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Medicine for miracles〜<奇跡の薬>〜6

君のために僕は詠う。

Medicine for miracles

 〜<奇跡の薬>〜 6




「―――あら、浅井さん!こんにちは!」

 紺色のレインコートのボタンを外しながら“Jun−Cafe”に入って来た青年に、アキは笑顔で声を掛けた。

「こんにちは、松田さん」

 浅井はそう言うとにっこり微笑んだ。

 アキは浅井からレインコートを預かり、雨粒を軽く払ってからハンガーに掛け、浅井を席へと案内した。浅井は杖で足元を確認しながらアキの後に付いた。

「またいつものヤツね。コーヒーはホットで」

「はい、分かりました」

 アキは笑顔でそう言うと、厨房へと急いだ。

「加奈さん!ベーグルサンドセットお願いします!」

 厨房の隅でアイスティーを飲みながら休憩していた相模加奈は慌てて立ち上がった。

「…おっ!浅井さんじゃん!理子も可哀そうに。こんな時に休むなんて…」

 そう言いながら、加奈はベーコンをフライパンで焼き始めた。アキは苦笑いしながら冷蔵庫からポテトサラダとグリーンリーフを出した。

 店内は平日の午後2時過ぎで、しかも雨が降っている事もあり、普段より客は少なかった。

 アキは浅井が注文したベーグルサンドセットを浅井の席まで運んだ。

 浅井の手を握り、プレートの位置を教えた。

「ありがとう。いつも悪いね」

「いいえ、気にしないで下さい」

 アキの言葉に、浅井は穏やかに微笑んだ。

「お客さんはボクだけみたいだね。よかったらお客さんが来るまでボクの話し相手になってくれない?」

「えぇ、喜んで」

 アキは笑いながら椅子に腰を下ろした。


 接客担当の理子が休みで、代わりの子が休憩に出ていたのでアキは代わりに店内に立っていた。

 昨日から降り続いた雨は今日も止みそうになく、店内の冷房は少し効き過ぎていた。アキは薄手のカーディガンを羽織ったまま仕事をしていた。

「よく降りますね」

 アキは外を眺めながら言った。

「…雨は嫌い?」

 浅井は笑顔で言った。

「いえ…ただ…洗濯物が片付かなくて…」

 アキは苦笑しながら言った。そんなアキを見つめながら、浅井はコーヒーをすすった。

「ボクは雨が好きなんだ」

「…どうしてですか?」

 アキは首を傾げながら浅井に聞いた。

「…ボクは天気が良いと頭痛がしちゃうから雨の方がいいんだよ」

「そうなんですか…」

 アキは不安げな表情で浅井を見つめた。

「小さい頃からそうなんだ。この頭痛のせいで目も見えなくなったし。まぁ、今はもう慣れたけどね」

 浅井はそう言ったあと、ベーグルサンドにかぶりつき、ゆっくり口を動かした。

「…お仕事は1人でしてるんですか?」

「そうだよ。パソコンがあればどこでも出来るからね」

 アキは感動したように頷いた。

「浅井さんってすごいですね。何でもこなせちゃうんですね」

「そんな事ないよ。目が見えないから出来ない事がたくさんでね…でもなるべく出来る範囲は自分でやろうと思ってるんだ」

「それを実行されてるのがすごいですよ」

 アキは笑顔で言った。

「……何だか松田さんとお話していると、とても落ち着くな」

 浅井の言葉にアキは面食った。

「そうですか?」

「うん。君の周りにはとても穏やかな雰囲気が漂っている。君はとても心が澄んでいるんだね」

「…っそんな褒め過ぎですよ!」

 アキは頬を赤めた。

「ボクは目が見えない分、人の心が分るんだよ。そういったセンスが発達しちゃったんだ。だから君の心の美しさがよく分る」

 浅井はそう言うと優しく微笑んだ。アキは恥ずかしくなり、うつむいた。

「…こんな事言うの失礼なんですけど…」

「何だい?」

「浅井さんが私の姿見えなくて良かったです…」

 アキの言葉に浅井は微笑んだ。

「君が小さくて童顔だから?」

 浅井の言葉にアキは驚き、顔を上げた。

「どうして分るんですか?」

「言っただろ?ボクは君の心が分るんだ。君がその事をコンプレックスに感じている事や…もっと深い想いがある事なんか…とても感じる」

 アキは言葉を失った。浅井はそんなアキを見つめ、微笑んだ。

「なんてね。君が童顔で小柄だって事は塩谷さんから聞いたんだ」

