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君のために僕は詠う―3―

君のために僕は詠う―3―




―――コンコン……

 女子職員は所長室のドアをノックした。

「先生、ケイ君が見えましたよ」

 そう言うと、女子職員は本条ケイを部屋へと通した。本条ケイは、女子職員に「どうも」と一言言った。女子職員は顔を真っ赤にして、

「しっ失礼しました!」と慌てた感じで、その場から立ち去った。


「はい、兄さん。報告書」ケイはそう言うと、A4サイズの分厚い封筒を本条に手渡した。

「随分ご機嫌だな、ケイ」本条有治は笑いながら言った。

「日村君が顔を真っ赤にしてたぞ。学会が近くて忙しいんだ。あまり職員に声を掛けるなよ」

 “日村”とはさっきの女子職員で、今、仕事そっちのけで女子職員達と騒いでいた。

「僕、何も言ってないよ」ケイはムッとした感じで言った。

 本条は笑いながら、封筒から<報告書>を出した。

「…随分、早く済んだな」

「だって、あの会社のセキュリティ欠陥だられだったよ。あれじゃ、誰でも侵入できるよ」

 ケイはソファに深く座り、長い脚を組み直した。

≪誰でも侵入できるか…≫ 本条は苦笑した。

「――ところで、あの子とは会えたのか?」

「うん!!僕の事、忘れてなかったよ!今日、夜会うんだ!」

 ケイの反応が思っていた以上に速かったので、本条は思わず吹き出した。

「何?何がおかしい?」ケイは怪訝な顔つきで言った。

「お前があんまり嬉しそうだからね。良かったな、忘れられてなくて」

 ケイは少し恥ずかしそうに横を向いた。

「店はどこにしたんだ?」珍しく恥ずかしそうにしているケイを、本条はもっとからかってやりたいと思ったが、なんとか堪えた。

「まだ…どこがいいかなぁ…」

「なんだ、まだ決まってないのか?らしくないなぁ」本条が言うと、

「だって、そんなの分かんないよ。兄さんみたいに慣れてないし」

 確かに―――。本条は思った。ケイはまだ15なのだ、と改めて思った。

「そしたら、<メゾン・ド・サン>はどうだ。あそこなら女性は喜ぶ。予約しといてやるよ。何時に待ち合わせだ?」

「6時。兄さん、ハイヤー使ってもいい?」ケイは嬉しそうに言った。

「もちろん。杉浦さんに宜しく伝えといてくれ」本条はそう言って自分の財布からカードを取り出し、ケイに渡した。

「いらないよ。お金なら持ってる。」ケイはカードを返そうとしたが、

「“おじ”からの“おごり”にしといた方が、その子も安心するだろう。“あの時”のお礼だと伝えてくれ」

 ケイは少し笑って、カードを受け取った。



 本条はまだ迷っていた。

 ケイが望む事は、何でもしてやりたかった。ケイが笑顔でいられるなら…

 ……しかし……

 ―――松田アキとの事を許してよかったのか…。あの子にケイを“受け入れる事”が出来るだろうか―――…。



















*****

 その日も、いつものように施設の先生と子供達(もちろん自分の分も)の夕飯の支度をしていた。

 この間作って評判の良かった、ビーフシチュー。

 そうだ、まだ時間あるからサラダも作ろう!

 私は冷蔵庫の所に行こうと後ろを向いた。

 私の真後ろに男の子が立っていた。びっくりして言葉が出ず、後ろにひっくり返りそうになった。

 その男の子が私の手を引っ張った。お陰で、ビーフシチューの鍋をひっくり返さなくて済んだ。

『あ…ありがとう…』私は一応お礼を言ったが――――その子は黙ったまま、突っ立っていた。『どこから入ったの?』訊いたけど、答えない。ただ、黙って下を向いていた。

 施設の行事で先生も子供達も朝から動物園に行っていた。私は、高校のテストがあったのでお留守番したのだ。一緒にお留守番していた先生も出掛けていた。だからその時は、私だけしか施設にはいなかった。

 その子のお腹がグーと鳴った。『なんだ、お腹空いてんの?』私は思わず吹き出した。と、同時に、炊飯ジャーがピーと鳴った。

『グットタイミングね。ご飯も炊けたし、シチュー食べる?』

 その子はコクンと頷いた。


 その子の食べっぷりは凄かった。そんな小さな身体のどこに入ってるんだろうと関心した。たくさん作っといて良かった…心の中で思った。


 ……いくつぐらいだろう…10歳ぐらいかなぁ…綺麗な顔立ちしてるなぁ…

 私は、一生懸命シチューを食べているその子に見入っていた。


 急に施設の中が、騒がしくなった。先生と子供達がワイワイと帰って来たのだ。『あっ帰って来た。ここで食べててね。先生、呼んでくるから』と、言って私は台所を出た。先生に簡単に事情を話し、戻って来ると…

 男の子はいなくなってた―――――

                   





