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幽鬼の姫は終焉に揺蕩う/~Ghost Princess~  作者: 花夏維苑
序章 『姫の目覚め』
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一章第9話  『旅立ちと、感じ取る者達』

 


 扉をノックする音が響く。



「我が王! お時間よろしいでしょうか」


「なんだ」


「失礼します」



『王』と呼ばれた男の言葉に、許可の意を汲み取り、若い男が、黒い鎧の金属音を鳴らしながら、扉を開け、部屋に入る。



「二番隊全員との連絡が取れなくなりました」


「……そうか場所は?」


「例の村です。捜索隊を派遣しますか?」


「必要ない」


「え……」



 隊が一つ丸ごと消息不明になったにも関わらず、男は捜索はしないと言う。それに、若者が驚きで声を出す。



「それで、死ぬのならば、あいつらはこれからの運命の波に耐えられない。それに、二番隊は我々の隊の中でも、曲者が多いが、それなりに戦力の揃った隊だ。その全員が消息を絶つ程の、何かがあの村で起きた」


「それは……?」


「さあな、今はわからん。――だが」


「だが?」


「あの村の隣にある森から、妙なものを感じた」


「『迷いの森』……ですか」


「ああ」



 男はその眼を光らせ、肯定する。


 男の口調や風貌は全くを持って『王』という称号に相応しくないものだが、彼には何故だか、人が寄ってくる。


 今、男と言葉を交える黒い鎧の若者も、その一人だ。



「この部屋に、あの森から、一週間と少し前くらいに、異質な魔力の波動が伝わってきた」



『迷いの森』と、男と若者が居る建物の位置は大分離れており、普通に歩いたら片道に三、四日かかる距離だ。


 そんなにも離れているのにも関わらず、男の魔力感度が高いとはいえ、その波動を伝えてくる魔力の質と量というのは凄まじいものだ。



「あれは間違いなく、やばい存在(もの)だ。そんな訳の分からない存在がいるというのに、捜索隊を派遣させる訳にはいかないだろう?」


「そんなものがあの森に……」


「それに、そんな存在が偶然村に来て、偶然その時に丁度事件が起こって、偶然うちの隊が消息を絶つ、なんてあるか? 都合が良すぎるだろ」



 男は、態度はあれだが、意外と冷静に物事を見る目がある。

 敢えてわかりやすい『王』としての素質を上げるとするならば、この様に、相当に頭が切れるところだろう。



「――『白』でしょうか」


「ああ、間違いなく『白』だ。――くそが。くそが! くそが!! 俺たちを散々コケにしやがって!! あァ憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎ぃぃぃぃイイアアアアアアア゛!! あの時から、そう! あの時からずっと変わらず! アイツが憎いイィイイイ!」


「『王』よ! 落ち着き下さい!!」


「――アア、……すまないな」


「いえ」



『白』という単語を聞いた途端に、突如、目を見開き、何も無い天井を仰ぎ、狂ったように奇声をあげる男。

 それを、若者が慣れた様子で、静める。

 そして、男は弱々しく、椅子に深く腰掛けた。


 若者は、こうやって男が異様な取り乱し方をするのを何度も見てきた。一通り叫んだ後、弱々しくへたれ込むのも。


 男は不安定なのだ、強く、弱く、賢く、愚かで脆い。


 だからこそ、若者はこの男を自分が支えてやりたいと思ってしまう。



「……ともかく、あの村には兵は出さなくてもいい。元はと言えば、研究好きな二番隊が勝手に行ったことだ」


「了解しました」



 会話を終え、若者が部屋を出ていく。




 


 ――――扉を閉める時、部屋の奥で虚ろな目で俯く男の口元が歪み、悪魔のような黒い笑みを浮かべるのを、若者は見逃さなかった。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 とある、セレマ達の村とは遠く離れたとある場所で、ここにも一人、その魔力の波動を感じ取った者がいた。



「――――っ、これは」


「どうかしたのか?」



 一人の少女が、神妙な面持ちで、顔を振り上げると、その傍らの少年が疑問を浮かべる。



「今、何かを、感じた。とても黒くて、力強くて、冷たくて、恐ろしくて、……少し優しい? そんな何かが」


「全くわからん」


「――はっきり言って危険なものよ。これ程の力を、どうやって……」


「……?」


「この波動に気づいたのは私だけでは無いはず、だとすれば、世界そのものが動く」


「ふーん。まあ、俺にはどうでもいいよ。世界がどうなったって、お前さえ無事なら」


「世界がどうにかなったら、私も貴方も無事ではないでしょうに」


「あ、そうか」



 少女にそこまで言われてやっと、事の重大さに気づいた様子の少年。


 少年は、それからしばらくの間、腕を頭の後ろで組みながら喉の中を唸らせて思考するが、すぐに諦めた様子で、頭の許容量を超えたのか「ああああ!」と声を出して――。



「難しい事はわかんないけど、俺がお前を何があっても守ってやるから!」


「――――お願いね」


「おう!」



 少年の発言に、少女は少年と顔を見合わせ、目を丸くして、少し沈黙した後、照れ臭そうにする。


 対する少年の方は、くさいセリフを言ったことに気づいていないのか、何も恥ずかしそうにしていない。




 ふいに降り始めた、白い雪の中で、お互いの様子を見て、二人は笑い合う。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 エリファとザガは大勢の見送り人と村の出入口まで来ていた。



