二章第12話 『――王都へ』
『幽鬼の姫は終焉に揺蕩う』、チュートリアル終了です。
「――大丈夫っすか? エリファさん」
「……結構、大丈夫じゃないかも」
揺れる無駄に豪華な装飾の馬車の中で、エリファは向かい合う形で正面に座る、深緑のくせっ毛の短髪の黄色い眼をした少年に心配そうな声をかけられ、頭を抑え俯きながら苦しく答える。
全く想定外の事態だ、
「まさか、姫が乗り物に弱いとは……」
そう、エリファが馬車で苦しんでいる理由は、その馬車の揺れが三半規管を乱すことにより神経を刺激することが原因の吐き気。通称、『乗り物酔い』だ。
エリファは『完全幽体』という体質により物理攻撃を無効化することが出来るが、その弱点がもちろん魔法攻撃である。
並べれば、意外と出てくる弱点。その項目に本日新たに『馬車』が加わった。
他の弱点と比べても非常にダサみのある弱点である。
「うっ……『幽鬼』なのになんで……あれ? ココハドコワタシハダレ」
「ザガさん、大変っす! エリファさんが吐き気のあまり、記憶が飛んでしまいましたっす!!」
「吐き気のあまり記憶が飛ぶってどんな状況だよ。……ああでも、苦しんでる姫も、ちょっとふざけてる姫も可愛い、好き!!」
「くっ……この薄情な従者が……! 主がこんなにも苦痛の表情を浮かべているというのに……!」
「コントみたいな会話できてるうちはまだ大丈夫そうっすね〜。それより、やっぱりエリファさん出会った頃と比べて明るくなったっすね」
――町に溢れかえる理性を失った人々である『捕食者』、屋敷への『魔力柩』を狙った侵入事件、『飢餓の絶望』と名乗った少女の出現。
これらが起きたあの日から――約半年。
最近は、特に「前よりよく話すようになった」とか「前より明るくなった」といった言葉をかけられることが多いのだが、正直なところ生憎とエリファにはあまり自覚がない。
自分では背が伸びている実感を感じにくいが、他人の目からは明らかに伸びていて、その感じ方のギャップに驚く、というあれだろうか。
まあ、エリファにはそもそも背が伸びるという経験をしたことがないのだが。
そうやって、先程からエリファを心配してくれる話し方が少々特徴的な少年は、四ヶ月前、つまり事件が起きた日から一ヶ月経ったあたりで、魔物に襲われているところを助けてやってから、慕って付いてきてくれている――ローレンス・ルラウドである。
「目的地の王都まで、あともう少しっすからファイトっすよ、エリファさん!」
「あと少しってどれくらい……?」
「一、二時間くらいっすね」
「ああああぁぁぁぁぁ」
一、二時間と聞くと短く感じるかもしれないが、分単位に直すと六十分もしくは百二十分だ。これが気分が悪い時に限って結構長く感じる。このある意味の地獄がまだまだ続くことを理解して、絶望の声をあげながらさらに項垂れるエリファ。
「なんかあったら、自分がなんとかするっすから大丈夫っすよ! なんならこっちに吐かれてもエリファさんのなら多分いけるっす!」
「レン……お前、マニアックだな。俺も負けてらんねえ」
「え……」
何が「多分いける」のだろうか、それに賛同し何故か対抗心を燃やすザガもザガだが。
両手と身体を前に出して受け入れ体勢をとるローレンスに、エリファが気味悪そうな表情で身を少し後ろに引いて、余計にここで吐くわけにはいかないと口を抑える。
ローレンスは一応、エリファと同様にアンナの所に身を置く、兵士?騎士?居候?みたいな感じだが、アンナ領に来た理由が理由だけに、ほとんどアンナではなくエリファの従者アンド世話役みたいになっている。
ちなみに従者同士、ウマが合うのかローレンスとザガは中々に仲が良さげだ。
「――それにしても、今は嘔吐よりも王都だな。王都っつうと俺達には嫌なイメージしかないんだけどな……」
「ザガ、それ上手く言ったつもり? ……でも『うぷっ』、確かに王都って聞いて今までの『うぷっ』感じだと、とてもじゃないけど良くは思えないよね」
