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君のために僕は詠う―11―

君のために僕は詠う―11―




「恵美ちゃん!どうしたの?やっぱり具合悪いんじゃないの?」

―――うるさい…

「ここを早く開けなさい!恵美ちゃん!」

―――うるさい!!

「恵美ちゃん!」

「うるさい!!」

「恵美ちゃん…あなた…」

「何よ!ママ!ほっといてって言ったでしょ!」

「でも…あなた…もう4日もちゃんと食事取ってないじゃない…学校だって…」

「お願だから今はほっといて!」

 バタン!!――――平川恵美は自分の部屋のドアを勢いよく閉めた。


―――何なのよ!ほっといてって言ったのに…またパパに言い付けて!いいじゃない!まだちょっとしか学校休んでないじゃない!なんであんなに怒られなきゃいけないの!?…

 ……みんな…何で私の気持ち分かってくれないの?…何で…

 何であんなひどい言い方するの?本条君…

 せっかく…頑張って作ったのに…あんな怖い顔しなくてもいいじゃない…


―――あの家政婦が何か言ったんだわ…きっと私の事、悪く言ったんだ…そうじゃなきゃ、あんな怖い顔で怒ったりしないわ!

 きっとそうよ!あの家政婦がみんな悪いのよ!!










「アキちゃん、チョコありがとう!美味しかったよ」

 本条有治は笑顔で言った。アキは少し頬を赤くしながら朝食の後片付けをしていた。

「…兄さん。もう講演会とかないの?」ケイはそんなアキをチラッと見て、面白くない様子で言った。

「昨日帰って来たばっかりなんだぞ。そんなに俺が邪魔か?」

「…そうじゃないけど」ケイは残りのコーヒーを飲み干した。

「先生って地方でも有名なんですね」

「?どうして?アキちゃん」

「だって…」そう言うとアキは、ソファの上に置かれた大きい紙袋いっぱいのお菓子の包を見た。

「あぁ…今回は特別だよ。講演会の参加者が気を遣ってくれたんだよ」

 本条は笑いながら言った。

「今日が大変なんだ。その倍はもらってくるよ」

「え!!そうなんですか!?」

「うん。研究所の職員と、大学の先生と生徒…あと…町内会長…」本条は軽くため息を吐いた。「ほとんど2人分だからね」

「は?」アキは驚いた。

「ケイは絶対受け取らないから、みんな俺経由で渡そうとするんだよ。俺の分はおまけだよ」

「そうなんですか!?」アキは呆れ顔でケイを見た。

「だからもらって来るなって言ってるだろう?兄さんが受け取ったりするから後が大変なんだよ」ケイは口を尖らせて言った。

「…そう言えば、商店街の奥様達からチョコもらってますよ!みんなで食べてって…」

「今年はアキちゃん経由もあるのか…」本条は笑い出した。

「それじゃぁ…お返しとかどうされるんですか…」アキは真剣な面持ちで言った。

「1人ずつにはお返しなんて出来ないよ。くれた子達には申し訳ないけどね。職員と先生と生徒と、3つか4つに分けて箱詰めのたくさん入ったお菓子を渡しているよ。休憩中とかに食べてもらえるようにね」

 本条の言葉にアキは、はぁ〜と息を吐いた。

「兄さんがもらって来なかったらこんな手間のかかる事しなくて済むんだよ。頼んでもないのに勝手に渡して、ホワイトデーまで目をギラギラさせながら見つめてくるんだよ。迷惑だよ」