「エリー、本当にあの王都に向かうの?」



 セルマはエリファに向けてそんな疑問を投げつける。


 というのも、今から向かう王都は、『ノワンブール王国』、つまりは事件を起こした、ヴェルラという道化師、もとい騎士が仕えていた国だ。


 セレマにとっては、村を傷つけた者達がいた国であるので、エリファが心配なのだろう。


 もちろん、エリファもその事は承知しているが。



「……うん、できるだけ色々な者が集まる場所の方が、目的が果たせると思うから」



 エリファは、いつもの無表情で、静かに答える。



「それは……そうなんだけど」


「大丈夫だ、嬢ちゃん。むしろ、事件を指示した奴がいたら、一発殴ってきてやるよ」


「……ザガ、そいつ殴るのどうせ私でしょ?」


「俺も、やる時はやるんだぜ?」


「ふうん」


「あ、こりゃ信じてねえなあ!?」



 歯切れの悪い返事をするセレマにザガが心配無用だと伝える。

 そして、そこから展開される、エリファとザガのよくある軽口のやり取り。



 ちなみに、信じれないのは仕方が無いことだ。

 なにせ、今までに、ザガが戦闘に参加したことは無い。

 それだけで戦闘面で役立たずとは言いきれないが、今のところはその場の雰囲気を盛り上げたり、和らげたりとかそういうことにしか役に立っていない。


「ま、何とかなるだろっていう楽観的な考えも大事だぜ」


「……それ、無計画って言うんじゃ」


「そうとも言うな」



 セレマは無計画と、そう言うが、これが、今までに結構、その考えで乗り切って来ているので、いまいち全部を否定は出来ない。



「ちなみに、多分、国の奴らはビビって、この村には手を出してこないと思うぜ、なんせ部隊が一つ全滅だからな、どれだけの規模かはよくわかんねえけど」


「もし、手を出してくるとしても、きちんと下調べして、準備を整えてからになるから、大分、時間がかかるだろうね。それまでに戦闘用の魔法を少しでも覚えて、僕達だけでも少しは抵抗できるようにしなきゃ」



 ユウマは、ザガの言葉に落ち着いて、そう答える。


 やはり、ユウマはこの村にとって優秀な人材だろう、事件が終わったばかりだが、もう次に備えようとしている。

 常に先を考えるのは、そうそう簡単にできるようなものでは無い。



「とはいえ、僕も、君達が王都に向かうというのは、少し思うところがあるよ。今のあの国は、危険だと思う。少なくとも、少し前の王都は、あんな狂った奴らの気配なんて感じなかった。もしかしたら、知らない内に内部状況が大きく変容しているのかもしれないからね」


「……ん、気をつけておく」



 ユウマの警告に、短くリアクションをするエリファ。


 そんなエリファの、全く折れないような雰囲気に、ユウマは、やれやれ、と言うように、手を挙げ、首を左右に振る。



「まあ、何を言っても君達は行くんだろうね。なら、僕もこれ以上は言わないさ」


「助かる。嬢ちゃんも、わかってくれよな」



 エリファとザガがセレマの方を向くと、セレマは不安そうな表情を浮かべるが、直ぐに、首を振って、決心したような顔つきになる。




「ううん。もうわがままは言わないって、さっき決めたばかりだもんね。――わかった。けど、あいつらに指示した奴に会ったら、一発と言わずに、いっぱい殴ってきて!!」


「ははは! そりゃあいい」


「任せて――じゃあ、行くね」


「行ってらっしゃい!」



 エリファとザガはセレマとユウマ、黙っていた村長と、村人達に手を振りながら、離れていく。




 セレマのその瞳には、うっすらと輝く涙が見えたが、それを見ても、誰も何も言わなかった。


 ただただ、皆、エリファとザガの後ろ姿にありったけのエールを送る。


 セレマも、嗚咽をたまに漏らしながらも、身体を震わせながらも、必死に笑顔を保とうとしている。



 ユウマも、村人達も、皆笑う。






 何故ならそう、





 友の夢への旅立ちに涙は要らないのだから。

多分次から新章突入です。

これからも末永くよろしくお願いします。

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