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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
第二章 『灰色の王国』
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二章第25話  『絶望の名乗り』

 



 ――手紙が届いたの。

 一通だけ。


 その手紙は滑らかで一つも穢れの無い、見るからに高級な紙でシンプルに包装されていた。

 私は疑問を浮かべながらも真っ赤な封蝋を外して、中身を取り出そうとする。



「……誰からだろう?」



 辺境の村に住んでいるせいか、普段手紙など受け取る機会が無かった私はガサガサと慣れない手つきで一枚の紙を広げる。

 送り主が誰なのか少し期待をしていた。


 初めての友と呼べる少女が旅立って、何か物足りないような感覚と共に生活を送っていた私は、その少女が手紙をくれたのではないかと期待していた。



「――『ノワンブール王城』?」



 だが、手紙の一番下、差出人の名前には友の名前はなく、代わりに田舎者の私にとって接点の無いものだと考えていた場所の名前が達筆な文字でそこには書かれていた。

 自分が望む友からの手紙では無いことに静かに肩を落とし落胆しながらも、その差出人の宛先に興味を覚えた。



「たしか、エリーが向かってる王都の中心の建物だよね」



 手紙の内容によっては友との距離が縮まるかもしれない、そう思うと同時に、その思い以上の嫌な予感が私の身体に悪寒となって走った。



「……それに、あいつら、『王国騎士』が居る場所でもある」



 一か月前、ヴェルラという王国騎士がこの村に現れ、虐殺を図り、それを自らを魔物である『幽鬼の姫』だと名乗ったエリファという少女に救われるという、出来事があったばかりだ。

 まだ復興も完全な訳もない。

 両親が亡くなってから私を護ってくれていた大切な兄、ユウマも殺されかけた。



「そんな場所から、何の手紙……?」



 この前の事件のことで、復讐やら、脅しやらの内容が書かれていたらどうしようか。

 そんな考えが脳裏にちらついて消えない。


 だが、この手紙の上の方の宛先の欄に書かれているのはセレマ個人であった。

 事件の首謀者であるヴェルラを仕留めてからエリファはその取り巻きも全て殺したはずだ。

 エリファの『生体センサー』にももう残ってないと本人が言っていた。

 ならば、私個人が何かしたとか、そういう情報は王都に入っていないはずだ。


 もちろん、エリファの『生体センサー』が見逃してしまったという可能性もあるが、



「エリーに限ってそれは、ないはず」



 私は友の圧倒的な実力をこの目で見た。

 尽きることを知らない魔力。見たこともない、とんでもない質量の黒い物質を生み出す魔術。攻撃がすり抜ける身体に有り得ない身体能力。村人が手も足も出なかった王国騎士のしかも隊長クラスを圧倒。


 そんな彼女がこんなミスをする筈がない。

 だとしたら、この手紙はなんだというのか。


 私は、手紙の文に息を呑みながら視線を落とし込む。

 するとそこには――、



「――へ? 姫の使用人として招待? ……行く訳ないじゃん。何されるかも、させられるかも分かんないし」



 突拍子のない内容に顔を顰めて、小馬鹿にして手紙を机に置こうとして、ふと手紙の文の途中に知った単語があった気がしてもう一度、眼前に戻して確認する。

 確認した私は、さっきまでとは打って変わって食い入るように目を通す。



「……エリファ。エリファが街で襲われた……!!?」



 エリファの、友の名前が文の中に存在していた。

 文によれば、王都に居るという五人の姫の一人、アンナという人が治める街で何者かに襲われたらしい。


 さらに文を読み進めると、信じ難いことが書かれていた。



 ――もし貴方が来なければ、貴方の友は命を落とすでしょう。



「……!!」



 そうして部屋を飛び出し、兄の、いや村中の反対を押し切って私――セレマ・エリアスは準備を整えた後、わざわざ国境ぎりぎりの村まで迎えに来た馬車に乗って、友との再会と無事を祈りながらノワンブール王城へと旅立った。




 ※※※※※※※※※※




 今から約五か月前に辿り着いた、王都での生活は想像していたものとは正反対で、本当にあのヴェルラみたいな王国騎士がいるような場所とはとても思えない程、人の活気で溢れかえっていて、それに衝撃を受けたことを覚えている。



「セレマー。東の方にー、敵がー、現れたみたいだよー。私達ー、暇になりそうだねー」


「そうかな……じゃなくて、そうですかね? 気付かないうちに囲まれてるとかもあるかも知れませんし、気を抜かない方がいいですよ?」


「なんかー、セレマってー変なところで怖がりだよねー。あとー、無理に敬語じゃなくていいーって毎日言ってるよねー」



 目の前の少女――ルキナという喋り方が独特なノワンブール王国の五人の姫の一人の使用人としてセレマは雇われた。


 薄緑の髪に常に眠たげな開ききっていない黄色の目、背丈に合っていないダボダボな軽い素材でできた白い布を適当に身体に身につけているだけであるため、何かしら動作を起こすと、直ぐにはだけてしまうようで、着崩れしている彼女をセレマはよく目にする。

