二章第13話 『巷で噂の』
「すごい……」
「ああ、これは予想外だな……」
吐き気と闘いながらも、なんとか辿り着いた王都の様子は、いい意味でエリファとザガの想像を裏切った。
白い石でできたどこか高貴さと威厳を感じる佇まいの大きな城門。その下をくぐったエリファ達の眼前に広がるのは、今までの悪のイメージを尽く覆す、人々の活気溢れる大通りと商店街。
ある所では商品の実演販売、またある所では値切ろうと店主と談を繰り広げる人や、楽器の演奏を披露する者。
そんな予想だにしなかった賑わいを見せる大通りと商店街から視線を上へとずらすと、その奥の青空の中に聳え立つ、縦にも横にも巨大な、国の繁栄の象徴であろう城。
その城の尖った屋根の上には、今のエリファの位置からも視認できる程の大きさの真ん中に何かしらのマークが描かれた白い旗が風で靡いていた。
エリファの脳内に浮かんでいた、なんかこう、薄暗くて人の表情も影がさしていて、荒んだ王国の姿はどこへやら。パッと見、いたって平和だ。
「でしょう?お二人が言ってたよりは断然マシっすよね?」
「マシどころか全然……ほんとにここ『ノワンブール王国』なの? 実は馬車のおっさんが道迷って違う国に来ちゃったとかない?」
「ないっすよ」
「デスヨネー」
ザガがそう言うのも無理はない。それ程までに、思い描いていたものと違うのだ。
前々から、ルシアンやローレンスに国の様子自体はそこまで悪くないと言われていたが、これが『百聞は一見にしかず』というやつか。
「なあ、あれってさ、アンナ姫の所の服装じゃない?」「ほんとだ。となると隣にいる可愛い子は誰だ?」「ドレスみたいな服だし、アンナ様の知り合いの貴族とかじゃない?」
感心しながら商店街の通りを歩きはじめると、そんな疑問の声がいくつも、視線とともに投げかけられた。
ローレンスの服装はルシアンと同じで白を基調としたアンナ領の兵士の制服に赤い竜の腕章をつけた格好をしている。
隣を歩くエリファはアンナに「制服より今の格好の方が可愛くて良いわ」と何故か興奮気味に言われたので、今までと同様、白黒のドレスを身にまとっていた。
「ばっか、お前わかんねえのか? あの白黒のドレスに黒紫の二つ結びの髪だぞ!?」「え、嘘。じゃあこの人が……?」「ああ、間違いないアンナ領の最大戦力と名高い『幽鬼の姫』――エリファ様だ……!」
「おうおう、そうだぜ! ここに居られる世界一美しくて、宇宙一可愛い姫は、そう! 『幽鬼の姫』、本人様だぜ!!」
「そっすよ〜! エリファさんは素晴らしい御方っすから、今のうちにその目に焼き付けておくといいっすよ〜!」
「二人とも恥ずかしいから止めて……!!」
「いてっ!」「ぐおっ!」
人混みの中、ヒソヒソと話す者達の声を聞き、ザガとローレンスが急に、仰々しくエリファを持ち上げる口上を述べるので、エリファは頬を赤くして慌ててローレンスは頭を殴り、ザガは強く握り制止する。
「まあ、冗談……でもないっすけど、さて置いて。――自分達は王城に用があるっすから道を開けてくれたら嬉しいっす〜」
「す、すみません! すぐに!」
「いや、出来たらっていう話なんでそんな必死にならなくてもいいっすけど」
「……結構、俺らのこと知られてんのな」
「実際には、この制服とエリファさんが。っぽいっすけどね〜」
ローレンスは民衆のその真面目すぎる態度に苦笑する。ザガは、どれくらい自分達の名が知れているのかよく分かっていなかったらしいが、だとしたらよく、さっきこれほどの大衆の前で豪語出来たものだ。
考えれば考えるほど、恥ずかしくもなるし、怒りも湧いてくる。なんだこの主を辱めるふざけた従者は。
「その点、まだローレンスの方が……いや、同罪か」
「なんか、唯一の尊敬する人に馬鹿にされてるっす」
