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君のために僕は詠う―20―

君のために僕は詠う―20―







…ケイ君……ケイ君…


 具合の方はどうかな?…

 ちゃんとご飯食べてるかな?…

 ちゃんと大学行ってるかな?……中島君や麻衣子ちゃんと仲良くしてるかな?………



 ……ちゃんと…笑えてるかな……



 ケイ君……

 ケイ君………
















「アキ姉ちゃん!見て!!」

 美枝子の息子、博一の子供の諒が画用紙いっぱいに描いた絵を得意げにアキに見せた。

「おぉ!上手ね、諒君!!この絵の人は……?誰?テレビに出てる人?」

「違うよ!テレビになんか出てないよ!」

 諒はテーブルの上に画用紙を広げ、また何か書き始めた。

「…ほら!諒!もうご飯よ!早く片付けなさい!」

 博一の妻、百合子は怒鳴った。諒は口を尖らせながらクレヨンを箱に入れた。

「諒!手も洗って来なさいよ!……もう!夢中になるとすぐああなるんだから…」百合子はブツブツ言いながらテーブルを布巾で拭いた。「ごめんね〜アキちゃん。あの子ったらアキちゃんに甘えちゃって…」

「いいですよ。百合子さん、お皿これだけでいいですか?」

 アキは笑顔で言った。

「えぇ、ありがとう!…わぁ!この白和え美味しそう!アキちゃんてレパートリー広いのね!」

 百合子は感心しながら言った。

「いいえ…お口に合うか分かりませんけど…博一さんは今日も残業?」

「そうみたい…頑張って稼いでもらわないとね!…あっ諒、おばあちゃん呼んで来て」

 諒は庭でガーデニングをしている美枝子を呼びに行った。


「―――あぁお腹空いたね!諒君!…あら!白和え!アキちゃんが作ったの?」

 美枝子は嬉しそうに言った。

「アキちゃん、何でも上手に作れるんですよ!本当に関心しちゃう!」

「そりゃそうよ。私がお料理教えたんですから!」

 百合子の言葉に、美枝子は得意げに言った。



 食事を終え、諒はまた画用紙に絵を描き始めた。

「―――アキちゃん、週末にお寺行こうか?バタバタしてたからまだ行ってないでしょ?お参り。一緒に行かない?」

「うん!私もおばさんに言おうと思ってたの」

 美枝子の言葉にアキは笑顔で言った。

「おばあちゃん!!見て!」

 諒は画用紙に描いた絵を美枝子に見せた。

「まぁ!上手ね!…でもこれは誰を描いたの?」

「あのね、この人そこの木の上にいたの!」

「は?誰が?」

「この人!」諒は画用紙に描いた絵を指差した。

「ん?この人がどこにいたの?」

「だ〜か〜ら〜…」

 美枝子の言葉に諒は歯痒そうに足踏みした。

「……家の前の木の上に“その人”が登ってたんですって…」

 緑茶を湯呑に注ぎながら百合子は言った。

「僕、何回も見たよ!」

 アキと美枝子は顔を見合わせた。

「え…なんか怖いわ…」

 青ざめているアキを見て、百合子は笑った。

「アキちゃん、気にしないで。諒の勘違いだから」

「僕ちゃんと見たもん!!こんぐらいの顔で…こんな足長くて…なんか女の人みたいな顔してたの!!」

 必死に言う諒を見て、アキ達は吹き出した。

「夢でも見たのかしら…」

「夢じゃないもん!!この人病院にもいたもん!家に来た事もあるもん!!」

「はぁ?何言ってるの?諒?」

 百合子は首を傾げた。

「嘘じゃないもん!先生って人と家に来たもん!パパとおじいちゃんとお酒飲んでたもん!」

「……先生って…本条先生の事言ってるのかしら?…そしたら諒君が見たのってケイ君?」