 そう言うと、浅井は舌をペロッと出した。

 アキはホッと顔を緩め、すぐに吹き出した。








 昼過ぎに、昌男おじさんから携帯に連絡が入った。僕は仕方無く、仕事を終えてからおじさんの事務所を訪ねた。

「来てもらって悪いね!ケイ君!」

 昌男おじさんは笑いながらそう言うと、僕に“仕事の資料”を渡した。

「久し振りだね」

「そうだろ?有治君に言われてたからケイ君に仕事を頼むの控えてたんだ。…でも今回のはちょっと手古摺てこずっていてね」

 僕は苦笑しながらその“資料”を鞄にしまった。

―――少しは気分転換になるだろう…と思って、僕はその仕事を引き受けた。


 昌男おじさんと少し話し、僕は検事長室を後にした。

 建物を出て、駅まで歩こうと歩道に出て―――僕は、そのやたらピカピカ光る黒の乗用車に気付いた。その車の横には大神が立っていた。

 僕はうんざりしながら小さくため息を吐き、大神に近付いた。

「―――久し振りだな、ケイ」

「…そうだね…僕に何か用?」

 僕の言葉に大神は薄らと笑った。

「屋敷まで送ろう」大神はそう言うと、車の後部座席のドアを開けた。「奥様はいない」

 大神のその言葉を聞いて、僕は車に乗り込んだ。



「―――で、用って何?」

 僕はさっきより雨足が強くなった外を、車の窓から眺めながら言った。

「うむ…」

 大神は小さく唸った。

「何?…」

「…少し面倒な事が起きた」

 大神は眉間にしわを寄せ、そう言った。

「面倒な事って?…」

「ある男がお前を捜している」

「へぇ〜…」

 僕はいつもと様子が違う大神の横顔を見つめた。

「彼に接触するのは危険だ。いくらお前でも彼には敵わない」

「……何?そんなにすごいの?その<彼>は?」

 僕の言葉に、大神はしばらく黙っていた。

「彼は特別なんだ」

「特別?それ、どういう意味?」

「…うむ…彼は心が読める」

 大神の言葉に、僕はしばらく黙った。

「……は?」

 大神はゆっくりと僕を見つめた。

「お前は“頭”で人間の“考え”を読む。彼は“感覚”で人間の“心”を読む。―――この違いが分るか?」

 僕は眉間にしわを寄せ、首を振った。

「彼は人間の“心”に潜む明の部分と暗の部分を読み、その部分を<プネウマ>で操る事が出来る」

「…<プネウマ>って?」

 僕の質問に、

「要するに…言霊だ」

 と、大神は言った。



 屋敷に帰り、風呂に入り、夕飯を食べて、自分の部屋でアキが作ってくれたアイスティーを飲みながら、僕は今日大神に聞いた話を整理していた。


 その<彼>は病気のせいで目が見えなくなった分、人間の“心”が読めるというセンスが発達したそうだ。しかもその<彼>は、<プネウマ>を使って人間の“心”にある明と暗を引き出し、その人間を操る事が出来る―――という事を<仕事>としている<闇組織>の末裔だったそうだ。

 その<闇組織>と大神率いる<暗殺集団>は最初一緒に<仕事>をしていたが、ある事件が原因で完全に分裂してしまい、内部紛争に発展した。

 ある事件に僕が関わっているらしい。


 大神率いる<暗殺集団>は<彼>を長い間監禁し、<闇組織>を壊滅させた。

 その<彼>があの女を銃で撃って、逃げ出し、僕を捜しているらしい。大神達は<彼>を血眼で捜しているが、まだ見付かっていない。


 結局、大神はここまで言って

『お前には“暗”の部分が大き過ぎる。その部分を操られたらお前は終わりだ。もし<彼>が接触してきたら<彼>の“眼”を見てはいけない。“声”を聞いてはいけない』

 それだけ言うと、僕を屋敷の前で降ろした。

『ねぇ!何で僕を捜してるんだ?ある事件って何?』

 僕の質問に大神は首を振った。

『聞かない方がいい。それを聞けばお前の“暗”の部分が重くなるだけだ』

 僕は仕方無く、神経を集中させ大神の“考え”を読もうとした。大神はフッと笑い、その“考え”を遮断した。

『なんだ…そんな事も出来るんだ…』

 僕はがっかりした。

『我が組織の人間はみんな訓練している。そうしないと奴らにやられてしまうからな』

 大神はそう言うと、車を走らせ去って行った。


 結局、僕にどうしろと言いたいのだろうか?その<彼>に会わなければいいのか?でも向こうが僕を捜してるならそれは無理なんじゃないのか?

