二章第20話 『始動する黒』
「エリファ。あなた達、私が出ていく前もこの広間にいなかったかしら? 王都でハメ外すとかなんとか言ってた気がするのだけれど」
「それなら、大丈夫だ。ハメは外しちゃいねえが、王都を探索するという点では抜かりなく。各々、散策して丁度今ここに集合したところだ」
自分が出ていく時と帰ってきた時で同じメンツが同じ場所に居たので、まさかこの広間から一歩も出ていないのか、と疑問を浮かべたアンナとその横のルシアン。
勿論、それは全く事実と異なるのでザガが直ぐに否定をする。
アンナの今日の仕事が終わったのだろうか、それとも単に寄っただけか、なんにせよ、今日集めた情報を伝えるにはタイミングが良い。
「……アンナ、ちょうどよかった。伝えておきたいことがいくつか……」
「ん。わかったわ。今、私の今日やらなければならない事が終わったとこだから、夕食ついでに聞かせてもらうわ」
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「そんなことが……」
「……ふむ。エリファ、ザガ、ローレンス、とりあえず三人とも情報収集良くやったわ。まあ、本来ならもっと王都でゆっくりしても良かったのだけれど。……城の中はともかく、国自体の雰囲気は悪くは無いから」
「……そこはごめん」
「怒ってはいないから謝る必要は無いわ。むしろこの私が褒めているのだから、誇りに思いなさい」
本来、彼女が望んでいた少しでも羽を伸ばすという彼女なりの計らいを無視してしまったことを、エリファは後悔こそしていないが申し訳なく思う。
それでも、エリファ達の行動に称賛を送ってくれる彼女に頷くと、彼女は満足気に微笑み、それから口に手を当て咳払いをして、真剣な表情を浮かべた。
「――それで、その『スラム』の者達は『一週間後』と言っていたのよね?」
「ああ、少なからず俺が盗み聞きした内容だとそうだな。わりい、数が多すぎてその場は凌ぐだけで精一杯だった」
「いいえ、少しでも知れたことは大きいわ」
白い一つの埃すら無いテーブルクロスの敷かれたとてつもなく長いテーブル。
その角でエリファとザガがルシアンとローレンスと向き合い、一番奥にアンナが座り、皆で出された宮廷料理を囲むという形の会話。
兎にも角にも、エリファはアンナに事前に情報を知らせることが出来たことに安堵を覚えていた。
アンナの屋敷への襲撃事件と同時に起こった『飢餓の絶望』の襲来。何もかもが唐突すぎる悪夢のような状況にエリファ達は何の準備もしておらず混乱するだけで、為す術もなかった。
ふと、気づいた時には、もう全てが終わっていたのだ。
――もう、同じ失敗はしたくない。
だからこそ、今回、早い段階でアンナに知らせれたのは良い傾向だ。
あと『一週間』もあれば、こちらだって色々と準備が出来るはずで――、
「『一週間』……まあ、間違いなく、これより早い段階で奴らは事を起こすわね」
が、エリファの心に生まれた安堵をアンナが速攻で真っ向から否定した。
エリファはアンナの発言に唖然とする。
「……え」
「盗み聞きをしていた侵入者を逃したのですからね。アンナ様の仰る通り、『一週間後』ではないでしょうね」
「どういうこと?」
「そうっすね、侵入者を逃したということはつまり、部外に情報が漏洩した可能性があるということっすから。そうなればその組織のすることは二つ。……計画を打ち止めにするか、時期を早めるかっすね」
「その通りよ。やはりあなたは頭がよく回るわね」
「本物の天才に言われても、皮肉にしか聞こえないっすけど。ここは、素直に受け取っておくっす」
アンナに褒められたのだが、それが、皮肉に聞こえなくもない内容だったので苦笑するローレンス。
そんなやり取りを横目に、そこまで言われて、潜り抜けてきた場数がこの場にいるメンバーの中で一番少ないであろうエリファは、思考が追いついてくる。
「……なるほど。そのまま期日通りに事件を起こしても、その時にはもう国側の準備が出来てる可能性があるから、バレてしまったのなら国側の準備が完了する前に事を起こそうってこと……」
「お、姫も大分わかってきたな。――あと非常に言い難いことが一つ」
アンナ、ルシアン、ローレンスの言っていることが理解出来たエリファにザガは感心したように言葉を漏らしてから、一拍置いて心底言いづらそうに弱々しく、火の玉の身体をそわそわと揺らして切り出す。
「どうしたのかしら? 珍しく、気弱な態度ね」
アンナのその言葉を、発言の許可ととったのか、ザガはポツリと呟いた。
「……俺がアンナ嬢とか五人の姫の関係者だってこと、ばれちった」
「「「「は!?」」」」
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「――姫の刺客に逃げられただとッ!?」
『王』の驚きと怒りの両方を含んだ叫びが部屋に刺すように響き渡る。
その叫びを間近で受けた、報告しに来た一人の兵が鼓膜を痛めるほどの声量に強張り、身体を大きく震わしていた。