正確には従者共だったか。と、一人納得するエリファ。それに、不満げに項垂れるローレンス。
ともかく、この王都に来た理由は二つ。
一つはアンナに来いと言われたから。これはそのまんま屋敷の方でアンナに「用事で王都に行くから、見学がてらエリファもついてきなさい」と命じられられたというものだ。
その当のアンナは二日前にエリファ達よりも先に、王都へと向かい、今ごろは城の中にいるはずだ。
ちなみにルシアンもアンナについて行っている。
もう一つは、ずばりレヴィアナとのコンタクトを試みること。
これは、別にアンナに言われている訳ではなく、個人的に、どうせ城へ見学に行くんだったら、五人の姫の一人で、ファティネを送り込んだ張本人の顔と声くらいは知っておきたい、というものだ。
騒ぎを起こすと不味いということは重々承知しているから、少し見るだけ。
できることなら短い会話くらいはしたいものだが、事は国絡みなので、多くは求めない。
「――ああいや……もう一個、ここでの目的は、ある」
「その姫の口振りからすると……『飢餓の絶望』か?」
「……そう、何かしら情報が手に入ればいいけど」
アンナの屋敷を中心に広がる町、『プレストロイ』。その町の人々を一晩で理性を失い人を喰らおうとする『捕食者』へと変貌させた首謀者。その名をシリアル・ファングリルまたは『飢餓の絶望』。
紅髪の一輪の花を思わせる少女の姿をしたそいつは、人を喰らい合わせるという罪深い行為を単なる娯楽だと言ってみせた。
あれはまさに狂気、狂気そのものだった。理解不能。生物が同じ種族同士で捕食し合う場面を見て何が楽しいのか。
「エリファさんも、アンナ姫も血眼になって調べてるっすもんね。自分は実際に遭遇はしてないっすけど、話聞くだけで鳥肌もんっすからね〜」
「鳥肌物っていう点ではローレンスの私への異様な忠義もだけどね……アイツみたいにならないでね」
「ザガさん! 聞きました!? エリファさんが自分の心配してくれてるっす!」
「おう、一字一句逃すことなく聞いてたけど、どう捉えてもお前が考えてるようなポジティブな意味じゃねえぞ」
事件が起きてからこの半年間、一応は『飢餓の絶望』の少女の事を調べようとはしてきたが、未だにその足掛かりはゼロに等しい。
なんせ突如現れ、穴に消えるのだから、どの方角に逃げたとか、そういった簡単なことさえ分からないのだ。
「でも……アイツは『早く帰らないと怒られる』って言ってた。どれくらいの規模かはわからないけど、他にも仲間がいる。これだけは確か」
エリファが言ったそのことの恐ろしさを感じ取って、ローレンスとザガは押し黙る。
仲間、あるいは上司か。それこそ最初は普通の組織で働いていて、その休憩時間にやってきたかと思ったりしたが、よくよく考えなくとも、あんなまともじゃないやつに一応の言うことを聞かせられる奴らもまともじゃないに決まってる。
『飢餓の絶望』と同等かそれ以上の奴が、裏にいる。
「……ま、姫。なんの手がかりもない今、そんなことを難しく考えたって徒労だ。むしろさっき言ってた通り、その手がかりを掴むためなんだろ?」
「そうだね……とりあえず、最初は城に行ってアンナとルシアンと合流しなきゃね。もう待ってるは――」
「きゃあああああああ!!」
ザガに同意して、一先ずの目標に改めて足を急がせようとした時だ。
エリファの言葉を遮り、突如として、一行を避けていた人だかりを甲高い女性の悲鳴が貫いた。
その悲鳴の発生源を見やると、人混みの中、逃げる顔を仮面で隠した男と、それを追う女。男の手にはおおよそ男のものではなさそうな可愛らしい鞄が握られていた。
その状況を見て、理解する。
「そいつ泥棒よ! 誰か捕まえてええぇぇ!!」
男の全力疾走に女は追いつけず、走りながらも離れていく男の背中に指を指しながら助けを乞う。
