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君のために僕は詠う―14―

君のために僕は詠う―14―




「いやぁ〜ケイ君!T大学進学おめでとう!また推薦入学だってな!大したもんだ!!」

 検事長の永田昌男は満面の笑みで言った。

「昌男おじさん、お祝いありがとう。でも、僕は警察官にも検察官にもならないからね」ケイがあまりに淡々と言ったので、永田はがっくりと肩を落とした。

「…もう諦めた方がいいですよ」本条は笑いながら言った。

 永田は苦笑いしながら自分の机の引き出しから書類を取り出し、ケイに渡した。

「――――昨日電話で話した会社のリストだよ」永田はゆっくりとソファに腰を下ろしながら言った。

「この会社を調べたらいいの?」ケイは書類を見ながら言った。

「そうだ。どうも裏で“大きな取引”をやっているようなんだ。キーマンは社長の息子だ。その息子のシッポを掴んで取引相手を吐かせるんだ!そしてまた日本は平和になる!」永田は熱く語り出した。

 本条とケイは顔を見合わせ、小さくため息を吐いた。

「おじさん、これから僕達用があるんで帰ります」本条はそう言うと、ケイと共にソファから腰を上げた。

「あぁ…そうか、そう言ってたね。今度屋敷に行ってもいいかな?あの小さな家政婦さんの手料理が食べたくてね」

「えぇ、いいですよ。アキちゃんにも伝えておきます」本条は言った。

「しかし…ケイ君、また背伸びたか?」永田はケイを眺めながら言った。

「もう伸びないよ。173で止まっちゃったよ」

「それだけあれば十分だぞ!いいなぁ〜ケイ君は脚長くて。羨ましいよ。また大学では注目の的だな!」

 永田は威勢よく笑った。







「―――なんか昌男おじさん、変わったよね?」ケイの言葉に本条は

「陰で馬鹿にされてるの知って改心したんだよ」と言った。

 

 

 2人を乗せたタクシーはMグランドホテルの正面入り口の前で停まった。

「――――ようこそ、Mグランドホテルへ…お荷物は?」

 ドアマンは車のドアを開け、本条に尋ねた。

「荷物は無いよ。“グリーンハウス”に予約してるんだけど、案内してもらえるかい?」

「畏まりました」


「――――本条様でいらっしゃいますね。お待ち致しておりました。どうぞこちらへ」

 “グリーンハウス”のウェイターは2人を奥の部屋へと案内した。



「―――食事したらすぐ帰るからそんな顔するな、ケイ」

 ウェイターが部屋を出て行った後、本条は仏頂面のケイに言った。

「だって…何でわざわざ学長に会わないといけないんだよ…」

「仕方無いだろう。有尾先生がどうしてもお前に会いたいって、わざわざ研究所までいらしたんだよ」

「…早く帰りたい…アキどうしてるかなぁ…」

 呟くように言うケイを見て、本条は苦笑した。


 しばらくして部屋のドアが開いた。

「―――有尾様がお見えになりました」ウェイターは丁寧にお辞儀をして言った。

「本条君!待たせたね!」

 浅黒い顔を艶々させながら、有尾が部屋に入って来た。

「いえ…僕達もついさっき来たばかりです」本条は笑顔で答えた。

「いやいや…無理に時間作ってもらって悪いね。今日は娘も連れて来てるんだ。麻衣子!早く入って来なさい!」

 有尾の娘、有尾麻衣子は恥ずかしそうに部屋に入って来た。

「初めまして、有尾麻衣子です」そう言うと麻衣子は、本条とケイに頭を下げ、微笑んだ。

「こんな可愛らしい娘さんがいらっしゃったなんて知りませんでしたよ」

 本条の言葉に有尾は誇らしげな表情をした。

「…君が噂のケイ君だね?私はT大学学長の有尾だ。君には期待してるよ!」

 有尾はそう言うとケイの前に右手を差し出した。

「…本条ケイです。よろしくお願いします」

 ケイは、有尾が差し出した右手を軽く握った。



「――――本条君のお父さんには随分世話になったよ。彼は天才科学者だったからね。常に私達の先頭に立って、私達を守ってくれたんだ…それなのに私は彼のために何もしてやれなかった……」

