魔王スサノオ降臨
プロローグ
Ⅰ、幸せな生活
ベトナム、ホーチミン市内、日本からこの地に移り住んで5年。
1年中夏だけど、やっぱり今日も暑いね、コロン。
もう、バテバテになっちゃう。
こんな早朝のお散歩なのに、ちょっと歩いただけで、この汗だよぉ。
コロンは汗かかないからなぁ。
もう少し、ゆっくりしてから帰ろうか。
あっ、帰りはマーケットの中を抜けていこうね。
お野菜と果物を買って帰るからね。
朝ご飯、ママはサラダパスタにしようかな。
コロンは、大好きな鶏のレバーライスよ、嬉しい?
毎朝の愛犬コロンとのお散歩。
もう2年以上続いてる、朝の日課。
毎日の生活も、大体同じリズム。
日本からのお仕事も、月に数件だけ、それも1件3時間前後で終るし。
ほとんどが自由時間、人生の終盤でやっと掴んだスローライフ。
悩み続けた人間関係のしがらみも無くして、手に入れたコロンとミーの家族3人での生活。
帰ったよ、ミー、ただいまぁ~。
朝のお散歩の時はお留守番の愛猫ミー。
ドアを開けると、コロンと私をお出迎え。
コロンの足を洗って、私はシャワー。
2階にある私達のお部屋に戻って、一時だらだらおしゃべり、ね、コロン。
ミーはその時も、私とコロンにベタベタしながらも、マイペース行動。
洗濯機回して、やっと朝ごはん。
朝のミュージック流して、3人でむしゃむしゃ。
これでまた、1日が始まるね、コロン。
ベトナムに移り住んで6年、今の家に来て2年、何も変わらない毎日。
これまで、ばたばたと慌ただしいだけで、疲れ果ててた毎日。
この、何も変わらない日々が、幸せなんだよねぇ。
Ⅱ、不吉な予感
私の母方の一族はお寺関係。
でも、子供の頃から私は無神論者。
ただ、ご先祖様はきちんと御祀りしてるよ。
今の私の場合のご先祖様は両親なんだけどね、特に母親かな。
お部屋には、ベトナム風の仏壇、毎朝お母さんの好きだったコーヒー入れて、しばしのお話。
その隣には、如意輪観世音菩薩様の写真が額に入って私を守ってくださってる。
いつ頃からかな、神様や仏様に感謝するようになったのって。
奈良の斑鳩、法隆寺の外れにある中宮寺。
飛鳥時代から一貫して尼寺を通してきたお寺。
そこで祀られているのが如意輪観世音菩薩様。
その菩薩様が私をこの地に導いてくださった。
男から女として生きていくことを決心して、戸籍の名前も女性名に変更。
やっと、自分として生きていくことになったんだけど。
2年半程、1人で頑張って飲食店を必死で守ってきたんだけどね、力尽きちゃった。
お店も閉めて、生きることに疲れ果てて引き籠ってた年末近く、私の心の中にお姿が。
その時から、頭の中は、中宮寺へ行くことばかり。
そして年が明けた1月5日、菩薩様と初めての対面だった。
菩薩様の前に合掌・正座して1時間、重くてどうしようもなかった心が、次第に軽くなっていく。
悩み抜いて、凍りついてしまっていた心が、だんだん温かくなってくる。
知らず知らずの間に、これまで引きつっていた顔に、笑顔の兆しがでてきた。
それからだったよね、私の人生が大きく転換しいったのが。
仕事・人間関係・生活環境がどんどん変わっていくの、あっという間だったね。
お陰様で、心の幸せを掴ませていただいて、平穏で感謝の毎日が続いている。
しかし、最近、気になる事が・・・
菩薩様の写真、ほとんど気にならない程度ではあるんだけど、色が薄くなってきてるような。
そして、微笑みのお顔が、何故か憂いの顔に変わってきている。
写真の紙の状態が悪くなってきたのかな。
調べても、これまでと何も変わっていないみたいだけど。
これ、どういうことなんだろう?