 美枝子の言葉にアキの心臓がドクンと強く打った。

「そんなワケないじゃない!お母さん!ケイ君が家に来たの随分前ですよ。しかも1回だけだし…諒が覚えてるワケないですって。しかも、何で木に登ってるんですか!」

「…そうよね…ねぇ、アキちゃん…」

「う…うん…」

 アキは困惑した。






 アキと美枝子はいつもの花屋で花を買い、店の奥さんとしばらくの間話し込んだ。一緒に連れて来た諒が愚図つき出したので、アキと美枝子は慌てて店を後にした。

 3人は納骨堂に入り、一緒に手を合わせた。


 春らしい暖かな風がやわらかく流れた。寺の敷地内の満開の桜の木から桜の花びらがはらはらと舞っていた。


 ケイはアキの姿を静かに見つめていた。楽しそうに笑っているアキを見て、ケイの胸中には嬉しさと悲しさが同時に込み上げていた。

「―――お兄ちゃん?」

 子供の声にケイは飛び上った。諒は木の根元からケイを見上げていた。

「お兄ちゃん、アキ姉ちゃんのお友達?」

 諒は寺の敷地内にある桜の木の中で1番大きな木の上にいるケイを見上げながら言った。ケイは諒をしばらく見つめ、木の上から飛び下りた。

「……よく気付いたな…僕を覚えてるか?」

「うん!覚えてるよ!」

 諒は満面の笑みで答えた。ケイも思わず微笑んだ。

「何でいつも木の上にいるの?」

「…何でって…」

 ケイは言葉を詰まらせた。ケイが諒から目線をずらした時―――

 諒はケイの足にしがみついた。

「え?おいっ!何するんだ!?」

「アキ姉ちゃん!アキ姉ちゃん!!捕まえたよ!!」

 必死で叫び出した諒に、ケイは驚いた。

「おいっ…静かにしろって!」

「アキ姉ちゃん!!」

「諒君!?どうしたの!?」

 諒の声を聞いて慌てて来たアキは、諒にしがみつかれたケイを見て、一瞬言葉を失った。

「アキ姉ちゃん!この人!この人だよ!!」

 諒はケイの足にしがみついたまま、得意げに言った。ケイも言葉が出ず、必死に諒から離れようとした。

「……諒君!分かったから…もう離れなさい!」

 アキは慌てて諒の腕を掴んだ。

「…アキちゃん?どうしたの?…あら!?ケイ君!?」

 遅れて来た美枝子はケイの姿に驚いた。

「おばあちゃん!この人だよ!」

「諒君、分かったから!もう騒がないの!」

 アキの言葉に諒はがっかりしたようにうつむいた。

 美枝子はハッとし、諒の手を引いた。

「アキちゃん、私今から住職さんとお話して来るから…さぁ、行こう諒君!」

「え!?やだ!僕行かない!アキ姉ちゃんトコにいる!!」

「いいからっ来なさいって…」

 美枝子は嫌がる諒を引きずりながら連れて行った。

 アキとケイはその光景を見ながら、しばらくの間立ち尽くした。


「……あっ…ケイ君…ごめんね、あの子すごく人懐っこいの!」

「えっ…あ…そう…」

 2人の間に気まずい空気が流れた。

「……ケイ君…少し歩こうか?」

 アキは苦笑しながら言った。

 ケイはそんなアキを見て小さく頷いた。



「…ケイ君…まだ体調悪いみたいね…」

 アキはケイのやつれた顔を見て言った。

「…うん…アキは?怪我はどう?」

「うん。もう大丈夫!走ったり出来るよ」

「そう…良かった…」

 ケイはホッと安堵の表情を見せた。アキは胸の奥がチクチク痛み出した。


 2人は寺から少し離れた小さな公園まで歩いた。公園には小さな砂場と鉄棒とブランコがあり、隅にベンチがあるくらいだった。人気は無く、地面には散った桜の花びらが風で舞っていた。アキはそのベンチに腰を下ろした。