「お二人に何があったかは自分は分からないっすけど、それは後で聞かせてもらうとして、見た目は悪いところじゃないっすよ。あくまで個人的な感想と外見の話っすが。あと、エリファさんの真剣な声が吐き気を我慢する声で台無しっす」
ザガと酔いを必死に紛らわそうとするエリファの王都に対する不信を聞き、ローレンスはそう言うが、良いイメージを抱けという方が無理な話だ。
ヴェルラという王国騎士がセレマやユウマがいた村を襲い、アンナの言う他の四人の姫との不仲、さらには――、
「あの侵入者……ファティネだったか? あいつも王都からの刺客だったしな」
「ん……」
「例のサイコパス女っすか?自分は事件の後に屋敷にきたのでよくわかってないっすが……」
侵入者とは、半年前の事件で屋敷に侵入した、『刀』という武器を持った女のことである。
その女の口から屋敷を襲撃した理由を聞いたのは、事件からすぐの事だった。
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『飢餓の絶望』――シリアル・ファングリルと名乗った少女が逃亡し、アンナとの協力関係を築いたあと、すぐに一行は沈静化した町人や、負傷したが息のある者達の治療のために屋敷へと踵を返した。怒りや、疑念を晴らす時間も手段も無く。
屋敷に戻ると、すぐさま治癒魔法が使える役人達は、負傷者を広く床に何も無い部屋へと運び、集中治療を開始した。
治癒魔法が得意ではないエリファは手持ち無沙汰になってソワソワしていると、
「屋敷の地下の独房に侵入者の手足を縛って閉じ込めてあるから、さっき聞けなかった襲撃の理由を聞きに行くわよ。言わなかったら、拷問でもなんでもしてやるわ」
とアンナに連れられ、二階から一階の玄関へとかかる幅の広い真ん中に赤い絨毯が敷かれた階段の裏、魔法で壁に隠された秘密の通路を通り、そのまま屋敷の地下へ。
その地下で、囚われた女との対話が始まる。
「よっ、サイコパスあはあは女」
「あなたがこの屋敷を、いえ、あの『魔力柩』を狙った理由を聞こうかしら? ……もちろん答えなかったら、わかるわよね?」
「あは♪ さっきまで気を失ってたんだけど、もう少しいたわってくれてもいいんじゃないかな? ……冗談はさて置きどうせ捕まっちゃったんだし、素直に答えるよ。むしろ、その方が私には得になりそうだもん」
「いい子ね。あと、あなたのことを思ってのこのタイミングよ。あなた焦っていたでしょう、だから早い方がいいと思ったのだけれど」
手足を鎖で牢屋の壁に繋がれた女は伏せていた顔を上げ、不健康そうな目元がクマだらけの視線を向けて笑う。
『獣人族』であり獣耳の生えた彼女が動く度に地面と鎖とが擦れる音が、地下の薄暗い空間に反響する。
「あっは! 察しがいいねりょ・う・しゅ・さ・ま♪ ――私はファティネ。この屋敷を狙った理由は依頼されたからだよ」
「ファティネね。で、それは誰からの依頼かしら?」
「依頼された」、つまりは誰かに雇われたということか。それならば、この女は『殺し』を楽しんでいた所から察するに、殺し屋かなんかだろうか。
それで、誰かからアンナの持つ国宝級の『魔力柩』をピンポイントで狙うように指示されたということであれば、その『誰か』はアンナ達の内情をよく知っている人物。
エリファには今の情報だけである程度の犯人像の予測が立ってしまっていた。その正解不正解を確かめるようにアンナが質問を重ね、ファティネは一息ついてから、吐くように呟き、
「……姫だよ。あは、五人の姫の内の一人。――レヴィアナ・フラクトール・ホワイトが私に依頼をしてきた。それも……『獣人族』の人質を使ってね」
「ここでも姫か……」
「レヴィアナ……!!」
ファティネを屋敷へと送り込んだ依頼主。その名前、レヴィアナと聞いた瞬間、アンナは眉間を寄せ、音が鳴る程に、歯を食いしばった。
