湯気立ちぬ
第3話のお題は「たまご」と「たこやき」です。
「あいつどこ行ったんだよ。」
富永は深夜の暗闇を走り回っていた。数時間前に部屋を飛び出した彼女が一向に戻ってこないのだ。彼女の友美はいつもちょっとしたことで怒り出し喧嘩になる。しかし、いつもはしばらくすれば機嫌が治るため、出ていったきり帰ってこないという珍しい状況に内心焦っていた。
そもそものきっかけは友美の部屋にタコ焼き機がないことをからかったことだった。冨永は大阪の大学に入学するために九州から引っ越してきた。それまで生まれてから一度も関西に来たことがなかった。そのため、関西についての情報はよくテレビでやっているような都道府県を紹介するバラエティー番組で得た知識しかもっていなかった。友美は大阪生まれ大阪育ちの女性であったため、友美の部屋にはタコ焼き機があるものだと思い込んでいた。そして今日タコ焼きが食べたいという話になり、友美の部屋にあると思っていたタコ焼き機が無かったためからかったのがまずかった。今までも同じようなことを友達からもからかわれたのか、友美はいつも以上に怒り出し、結果出て行ってしまった。とにかく会って謝りたいことと、深夜に女性ひとり外を出歩くことに対する不安でいっぱいだった。
ようやく彼女を見つけたのは深夜三時を回ろうとしている頃だった。富永は駆け寄って心配だったこと、そしてタコ焼き機でからかったことを素直に謝った。友美は「もういいよ。」と言って笑って許してくれた。外でずっとひとりでいたため冷静になることができたみたいだ。
二人で手を繋いで帰った後、途中コンビニで買ったタコ焼きを温めて食べることにした。
部屋にタコ焼き機なんて別になくてもいいのだ。今の僕らは焼きたてのタコ焼きよりもアツアツだ。仲直りしたことが嬉しかったのか、富永はそんなしょうもないことを考えていた。
「はい、あ~ん。」
友美に差し出された湯気の立つタコ焼きを富永は頬張った。
「うーん。やっぱタコ焼きっておいしいよな。俺、たまご料理の中でタコ焼きが一番好きだわ。」
「…は?」
あれ…、思っていた反応と違う。何かおかしなことを言っただろうか。恐る恐る彼女の方を見るとさっき以上に怒っている顔がそこにはあった。
「たまご料理だと?タコ焼きは”粉もん”だよ!!」
富永の中ではたまごを使っているからタコ焼きもたまご料理という認識だったのだが、どうやら違うみたいだ。
…あぁ、第2ラウンド開始か。
タコ焼きのように頭から湯気を立てる彼女をよそに、富永は心の中で力なくつぶやくのだった。
完