「―――― 大学…ちゃんと行ってる?…今は春休みだったかな?…中島君や…麻衣子ちゃんは…元気?」

「…うん。中島や有尾が元気かどうか分からないよ…」ケイは苦笑いしながら言った。「2人とも、僕の事必要以上に心配してるし…」

「あぁ…そうか…」

 アキは笑った。

「……アキ…」

「あっ!ケイ君、誕生日おめでとう!もう19か…早いね!」

「…うん…」

「ねぇ!ご飯は?誰が作ってるの?」

「……兄さんの彼女がたまに作りに来るよ…後は外で食べてる…」

「本条先生の彼女!?本当に!?」

 アキは必死に喋り続けた。

「…アキ…」

「そっそしたら!洗濯とかもその彼女さんがやってくれてるの!?」

「アキ!」

 アキはハッとし、うつむいた。ケイはアキの口元が震えているのに気付き、ケイは動揺した。

「アキ…ごめん…本当にごめん…」

「いっいいのよ!!気にしないで!!…魔が差したのよ!あっ…まっ麻衣子ちゃんとケンカでもしたのかな!?少し…っ」

 震えながら喋るアキの腕を、ケイは思わず掴んだ。

「触らないで!!」

 アキはケイの手を振り解いた。ケイは言葉を失った。

「…ごっごめんケイ君…私…」

 そう言うアキの瞳から涙が零れた。

「アキ…ごめん…僕はただ…アキを行かせたくなかったんだ…信じて…。有尾とは何でもないんだ…信じて…アキ…」

 ケイはアキの頬に手を当てようとした。アキはそれを拒むように横を向いた。

「……信じて?…ケイ君は私の事信じてくれなかったじゃない…」

「アっアキ…それは…」

「私の事信じてくれなかったじゃない!!」

 涙をこぼしながらケイを睨むアキの瞳に、ケイは動く事が出来なかった。

「…ごめん…ケイ君…。私、もう行かなきゃ…」

 その場から駆け出して行ったアキの後ろ姿を見つめながら、ケイはその場に立ち尽くした。








「―――百合子さん!アキちゃん、見なかった?」

 美枝子は台所で夕飯の支度をしていた百合子に訊いた。

「アキちゃんなら買い物に行ってもらってますよ。牛乳買い忘れちゃったんで…すぐ帰って来ると思いますけど…」

「そう…それならいいわ」

「……お母さん、アキちゃん何かあったんですか?」

「え?」

「お参りから帰って来て…アキちゃん変ですよね?諒の言ってた人ってケイ君だったんでしょ?…ケイ君と何かあったんでしょうか?…」

 心配げな様子の百合子に、美枝子は微笑んだ。

「アキちゃんなら…きっと大丈夫よ。あの子はしっかりしてるから…」

 美枝子の言葉に、百合子は安心したように笑った。




 アキは近くのスーパーで牛乳を買い、商店街を抜けた。家の近くの河川敷を歩いていると、向こうから学生が10名ほど呼吸を合わせるように走って来た。1・2・1・2・……学生達とすれ違う時、アキは微かな汗のにおいを感じた。

 アキの携帯が鳴った。

 アキは携帯の着信を見て、慌ててボタンを押した。

「…もしもし!?伊藤君!?」

[ よっ!久し振り!元気か?]

 伊藤の元気な声がアキの耳元に響き、アキは微笑んだ。

「どうしたの?どこから掛けてるの?もしかして…ヨーロッパ!?」

[ 日本からだよ!携帯繋がらねぇだろ!]

「あぁ、そうか…って何で日本にいるの?まだ半年も経ってないよ?…まさか…もう左遷?」

[ 失礼な奴だな!!仕事で戻って来ただけだよ!またあっちに行くの!]

「なんだ!びっくりした!もう、脅かさないでよ!」

 伊藤の笑い声にアキはホッと和んだ。

[ ところで…怪我の方はどう?大丈夫か?]

 伊藤の言葉にアキは面食った。

「…え!?伊藤君、何で知ってるの?」

[ 何でって……おいおい…なんにも進展してないのか…]

 携帯からもれてきた伊藤の大きなため息に、アキは戸惑った。

[ ―――あの日、空港に来たんだよ。あのケイって子…何にも聞いてない?]

