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渇きから醒める時

久しぶりの更新です。

今回のお題は「渇き」と「曙光」です。

 もうどれだけモノを口にしていないだろう。泥水すらここにはない。口の中の水分などとおの昔に枯れ果ててしまっていた。

それでも今はただ掘り進めるしかないのだ。


 男は何日か前に土砂崩れに巻き込まれた。

 雨も降っていないよく晴れた日だ。思えばそこは以前から地盤工事が予定されていた辺りだった。工事を行う前に崩れてしまったらしい。

 不運にもその時、男はその場所にいた。何故いたのかは記憶がボンヤリして思い出せなかった。夜中、山道を歩いていた際に起こった事故。何日も救助が来ないということは、あの時間あの場所に人がいたとは考えられていないのだろう。生憎一人暮らしで捜索願いを出してくれる人もいない。

 こんなことなら土砂崩れで死んでしまっていた方が幸せだったかもしれないと男は絶望した。


 大きな揺れの後、目を覚ました男は真っ暗な空間の中にいた。何が起きたのか全くもって検討がつかず始めはパニックになった。とうとうおかしくなってしまったかと思ったその時、手に当たるものに気づいた。それはスマートフォンだ。残念ながら圏外で助けを求めることはできなかったが、明かりがあるだけで人は正気でいられるらしい。男はその後冷静になり、自分が土砂崩れにあって土に埋もれたのだと予想した。幸いにも大きな岩が重なってできた空間に入り込み男は助かっていた。それから男はひたすらに土を掘り進めることにした。平らな石を使えば案外簡単に掘っていける。埋まってしまったとはいえ、もともと崩れた土砂な為、掘るのは簡単だった。


 とにかく掘り進めるしかない。日に日に喉が渇き、空腹も増していくが、男はくたばる訳にはいかなかった。むしろそれらを満たす為にも掘り進めなければならないのだ。


 掘って掘って掘り進めていき、男の渇きは更に大きくなった。視界もボヤけてきた…そこから出る為に寝る事も忘れて掘り続けていた。


 もう限界…だ…。



 男は何かを感じ目を覚ました。目を開けると顔に一筋の光が射していた。あまりの眩しさに一瞬顔を背けてしまったが、少し遅れて歓喜が込み上げてきた。


「ひっ…光だ!!」


 勢いよく光の出所に飛びつくとその勢いのまま土を崩して身体は前に転がり出た。

一筋だった光が視界いっぱいに広がる。


「ようやく出られた…。」


 転がり出た場所は、やはり予想通り意識を失うまでいた山道だった。東の空から太陽が上がってきているのを見ると、土の中の男に曙光が射したことが窺える。

安堵すると同時に今まで我慢していた渇きやら飢えやらが溢れ出てきた。お腹がグルグルと鳴っている。


「あの…大丈夫ですか…?」


 その時、男は誰かからか声をかけられて声の方を見た。そこには買い物帰りなのだろうか、朝ごはんや飲み物が入ったビニール袋を片手に持った若い美しい女性が立っており、こちらを心配そうに見つめていた。


 次の瞬間、男は考えることも、問いに応えることも放棄して女性に襲いかかった。

 渇き、飢え、そして…あらゆる欲望を満たす存在を前に理性などあってないようなものだった。


 男が女性に触れようとしたその時、男の視界は黒く染まり、そして、先程までとは違う景色が目の前に広がっていた。

 身体を動かそうにも動かない。どうやら自分は椅子に座り身体が固定されているようだ。山道ではなく、無機質な実験室のような空間にさっきの女性の姿はなく、目の前には何やら研究者のような装いの男が苦い表情を浮かべて立っていた。


「8月18日午前5時13分 失敗を確認。」


 目の前の研究者が時計を確認しながら淡々と喋っている。


「お前は誰だ…?ここは…どこ…、なぜ俺は捕まっている?」


「おや、目を覚ましたか。」


 男の声に気づき、研究者は興味無さそうな目で男を見つめた。


「説明する義理は無いのだが…、いいだろう、教えてやろう。刑執行までもう暫くかかるしな…。擬似厚生プログラム…という言葉を聞いた事があるか?」


「擬似…なんだって?」


 研究者が口にするよく分からない話に男は完全についていけていない様子だ。


「凶悪犯罪の増加や、再犯増加が問題視されて設置されたプログラム…それが擬似厚生プログラムだ。」


 男のことなどお構いなく、研究者は語り始めた。


「凶悪犯罪を起こした者の再犯率は70%を越えると言われている。そんな中、刑期を終えた者をすぐに解放することが危険視された。そこで国が試験的に設けたのが擬似厚生プログラム。刑期を終えた者の脳波を測定した後、曙光が…つまり厚生の兆しが見えた者の脳に介入して、あるシミュレーションを行う。極限状態に陥った際に、理性が正常に機能するか、それとも本能に従って誤ちを犯すか…どうやら察したようだな。」


 察したもなにも、研究者が口にしている極限状態とはまさに先程まで置かれていたあの状況に他ならなかった。


「あ…あぁ…。」


 男の脳内で様々な感情が交差し、上手く言葉が出てこない。


「君は一度女性への暴行事件で逮捕された。ひと気の少ない山道で夜中に待ち伏せして通行人を何度も襲っていたようだね。シュミレーションの中には君の犯罪時の記憶を思い出せるようなヒントをいくつか用意してあったのだが…非常に残念だよ。」


「そんな…待ってくれ!もう一度チャンスをくれ!!」


「寝言は寝て言うものだよ。君は自分の渇きに負けたのだ。」


 そう言って研究者は部屋から出ていき、後には男の嘆く声だけが残った。


この小説の中で

渇きとは欲望で、

曙光とは希望でしょうか。



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