 有尾は昔を懐かしむように言った。

「父は有尾先生の事、優秀な後輩だと言っていました。僕も父の言葉は正しいと思っています」

 本条の言葉に、有尾はうつむいたまま微笑んだ。

「……お父さん!またそんな暗い顔して!せっかくのお食事会まで暗くなってしまいますよ!」麻衣子は有尾の肩を軽く叩いた。

「あぁ、そうだな。いや済まなかったね。本条教授の事を思い出すとついな…」

 本条は静かに微笑んだ。

「麻衣子さんもT大学ですか?」

「あぁ、今年からT大学に通うんだ。専攻は教育学部だよ。そうだろ?麻衣子?」

「…はい」麻衣子は恥ずかしそうに言った。

「大学では麻衣子とも仲良くしてやってくれよ、ケイ君」

「…はい」ケイは短く返事をし、麻衣子を見つめた。麻衣子は頬を赤くしてうつむいた。

「しかし…ケイ君は本当に美男子だな!さぞモテるだろう?」

「…いえ、そんな事ないです」ケイはまた短く返事をし、麻衣子を見た。麻衣子は真っ赤になっていた。

「……なんだか…若者はすぐ仲良くなるんだな?」有尾はケイと麻衣子を交互に見ながら言った。「麻衣子、ケイ君なら私は大賛成だからな」

 有尾の言葉に麻衣子はさらに顔を赤くした。






「――――珍しいな…ケイ」

 本条は帰りのタクシーの中でケイに言った。

「?何が?」

「お前があんな風に女を見るなんて、驚いたよ」

 本条の言葉にケイは驚いたような表情をした。

「…あんな風にって?僕そんなに見てた?」

「なんだ…自分で気付いてなかったのか?」本条は苦笑した。「可愛い子だったからね。見惚れてるのかと思ったよ」

「…いや…そんなつもりなかったんだけど…」

 ケイは困惑した様子で言った。

 本条はそんなケイの横顔を見つめた。

「―――なんか…あの子、アキちゃんに雰囲気似てたな」

「兄さんもそう思ってた?」ケイは瞳を大きくして言った。

「…お前の女の基準は、本当にアキちゃんなんだな…」

 本条は呆れたように笑った。

「…アキ、今何してるかな?」

「もう寝てるよ。遅くなるって言っといたから」

「え!?まだ10時過ぎだよ!」

「アキちゃん、毎朝5時に起きて朝食作ってお店に行ってるんだよ。早く寝ないと倒れてしまうだろ?」

 ケイは不貞腐れたように口を尖らせていた。

「だから僕は嫌だったんだ。アキはいつも一生懸命だからすぐ無理しちゃうんだよ」

「無理しないように早く帰って来てるだろう?アキちゃん」

「僕は何で店に行っちゃいけないんだ!?」

「お前は目立つからなぁ…あとが面倒だろ?」

 本条の言葉にケイは眉をひそめた。

「…今日はまだちゃんと顔見てないよ…」ケイは寂しそうに呟いた。

「仕方無いだろう。アキちゃんのケーキの評判が良いんだから。もっと喜んでやれよ。アキちゃんが気にするだろ?そうやって自分の事ばかり考えるなよ」

 ケイは本条に背中を向け、黙り込んだ。

 本条は≪やれやれ…≫とため息を吐いた。







「アキちゃん!苺のタルトカット1つと、カフェ・モカね!」

「はい!」

 午後1時45分。谷口純子が経営する“Jun−Cafe”はOLやカップルで賑わっていた。

「純子さん、タルトはこれで最後です」

 アキはトレーにセットした“ランチセットのデザートと飲み物”を厨房のカウンターに置いた。

「やっぱり、今日もタルトが1番人気ね!あとはどれが残ってる?」

「チーズケーキとチョコケーキです」

「とりあえず足りるわね」

「…ごめんなさい、純子さん。明日から2ホールずつ多めに焼きます」

 アキは申し訳なさそうに言った。

「そうね、この調子ならそれぐらい多めに焼いても問題ないわ。そうしてくれると助かるわ」純子は頷きながら言った。


 午後3時ぐらいになると店内は大分落ち着いてきた。アキは冷蔵庫の中の材料チェックをしていた。

「アキちゃん、そっちはもういいから少し休憩しましょう!」

「は〜い!もう少しで終わりますから…」アキは材料チェックを終え、椅子に腰を下ろした。

「本当にお疲れ様!」純子の言葉にアキと2人の女性店員は微笑んだ。

「アキちゃんの作るデザート、本当に評判良いんですよ!純子さんの言ってた通りデザートまで美味しいと客足もぐんと伸びますね!」

 女性店員の1人、塩谷理子は笑顔で言った。

「そうでしょ?女性客のリピーター捉まえるには食事もデザートも両方美味しくなくっちゃね!」純子は満面の笑みで言った。

「純子さんの指導のお陰です。本当に勉強になります。」アキの言葉に純子は微笑んだ。

「アキちゃんには才能があるわ。あなたのお陰でやっと希望が見えてきたのよ。これからもみんなで頑張りましょうね!」

 純子の言葉にみんな「はい!」と元気に返事をした。

 

 店に1組のカップルが入って来た。

「いいわよ。私が行くから3人とも休憩してて。」そう言うと純子はいそいそと店内へ行った。

「―――純子さん、すごい機嫌良いですね!」理子は楽しそうに言った。

「嬉しいのよ。自分の手の代わりをアキちゃんが完璧にやってるんだからね」

 もう1人の店員で厨房担当の、相模加奈は言った。「―――純子さんが事故で手が動かなくなった時に私、純子さんは店閉めてしまうだろうって思ってたの。……でも純子さんは店を閉めなかった。あの人はこの店が本当に好きなのよ」

 加奈の言葉にアキは心を打たれていた。

 手が動かなくなっても夢を諦めなかった純子、そしてその純子を支えながら成長し続ける加奈と理子。お互いを刺激し合いながら、それぞれの“夢”に向かって進んで行く彼女達を、アキは尊敬していた。