 アキは言葉を失った。

[ ……おい?松田?聞いてんのか?…また考え事か!?]

「…ごっごめん!聞いてるよ!……ケイ君が伊藤君に会いに来たの?」

[ お前が事故にあってここには来れないって言いに来た]

「…ケイ君が?…」

 アキはその場にしゃがみ込んだ。

 夕陽がアキの頬を照らし、アキはその温かさをじんわりと感じた。


―――ケイ君…


[ 松田はここに来る予定はないってちゃんと説明したら、青い顔をさらに青くしてたぞ…あいつ、どこか悪いのか?]

「…うん…少し体調崩してるの…ごめんね、伊藤君。なんか気を遣わせちゃったね…」

[ そうだよ!ややこしい事するなよ!…で、お前は大丈夫なのか?]

「うん。大丈夫だよ…」

 伊藤の言葉が途切れた。アキは次の言葉に詰まり、黙り込んだ。

[ …あいつ…お前に執着してるワケじゃないみたいだな…]

「…え?」

[ ―――あいつ…松田でいっぱいみたいだ]

 伊藤の言葉に、アキは驚いた。

「…なっ何言ってるの?…そんな事あるワケ…」

[ そんな弱気でどうするんだ?……しっかりしろよ、松田。らしくないぞ]

「でも……でもね、伊藤君…」

[ ……何迷ってるんだ?俺よりあいつを選んだのはお前だろ?]

「……うん…」

 アキは言葉に詰まった。

[ まぁさっ!俺は振られた側だから色々言うつもりはないけど…]

 アキは涙が込み上げていた。伊藤は何かを察したようにしばらく黙っていた。

[ ……松田…。後悔だけはすんなよ…]

「……伊藤君…」

[ このままだったら、お前後悔するぞ…。俺は間違いなく後悔する]

「…伊藤君が後悔するの?」

 アキは思わず笑った。

[ そう…無理してでも松田、一緒に連れて来れば良かったって…後悔するよ]

 アキは流れる涙を拭った。

「ありがとう…伊藤君。…分かってるよ。ちゃんと頑張るから…私頑張るから…応援しててよ」

[ ……応援か…俺は振られたのにな…まぁ、見届けてはやるから…頑張れよ!]

「…うん!…」


 アキは携帯を切り、夕空を仰いだ。陽が沈もうとしている空を眺めながら、アキは大きく深呼吸をした。静かに目を閉じ、夕陽の温かさを全身で感じた。




「アキちゃん!遅かったわね!どこまで行ってたの?」

 家に帰ったアキを見て、美枝子は心配げに言った。

「…うん、ごめん。夕陽に見とれてたの…」

「…そう。夕陽キレイだもんね〜」

 百合子は笑いながら言った。美枝子も笑いながら、必死にドリルをやっている諒の横に腰を下ろした。

「…おばさん。あのさぁ…」

「うん?」

 美枝子は、何か言おうとするアキを見つめた。

「……私…本条先生のトコに帰るよ。」

 美枝子はしばらく黙ってアキを見つめた。

「…もう足の怪我も治ったし…あんまりお休みしちゃうと先生困っちゃうでしょ?…お店の事もあるし…おばさんにこれ以上迷惑掛けたくないし……」アキはそう言うと美枝子の顔を見つめた。「…いいかなぁ?」

「……私達、アキちゃんが家にいる事迷惑だなんて思った事ないわよ?」

 美枝子が悲しそうに言ったので、アキは慌てた。

「あっ…でも…もう4か月もお世話になっちゃったし…」

「―――分ったわよ、アキちゃん」美枝子は笑顔で言った。「本条先生もケイ君もきっと喜ぶわ」

「アキ姉ちゃん、帰っちゃうの?」

 諒が寂しそうに言った。

「そうよ、諒君。アキちゃんはお家に帰るのよ。でもここにも遊びに来てくれるから大丈夫よ。ねぇ?アキちゃん」

 美枝子の言葉にアキは微笑んだ。

「約束だよ!アキ姉ちゃん!」

「うん!約束!」

 アキは諒と指切りをした。

「帰る前に本条先生に連絡しとくのよ、アキちゃん」

「うん、分かってるよ」

「…アキちゃん…」

「ん?」

「…辛くなったらいつでもここに帰って来ていいからね」

 そう言うと美枝子は微笑んだ。アキは胸の奥が熱くなるのを感じた。

「…うん。ありがとう、おばさん」




…ケイ君…ケイ君……

 私は―――― あなたのために私は何が出来るだろう?…


ねぇ…ケイ君……




     