「何故……何故、今になって……やはり所詮、あいつの、『白』の掌だというのか……」
「『王』よ……」
ぷつりと糸の切れた人形のように後ろの椅子に力を失い崩れ落ちる『王』と呼ばれた男。
男はその表情に虚ろに影を落としながら、弱々しく掠れた声でブツブツと言葉を零す。
「……いや、それでも、もはや俺達は止まることは出来ん。俺達は全てを知って以来、勢力を秘密裏に拡げ、やっとここまで来た」
「……ええ」
「だから、最後までやり遂げる。……動くぞ。『明日』だ」
「……!! 今は準備が不完全ですが、やるのですね」
「待っていても、相手の準備の方が早い。どのみち俺達に時間は無くなった。攻めるなら憎きあいつらの準備が整っていない今だ。……皆に伝えろ」
「……分かりました。では失礼します」
兵士が今の『王』の言葉を皆に伝えるべく退出し、一人になった月光の入り込む部屋で、『王』は憎悪を、哀れみを、怒りを宿した瞳で城のある方角を睨みつける。
「待っていろ『白』……!! お前は俺が、俺達がこの手で殺す。先しか見ないお前に、今という時間が牙をもって食らいつく……!! 俺達は忘れない。お前に振い落とされた全てを俺達は忘れない」
――そうして、『黒』は『白』を飲み込まんと動き出す。
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「「「「は?」」」」
ザガ以外の四人の愕然とした声がピッタリと重なった。
ザガはその凍りついた空間で一人、言葉を続ける。
「うっかり、黒装束のあいつらの前で姫っていう単語を出しちまってな。あいつら、過剰に反応してたし、俺が姫の関係者だ、ってそう思ってるだろうな。……申し訳ねえ!」
身体の炎を傾けて頭を下げているような動作で怒涛の勢いで謝罪を述べるザガ。
それに頭に手を当てて溜め息をついて静寂を破ったのはアンナだ。
「はあ……ともかく、これでますます計画を早めてくる可能性が高くなったわね。そいつらにとってはよりによって姫の、王国の中枢の関係者にバレたのかもしれないんだもの」
「……ザガ。強く生きて」
「ほんっとうにすまん! ……姫の慰めが辛え」
ただ、正直ザガを責めきれないのがこの場にいる全員の内心であった。
確かにザガが『スラム』で姫の名前を出したのはミスだ。
それでも、ザガが『スラム』に行かなければ情報が一切ない状況で一週間後を迎えていただろうし、それこそ何の準備も出来ずに『飢餓の絶望』と同じ失敗をしてしまっていたかもしれない。
故に、ザガを執拗に責めようとは誰も思わなかった。
「……となれば、アンナ様の屋敷に残っている兵達も直ぐにここに呼ぶべきでしょうか?」
「ええ、ルシアン。今すぐに」
「畏まりました……とはいえ、どんなに早い『魔道車』でも準備やら何やらで半日はかかります。それまでに奴らが何か事を起こさなければ良いのですが」
「……そうね、もしもの時の為に『王』に直接この情報を伝えて他の姫を動かすように言っておくわ」
ルシアンの言う『魔道車』という物はその名の通り魔法道具であり、エリファ達がこの王都に向かう手段として乗っていた馬車とは違い、運転者の魔力を消費するが馬車の数倍の速度を出せる代物だ。
整備が難しく、魔力消費も激しいので緊急時にしか使われないのだが、今がその緊急時というやつだ。
ちなみに、『魔道車』はアンナが考え、設計したものらしい。
その『魔道車』を使っても他のアンナ領の兵士達が王都に到着するには半日かかるらしく、アンナはその穴を埋めるために王都に兵を持っている『王』を通して他の姫に働きかけるようだ。
しかし、そんなアンナの発言に苦しげな表情を浮かべるのはルシアンだった。
「――確かに他の姫はアンナ様とは違い、王都を本拠地にしていますから兵はすぐ駆けつけることができるでしょうが……いいのですか? 『王』に会うというのは……」
「こんな状況だから、仕方ないわ。……本当は顔すら見たくないのだけど」
「アンナ様……わかりました。今からメーティスと連絡を取ってきます」
ルシアンに一度、アンナが他の姫と仲の悪い理由を鱗片だけ聞いたことがある。
ルシアン曰く、「アンナ様は『王』のものを貰いすぎてしまった」らしいが、詳しい事はそれ以上教えてくれなかった。
多分、今回の苦しい表情はそういったことに関係するものだろう。
ルシアンが去った後、エリファがしばし何を言ったらいいのか分からずに沈黙していると、アンナが口を開く。
「私も今から『王』のところに行くから、それを食べてからでもいいわ。できるだけ早く、警戒態勢をとりなさい」
「あ……」
そう言ってアンナもルシアンに続き、その場を後にする。
何か、その背中に呼びかけようとしたのだが、喉から音が出なかった。
「エリファさん。さすがに奴らもこんなに直ぐには来ないっすから、とりあえず落ち着いて食べるっすよ」
「……そうだね」
ローレンスに言われて頷いて目の前の料理に手を伸ばす。
――その無駄に豪華な食事は、高級食材たちの不慣れで、緊迫した味がした。