人の波を押し避けるように、捕まることなく、颯爽と駆ける男が、そのまま商店街の店の裏、路地裏へと入ろうする。しかし、それよりも早く、
「――『呪いの鎖』」
短く、小さく、まるで天使を思わせるような美しく澄んだ声が響いた。
同時に、男の足元に黒く僅かに紫に発光する鎖が現れ、次に、手足諸共縛り上げ、男の身体を宙に固定し拘束する。
「う、うわぁぁぁあああ!!」
観衆がその男が拘束されるまでの一連の流れを見届けていると、人の海を軽々と飛び越え、男の前へとふわりと誰もが見蕩れるような可憐な少女がその身にまとった白黒のドレスを優雅に揺らしながら降り立つ。
「ちっ。くそがあっ!」
「動かないで。『咎人の剣』」
「ひっ!」
少女は未だ鎖に自由を奪われてなお抵抗しようとする男に近づいていき、その首元に鎖と同じくどこから現れたか分からない黒の剣の鋭い切っ先を当て、冷たく言い放った。
男は少女に命を掴まれ、短く悲鳴をあげる。
「ローレンス。その落ちてる鞄、元の持ち主の女の人に返してあげて」
「了解っす!」
この場の誰もが目を奪われた少女――エリファは、男を拘束していて手が離せない自分の代わりに、ローレンスに鞄を女性に届けるよう指示する。
その後、一部始終を目撃した大衆から、地面を揺らす程の歓声が沸き起こり、爆発したのは言うまでもない。
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「いや〜! それにしてもかっこよかったっすね〜さっきのエリファさん!」
「最近元々高い姫の魅力がさらにどんどん上がってて、ザガちゃん、ふとした瞬間に心臓止まって死にそう」
「……ザガって火の玉なのに止まる心臓あるの?」
「はっ!! 確かに、そこは盲点だった! ……冗談だ。人型の時はあるぜ? ドクドクいってるし、まあ、取り出したことないから確証ないけど」
「いや、そんなこと普通はないっすよ。ところで見たっすか? 身柄が引き渡される時のあの男の仮面の下の顔! しょぼかったっすね〜!」
「そう言ってやるなよ……しょぼかったけど」
ローレンスが無邪気な笑顔で、毒を言い放つので見た目とは裏腹に結構エグイなこいつと、散々な言われようの男を少しだけ不憫に思うエリファ。……しょぼかったけど。
あの後、騒ぎを聞きつけた王国の兵士がすぐさま男の身柄を連行し、去り際に感謝の意を伝えるべく活躍したエリファ達に皆揃って、右手で拳をつくり、胸に当て、一礼してきた。
ますます、礼儀正しいところを見ると、あのヴェルラとかいう王国騎士がいた所とは思えない。
ひったくりという事件は起きたが、その一回だけだし、それにあの人だかりではこんな事件は起こっても仕方が無いだろう。
「凄かったな……さっきの」「あれが『幽鬼の姫』か、一瞬だったな」「イメージとは違って可愛いな」
群衆は、未だ興奮冷めやらぬといった感じで、エリファの活躍に思い思いの言葉を口にしている。
こういうので、アンナの支持率が上がれば嬉しい限りなのだが。
まあ、先程から「アンナ様」と取り敢えず敬称付きで呼ばれているので元々そんなに低いというわけでも無さそうだ。
そんな、エリファ達を囲う国民達の騒ぎは、城に着くまで続いた。
誇張でもなんでもなく、本当に城の入口で、兵士が止めに入るまで続いたのだった。
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「――あら、やっと来たわねエリファ。聞いたわよ、商店街で大活躍だったみたいじゃない。それでこそ私のエリファよ」
城へと入ると、エリファ達の到着を待っていたのか、すぐに声が広い空間に響く。
一行の活躍を喜ぶ、その少女が背中に隠した手に、いくつもの傷がついていたのをエリファは見逃さなかった。