 

 

 ……どうしよう…あの子、本当に来てる…

 午後5時52分になろうとしていた。少し陽が傾きかけ、昼間と比べて風が冷たく肌寒く感じられた。

 アキは、会社の入り口から少し離れた所に停めてある車の方を見ていた。車のすぐ横に、あの男の子が立っていた。


≪確か…ケイ…本条ケイって言ってたよね…≫

 そろそろ約束の時間になろうとしていた。アキは、足が動かなかった。

 道行く人々が、本条ケイに目を向けていた。アキはその注目の的の“的”の所に行く勇気が出ないでいた。

≪もう少し目立たないようにしてくれないかなぁ…≫と、車の横に立ってるだけの本条ケイを見つめながら思った。


 いきなり背中をドンっと押され、アキは頭から転げそうになった。

「ちょっと!そんな大袈裟にしないでよ!」

 アキと同じ会社の社員、梅原美香は口を尖らせて言った。

 アキは驚いて「何なんですか?」と、言おうとすると、

「あの子、あなたの何?」といきなり訊いてきた。

 アキは面食らったものの、「何って、何でもないですけど…」と答えた。

 その言い方が気に入らなかったのか、梅原美香は眉間にしわを寄せ、

「何でもない事ないでしょ?」と強く言ってきた。

 

「アキさん!」本条ケイがアキに気付き、駆け寄ってきた。

「仕事、終わりましたか?」

「あ…はい」と、アキは梅原美香の方をチラッと見ながら答えた。

「じゃぁ、行きましょうか」ケイがアキの手を取って行こうとすると、

「どこに!?」梅原美香は少し大き目の声で言った。

 アキは少し呆れた。≪この人、全然関係ないのに!≫

「何で?」

 逆にケイに真顔で訊き返され、梅原美香もアキも驚いた。

「いや…別に理由はないけど…」梅原美香は急にあせあせし始めた。

「じゃ、行こう。アキさん」

 ケイは全く気にしてない様子で、アキの手を引っ張り、車の方へ向かった。車の後部座席に乗り込むと、ケイは運転手に行き先を伝えた。

 車が走り出す時、アキは梅原美香から睨みつけられた。

 

 ――なんなんだ!?あの人は!!――さすがのアキもムカっとした。

 


――――車は市街地を抜け、山手の方へと走って行った。

 店に着いて、アキは愕然とした。

 テレビで見た事のあるレストランだった。

 予約を取るのに1年待ちしないといけないぐらいの三ツ星レストランで、有名人御用達。―――アキは焦った。

 運転手が車のドアを開けようとした。

「まっ待って!」アキはケイの腕を掴んだ。ケイは驚いて、

「どうしました?…フレンチは嫌い?」ケイは心配そうに聞いた。

 アキは意を決し、ケイに言った。

「わっ私…こんなお店に来るて思わなくて…ごめんなさい!そんなにお金持ってないの!だから、もっと<お手頃>な店に行かない?」アキは顔を真っ赤にして言った。ケイは申し訳なさそうにしているアキを見つめ、微笑んだ。

