二章第22話 『緊張の夜は明け――』
「ごめん……もう、大丈夫。なんで自分がこんな風に取り乱したのかは自分でもわからないけど」
急に胸の奥底から沸き上がってきた何かに、流されるがままに取り乱してしまった。
すっかり落ち着いた今は、それが人前だったということが恥ずかしい。
間違いなく、辛いのはステラ本人の方だというのに。
「途中から、何故かずっと誰かに謝ってたもんね」
彼女にそう言って笑われるが、エリファ自体誰に謝っていたのか分からなかった。
先程の謎の激情のその余波か、胸の奥に何やら囁かな違和感を感じている。
「そうだね……。じゃあ、私はこれから起こることに対処しなきゃいけないから、もう行くね」
「うん。楽しかったわ、ありがとう」
「急に泣きだしただけだったけど……それなら良かった。あ、あと、ステラの病気に関して一つだけ」
「……?」
「……一つだけ、治る可能性がある物があるから。私がそれを持ってくるまで……諦めないで」
そう、一つだけ病を治すことの出来そうな物に先程、心当たりが出来た。
それまで、苦しいだろうけどどうか耐えていて欲しい。
そう言い残して、エリファは部屋を後にした。
※※※※※※※※※※
扉をすり抜け、城の中でも珍しい人気の少ない廊下に出る。
ステラの部屋を後にしたエリファの視界にまず映ったのは浮かぶ紫の火の玉――ザガだった。
彼には事前にこの部屋に入ってはいけないと忠告しておいたので、その忠告通りに扉の前で待っていてくれたらしい。
「……大丈夫か? 姫」
「ん? ザガ……もしかして聞こえてた?」
「ああいや、それもあるんだが……いや、姫が異常を感じてないならいいんだ。気にするな」
「……変なザガ。――いや、いつも変か」
「おおい! 変っつったら、もっと姫の周りにいっぱい居るだろ!」
エリファのちょっとしたジョークに大袈裟に反応するザガ。こういうリアクションを取ってくれるからついつい弄りたくなってしまうのだが、本人は気づいてはいなそうだ。
ちなみに、ザガの言った通りにエリファの周りには変わった者が多い気がする。いや、もはや九割方が変わり者と言っても過言では無い。
いくらか傲慢な姫であったり、戦闘好きの騎士であったり、一人で会話する学者であったり、異常な程に執着する従者といった風に変人揃いだ。
まあそもそも、エリファ自体が結構異質な存在であるので『類は友を呼ぶ』的な感じでそういう奴らが自然と寄りやすいのかもしれないが。
「……だったら嫌だな。これからも変な奴らばかりと出会うことになっちゃう」
「いいんじゃね? どんなにキャラの濃いヤツらが姫の周りに増えたって、それで色褪せる姫の魅力じゃないぜ?」
「そういう話では無いんだけど……まあ、いっか」
エリファに起きた謎の感情のブレ。おおよそザガにはそれを起因とする自分の泣き声が聞こえていただろう。
しかし、ザガはエリファから深く部屋の中で起きたことを聞き出そうとしなかった。
それだけではなく、話題の逸れ道を作ってくれたのだが、これは彼なりの優しさなのだろうか。
何はともあれ、ここで留まって会話をしている場合ではない。今は緊急事態なのだ。
アンナ領の『プレストロイ』から助けが来るまでは半日かかる。それまでに事を起こされたら、エリファ達と他の姫の軍勢で対処しなければならないのだが、正直、エリファは他の姫の軍勢を信用していない。
「アンナ以外の姫達がもし兵を出してくれたとしても、その手柄をできるだけそいつらに取られちゃいけない。……こんなこと言ってる場合じゃないことは分かってるけど」
「……そうだな。間違いなくアンナ嬢のことだ、同じこと思ってるぜ。ともなりゃ、警戒態勢に入らなきゃな」
「うん」
敵はザガの言う黒装束の奴らだけではない。他の姫、彼女らもまた違う意味ではあるが敵なのだ。
特にアンナ領の屋敷に刺客まで送ってきた過激派の『レヴィアナ』は何かしらの妨害を行ってきてもおかしくない。
だから、目の前ばかりではなく、足元も警戒しなければならない。
何もかも、起こらなければそれに越したことはないが。
エリファはザガの言葉に頷き、月光が仄かに照らす廊下を歩き出した。
※※※※※※※※※※
『王』の間を去ったアンナは廊下を歩きながら思考する。
「……ふう。さて、いつ、何が起こるのかしらね……」
お気に入りのエリファの従者であるザガという火の玉が持ってきた今回の情報。これにははっきりとしない部分が多すぎる。
「あいつなら全部知ってるんだろうけど。……だから、あいつが否定しなかったってことは何かが起こることはまず間違いないわね」
