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ショートショート集

春の怪談

作者: 青樹空良

「ねぇ、聞きました?」

「ん? 何が?」


 隣の席の後輩、鈴木さんが声を掛けてくる。


「私、他の部署の同期から噂で聞いて怖くなっちゃって……」


 だから、何が? と言いそうになるが続きがあるようなので待つ。


「岸本さんはそういうの平気そうなんですけど……、うちの会社の前の公園、出るみたいなんです」


 そう言って、鈴木さんは聞いてもいないのに教えてくれた。

 どうやら最近、会社の前の公園に髪の長い女の幽霊が出るらしい。



 今日も一日働いた。

 会社を出ると、もう暗い。

 私の足は公園へと向かう。

 会社の前に広い公園があるのは本当にいい環境だ。


 自販機で飲み物を買っていつもの場所へ。

 ベンチにどさっと座って、空を見上げる。


 そこには、夜空をバックにうっすらと月明かりに照らされた満開の桜。

 手に持ったビールの蓋をカシュッと開ける。

 冷たい液体を喉に思いっきり流し込む。


 ああ、天国。


 ついでに、会社ではゴムでまとめている髪の毛も解き放つ。

 こういう瞬間があるから仕事もやってられる。


 と、何かを思い出した。

 そういえば、鈴木さんが幽霊の話をしていた。

 会社の前の公園といえばここしかない。


 急に背筋が寒くなる。

 鈴木さんは私なら平気だとか言っていたけれど、自慢じゃないがそういうのは苦手だ。

 恥ずかしくて、人前では出さないようにしてるけど。


 缶を振る。

 まだ飲み始めたばかりだからかなりの量が残っている。


 桜が風でざわりと音を立てる。


 飲みかけのビールを持ったまま立ち上がる。

 昨日までは何も感じなかったのに、急に一人でここにいるのが怖くなってしまったではないか。

 ……聞かなきゃ良かった。


 次の日、私は悩んでいた。

 もちろん、悩みは一つ。


 花見酒に行くか、行かないか。


 別に毎日あそこで飲む必要も無いのだが、桜の花は見頃が短い。

 年に2週間もないような桜が美しい時期を楽しまないなんて、日本人としてどうなんだ。


「鈴木さん」

「はい?」


 悩んだ末に、帰り支度をしていた鈴木さんに声を掛ける。


「前の公園でちょっと花見でもしていかない? 今、ちょうど満開なんだ」

「え、でも、前の公園って……」


 鈴木さんが困ったような顔をする。

 わかる。


「無理にとは言わないけどさ、すごく綺麗で今見ないともったいないんだよ」

「俺行く!」


 鈴木さんが答える前に、なぜか背後から返事がある。


 同期の山田くんだ。


「僕も行っていいかな」


 離れた机で、課長が手を上げる。

 芋づる式にというか、なんというか次々と男性陣の手が上がる。


 いや、一人で行くのが怖かったからいいんだけども。



 桜の下には人だかりが出来ていた。

 というか、これでは普通に宴会だ。

 公園内の明かりも届きにくくて、いつもは少し薄暗い場所なのだが、人が多いだけでなんだかいつもより明るく見える。

 結局、鈴木さんの姿もあった。


「岸本さん、すごいですね」


 隣で甘そうなチューハイをちびちびと飲みながら、話しかけてくる。

 私はもちろん、ビール。

 どっちかと言えば、オッサン属性だから……。


「やっぱり、美人の人に誘われると男の人ってぞろぞろついて来ちゃうんですねぇ……」

「何言ってんの、もう酔ってる?」

「いえ……」


 ほんのりと鈴木さんの頬は赤い。

 そういえば、鈴木さんは飲み会のときにも真っ先につぶれている。


 周りでは正しい桜の下の宴会が繰り広げられている。

 つまり、どんちゃん騒ぎ。


 これなら、幽霊も出ないだろう。

 桜もきっと、たくさんの人に美しい姿を見てもらえて喜んでいるはずだ。

 ぼんやりとした月明かりに照らされた桜の花がとても綺麗だ。


 ああ、ビールがうまい。


 そして翌日、今度は公園で幽霊たちが宴会をしていたという噂が流れたのだった。


 ……髪の長い女の幽霊って私だったんかい!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後のオチがには笑いました。 [気になる点] 幽霊だと間違割れていたのが自身だと気づく根拠としては薄いような気もします。 [一言] 幽霊なんていなかったというオチは、もしもこれがホラーだっ…
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