―――何であの女は<彼>を長い間監禁したのか?

 <闇組織>を壊滅させるためだったのか?なんか…よく分からなくなってきた。

 僕はベッドに横になり、天井を見つめた。

 大神は僕に『お前の“暗”は大きく重い』と言った。僕にはなんとなくその意味が分かっていた。

 僕のどろどろとした黒い部分を<彼>が引き出し、操れば、僕は完全な悪になる。そうなれば僕は必ず大神率いる<暗殺集団>を壊滅させる事が出来る―――大神はそれを恐れているのだ。

 僕のどろどろとした黒い部分―――僕は好きでこうなったんじゃない。僕は特別でなくていいんだ。ただ……アキと一緒にいられればそれだけでいいんだ。

 僕はそう思いながら、もう1つの感情をやっぱり堪えずにはいられなかった。

 自分の部屋を出て、階段を下り、アキの部屋のドアをノックした。


『好きな時にやらせてくれるんだぜ!』

 僕はその会社の連中の言葉を…思い出したくない時に、思い出した。

 そんなつもりなくても…結局は僕も同じなのだろうか?


「…どうしたの?ケイ君?」

 アキはベッドに入り、身体を半分起こして姿勢でお菓子の本を見ていた。

「…うん」

 僕はそう呟きながら部屋に入り、アキの近くに腰を下ろした。アキは僕の思いに気付いているようで、頬を赤くしながらうつむいた。

「…アキ」

 僕がアキの頬に手を当てた時、アキは言った。

「…今日は駄目なの…」

「え?」

 僕の言葉にアキは申し訳なさそうに言った。

「…今…生理中で…」

 僕は少し面食ってしまった。「あぁ…」と呟くように言った後、いきなり恥ずかしくなってきた。

 しばらく沈黙の空気が流れ、僕はようやく口を開いた。

「…ごめん…」

 僕がベッドから立ち上がった時、アキが慌てたように言った。

「待って、ケイ君!」

「うん?」

 アキは赤い頬をさらに赤くさせて言った。

「一緒に寝る?」



『一緒に寝る?』なんて言葉、アキの口から聞けるなんて思ってなかった。

 アキは僕を横に寝かせてくれた。そしてベッドの横にあるスタンドライトを暗くして、もそもそと布団に潜り込んだ。

 また沈黙の空気が流れた後

「たったまにはただ一緒に寝るだけでもいいかなぁ〜て…」

 そう言ったアキの体温が上がった事に僕は気付いた。

 僕はアキの髪に顔を近づけたまま、アキの“今日の出来事”を聞いていた。…いや…まったく聞いていなかった。若い常連の客からからかわれたとか何とか…アキはそんな話をしていたけど…僕はほとんど聞いてなかった。

 アキの温もりを感じながら、僕は意識が無くなりかけていた。

 その温もりは、本当に心地よくて…涙が出るほど嬉しかった。


 僕はその夜、あの嫌な夢を見なくて済んだ。


















「…海斗は?…まだ見付からないの?大神…」

 薫は書斎のソファに腰を下ろし、両手で顔を覆いながら言った。

「…申し訳ありません…」

 大神が苦渋の表情を浮かべたまま、答えた。

「何をやっているの!お前は!!」

 薫の悲鳴に似た怒声が、部屋中に響いた。薫はハッとし、大きくため息を吐いた。

「…ごめんなさい…大きな声出しちゃって…」

 薫はそう言うと、テーブルの上に置いてあった煙草に手を伸ばし、火をつけ、ゆっくり煙を吸い込んだ。

「ケイには話したのね?」

「はい…決して接触するなと言ってあります」

「そう…」

 薫は煙を勢いよく口から吐き出した。

「…海斗の身体は限界にきているわ。海斗は死ぬ気でケイと接触するはずよ。きっとこの数日間で海斗は動くわ。大神、ケイから目を離さないで」

「分りました」

 大神はそう言うと、深々と頭を下げた。薫は大神を横目で見ながら煙草の煙を吸った。

「……こんな事になるんなら…早くあの子を殺しとくんだったわ…」

 薫は呟くようにそう言うと、煙草を灰皿に押し付け、消した。
















 僕は午後3時過ぎに“Jun−Cafe”の近くにある本屋でアキと待ち合わせしていた。今日は土曜日。仕事が休みだった僕はアキと映画を観に行く約束をしていた。午後3時少し前に、僕はその本屋に入った。店内をグルっと1周して、入口に近い本棚の前に立った。その本棚に置かれていた雑誌をペラペラとめくっていると、