 どうもルキナ本人は気にしていないので、いつもそばにいるセレマが指摘するのだ。


 ちなみに、彼女が言った妙なセレマの怖がり方は、村で起きた事件がトラウマとなって残っているからである。

 ――気づかない、というのは一番恐ろしいことだ。

 村長の苦悩。王国騎士の動き。何もかもに気づかなかった末に起こったのがあの事件なのだから。

 あの、恐怖を絶望を、友への恩を、自分の失敗を、セレマは絶対に忘れない。


 故に、



「そう言われても……」



 そう返すしかなかった。

 それは怖がり方についても、敬語についてもだ。

 敬語で話しておかないと、周りからの目が痛いのだ。

 先輩の使用人とかに見つかったらなんて言われるか、想像しただけで身震いしてしまう。

 何故だか、ルキナに気に入られてセレマはルキナの傍に居ることが多いのだが、それは友達とかそういうのではない。あくまでも使用人と主としての信頼関係であるべきだ。


 ただ、あまり主の命令に背くのも使用人としてはいけないことだから、言われた時だけはタメ口で話すようにしているのだが。



「まーいいけどねー。……たしか、東はライフェナが担当してるはずだからー、敵は多分、最終的に灰になるだろうねー」


「姫の中で最強なんだっけ?」


「うん。本気出したライフェナには私もー勝てないー。……それはともかく、ねむいー」


「王様直々の指示なんでしょ? しっかりしてよ」


「うー、セレマきびしー」



 ルキナは眠たげに笑いながら、余った長すぎる袖を振る。

 そんな様子を横目に、再びセレマは思考の波に飛び込んでいく。


 だが、いつでも最初に頭に浮かぶのは不思議な少女、エリファのことであった。

 セレマにとって、初めての同年代の友達であり、尊敬してやまない英雄(ヒーロー)でもある少女、『幽鬼の姫(エリファ)』。



「……エリファ」


「んーどーしたのー? 前に言ってた、セレマの友達ー?」


「……うん。今、この王都にいるはずなんだけど」



 王都に来たら、直ぐに会えると思っていたのだが、アンナという姫の領地に今の今までエリファは滞在していた。その間、多分半年くらい。

 だからといって、こちらから行ったり、来いと言うのも気恥しいし、サプライズみたいな感じにしたかったのでその時を待っていたのだが。

 やっと四日前あたりに、エリファが王都を訪れるということを聞き、再会を前にして胸を昂らせていたところにこの緊急の防衛作戦である。


 本当に、運命というものは意地悪だ。



「まーこの戦いが終わったら、会えるよー」


「……そうだよね」



 エリファがお世話になっている、アンナという姫。その少女は、何やら訳ありで自分の領地に引きこもっているらしいが、信用出来る人物なのだろうか。

 いや、エリファ程の人物が手を組むくらいだから、何かしらの才を持っている人物には違いないが。

 それでも、不安なものは不安である。

 今回の緊急の防衛作戦の参加陣営の中にも、アンナという名前は出てこなかった。

 今、王都には多分居るはずだが、どこで何をしているのだろうか。



「……もし貴方が来なければ、貴方の友は命を落とすでしょう」


「……?」


「ううん、こっちの話」



 手紙にあった一文を小さく声に出して、思い出す。

 別に、エリファが人質として取られているという訳ではなさそうだった。

 王と一度だけ話す機会もあったのだが、王も嫌な人という感じはせず、優しい表情の彼女からは一言だけ、



 ――『幽鬼の姫』には貴方が必要よ。



 どういうことなのだろうか。

 この言葉の意味は未だによく分かっていない。

 だけれど、もし、エリファの身に何かあったら。



「――セレマ」



 思考の渦へと入り込んでいたセレマの意識は、いつものだらけたものとは違う、冷たく、どこか張り詰めた水の表面のようなルキナの声によって一気に掬いあげられた。



「ルキナ? ……!!」



 気づけば、ルキナの目は先程までとは違い、大きく開かれている。

 ルキナは気だるげな様子もなく、ただ一点を見つめていた。


 その視線を追い、セレマはその異様な存在を初めて認識する。



「お前は、何者だ?」



 ルキナが声を放った先、


 ――そこには少年が一人、立っていた。


 その少年を中心に空気が淀んでいる。

 異質。ただそれだけの単語が視界に移る少年に対する全てだった。


 少年はセレマのありとあらゆる不安に呼応したかのように現れた。


 やがて、異質な存在は口を開き、



「初めまして、お嬢さん方。僕は――『臆病の絶望』、ウィル・ライストン。……どうぞ、お見知り置きを」




 絶望を名乗った。





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