なんか、とっても、不吉な予感がするんだけど。
第1章、3つの影
Ⅰ、五百井伊弉冊命神社
まだまだ畑が目に着く、閑静な住宅地、奈良の斑鳩。
その中に、ひっそりと今に残る古びた神社がある。
舗装はされているが、農道のような狭い道路から奥へ続く参道。
その幅も極端に狭く、ちょっと見ただけでは、奥に由緒ある神社があるようには思えない。
ある日の深夜、その古びた神社の社殿に向かう3つの影。
人間の様だが、月夜であるのに関わらず、全身が影の様で異常に黒い。
影の向かう古びた神社は、五百井伊弉冊命神社と呼ばれている。
この後、世界の滅亡に向けての序章となる場所である。
狭い参道を、ゆっくり音もなく、その影は境内に向かって進んでいった。
朽ち果てていく姿を感じさせ、歴史を感じる境内に入った影。
低く小さい声が聞こえる。
社殿はあそこだ、しかしちょっと待て、このまま進めば五百井一族の結界にやられる。
何?
一族を滅ぼしてから、もう500年にもなるんだぞ。
まだ、結界が張られているのか?
そうだ、社殿にだけは、滅亡の寸前に一族の総力を以て結界を張ったのだ。
残念ながら、我々魔族が結界に掛かると蒸発してしまう。
なんと激しい五百井一族の執念じゃ。
で、どうする、結界を破ることができるのか?
普通じゃ、できんさ。
なんと、では、入れないではないか。
普通じゃな、しかし、これがあれば破ることができるのだ。
と、影の1人が取りだしたのは瓢箪型の壺である。
この中には、八岐大蛇が、須佐之男命に殺された時に流した血が入っている。
この度の命令が下された時に、魔王様から届いたものだ。
結界の六つの頂点に大蛇の血を流すのだ。
しかし、どこにその頂点があるのだ、見えないぞ。
おい、お前、あそこの竹を三尺|(約90センチ)程切ってきてくれ。
よし、この竹に大蛇の血をつけて・・・と。
では、行くぞ、今結界を見せてやる。
そう言って、影の1つが、大蛇の血を付けた竹を、社殿に向けて投げ入れた。
一瞬社殿が光ったと思った後、淡い結界線が地面に現れたのだ。
そして手早く、大蛇の血を結界の頂点に流していく。
最後の頂点に血が流れたその時、五百井一族の断末魔のような声を発して、結界は消滅した。
もう、大丈夫だ、社殿に入るぞ。
しかし、この社殿で、間違いはないのか?
例のものが隠されたのが千年以上前、この地に神社が移転されたのが250年前。
結界が残っていたとはいえ、まだ、あれが隠されたままだとは、到底思えないぞ。
今さら探しても、もう消えているのではないのか?
それより、既に五百井一族が持ち去っているのではないのか?
ふふふ、心配するな。
何故、総力を揚げて、わざわざ社殿ごと結界を張ったと思うんだ。
五百井一族といえども、八岐大蛇の強い呪いがかかった楔には、触れることができなかったのだ。
楔をどうすることもできなかったから、社殿ごと魔族から守ろうとしたのだ。
結局は、無駄な努力だったがな。
Ⅱ、大蛇の楔
さあ、梁に固定された、8匹の龍が空を飛ぶ木画を探すんだ。
そこに、大蛇の楔が封印されている。
暗いな、どれが龍の画だ。
うん、これではないのか・・・あったぞ、龍の画だ。
よし、外せ。
この木画は魔族の者しか外せないのだ。
どうだ?
間違いない、これだ。
ついに、最後の3枚を手に入れる時がきたぞ。
まだ、壺に血は残っているな、こっちにくれ。
木画の額の部分に、数滴の血をを落としていく。
そうすると、どういうことだ、見る見る龍の姿が、八岐大蛇に変わっていった。
八つの頭の内、3体分だけの大蛇の目が赤く輝いている。
そうだ、他の5体分は、我が魔族が結界を張られる前に持ち去っていたのだ。
この3体の楔が、この世を滅ぼし魔族の世になる素になるのだ!
