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花園署管内さくらんぼ狩り(1-1)

8:00。

「お前は大概にせえよ!無茶な逮捕しやがって!」

怒号、修羅の如し。

「あー、逃げたんだからしょうがないっすよ。」

反省、していない。

朝一番からの大騒ぎ。

ここ花園警察署刑事課の日常である。

「毎回毎回、なにかとブチ壊さんと仕事ができんのか!」

色黒なのに赤面していると分かるほど盛大にブチ切れているのは、大原純二(おおはらじゅんじ)警部補、42歳。

当直明けの日でも、きっちりアイロンのかかったスーツを着ている。

職場では神経質の現人神と呼ばれていることは、本人だけが知らない。

「ちょっと、唾飛ばさないで下さい。」

オフィスに響き渡る罵倒を、まるでそよ風の如く気だるげな表情で受け流すのは、神城笑(かみしろえみ)、巡査部長、27歳。

白いTシャツに、細身の黒いスキニーパンツ。

明るい茶色で背中まで伸びたストレートヘア。

切れ長の目が、冷たそうとか性格キツそうなどと職場で揶揄されていることは、本人も知っている。

刑事課の中央にある大原警部補の事務机を前に、神城は今日も立たされていた。

呼び出された理由もそこそこに、昨日乗った捜査車両にチョコボールを置き忘れてきたなぁ等とぼんやり考えていると、刑事課出入り口の扉が静かに開いた。

「今日はいつにも増して賑やかだな。外まで聞こえとるぞ。」

大股でゆっくりと歩く男が、すれ違いざまにポツリとこぼし、大原警部補の隣、つまり刑事課長席に腰かけた。

岩山厳(いわやまげん)、警部、58歳。

元機動隊柔道特練の課長は、現役を退いてなお隆々とした筋肉をスーツの下に隠している。

いや、隠せていない。あまりの恰幅の良さに、胸襟がシャツからはち切れそうだ。

太くて意思の強そうな眉と、窪んだ二重まぶたが、殺人的な威圧感を醸し出している。

機動隊時代に「ラ王」と呼ばれていたことは、課長と同期の署長が朝礼で面白おかしく吹聴したせいで公然の秘密となった。

「課長!こいつがですね!懲りんのです!」

「今度は何だ。」

「昨日の夜間に、盗難手配のかかったナンバーついた原付を運転するガキがいまして。交番が職務質問してる途中で逃走したんですよ。神城もバイクで追尾したらしいんですがね、そこでこの馬鹿はガキが運転する原付の前輪に警棒を突っ込んだんですよ!」

襟足の伸びた反抗的な子供だった。

制服警察官が何度も止まれと指示したのを小馬鹿にしながら信号無視を続け、大通りで事故を誘発するのが目的のように蛇行運転していた。

交番からの無線を聞いた神城は、いち早くバイクに乗って署を出た。

10分も走らないうちにカーチェイスするパトカーと原付を見つけた。

そして無言で原付に並走し、前輪に警棒を差し込んだ。

すると前輪だけが急に固まって動かなくなったので、原付が前方に一回転し、運転手ごと飛んでいったという次第だ。

クソガキ、間抜けな顔してたなぁー。

神城は、その時のことを思い出して、つい口許が弛んだ。

その態度にまた大原警部補は腹を立て「笑ってんじゃねえ!」

と一喝。

一方、岩山課長は淡々としている。

「神城、そのときのこと逮捕手続書には何て書いたんだ。」

「……『本職が把持していた警棒を被疑者の前に差し伸べ、停止するよう呼び掛けたところ、被疑者はハンドル操作を誤って転倒した。』です。」

「何罪で逮捕した?」

「逃走中の信号無視の現行犯で。オートバイは、たしかに被害届出てましたけど、被害場所が県外なうえに1年前の発生です。転売ないしナンバーつけかえを考えて、その場では道交法でいきました。」

「100点だ。道交法すぐ釈放になるだろ、被害づけしとけ。」

「はーい。」


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