「ケイ君!」

 と言うアキの声がした。アキは息を弾ませながら立っていた。急いで来たみたいで、額に少し汗が滲んでいた。

「そんなに急がなくてよかったのに」

「だって、ケイ君いつも来るの早いから、待たせちゃ悪いと思ってね」

 そう言いながら、アキはやっぱり暑いらしく店内のエアコンの近くに行こうとした。

「ちょっと待って。少し涼みたいの」

 アキが壁に填まり込んだ大きいエアコンの前に立った時、アキの香りが微かにしてきた。お菓子の甘い香りがした。

 僕は思わず微笑んだ。

「さっ行こうか!」

 僕はアキの手を取った。

 

 ―――その時だった。

「…松田さん?」

 店内から声がした。

 僕は一瞬眉をひそめた。

「やっぱり松田さんだ」

 僕は一気に鳥肌が立った。

 その男は杖で足元を確認し、微笑みながらゆっくりと僕達の所へ近寄って来た。

「浅井さん!どうしたんですか?」

 アキは微笑みながらその男と話し出した。

「今から“Jun−Cafe”に行こうとしていたんだ。もう帰りかい?」

「はい!理子ちゃん達なら店にいますよ!最近浅井さん来ないって寂しがってましたよ」

「あぁ、最近少し忙しかったんでね…色々とね…」

 「色々とね」とその男は言いながら僕を見た。その眼が微かに光った。僕は直感した。

―――その“眼”を見てはいけない!!



「アキ!!行こう!!!」

 僕はアキの手を強引に引っ張り、店を出た。

「ケっケイ君!どうしたの!?」

 僕はとにかく出来るだけ遠くに行こうと思い、ちょうど来たバスに乗り込んだ。

「ケイ君!このバス方向逆だよ!」

 戸惑っているアキの肩を掴み、僕はアキを問い詰めるように言った。

「さっきの…あの男!どういう知り合いなんだ!?」

「…えっ…えっと…店によく来るお客さんなの」

「いつから来てたんだ!?」

「どっどうしたの!?ケイ君!浅井さんがどうかしたの!?」

「いいから!答えるんだ!!」

 車内が一瞬静まり返った。乗客達がちらちらと僕達を見ていた。バスのエンジン音がゴーと鳴り響き、次の停車場所を知らせる女性のアナウンスの声が大きく聞こえた。

 アキは不安で顔色を変えていた。

「…さっ…3か月前かな…どうだったかな…」

 アキは焦りながら答えた。

 僕はハッとした。アキの顔が怯え切っていた。

 僕は慌ててアキを抱きしめた。

「ごめん…ごめんアキ…驚かせて…」

「…う…うん…大丈夫…」

 アキは引きつった声で、なんとか笑おうとしていた。

 僕はそのまま…アキを抱きしめたまま、走るバスの窓から外を見つめた。

 そして考えた。

 3か月も前からあの男はアキに接触していた――――

 なんて事だ!!なんで気付かなかったんだ!!