「大丈夫!ここは僕がごちそうするよ」と、笑いながら言った。

 アキはびっくりして、「何言ってんの!あなたまだ学生じゃない!駄目よ!そんな無駄遣いしちゃ!」と、言った。ケイは困った顔して、

「僕のお金じゃないんだ。心配しなくていいよ」と言ったのだが、逆効果だった。

「私は、あなたのご両親のお金で食事するほど飢えていません!!」アキは怒り始めた。ケイはますます困った顔をした。運転手は笑いを堪えるのに必死だった。

「僕の兄さんが、<あの時>のお礼にって店、予約してくれたんだ。支払いも済ませてあるんだけど…」ケイの言葉を聞いて、アキは拍子抜けしてしまった。

 いつ入店してもいいように、“準備”して入口で待っていた店の支配人は、我慢出来ず、

「お待ち致しておりました、本条様…」と、言って車のドアを勢いよく開けた。



 店内に案内され、まずアキの目に付いたのは、中央に置かれたグランドピアノだった。若い女性ピアニストが優雅な音色を奏でていた。

 店内の20席程のテーブルの上には赤いクロスが掛けられ、テーブルの中央に置かれたロウソクがやわらかく揺れていた。

 その20席程のテーブルにはすでに何組かの客が座っていた。男性のほとんどがスーツ姿で、女性はスーツ姿もあればカジュアルドレス姿もあった。

 店内にいた人間が一斉にケイに注目した事にアキは気付いた――アキはなんとなく居た堪れない心境になった。



「急にいなくなるんだもん、みんなで探したのよ。君の事」アキは大袈裟に口を尖らせて言った。

「本当にスイマセンでした…」

 ケイは、そう言ってハニカんだ。

 <あの日>、ビーフシチューを無心に食べていたのは、このケイだったのだ。


「ホワイトチョコレートのガトーショコラでございます。」

 コース料理も終盤にかかり、アキのお腹はパンパンだった。普段の3倍は食べていたが、それでもついつい料理を口に運んでいた。

「はぁ〜美味しかったぁ!」デザートのお皿をきれいに“片付け”、アキは満腹・満足といった表情で言った。ケイはそんなアキを見て、微笑んだ。

「ケイ様、お久し振りでございます」レストランの料理長が挨拶をしに来た。

「お料理の方は、ご満足いただけましたか?」

「うん、美味しかったよ」

 ケイがあまりに淡々と言うので、アキは少し驚いていた。

≪良いトコのお坊ちゃんは違うわね〜…支配人とか、料理長とか、直々に挨拶に来ちゃって…凄いわ…≫アキは意味無く、関心していた。


「そちらのお嬢様は?お友達でございますか?」料理長は笑顔で訊ねた。

「うん。松田アキさん。アキさん、料理長の杉浦さん」

 アキはいきなり紹介されたので、急いで立ち上がり「松田アキです」と慌てて言って、頭を下げた。

「杉浦です。どうぞ、お掛け下さい」杉浦は笑いながら言った。アキは恥ずかしそうに頬を赤めた。

「有治兄さんが近いうちに来るって。宜しくって言ってたよ」

 ケイがそう言うと、

「ありがとうございます。本条様のお席はいつでも準備致しておりますので。ご来店お待ち致しております。では、ごゆっくり…」杉浦は軽く頭を下げ、席から離れた。


 食後のコーヒーを飲み終え、2人は店を出た。もちろん、支配人とその他の従業員の<お見送り>を背に受けながら…。



「本当にごちそう様でした」アキは帰りの車の中でケイに深々と頭を下げた。

「気にしないで。僕もやっと“あの時のお礼”が出来て嬉しいし、兄さんに怒られずに済むよ」

 ケイは笑いながら言った。その、子供らしい笑顔に、アキはホッとしていた。

「お兄様にも宜しく伝えといてね」アキがそう言うと、

「兄さんもアキさんに会いたいって。来週どう?」ケイの言葉を、アキは一瞬理解出来ないでいた。

「えっ!?来週!?…いや、もう本当にいいのよ。今日こんなにごちそうしてもらったし。十分よ!!そんな、気にしないで!」と、慌てて言った後、≪別にごちそうするなんて言われてないじゃん!!何、早ガッテンしてんのよ!≫

 アキは、かなりパニくっていた。

「僕と会うの、もう嫌?」ケイがアキをじっと見つめて言った。その澄んだ瞳に吸い込まれそうな気がして、アキは思わず目を逸らしてしまった。

「迷惑?」ケイが不安げに訊いた。アキは、言葉に詰まった。

「迷惑なんて…そんな事ないわよ!」

 アキの言葉に、ケイの表情はパッと明るくなった。アキはドキドキしていた。

「じゃぁ、来週の土曜日!仕事休みだよね?家まで迎えに来るよ!」

 ケイはどんどん話を進めていった。


 

 2人の乗ったハイヤーは、アキのアパートの前で止まった。

「そしたら、土曜日に。11時頃迎えに来るからね!おやすみなさい!」

 ケイは明るく言った。車が動き出し、アキは車が見えなくなるまで見送っていた…しばらくの間、ボーっと突っ立っていた。


「アキちゃん…?」母の友人である美枝子が、アキに声を掛けた。

「どうしたの?さっきの子…お友達?」美枝子は目をキラキラさせながら訊いてきた。アキは好奇心丸出しの美枝子に何からどう話そうか考えていた。



「――――なんか…ドラマみたいなお話ねぇ…」アキの部屋に上がり込み、美枝子は夢見心地な感じで言った。「素敵じゃない!アキちゃん、頑張って来たもの。神様からのご褒美よ!」今度は興奮気味に言い出した。

「おばさん!何言ってんのよ!あの子、まだ15歳よ!高校1年生よ!」

 アキは顔を赤くして言った。

「あら、やだ。別にその子と恋仲に〜なんて言ってないでしょ?アキちゃん、案外その気じゃない?」美枝子が大笑いしたので、アキは口を尖らせた。

「でも、本当に素敵じゃない!ケイって子もご両親いないんでしょ?アキちゃんと同じなんて…運命を感じるわ!しかもそのお兄さんって大学教授で、研究所の所長さんなんでしょ。35だったっけ?アキちゃんは21だから…うん、おかしくない。こう言うのも玉の輿っていうのかしら?」

「…おばさん」アキは、何も言う気がなくなってきていた。

≪両親がいない事だけしか共通点ないのに…≫

「でも、そんな昔の事でよくアキちゃんの事調べたわね〜よっぽど、アキちゃんにお礼したかったのね〜」

 美枝子は感心しながら、お茶をすすった。

 

 アキも少し、胸の奥に<何か>引っかかるモノを感じていた――――


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