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惡の華が咲く前に

今回のお題は「アンニュイ」と「下まつげ」です。

 「世紀末ってさ、世界が終わっちゃうって感じしない?」


 さっきまで隣で寝ていた愛海がいつの間にか上体を起こしてこっちを見つめていた。


「なんだ、起きたの?」


「うん、なんか目が冷めちゃった…」


 寛斗はワイシャツに腕を通しながら背中越しに応える。


「まだ早いから寝ときな。俺もう行くけどスープ作ってるから温めて食べて。」


「ヒロ君ありがとう。ねぇ…、私たちって…」


 愛海の言葉は、バタンと閉められた玄関の扉にぶつかって落ちた。





 最近の彼女は前よりも少し変わった気がする。


 寛斗は満員電車の中で愛海のことをなんとなく考えていた。愛海の最近の趣味は読書だとか。受験の時に聞いたことがあるような無いような外国の人が書いた本を読んでいるみたいだ。寛斗が帰ってきた頃には彼女は寝ているので、実際に読んでいる姿は見たことがない。ただ、テーブルの上に何冊か本が置いてあるのを見ただけだ。


 就職3年目の寛斗はただただ仕事に追われていた。大きくも小さくもない会社のため、3年目でもちょっとした責任者をやらされる。そのため、慣れてない仕事が増える一方で、最近は早朝から深夜まで会社に入り浸りだ。



 今日家を出る前に彼女が俺に言おうとしていた言葉はなんだったか…





「下まつげがかわいいね。」


 それが彼に言われた最初の台詞だった。



 愛海からすると寛斗は3歳上の先輩。入ろうと思っていたサークルの初めての新歓飲み会に参加した際にそう言われた。

 実際、子どもの頃からまつ毛が長いところを羨ましがられることもあり、自分のまつ毛には少しばかりの自信があった。そんなこともあり、初対面で相手の魅力を見つけて褒めることができる寛斗になんだか惹かれた。


 愛海と寛斗が付き合ったという噂がサークル内で広まるのも、それほど時間はかからなかった。


 寛斗は卒業後内定をもらっていた会社に入り、日に日に忙しくなっていった。大学生と社会人とじゃ、生活感が違い過ぎるから長続きしないよ、と周りから散々言われてきたけど、なんとか続いている。


 バイト代を充てて、まつ毛サロンというものに行ってみたが、寛斗は気づいてないみたいだ。



 それでも私は彼が好きだ。




 それから何も変わりばえのない日が続き、相変わらず寛斗は仕事に追われるが、頭の片隅で、愛海の言葉がチラつく。何か重要な言葉だったような気がする。


 その日も深夜に帰ってきた。愛海はいつも通りベットですやすや眠っている。


 ふと、テーブルの上にある1冊の本が目に入った。「ボードレール」という著者名。確かフランスの人だったか。気になって他の本も見てみると、「ベルレーヌ」、「ランボー」など著者はバラバラだった。



 次の日の朝の電車の中、やはり前のことが気になって、昨日見た著者名を検索してみた。


「共通しているのは…19世紀末のフランスの作家…作品はその時期の風潮から生まれたアンニュイとした作風で、それらは世紀末的からくる倦怠感や虚無感を感じさせる…。」


 それを読みながら寛斗は愛海の言葉を思い出していた。



「世紀末ってさ、世界が終わっちゃうって感じしない?もう少ししたら新しい世紀が始まる言わば変化の時期だけど、私には世紀末って言葉から希望は感じられないんだ。」



 それは、大学生時代よく愛海が話していた言葉だった。


 そしてあの日の朝、寛斗に語りかけた言葉のひとつでもあった。


 そう言えば部屋を出ていく瞬間に言っていた言葉は…



 ハッとして寛斗は急いで電車を降りた。


 反対方面の電車に乗り換えて、もと来た道を走って戻る。


「ねぇ…、私たちって…なんだか世紀末みたいな関係だよね。」


 確かにそう言っていた。世界が終わっちゃうみたいだと。



 部屋の扉を勢いよく開けると、愛海は驚いた顔をした。


「あれ、どうしたの?忘れ物でも…」


 愛海の言葉を遮って強く抱きしめた。


「ごめん…ごめん。」


 今まで忙しいとい言葉で全て片付けていた自分に憤り、そして悔いた。



 そのまま時間は流れ、しばらくして寛斗は彼女の顔を見つめた。


 下まつ毛には涙が溢れんばかりに乗っかっている。


「下まつげがかわいいね。」



 そう一言呟いて、2人は抱きしめ合ったまましばらく笑っていた。





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