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第一章_001

3年目の大学生活が始まり出したかと思えば、早くも日常は過ぎていき、いつの間にか夏の予感を感じさせる午後。

ここは慣れ親しんだ大学の食堂で、この場所でする事と言えば、もちろん食事をすることだ。


この大学に通う俺、焰薙(ホムラナギ) (レイ)は、今日初めてとなるご飯に何を食べるか決めかねていた。

学生の為に格安で提供されるメニューの数々は値段の割に味も良いと近所でも評判であり、

食堂内を見渡してみるとちらほらと学生の身分とは思えない人達が幾らか混じっているのが見てとれる。

きっと大学の近くで就職でもしてしまったら俺も何年か後には彼らの仲間入りかな、

なんて事を薄ぼんやりと考えて、それにちょっとした恐怖を感じて首を横に振る。

いや、とりあえずは目の前にあるメニューから食べたいものを決めないと。



「本日のおすすめメニュー!」と張り出されている立看板の前でうんうんと唸っていると、

背後から無駄に威勢の良い声でよう!と肩を叩いてきた奴がいる。

こいつはこの大学に入ってからすぐに知り合った、露木(ロキ) 友之(トモユキ)である。

特に同じゼミを受けている訳ではないけれど、通学に使っている電車が一緒だった事もあり、いつの間にかよくつるむようになったのだ。

「レイ、お前こんなとこにぼーっと突っ立って、また何食うか、悩んでるのか?」

「まーな、俺はお前と違って昨日の夕食が何だったか覚えている人なんでね、

間違えて同じ物食べないように色々考えてるんだよ」

「なんだそれ、俺だって昨日食べた物くらい覚えてるさ、馬鹿にすんなよー」

「じゃあ昨日、トモは何食べた?」

「えーっと…。あはは、そんな事より早くどこ座るか決めようぜ!」

なんだか色々とってもごまかされた気がしたが、メニューを決めて適当に空いてる席が無いか探してみる。

トモとは、いつもこんな感じで減らず口を言い合ったりするが、普通ならイラッとくるような台詞もなんだか笑って許せるのだ。

きっとこういうのが気が合うって事なんだろうなと思いながら歩き出す。

だが、数歩も進まないうちに今度は俺たち二人に向かって声をかけてきた奴がいた。

「あっ、ねーレイ君、トモ君、こっちこっち!」

そこにはもう半分くらい食べてしまったのだろう、白い底面が見えかけた皿を前に座ったままでぶんぶんと手を振る玖世(クゼ) 千鶴子(チズコ)の姿があった。

呼ばれるままに千鶴子のいるテーブルに椅子を並べ、俺たち三人は昼食を取り始めた。


「ね、聞いてよー二人とも。こないださ、久しぶりにナミと遊びにいったんだけど、ナミってばひどいの。

途中から急に彼氏呼ぶとか言ってさー、結局ちょっと一緒にご飯食べただけで、

彼氏とデートにいっちゃうの。何だかやられたー!って感じで。

あれ絶対私を口実にして最初からデートに行くつもりだったんだよー、ナミのお家って、

結構男女関係に厳しいっていうか、そういう所あるみたいでさー。」

唐突に始まる千鶴子の近況報告なのかグチなのか分からない話に戸惑いながら、俺とトモは顔を見合わせる。

きっと同じ表情してるんだろうな、口の端っこが上がってるけど、笑ってない。

千鶴子とは幼なじみで、昔はこんなにおしゃべりではなかった気がするが、大学に入ってからだろうか、色んな事を喋るようになっている。

そもそもその「ナミ」とは面識も無いので、どんな子なのかこっちは知らない。

適当に気の入らない相づちを俺たちは打ちながら、何気なくそこにあったTVに意識を移す。


お昼時なのに真っ黒なメガネをかけた司会者のバラエティ番組が無くなってからもうどれくらい経ったのだろう?