 ケイの言葉にアキの表情が引きつった。

 本条が首を横に振ったので、ケイは慌てて口を閉じた。

「いや…アキは別だよ!アキのチョコは大歓迎だよ!」ケイは必死で言った。

「…もういいの…確かに迷惑よね…来年は気を付けるわ…」

 アキは落ち込んだ様子で台所へ行き、ケイは顔色を青くした。

 本条は、必死に笑いを堪えていた。



「2人とももう出ないと遅刻するぞ」本条の言葉にケイとアキは時計を見て慌てた。

「アキ!また途中まで一緒に行こうよ!」

「…えぇ…どうしようかなぁ…」

「アキ!お願い!機嫌直してよ!」

 2人はバタバタしながら屋敷を出た。そんな2人を見送った後、本条は居間に戻り、ソファの上の“チョコの山”に目をやった。

―――お返しもだけど…まずこれをどうするか考えないとな…

 本条は大きくため息を吐いた。



 バス停には、何人か学生や会社員が並んでいた。アキとケイは小走りでバス停まで急いだ。

「ケイ君も急がないと遅刻するよ!」

「うん…」アキの言葉にケイは力無く答えた。

「もう別に怒ってないよ」アキは苦笑しながら言った。

「本当!?」

「うん!ただ…女の子達は一生懸命頑張ってチョコ準備するんだから、その気持ちももう少し考えてやらないと駄目よ!ケイ君」

 アキの言葉にケイはしばらく黙っていた。

「アキ…僕は…」

「あっバスが来た!ケイ君も急ぐのよ!あっ…車には気を付けてね」

「…うん…」

 ケイはバス停を横切り、アキはバス待ちの会社員の横に立ち、バスを待った。

 すでに横断歩道を渡り、車道を挟んだ歩道にいたケイが手を振ったので、アキも笑顔で振り替えした。


―――迷惑か… アキは小さくため息を吐いた。

 

 どんなに一生懸命想っても、あんな風に思われてたら…なんだか悲しいなぁ…ケイ君って本当に女嫌いなんだわ…。


―――私って完全に女と思われてないんだわ…。

 アキの胸はチクンと痛んだ。何とも言えない気持ちが込み上げていた。

 アキはハッとし、軽く首を振った。

―――何考えてるのよ、私…。 アキは思わず苦笑した。

 その時、アキはその視線にやっと気が付いた。

 アキの目の前に、平川恵美が立っていた。


 2人はしばらく黙って見つめ合っていた。

 アキは少しやつれた様子の恵美の険しい視線に圧倒された。

「あなた…平川さん…」

 恵美は小さく息を吐いた。

「なによ…あなた…」恵美は唇を震わせながら喋り出した。「あんな嬉しそうに本条君と喋って…あなたも本条君の事好きなんじゃない」

「え?」恵美の言葉にアキは驚いた。

「私に頑張れとか言っといて…応援してるフリして、本条君に私の事悪く言ったんでしょ!?そうでしょ!!」

「なっ何言ってるの!?」

「みんなあなたが悪いのよ!!」

 恵美はアキを力いっぱい突き飛ばした。アキはその衝撃で足がもつれ、車道に倒れ込んだ。

「危ない!!」バス待ちの学生の1人が叫んだ。バスの前を走っていた乗用車がすぐそこに来ていた。アキは動けず、思わず目を閉じた。


―――ぶつかる!!!


「キャァァァ―!!」と言う悲鳴と、乗用車のブレーキ音が響いた。

「ばっ馬鹿野郎!!何考えてんだ!!」乗用車の運転手が青い顔で怒鳴った。

 アキはハッとした。

 アキはケイに抱えられるようにして、歩道に倒れ込んでいた。

「ケイ君…え?…」アキの言葉にケイはゆっくり起き上がり微笑んだ。

「良かった、間に合って…」

「ケイ君…助けてくれたの?…」アキは呆然としていた。

 ケイは恵美を睨んだ。

「…私…そんなつもりじゃ…」恵美は真青になり、その場から逃げ出した。

 ケイは恵美を追い掛け、恵美の制服の襟元を掴み後ろに引っ張った。その力が強く、恵美は飛ぶように後ろにひっくり返った。激しくコンクリートの地面に倒れ込んだ恵美はその場にうずくまった。ケイはそんな恵美の腕を掴んだ。

「ケイ君!やめて!!」アキは慌ててケイに近寄った。

 その場にいた学生や会社員も慌ててケイを止めに入った。






「一体どういう教育をなさってるんですか!?」

 平川恵美の母親がヒステリックな声を上げた。その声は本条の屋敷中に響いた。

「娘は腕を骨折したんですよ!!」

「…本当に申し訳ありませんでした」本条は深々と頭を下げた。

「倒れた娘の腕を掴んで顔を殴ろうとしたそうじゃないか!…本当に恐ろしい…いくら成績優秀だからって…私達にも考えがあるからな。謝れば済むと思ったら大間違いだ!」

 父親は居間のソファに深く腰を下ろし、腕組みしたまま、足を組み直した。

 本条は軽く息を吐いた。

「…確かに、ケイはやり過ぎました。ですが、お宅のお嬢さんは何をされましたか?家の家政婦を道路に突き飛ばしたんですよ。一歩間違えれば骨折ぐらいじゃ済まなかった。その事も忘れないで下さい」