     

     

     

     

     

     

     

     ――アキ!!!――


「本条!!」

 ケイはハッとした。中島が動揺した様子でケイの顔を覗き込んでいた。

「大丈夫か?うなされてたぞ…お前」

「え?…」

 ケイは自分が大学の医務室のベッドに寝ている事にようやく気付いた。

「僕…何で?」

「図書室で倒れたんだよ。麻衣子ちゃんが医務室の先生呼びに行ってるから…本条先生に連絡した方がいいか?」

「…いや…いいよ」

 そう言うとケイはゆっくり起き上がった。

「熱あるぞ。本当に大丈夫か?…」

「…うん…」

 中島は小さく息を吐いた。

「…なぁ、本条…。お前はそんな風に思ってないだろうけど…俺はお前の事友達だと思ってるよ…」

 ケイはうつむきながら喋る中島を見つめた。

「俺はお前みたいに頭良くないし…何にも出来ないけどさ…何かある時は、何でもいいから話せよ。こんな俺でも力になれるかもしれないだろ?…なれないかもしれないけど…俺、どんな事でも協力するからさ!もう1人で悩むなよ!なっ!!本条!」

 中島は笑いながら言った。中島が必死に言っている事をケイは分かっていた。

 ケイはしばらく黙っていた。黙ったまま…今まで感じた事のない感情をゆっくりと感じていた。

「―――ありがとう…中島…」

 ケイの言葉を聞いて、中島はすぐ反応出来なかったが――… じわじわと喜びが沸いてきた。

「なっ何か買って来ようか!?」

 中島がテンションをグンと上げて言ったので、ケイは苦笑した。

「……じゃぁ、何か冷たいモノ買って来てくれ」

「よっよし!任せとけ!」

 そう言うと中島は凄い勢いで医務室を飛び出して行った。

 ケイは小さくため息を吐いて、窓際を見つめた。

 カーテンが静かに揺れた。


「―――僕に、何か用?」

 黒装束の男はゆっくりとケイに近寄った。

「――お前に“友達”とは…」男は口元で薄らと笑った。

「……早く要件を言えよ」

「…まぁ、そんなカリカリするな。身体に障る」

 ケイは男を睨んだ。

「言っただろ?身体に気を付けろと。…まぁ…どうしようもないだろうがな…」

「…何が言いたい?」

 ケイは怪訝な表情で言った。

「時が来た。あの方がお待ちだ」

「―――行かないと言ったら?」

 ケイの言葉に男の顔から笑みが消えた。男のサングラスが光った。

「…ケイ。もう分かっているだろう?もうお前1人ではどうする事も出来ないのだ」

 ケイはうつむき、黙った。

「行こう、ケイ。―――松田アキもお前を待っている」

 ケイの顔色が変わった事に、男は気付いた。

「…なんだって?…お前…今なんて…」

「…落ち着け、ケイ。松田アキはあの方の客人として招いたのだ。手荒なまねは一切してはいない」

 ケイは鋭い目つきで男を睨んだ。男はまた薄らと笑った。

「…アキに何かしてみろ。お前ら全員殺す」

 そう言うとケイはベッドからゆっくりと腰を上げた。

「前にも言ったはずだ。私はまだ死にたくない。―――あの方はお前の事を想ってこうされたのだ。決して悪い話ではない…お前にとっても、松田アキにとっても……」

 廊下から人の声が聞こえてきた。男は声の聞こえる方に顔を向け、またケイを見た。

「ケイ、行こう。あの方と松田アキがお前を待っている」

 


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