やはり、とエリファは思う。アンナが五人の姫は仲が悪いと言っていたし、完全治癒の『魔力柩』という秘密兵器じみたものをアンナが所持していると知っていて、それを狙ってくるなど、その他の姫の仕業としか考えられない。
『魔力柩』は見た目、ただの赤の箱のようだが、その実は国宝級の『魔法道具』だ。これがいつ、どういった経緯でアンナの手元へと渡ったかは不明だが、ともかく、盗まれたりしたら単に「失くしました」じゃ済まないことは明らかだ。
それに、こんなにも絶大な威力を持つ『魔法道具』だ、他の姫からしたら、アンナが持っていること自体煩わしくて仕方が無いだろう。
一石二鳥とはこの事だ。持っていて欲しくない物を奪い、奪われたことで嫌いな奴の地位は地に落ちる。
だからこそ、必死なのだろう。
そう人質を取るまでに。
「人質……」
「あは、そう人質」
「『獣人族』は同族の仲間意識が非常に高かったはず。そこにつけ込まれたのね」
「そうだよ、しかも私は『暗殺者』であって『盗賊』じゃないのにね、あは♪ ……こんなに屈辱的なことは無いよ」
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「――つまり、屋敷に侵入してきたそのファティネっていう『獣人族』の女は、王国のレヴィアナっていう姫からの刺客だったってことっすか?」
「うん……簡単に言うとそういうこと」
「じゃあ、その人質はどうなったんすか? 任務失敗したってことは殺されたんすか?」
静かにエリファの解説を有り難そうに聞いていた、ローレンスが一度話をまとめてから、両手を組み、首を傾げて疑問を呈する。
そう、その人質だ。利用されているとはいえ敵の者であるので助ける義理はないのだが――、
「アンナがファティネのこと気に入っちゃったみたいで、いつか助けるってさ」
「あぁ……そんな気がしてたっすよ。あの人、相当物好きっすからね。――でも、『いつか』ってどういうことっすか? 任務に失敗したと解れば、すぐに殺されたんじゃないんすか?」
「……それなんだが、俺らも確証はないんだけどよ、アンナ嬢が言うには、そのレヴィアナってやつは自分が利用できるものはそう簡単に手放さない性格らしいんだわ」
エリファがローレンスの一つの疑問に答えると、もう一つの疑問が生まれる。
その疑問の解答を続けたのは、エリファに変わって浮いているため唯一この揺れを感じていないザガだ。
「つまり?」
「つまり、また女が脱獄したり釈放されたりしても、利用し続けるつもりでいるっつうことだな。むしろ、人質がいることによってファティネはあの手この手で脱獄しようとするだろうしな」
「なるほど、それでもし罪人が逃げたと国に広まれば、アンナ姫の評判も悪くなって、しかも、利用できる者が手元に帰ってくる、でもって未遂に終わったとしてもいつ暴れ出すか分からない爆弾をこっちに仕込むことが出来る、と。か〜憎たらしいっすね〜」
ローレンスはザガの言葉から、もしもの時の結末を察知し、後頭部で腕を組み、体を反らして呆れ顔でため息をつく。
レヴィアナという人物はどう考えても、これからアンナが王を目指す過程で絶対に厄介な敵になるだろう。
現にここまで、振り回されている。
とまあ、こんな感じで、エリファとザガの王国のイメージは最底辺もいいとこである。
そんな、悪い印象しかない、王国へとわざわざ向かっているのは――、
「――あ、エリファさん! 見えてきたっすよ! 『ノワンブール王国』の王都!」
馬車の外の景色を覗き込んだローレンスが大声を出すので、エリファも顔を上げ、窓の外へと上半身を乗り出し、前方を見つめる。
どうやら、先程まで長いと感じていた時間も、ローレンスに事件のことを説明していたら、意外と早く進んでいたらしい。やっと、この『乗り物酔い』からも解放されそうだ。
いささか不安が数多く存在する目的地であるが、身を乗り出したエリファの視線の先、しっかりとした綺麗な石でできた壁に囲まれた王都は、その大規模で、悠然と、堂々とした姿を朧気ながら現れた。