今はニュースを伝えるアナウンサーが画面に映し出されている。


自分の祖父や祖母を刺し殺した中学生のニュース、町中で焼身自殺を図った男性のニュース、など最近よく耳にするようになった悲惨なニュースをレポートしている。

この町でも一人暮らしの男性を狙ったかのような事件が何件も起きていることが伝えられ、レポートは締めくくられる。

スタジオでは、いかにもな訳知り顏をして、評論家が大仰な態度で意見を並べ立てている。

「最近急増している痛ましい事件の裏には、ある共通点が見られるという話が専門家の間で上がっていまして、ええ。

それは、若い人からお年寄り、さらに性別に関係はなくどの加害者も、精神科に罹っている、

という事なんです」

「それは精神病を患っている事が、事件を起こすきっかけになっている、ということなんでしょうか?」

「ええ、それはですね、十分に考えられる事だという見解がある訳です。

私自身も何らかの関係があるものと予測しています」

「でも、それだと精神科に通う方々が全て悪いという様な論調に聞こえてしますのですが…」

「いえいえ、そう言う事を私は言いたい訳ではないのです。これもある情報筋からの話なのですが、

無認可の薬物使用による病状の悪化があるのではないかともいわれております」

「なるほど」

「ええ、治療と称して患者に対して新薬の実験を行う医者がいる、との話もあるんですよ。」

「にわかには信じられない話ですが…」

「適切な治療が行われず、全うな判断が出来なくなった患者は、何をきっかけにして暴れ出すか予想も出来ないのです。現に、逮捕された加害者の方々は……」



うんざりとするようなニュースが続いている。

「なぁ、最近こういうよく分かんない嫌な事件、多くないか?虐待で子供を死なせちゃったり、

よってたかって大勢で一人を川に突き落としていじめ殺したりさぁ」

トモが嫌悪感を露にしながら言う。

「そうだな、俺も思うよ。理由の無い犯行、みたいな事件が増えてる気がする」

「なんだか、みんな感情が無いみたいに感じちゃうな、わたし」

ニュースについて、三人はそれぞれの感想を述べている。

だが、内容が内容なだけに、三人の間に何となく気まずい雰囲気が流れ、そのまま沈黙が続く。


ちょっと食事中にする話題ではなかったなと感じ、俺はトモに小さくおい、と声を掛けながら肘で小突く。

頼む、話題を変えてくれ。

トモは小突かれた腕をさすりながら一瞬考えたそぶりを見せると、口を開いた。

「そーいえばさ、最近他にも話題になってる事ってあるじゃん?」

「へー、何?」

「レイも玖世(クゼ)さんも聞いた事あると思うんだけど、ホムンなんとかって都市伝説、知ってる?」

「ホムンクルスだろ!」

と千鶴子と俺はぴったり息の合った突っ込みを入れる。

何だかそれにやたら嬉しそうな顔を返しながら、トモは続ける。

「そー、そのホムンクルスってヤツ。どこまで知ってる?」

「ああ、なんか占いみたいな話だよな。確か自分の背後霊と会話出来るんだっけ?」

「え?私は妖精さんが何でも占ってくれるって聞いたよ?」

ちっちっち、とトモは指を振りながら。

「実は話のタネになると思って、俺ちゃんと調べたのよ。どっちも半分正解!んで、半分不正解!」

「どういうこと?」

「なんかそのホムンクルスって言うのは、自分が好きに作れるイメージらしいんだよ。

ちゃんとした手順でやれば、役に立つ存在になるらしいぜ?例えば、試験の答えを教えてくれたりとか、

明日は晴れるか、雨かとか」

「それって幽霊とか妖精とかじゃないのか?」

「んー、詳しくは分からないけど、違うものだって。あくまで自分自身が考えるものらしいから。

だから、半分不正解ってこと」

「何だか本当に都市伝説、ってかんじだねぇ。」

千鶴子は分かったのか分かってないのか、感心した素振りで頷く。きっと分かってないな。

「で、そのホムンクルス、おもしろそーじゃね?ちょっと俺としては興味あり、ていうかさ。

そうだ!レイもクゼさんも今日俺んちで一緒にやってみない?」

「えー、やだ、めんどい」

「俺も、パス」

「なんだよーつれねぇなー。どうする?俺がホムンクルスで超頭よくなっちゃってさ、就職試験とかもダントツで受かっちゃうの。

しかも彼女も出来て、身長も30cmくれー伸びてさ!明日何すればラッキーかとかも分かんの、すごくない?」

「何の広告だよ!」

しょうもないことばっかり言うトモだが、こういうところが俺は好きで仕方ない。

さっきまでの嫌なニュースの事も、おかげで千鶴子は忘れてくれたようだし。よかった。

実はすごく気を使ってくれるトモのやさしさに感謝した俺は、今日一日を付き合ってあげる事にした。

「いいぜ、トモがそこまで言うなら一緒にやってやるよ。千鶴子も、付き合ってあげようぜ?」

「んー、レイくんが言うなら…」

「おっし、決まりだな!でも、ホムンクルスが出たとして、レイ、お前は最初に何を聞く?」

「そーだな、昨日私は何を食べたか思い出させてくださいー。かな」

俺はトモに皮肉を言ったつもりだったが、トモはそれには気づかずに名案だ!みたいなイイ顔をしながら昼食を平らげると席を立った。

俺もそれに続こうとするが、袖を引っ張られて立つのを阻止される。

「まってよー、わたし、まだ全部たべてないよー」

あれだけ一人おしゃべりしてれば、それもそうだろ。俺は千鶴子の頭をぽん、と叩き。

「じゃ、また夜にな」


それだけを告げると俺は食堂を後にするのだった。


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