、仕込んで、仕込んで、でも、それでも、僕だって完璧ではない。ミスはする。……僕はそのミスがとてつもなく怖い」



 人は誰でも間違いを犯す。

 セレマだって、何も悪い事が自分に起きなければそれに越したことは無いとは思う。

 けれども、人生において、ずっと自分に一度も危険が訪れないように手を打ち続ける事など無理だ。

 だから人はそれを心のどこかで諦め、受け止める。

 だが、この少年はその一度の危険を、一度の過ちを極端に恐れている。



 ――臆病だ。



「――僕は世界で一番、臆病だ。……だけど、ある日僕は知ったよ。そのミスを全て無くす方法を。……五人の姫の一人の君なら分かるだろう? その方法が」


「……!! ま、さか、なんで知って……」


「ルキナ? どういうこと?」



 少年の問いかけに大きく目を見開き、掠れた声で呟くルキナ。

 セレマは見たことも無い程に取り乱すルキナの様子に顔をしかめる。


 しかし、その疑問にルキナが答える前に、ウィル・ライストンは再び口を開く。



「それに近づく為に、『王』に近づく為に! 僕はこうやって一番突破しやすそうなところへとやってきた

 ! ――だって君は、唯一、『時』の力を持っていないだろう?」


「いったい、どこまで……」


「……どこまでだろうね。――さあ、臆病な僕は今回も勿論、仕込んで、仕込んで、仕込んで、仕組んで、練って、練って、練ってきた! 魅せようじゃないか! 僕のプラン。No.(ナンバー)125796542の全てを!!」




 ――絶望が動き出す。




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