 僕達はバスを降り、そのまま昌男おじさんの所へ行った。

「どっどうしたんだ!?ケイ君!!」

「おじさん!事情は後で説明するからアキを何所か安全な場所にかくまってくれ!」

「えぇ!?」

「いいから!!僕の言う通りにしてよ!!」

 僕のこの言葉におじさんも何か感じたらしく、

「―――わっ分った」

 と、言って机の上の電話の受話器を取り、ボタンを押した。

 僕は部屋の隅で青い顔で立ち尽くしているアキに近寄った。

「…アキ!お願いだ!何も言わずに僕の言う通りにして!いいね!」

 アキは青い顔で僕を見つめ、頷いた。


「ケイ君!アキちゃん!付いて来るんだ!!」

 僕達は昌男おじさんが準備したホテルの部屋に入った。昌男おじさんは部屋の外と中に数名の警護を付けてくれた。

「おじさん…本当にごめん…」

「いいから!気にするな!…しかし…一体何があったんだ?」

 僕は昌男おじさんの言葉に答えられずにいた。昌男おじさんに話す前に、どうしてもあの女と話さなくてはいけなかった。

「おじさん…僕、これから行く所あるから…アキを頼む」

 僕はそれだけ言うと部屋を飛び出した。





 そのホテルのロビーの前を通り、外に出た。僕はあの女の屋敷の方向を確認しながら空を仰いだ。

 すぐに、その視線に気付いた。

 大神がそこに立っていた。

「ケイ、来るんだ」

 大神はそう言うとホテルの入り口から少し離れた所に停めてあった車に向かって歩き出した。


 僕はその車に乗り込み、あの女がいる屋敷へと急いだ。



 女は3年前に会った時より、少し痩せていた。顔色も悪かった。

「久し振りね…ケイ。元気そうで良かったわ」

 女はそう言うとフッと微笑んだ。


「あんたらが言ってた<彼>に今日あった。そいつは3か月も前からアキに接触していた」

 僕の言葉を女と大神は黙って聞いていた。

「大神!お前が言っていたある事件っておじいちゃんの事じゃないのか!?」

「―――落ち着け、ケイ」

 大神がゆっくりとした口調で言った。

「僕はあの男の“声”を知っている!あの“眼”を知ってるんだ!」

 僕は女と大神を睨んだ。

「<あの日>おじいちゃんを殺した奴の中に、それと同じ“声”と“眼”をした男がいたんだ…」

 僕の言葉に女は大きく息を吐き、僕を見つめた。

「あなたが<あの日>殺した人間の中に……あの子の父親がいたの」

「…え?…」

「あの子…海斗の父親をあなたは殺したの」

 僕はしばらく言葉が出なかった。その場に立ち尽くしたまま、女の顔を見つめた。女はフ―と息を吐き、静かに目を閉じた。

「大神から聞いたと思うけど…私達の組織はある<闇組織>と手を組んで代々この世界を支配してきた。私達は身体能力に優れた暗殺集団で彼らは頭脳能力に優れた催眠集団だった。ある時、私達は考えた。この2つの能力を併せ持つ人間を誕生させる事は出来ないか―――そこで名前が挙がったのが、遺伝子研究で有名だった本条教授だった。私達は本条教授に接触し、研究のスポンサーを申し出た。資金面などで行き詰っていた本条教授はすぐに快諾した。そして研究は順調に進み――――数名の子供が誕生した。けれどどの子も覚醒時の副作用に耐えられず、死んでしまった。ただ1人を除いては―――」

 女は目を開け、僕を見た。

「本条教授から聞いているでしょ?あなたは選ばれた子供だって。…あなただけが死なずに残ったのよ」

 僕は黙って女の話を聞いた。心臓がずっしりと重く脈打っていた。

「あなたは大神と彼らの司令塔…海斗の父親の浅井から教育を受け始めた。ところが…本条教授が私達を裏切った。あなたを連れ出したのよ。でも私達はさほど深刻には考えていなかった。あなたを連れ戻せばいいだけなんだから。それよりも浅井の裏切りの方が深刻だったわ……浅井は私達を洗脳し組織を乗っ取ろうとした。そしてあなたを自分の後継者にしようとした」

 女はここまで話すと、少し呼吸を整えるように息を吐いた。

「本条教授はその内部紛争に気付いていた。だからお前を連れ出した。あの教授は本気でお前で日本が良くなると信じていた」

 大神の言葉に、女は目を向け首を振った。

「大丈夫よ…私は話せるわ、大神」

 女の言葉に大神は頷いた。

「私達も…浅井達も…あなたを甘く見ていたのね。あなたの能力がどれほどのものか完全に理解していなかったのよ」

「―――― そして僕がその海斗の父親の浅井を殺したから…海斗が僕に復讐しに来たって事か?」

 僕の言葉に女は頷いた。

「ケイ…海斗と接触してはいけない。あの子は父親以上に“その能力”が優れているの。あなたは“暗”の部分が大き過ぎる。それを操られればいくらあなたでも自分の意思で行動出来なくなる。そうなれば私達の組織は終わるわ」

