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色をくれた人

今回のお題は「透明人間」と「毛玉」です。

 透明人間になることができると言ったら君はどう思うかな?


 多くの人間は少なからず透明人間に憧れがあるんじゃないだろうか。いたずらをしてもバレないし、店頭でつまみ食いするのもアリだし、好きな子の…おっと、これ以上はやめておこう。


 とにかく、僕はそんな、みんなが憧れている透明人間になったみたいだ。どうやら後天性のもので、ちっちゃい頃はちゃんと見えていたみたいだけど、いつの間にか姿が見えなくなった。面白いことに、透明だからといって実体が無いわけじゃない。ちゃんと触れることができるし、大好きなリンゴを食べることもできる。


 でも安心してね。悪いことはした事無いから。




 透明な日常にも最近は慣れた。


 朝起きたら布団をたたんで、自分でトーストを焼く。でも洗濯の仕方はまだ知らないから、学校の制服は少しずつ汚れてきている。ダメ元で今度洗ってみよう。


 朝ごはんを食べて準備ができたら家を出て学校へ向かう。


「行ってきます。」


 学校へ着いたら迷わず自分の席へ。「おはよう」って少し大きな声で言ってみると、一瞬周りのみんながギョッとした顔になった。誰もいない所から声がしたらそりゃビックリするよね。


 休み時間は本を読むことにしている。外に出てみんなとドッジボールをしたいと思ったこともあるけれど、透明な僕が混ざったらちょっとしたパニックになるかもね。


 授業中も先生に当てられることもないし、ゆっくり寝てても怒られない。ただ、給食は自分で取りに行かないと無くなっちゃうから要注意だ。


 何事もなく学校生活が終わり、今日も下校する。



 そうだ、公園にでも寄って帰ろう。帰りに寄り道できるのも透明人間の特権なのだ。



 午後の公園には子ども連れのお母さん達がたくさんいる。子ども達はみんなで集まって砂場で遊んでいて、お母さん達は井戸端会議。もちろん僕に気づく人はいない。

 僕は木漏れ日を浴びながら公園のベンチで休憩していた。



「ねぇ。」


 誰かが近くで話をしているのかな?


「ねぇってば。」


 ふと、目を開けると目の前には女の人が立っていた。中学生か高校生か、もしかしたら大学生かもしれない。少なくとも、僕よりは歳上であろうお姉さんだ。

 どうやら木漏れ日が気持ちよくて寝てしまっていたみたいだ。



 って、そんなことよりこの人…


「僕が見えるの!?」


 女の人は一瞬怪訝な顔をして、それから「何言ってるの?見えてるよ」と、僕の目を見つめながら困ったように笑った。


 素敵な笑顔だ。心の奥でそんなことを考えていた。


 それからお姉さんは僕の隣に座ってきた。人と話すのはいつぶりだろうか。


「君の服、なんでそんなに毛玉が付いてるの?」


そうお姉さんに問われてハッとした。毛玉は透明にならないのか。着ている服は僕と一緒に透明になるけど、表面に着いているだけの毛玉は透明にならないのかもしれない。だからお姉さんは僕の姿を捉えることができたんだ。危うく毛玉人間になるところだった。


「洗濯の仕方が分からなくて、毛玉もどんどん増えて困ってる。」


 「洗濯…って家の人、お母さんやお父さんは洗ってくれないの?」お姉さんが不思議そうな顔をした。表情の豊かな人だ。


「パパとママは洗わないよ、ぼくが透明人間だから。」


「透明?」


「そうだよ、家にいてもパパもママも僕にぜんぜん気づかないんだ、すごいでしょ?だからご飯も自分で用意するし、他には…」


 久しぶりに人と話せるのが嬉しくて、なにより僕を見える人がいることが嬉しくて、ついつい自分のことを沢山話してしまった。家でのこと、学校でのこと、透明人間だからこんな事もあんな事もできるって。


 でもお姉さんは僕が話すたび悲しそうな顔をするんだ。悪いことはしてないよってちゃんと言ったんだけど、終いには目に涙を浮かべていている。


 まだまだ全然話し足りなくて、お姉さんにもっと知ってもらいたくて、しゃべり続けようとしたけど、だけど…不意にぎゅっと抱きしめられた。


「もういいよ。」


「…え?でも、まだたくさんあるん…」


「もう話さなくていいから。」


 一度目よりも少し強めに言われて口をつぐんだ。お姉さんは温かかった。人の温もりを感じたのもそういえば随分と久しぶりだ。


「君はちゃんと見えているよ。」


 しばらく黙って抱きしめ続けていたお姉さんが優しい声で言った。


「大丈夫、私にはちゃんと見えているから。君は透明人間なんかじゃない。」


 そう言われた瞬間、何故だか涙が溢れてきた。よかった、ちゃんと見てくれる人が、話してくれる人がいるんだ。


 もう自分が透明人間だと言い聞かせなくてもいいんだ。


 お姉さんの温かさに包まれながら、僕は自分の色を確かに感じていた。



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