国が滅ぶ程の何かが起こる。それだけが確かで、他はまるでわからない。
――だからこそ最大限の警戒を。
「もし本当に、失踪した王国騎士が組織に入っているのだとしたら、敵の戦力は侮れない。敵はこの大きい王都を陥落させる自信がある。そのまま、発見されたスラムにまだ居るとは思えない。何処から何処に現れるのか不明。……ふふ、とてもじゃないけどいい状況とは言えないわね――でも、」
障害が多すぎる。いや、まだ見えていない障害は沢山あるだろう、でも、
「――だからこそ燃えるわね」
「何が、燃えるって? アンナぁ?」
不意に暗い廊下の先から少女の声が響いた。
その聞き覚えのある憎たらしい声にアンナは顔を顰める。
やがて、暗闇から姿を現したその少女にアンナは嫌悪の篭った声で言葉を放つ。
「レヴィアナ……ッ!!」
「やっほぉ! 久しぶりぃ、元気してたぁ? その様子だと、私が送った雑獣は失敗したみたいだね? ワタシのところに『魔法柩』も届いてないし」
あっさりと自分がやったと自供するレヴィアナ。
「お前、その獣を使うためにとった人質はどうしたのかしら?」
「……誰が、お前に、質問を、許した?」
清らかな水を連想させる水色の美しい左右で大きい円のように結んだ全体的に短い髪に、光り輝く金色の丸い目。突如として、その愛らしい少女の顔立ちからは想像ができないくらいの冷たい氷のような殺気が放たれる。
だが、アンナは小さい時からそんなもの見慣れているので、動揺はあまりしない。
そんなアンナの様子を見て面白くないと思ったのか、レヴィアナは舌打ちをして言葉を繋げる。
「ちっ……まあいっかぁ。そんなことよりぃ、お前のところ、また変なのが増えたみたいじゃん?」
「変なのはレヴィアナ……お前の服装も、相変わらずよ」
「えぇ? そう? 『学生服』だよ? 可愛くない?」
レヴィアナは前のめりになって、上目遣いで自身の可愛さをアピールしてくる。
白いシャツにオレンジのラインが斜めに入った黒のネクタイ、同じオレンジのラインがチェックに入ったミニスカート。本人の言う通り、学校に通う生徒が着る『学生服』という代物だ。
姫としては全く似つかわしくない。
レヴィアナはそういった姫の衣装とはかけ離れたものを好んで着る性質がある。
まあ、他の姫もアンナのようなドレスを着ているかは微妙なものだが。
「……まあ、ともかく。今日は母様に頼まれたから来てあげたよ! 私が全部やっつけちゃうから、お前には何も残らないかもね?」
レヴィアナはアンナの肩に手を置き、すれ違いざまに耳元でそう囁く。
そんなことはさせまい。こいつらはただの保険だ。
事態が起こるのが自分の派閥の者達がやってくるよりも早かった時の保険だ。
「……あら。そんなことにはならないわよ。もう、あいつから与えられるのは充分。私の者達が来たら、全部、自分達の力で手に入れてやるわ」
「あっそ」
――私はあいつから与えられ過ぎた。だからいつも、自分の手にあった大事な物は与えられた物に押し出され、零れ落ちていく。
他の姫達を呼んでも、自分達が動ける場面になったら、脅威を排除するのは自分達だけでやるのだ。
黒装束の奴らの組織のボスを私達の陣営の者が倒せば、結果的に私達の陣営の支持率が上がるはずだ。
敵は黒装束の奴らだけではない。他の姫の陣営だってそうだ。
これは手柄の争奪戦だ。
だから今回は、自ら他の姫達という敵を呼び込んだことになる。
早い段階で事件が起きた時の為に他の陣営を呼んで、自分の陣営が動けるようになったら手柄を全てよこせ、お前らは敵だ、という。
――なんともまあ、自分勝手で、矛盾した状況か。
でも、やはり、だからこそ、
「……やっぱり、燃えるわね」
レヴィアナが去っていった廊下の先を見つめて、一人暗闇の中でアンナは激しい炎を心に燃やした。
※※※※※※※※※※
結局、夜は明けた。
各々が別の感情を心に宿しながら。
「……ルシアン。皆が乗った『魔道車』がここに着くのはあとどれくらい?」
「そうですね……あと、二、三時間と言ったところでしょうか。それまでに事が起これば他の姫と私達で対処するしかないでしょう」
「二、三時間……」
城の入口から少し離れた所。エリファが隣に並ぶルシアンに質問するとルシアンは前へと視線を向けたまま警戒を解かずにその質問に答える。
と、そこへ、一人の兵士が慌てた様子で甲冑の擦れる金属音を五月蝿く響かせながら駆けてくる。
「緊急です!」
「どうしました?」
「――王都の東。兵舎が集まる場所に、謎の生命体が現れました!!」
――様々な思惑が交錯する中、まだ援軍が到着していない中で、遂に事態は動き出す。