「…おかしいじゃないか?」

 僕は女を睨んだ。

「その<闇組織>の連中は全員始末して、なんでその末裔の海斗は生きてるんだ?」

 僕の言葉に、女はうつむいた。

「ケイ、海斗様は病気なんだ。だから海斗様の“能力”がこんなに大きくなるとは…」

「海斗様?裏切った組織のトップの息子に様なんか付けて呼ぶのか?」

 僕は大神を見た。大神は黙って僕を見つめ返した。

「……海斗は私の証なの」女が呟くように言った。「海斗は私と浅井の間に生まれた子供なの」



 沈黙を破るように、僕の携帯が鳴った。相手は清子さんだった。

 僕は胸騒ぎを感じ、携帯に出た。

「もしもし?清子さん?」

[ ケイ君!?今どこ?]

「うん…ちょっと出掛けてたんだ。どうしたの?」

[ 有治君がね…交通事故起こしたの。今○○病院にいるんだけど…今すぐ来れる?]

 僕は息を呑んだ。清子さんは明らかに動揺していた。

「…兄さんが怪我したって…僕行かなきゃ…」

「待って、ケイ!今ここを出ては駄目よ!海斗と会ってしまうわ!!」

「僕は海斗と会って話をする!あんたの息子だろうがなんだろうがそんなの関係ない!あいつはアキと接触してたんだ!アキに何をしたか聞き出さないといけない!!」

 僕はそう言って、屋敷を飛び出した。



 僕は途中、アキの事が気になり、昌男おじさんに連絡した。

[ ケイ君か!こっちは何も問題ないぞ!心配するな!]

 おじさんの元気な声を聞いて、僕は安心した。



 僕が病室に入った時、兄さんは頭に包帯を巻いた状態でベッドに横になっていた。そばには白衣姿の清子さんが立っていた。

「…ケイか…」

「兄さん!!大丈夫か!?」

「あぁ…大丈夫だ。まったくまさか事故を起こすとは思わなかったよ。」兄さんはそう言うと苦笑した。「運転してたら急に意識が遠くなるような感じがしてね…やっぱり疲れてるのかな…」

 僕は背中に冷たい何かを感じた。

「…意識が遠くなった?…」

「疲れてるのよ!だから言ったじゃない!少し休んでって!」

 清子さんは笑いながら言った。

「ちゃんと気を付けていたつもりなんだけど…」

「…兄さん…車に乗る前に…誰かと話した?」

 僕の身体から汗が噴き出していた。

「どうした?ケイ…何かあったのか?」

「…いいから…誰かと話した?」

 僕は出来る限り冷静になろうとした。兄さんは眉をひそめ、しばらく考えていた。

「…何ですぐ思い出さなかったんだ…」兄さんはそう言いながら苦渋の表情を浮かべた。「ケイ、駐車場で盲目の青年に声を掛けられた。道を訊かれたんだ」


 僕は愕然とした。その場で慌てて昌男おじさんに連絡した。

[ どうした?ケイ君?]

「おじさん!!アキは!?そこにいるんだよね!?」


[ ―――――松田さんなら、ここにちゃんといるよ]

 僕はその“声”を聞いて、全身に鳥肌が立った。

[ はじめまして。本条ケイ君]

「…お前…っ…」

[ 落ち着いて。ボクの話をよく聞いて]

 口から言葉が出てこない。

[ 今から言う場所に1人で来るんだ。その場所の事は誰にも言ってはいけない。いいね?ケイ君]

 海斗の言葉が頭に響いている。

[ 君もボクと話したいんだろ?これからゆっくり語り合おう]

 僕の身体が震えた。僕は全身に力を入れた。

「…っアキ…っ…」

[ …………!?…]

「…っアキに何かしたら殺してやる!!」

 身体から力が抜け、僕はその場に倒れ込んだ。

「ケイ!!」

「ケイ君!!」

 清子さんが慌てて駆け寄って来た。

[ …驚いた。君って本当にすごいね]

 海斗はそう言うと、携帯の電源を切った。


 僕はゆっくり起き上がり、もう一度身体に力を入れた。

「…ケイ…一体何があったんだ?…」

 兄さんが険しい表情で聞いてきた。

「…兄さん…警察に連絡して…△△ホテルに昌男おじさんがいるから…」

 僕はそれだけ言って、病室を飛び出した。


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