「そっちはただの家政婦だろ!!こっちは大事な一人娘なんだよ!一緒にされては困る!!」父親は顔を真っ赤にして怒り出した。

「ただの家政婦ではありません。大事な家族です。娘さんに怪我をさせた事はお詫び致します。治療費も全額支払います。それでも納得いかないのであれば…仕方ありません。ただ、娘さんは被害者であり加害者であるのを忘れないで下さい」

 父親は口元を震わせながら「帰るぞ!」と、怒鳴った。

 アキは、恵美の両親が玄関から出て行くのを確認してから居間に行った。

「先生…」

「あぁ、アキちゃん。…もしかして聞いてた?」

 本条の言葉にアキはコクンと頷いた。

「そう…アキちゃんが気にする事ないよ。悪いのはケイとその女の子なんだし…まぁ、その子は気の毒だけどね」本条は苦笑した。「お茶淹れてくれる?」

 アキは急須に茶葉を入れた。

「…ケイは?部屋から出てない?」

「はい…多分…」アキは湯呑にお茶を注ぎ、本条に出した。

「先生…」アキはうつむきながら言った。「すいませんでした…私が…余計な事しなかったら…こんな事には…」

「アキちゃん、もう済んだ事を悔いても仕方無いよ。これで分かっただろう?ケイの周りにいる女性には関わらない方がいい。いいね」

 アキは「はい」と小さく言った。




――コンコン―― 本条はケイの部屋のドアを叩いた。

「…ケイ、入るぞ」

 ケイはベッドの上に座り、窓の外を見つめていた。

「1週間の自宅謹慎だそうだ」

「え?それだけ?」

「おじさんが間に入ってくれたんだ。…それに、学校側も特待生がこんな事件起こしたなんて外に知れたら面倒だろうからね…」

「…もみ消すのか…」

「……多分ね…」

 そう言うと本条はケイの横に腰を下ろした。

「ごめん…兄さん」ケイは言った。

「うん…アキちゃん、かなりショック受けてるよ…」本条の言葉にケイはうつむいた。

「アキ…何か言ってた?僕の事…」

「いや…ただ、責任感じてるみたいだ」

「アキは悪くない!」ケイは強く言った。

「…そうだけど、あの子はそう思うんだよ。いい加減分かれよ」

 本条の言葉にケイは黙ったまま、また窓の外を見つめた。

「あの平川って子の気持ち、分からなかったのか?」

「分ってたよ。だから最初にキツク断ったんだ。それでもしつこくてさ…挙句、家まで上がり込んで。女って本当にウザい…」そう言うとケイは小さくため息を吐いた。

「女だけじゃないだろ?男もそうなる可能性はある」

 ケイは本条の顔を見た。

「僕もそうなる?」

「…なるだろうね…」本条は苦笑いしながら言った。「誰でもそうだろ?本当に好きで、でもその想いが自分の考えてるようには伝わらなかったら…相手を間接的に傷つけてしまうかもしれない。…直接傷つけてしまう事もあるかもしれない」

「僕も…アキを傷つけるのか…?」ケイは不安そうに言った。

「自分中心で物事を考えたらね。相手の気持ちもちゃんと考えれば、やって良い事と悪い事の区別は付くだろう?」

「…そうだね」しばらく考えて、ケイは言った。

「さて…腹減らないか?アキちゃんも疲れてるみたいだから、3人で外に食事しに行くか?」

 本条の言葉にケイは笑顔で頷いた。


 俺は、この時までケイの気持ちをちゃんと理解していなかった――。

 もし俺がちゃんとケイの気持ちを理解していれば…ケイがアキを“あんなに”傷つける事は無かったかもしれない―――






「ケイ君!今日の目玉は1パック99円の卵だからね!」

「うん!分かった!」ケイは真剣に頷いた。

 アキとケイは、売り出しのスーパーへ買い物に来ていた。店内はたくさんの客で混雑していた。精肉コーナーでは店員が目玉商品を客と客の隙間から必死に黙々とケースに並べていた。青果コーナーと鮮魚コーナーでも店員が黙々と商品を並べ、お馴染みの“音楽”がチャカチャカ流れていた。

「僕、卵見て来ようか?」

「え?いいの?」

「うん。見て来る」そう言うとケイは、卵売り場へ行った。

 アキは精肉コーナーで、特売の合挽肉に目をやった。

≪キロ79円!!安いわね…今日はハンバーグにしよう!≫

 

