バイバイ、愛する人よ
病室の窓から吹き込む春風に私は涙した。
再び、感じることがてきた、感じることができる心を持っていた。そう感じたから……。
カーテンで仕切られた端にある病床には、もうあいつの姿はない。
誰もいない病室。なにも聞こえない病室。
しかし、私の胸の中では、木霊するかのようにあいつの聲が何度も何度も響いていた。それは鬱陶しいと言ってはねのけてしまいたい、そう思ってしまうほどに。
本当にあの頃の自分と見比べてみると笑えてしまう。まさか、こんなにもあいつの聲が心に響いてくるなんて、涙が出るほど笑えてくる。
以前の私なら、はねのける以前に答えようとはしなかった。向き合う気すら無かったのだ。人と人との付き合いなんてたかだが上っ面の関係、そんなものに依存するくらいならその時間をもっと有意義に使うと、外部との繋がりを拒んでいた。
だが、それもあいつと出会って、それは私のエゴだと言うことに気づかされた。そして、人に感情も言葉も表さずぶつけようとしなかった私は愚かだと考えを改めさせられたのだ。
自分の無様さを見せつけられて、反省して、後悔して、それでも最後の最後まで素直に言葉に表すことができなかった私だが、今、こうして、やっと心が感じるまま素直に答えることができるようになった。
だから──。
最後にもう一度だけ、お前の聲をこの心に響かせてくれ。
そう言うと、きっとお前はクスリと笑い、口ずさむ。
まるで、小鳥のさえずりのような詞を。
──薫りはどう?
「ああ、温かい櫻の薫りだ。もう、春だよ」
──気持ちは?
「一新されたような気持ちだ。どうしてだろうな、あんなにも悲しかったのに」
──その胸には?
「ちゃんとお前の温もりが灯っている。春風に煽られ、燃え上がる炎のように体全身へ広がっている」
──私のこと好き?
「もちろん、大好きだ。愛している。それにこの指輪が証明してくれるだろう。どんなことがあっても離さない……」
あの時の彼女に言っていたらきっと笑われている。今ももしかしたら笑っているかもしれない。
けれど、今はここにいないから言える。
──バイバイ、私の愛する人。いってらっしゃい、私の愛する人。
病室を出る時に必ずおくってくれた言葉。今ならきっと返せる。
「バイバイ、私の愛する人。いってきます、私の愛する人」
私は人生の幸せと苦難を越えて、この病室を出る。
扉の外にある君が作り出してくれた色のついた世界に向けて。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
どう感じてもらえたのか、正直、わかりませんが、ゆっくりとした時の流れを感じてもらえれば幸いです。
本当は、この作品は消すつもりでした。
それは駄作だとかいう話ではなく、いまの私の実力では続きをどうしても書けないからです。
ただ、消す時にどうしても消すことができなかったのでこうして短編として出させてもらいました。
今後、この作品の続きを書けるように精進していきたいと思います。