異世界転生の壁
どうやら最近異世界転生モノの話が流行っているらしい。
確かにアレはキャラの作りが甘くても「異世界だから」で済ませることができるというメリットがある。
そんな異世界転生モノの一つであるMF●庫Jから発売されている『Re:ゼ●から始める異世界生活』を本屋で買い、読みながら歩いていると、アクセルとブレーキを踏み間違えた老人の車に撥ねられた。まったく迷惑なことだ。
体が宙に舞い、読んでいた本がバサバサと音を立てながら一緒に空を飛ぶのが見えた。
(俺もこれで死ぬんだな……ついでに異世界に転生でもできないかな……)
そのまま俺は頭から地面に叩きつけられた。
意識の覚醒とともに俺は飛び起きる。
「ここは病院……じゃない。じゃあ俺は死んだのか?」
頭を触ってみるが、包帯が巻かれていることもなく、そもそも怪我の痕すらない。
つまりはアレだ。これが異世界転生ってやつだろう。これはその中段階。これから神だか天使だかが出てきて俺を異世界に転生させてくれるんだ。やったね。
そう思って待つこと数時間だろうか。今まで何の音もなかったこの空間にカツカツという足音が響いてきた。
足音が近づいてくるとともに、その音の主の姿も見えてくる。
(できたら美人の天使でお願いします!)
音の主の足が見えてくる。金色のサンダル。
今度は体が見えてくる。白くゆったりした服を着ている。ギリシャの彫刻みたいだ。
顔が見えた。輝いて見える、剃り上げられた頭。額に1つ、ホクロのようなアレ。
……。
…………。
アレはアレだ。仏。
しかも想定外にマッチョな人。
「こんにちは」
やってきた仏サンが菩薩スマイルで挨拶をしてきた。
「こ、こんにちは」
俺も挨拶を返す。
仏サンは俺から1メートルくらいのところにあぐらを組んで座った。
「えっと、あなたは斉藤拓馬さん。17歳。間違いはありませんね」
どこからか取り出した紙を見ながら仏サンが俺に聞く。
「はい、そうです」
「この度は、誠にご愁傷さまでございます。心からお悔やみ申し上げます。つきましては、転生の案内に参りました」
「はあ……転生できるんですか?なんかこういうのっててっきり神様とか天使とかがするようなイメージだったんですが……」
「それは勘違いというものです。あなたが想像した神様や天使というものはキリスト教ですよね。キリスト教に転生という考えはありません。皆等しく天国か地獄へ行くだけです。その点あなたは一応でも仏教徒です。だからこうして転生の案内に参りました」
仏サンは「よくある勘違い」といった風に説明してから手元の紙を何枚かめくる。
「普通ならここで生前評価で持って六道輪廻のどれになるか決めるんですけどね。昔は子供の死亡率が高かったので元服、成人前の場合は同じ人間として転生してもらうことになっています。それではこちらから転生先の世界をお選び下さい」
そういって渡された紙を見る。
『転生先一覧:人間界編
・1 「いせかい」コース 難易度★☆☆☆☆ 魔法:なし
・2 戦乱コース 難易度★★☆☆☆ 魔法:なし
・3 革命コース 難易度★★★☆☆ 魔法:あり
・4 自給自足コース 難易度★★★★☆ 魔法:なし
・5 為政者コース 難易度★★★★ 魔法:あり
※次の転生まで選んだコースの変更はできません。』
「あの、この『「いせかい」コース』って何ですか? 難易度低いんですが……」
俺はそう質問する。
「ああこれですか? 星人の年齢になるまで延々と三重県のある場所の風景を見続けるコースです」
なんだそれ。
それは置いておいて、この中で気になる要素がある。魔法だ。
やっぱりここは魔法があるところにするべきだろう。それに難易度の低いほう。
「この3番のでお願いします」
「わかりました。以後の転生先の変更はできません。また、次の転生時に人間界になれる保証もありません。よろしいですね?」
終始菩薩スマイルを崩さない仏サンが言う。
「はい。お願いします」
「それでは、革命コース。いい転生を」
それっきり俺の意識は再び闇に閉ざされた。
次に俺が気づいたのは鳥の鳴き声が聞こえたからだ。
起き上がると、そこはただの草原。本当に転生したのだろうか。ハイキングに来て気持ちよく寝てしまい見た夢という方が信じられる感じだ。
立ち上がって辺りを見渡すと、町が見えた。
町といっても結構文明レベルが低い感じだ。見た感じ町の中央の建物だけが石造りで、他の建物は木造だ。
こんなところにいても仕方がない。とりあえず町を目指そう。
俺は草原を進む。
幸運なことに服は死んだ時と同じ服で、ポケットには財布も入っているし、中身もちゃんとある。これを町で換金すれば安い宿屋でも最初の数日はなんとか暮らせるだろう。その間に仕事を探すなり、冒険者にでもなればいい。
1時間ほど歩いて町の入り口に着いた。
特に入り口に兵士がいるということもなく、すんなり町に入れた。
だが、やっぱり格好がおかしいと思われるのだろう。町の人々は俺のことを見て何やらコソコソと話している。
とりあえず誰か話ができそうな人を探して町を進む。
だが、やっぱり格好がおかしく通報されたのだろうか、道の向こうから、中世騎士が着てそうな板金鎧に身を包んだ兵士が3人ほど走ってきて、俺の周りを取り囲んだ。
「アクラエラダタンア! イソロユロナン! アクラウルソニナナタナ!」
目の前に立った兵士がそう叫ぶ。
「怪しいものではありません! 記憶がないんです! 気づいたらそこの山にいて……」
とりあえず記憶喪失ということにしてやり過ごそう。そう思い、俺は敵意がないことを示すために両手をあげる。
「ウラウイオニナン? ウライアンウサナホガウオヨカタナ? ウラニズコキアガ? ウラオコカルモナカニ?」
何やら語尾を上げて言っている。多分疑問文なんだろう。
「ウラエロソンウバタ。ウラウリケヂエムテスクホンエヘ」
右後ろの兵士が何やら同意する風に言っている。
「イソロユレサワイヌオヨトノセラカ」
左後ろの兵士がそういうと、俺は両腕を捕まれ、兵士に引っ張られる。
「イソロユルカタナ」
前に立っていた兵士がそういう。多分「ついて来い」とかそんな意味だろう。
まさか言葉が違うなんて想像してないよね。難易度★★★☆☆でこれなんだからどうなるんだか。
で、そのまま連れてかれて牢屋に入れられるのかと思ったが、そうではなかった。
俺は兵士に引っ張られて町の中央にあった石造りの建物に連れてこられた。
建物のドアを入ったところで兵士に強引に床に座らさせられ、そのまま数分たっただろうか。目の前の階段からやたらと豪華な服を着た恰幅のいい男が一人降りてきた。
階段の中程まで降りて着た男は俺のことを見て目を細めた。
「ウライオユレアカ」
男がそう兵士に言うと、兵士は多分敬礼な動きをしてから建物を出て行った。
「その格好……お前もそう言うことか」
男が突然日本語で喋った。
「お、おい。お前は日本語がわかるのか?」
俺はそうたずねる。
「わかるも何も、俺もお前と同じ転生者だ。だが、お前を見つけた以上、俺の身の安全のために生かしておくわけにはいかない。だってお前は『革命コース』なのだろう?」
そう言った男は腰に佩いていた剣を抜く。
「それじゃあな」
そう言って男は何の躊躇いもなく俺の胸に剣を突き刺した。