――――私も頑張らないと!! アキは強く思った。


「アキちゃん、もう上がっていいわよ!」純子は慌てて言った。

「今のうちに帰らないと帰れなくなるよ」加奈と理子は言った。「明日も早くからケーキ作るんでしょ?」

「うん…そしたら、ごめんね」

 アキはそう言うと、タイムカードを押し、更衣室で着替え、店の裏口から出た。店の正面の通りに出た時、アキはスーツ姿の男性から呼び止められた。

「―――松田!?…」

 “Jun−Cafe”に入ろうとしていたその男性は驚いた表情でアキに近寄って来た。その男性の後ろにいた若い女の子はキョトンとしていた。

「…松田!やっぱり松田だ!俺だよ!伊藤だよ!」

 アキは最初面食っていたが、ハッとした。

「伊藤君!?…敦啓君!!」

 アキの言葉に伊藤は安心したように笑った。

「お前…全然変わってないなぁ!相変わらず小っちぇなぁ!!」

「失礼ね!でも…伊藤君は変わったね。背伸びた?」

「お前あれから何年経ったと思ってるんだよ!12年だぞ!普通はでかくなるって!」

 伊藤の言葉にアキは口を尖らせた。

「本当、失礼なトコは相変わらずね!…何よ!あんな可愛い彼女なんか連れちゃってさ!」

「はぁ?彼女?あぁ…あれは…」伊藤がそう言いかけた時、

「彼女じゃありません!ただの姪です!」その若い女の子は怒ったように言った。伊藤は少し不貞腐れたような表情をした。

「そんな即答するなよ!…こいつ姉貴の娘」

 伊藤の言葉にアキは驚いた。

「え!?お姉さんてまだ若いよね?」どう見ても自分達とさほど変わらないようにしているその女の子を見ながらアキは言った。

「こいつこんな格好してるけどまだ17なんだよ。まぁ、姉貴は18でこいつ産んだんだけどな」

 伊藤の言葉にアキは驚きを隠せなかった。








 “ホテルGルネサンス”の205号室から2人のスーツ姿の男達が出て来た。

 見送る男に深々と頭を下げ、2人の男達は足早にその場を去って行った。

 その一部始終をカメラで撮り、ケイは非常口から1階に下り、従業員専用の駐車場に出た。そこは人気がなくシンと静まり返っていた。


「――― あっ昌男おじさん?ケイ。…うん、大丈夫。写真もテープもあるよ。え!?今から?ヤダよ!!もう帰りたいんだ僕!明日すぐ持って来るから…」


 ケイはすぐ後ろから“ある気配”を感じた。


 振り返ると、そこには黒装束の男が1人立っていた。ケイはしばらくその男を見つめた。

「…おじさん、またあとで掛け直す」

[ え!おい!ケイ君…]

 ケイは携帯をポケットに入れ、またその黒装束の男を見た。男は口元が薄らと笑った。

「―――大きくなったな…ケイ」

「…あんた…生きてたのか?」

「あぁ…<あの時><あそこ>にはいなかったからな…もし<あそこ>にいたら私も間違いなくお前に殺されていた」

 ケイは軽くため息を吐いた。

「…やっぱりまだ仲間がいたんだ…」

 ケイの言葉に男は笑った。

「大きな組織なんでね」

 また、しばらく沈黙の空気が流れた。

「僕を連れ戻しに来たのか?」

「…いいや。お前の意思で一緒に来てくれるんなら助かるんだが…今のお前に力ずくは無理だからな」

「力ずく以外、手は無いよ」

 そう言うとケイは身体に力を入れた。男は首を横に振った。

「私はまだ死にたくない。まだやらなければならない事がたくさんあるんだ。それに、いずれお前の意思で<あの方>に会いに来る事になる」

 ケイは眉をひそめた。

「<あの方>って?おじいちゃんじゃなかったのか?」

「――本条教授ではない」男はそう言うと空を仰いだ。「もう時間だ。今日はお前に伝えたい事があって来た」

 ケイは怪訝な表情で男を見つめた。

「<あの方>からの伝言だ。――身体には気を付けるように。会える日を楽しみにしている――――」

 ケイはイライラしていた。

「<あの方>って誰?」ケイの言葉に男はまた笑った。

「いずれ分る」

「僕が僕の意思でその人に会いに行くから?」

「―――そう、そうなる運命なのだから…」男はそう言うと1回咳をした。「―――それともう1つ。お前がさっきまで見張っていた息子、あれはもう終わりだ」

 ケイは男を睨んだ。「どういう意味?」

「あれは、自分の立場を分かっていないんだ。そういう人間を不要だと思う人間が出てきた。だからもう終わりなのだ」

「…それもあの息子の運命だから?」

 ケイの言葉に男は薄ら笑みを浮かべた。

 急に強い風が吹き、ケイは思わず目を閉じた。目を開けた時にはもう、男の姿は無かった。


 ケイはポケットから携帯を取り出し、ボタンを押した。

「―――― おじさん?さっきの話だけど…早くあの息子捕まえないと間に合わなくなるよ」









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