「―――アキちゃんじゃない!」

 アキは驚いて振り向いた。そこには加茂夕貴が笑顔で立っていた。

「夕貴さん!?どうしたんですか?こんな所で!」

「うん。今日、卵の特売日でしょ!天気も良いからドライブがてらに旦那と来てみたの」夕貴のかごの中には卵が2パック入っていた。「アキちゃんは?1人で買い物?」

 夕貴の言葉にアキは動揺し、言葉を詰まらせた。

「どうしたの?アキちゃん?」夕貴は不思議そうにアキを見つめた。

「―――アキ!卵、2パックでいいんだよね?」

 無邪気な顔でケイがアキの所に戻って来た。アキはがっくりと肩を落とした。

 アキの横には、目を点にしてケイを見つめる夕貴がその場に立ち尽くしていた。

「―――夕貴!見てみろよ!サムゲタン味のチップスなんてのあったよ!」興奮気味に夕貴の夫の昇がやって来た。

「…ケイ君?ケイ君じゃないか!!どうしたんだい?こんな所で!…アキちゃんまで…え?何で?」

 昇の言葉に夕貴はハッと我に返った。―――ゆっくりアキを見つめ、

「…アキちゃん…どういう事か説明してよね」と、言った。

 アキはその場に倒れそうになった。





「――――今日は、随分賑やかだな」本条は笑顔で言った。

 アキはテーブルに味噌汁を運び、炊飯ジャーを開け、5人分の茶碗にご飯をよそい始めた。

「先生…本当にすいません…こいつがどうしても先生のお宅に行きたいって言う事聞かなくて…ケイ君もアキちゃんもごめんね」

 昇は申し訳なさそうに言った。

「…いいんですよ。加茂さん、ご飯はどれくらい?」アキの言葉に

「じゃぁ、山盛りで」と、昇は即答した。

「…あの…夕貴さんは?…」アキは恐る恐る聞いた。

「―――私も山盛り」と、夕貴も無表情で即答した。

「夕貴!そんな態度よせよ!いいじゃないか!知らなかったくらい。こうやって先生の豪邸にお邪魔出来たし、ほら!こんな美味い夕飯ごちそうになってるし。…本当にアキちゃん美味いよ!このハンバーグ!!うん!きんぴらも美味いね!夕貴!お前のよりかなり美味い…」

 夕貴の険しい目つきに、昇は言葉を失った。

「…夕貴さん…本当にごめんなさい…心配掛けたくなくて…」アキは言った。

「心配なんてするワケないじゃない!本条先生のトコならうんっと安心してたんだから!!私は毎日心配してたのよ!アキちゃんの事心配してたのよ!」

 夕貴はワッと泣き出した。

「夕貴!そんな事ぐらいで泣くなよ!」昇は慌てて言った。

「だって…アキちゃん何でも私に相談してくれるって思ってたのに…1年も隠してるなんて…友達なのに!うゎ〜ん…」

 アキは何と言ったらいいか分からず、言葉を詰まらせた。

「夕貴さん、アキちゃんは夕貴さんだけじゃなくて会社の人には誰も言っていないんだよ。知らなかったら夕貴さんが会社の誰かに嘘を吐く事ないだろう?だから、アキちゃんは言わなかったんだよ」

 本条の言葉を、夕貴はハンカチで涙を拭いながら聞いていた。

「関係ない人間に知れたら面倒だろう?夕貴さん、そうならないようにアキちゃんを応援してやってくれないかい?」

 夕貴はキラキラっと瞳を輝かせた。

「もちろんですよ!私、アキちゃんと本条家のために“この秘密”が外部に漏れないように最善を尽くします!アキちゃん!私に任せて!」

 アキの笑顔は少し引きつっていた。

「特に梅原美香は要注意ね!またアキちゃんに殴り…」

 アキは夕貴の口を手で押さえ、椅子ごと後ろに倒した。本条もケイも昇も、突然の事に唖然とし、固まった。

「…ぁ痛たた…何…どうしたの?アキちゃん…」

 アキの険しい目つきに、夕貴は言葉を失った。

「―――お願ですから、彼女の事は二度と口にしないで下さい」

 アキの言葉に夕貴は必死で頷いた。

「お…お前達…何やってるんだ?」昇は呆れ顔で言った。

「あっあの!ポテトサラダも食べますか?」

 アキの言葉にケイは

「ポテトサラダも食べるけど…その前に…」

「え?」

「僕のご飯…まだ?」と、寂しそうに言った。

 

 



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