残った血を、3体分の大蛇の上に垂らしていく。
その血は、まるで大蛇が飲み干しているかのように口の中に流れ込み、大蛇の頭に、真っ赤な楔が現れた。
これが大蛇の楔・・・その楔に手を出そうとした影の一つを、慌てて制止するもう一つの影。
触るんじゃない、まだ終わっていない。
触れば大やけどをすることになる。
魔族の者でもそうなるんだ、もし、神や人間が触れば、体が焼け焦げて溶けてしまう。
それほど、八岐大蛇の呪いは大きいのだ。
もう少し、待つんだ。
しばらく待っていると。真っ赤だった楔が、青く変色していく。
おい、お前、血の入っていた壺に水を入れてきてくれ。
ほら、水だ。
よし、最後の仕上げをするぞ。
間違えれば、我々はこの場で消滅する。
えっ、そうなのか。
だから、静かに見ているんだ。
3つの楔に、まず1滴ずつ水を落とす。
次に3滴、そして2滴、青い楔が少しずつ黒くなっていく。
最後に2滴の水の玉が落ちた時、内に籠るような唸り声と共に、大蛇の頭部の形をした、黒い石になった。
それは、まるで、怒りに満ちた真っ赤な目が、静まって青くなり、目を閉じるように黒くなっていく様であった。
よし、ここでの仕事は終わったぞ。
これで、次の計画を始めることができる。
もう、この神社に長いは無用だ。
フフフ、結界のなくなったこの社殿も、やがて朽ち果て、崩れ落ちる。
これからどうするんだ?
これからわれらは、出雲に向かうのだ。
Ⅲ、出雲
「出雲」という国名の由来は、雲が湧き上がる様子をあらわした語「稜威母」という。
日本国母神「イザナミ」の尊厳への敬意を表す言葉からきた語と言われている。
あるいは稜威藻という竜神信仰の藻草の神威凛然たることを示した語を、その源流とするという説がある。
ただし歴史的仮名遣では「いづも」であり、出鉄(いづもの)からきたという説もあるが。
イザナギとイザナミには、一般に知られる関係とは、かなり違った恐ろしい話が残っている。
イザナギは天地開闢において神世七代の最後にイザナミとともに生まれた。
国産み・神産みにおいてイザナミとの間に日本国土を形づくる多数の子を儲ける。
その中には淡路島・本州・四国・九州等の島々、石・木・海|(オオワタツミ・大綿津見神)・水・風・山|(オオヤマツミ・大山津見神)・野・火など森羅万象の神が含まれる。
イザナミが、火の神である迦具土神を産んだために陰部に火傷を負って亡くなると、その迦具土神を殺し|(その血や死体からも神が生まれる)、出雲と伯伎の国境の比婆山に埋葬した。
しかし、イザナミに逢いたい気持ちを捨てきれず、黄泉国まで逢いに行くが、そこで決して覗いてはいけないというイザナミとの約束を破って見てしまったのは、腐敗して蛆にたかられ、八雷神に囲まれたイザナミの姿であった。
その姿を恐れてイザナギは逃げ出してしまう。
追いかけるイザナミ、八雷神、黄泉醜女らに、髪飾りから生まれた葡萄、櫛から生まれた筍、黄泉の境に生えていた桃の木の実を投げて難を振り切る。
黄泉国と地上との境である黄泉比良坂の地上側出口を大岩で塞ぎ、イザナミと完全に離縁した。
その時に岩を挟んで二人が会話するのだが、イザナミが「お前の国の人間を1日1000人殺してやる」というと、「それならば私は、1日1500の産屋を建てよう」とイザナギは言い返している。
その後、イザナギが黄泉国の汚れを落とすために「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で禊を行なうと様々な神が生まれ、最後に天照大神(アマテラス)・月夜見尊(ツクヨミ)・須佐之男命(スサノオ)の三貴子が生まれた。
イザナギは三貴子にそれぞれ高天原・夜・海原の統治を委任した。
今回の事件の大元は、その天照大神と須佐之男命の姉弟、そして弟須佐之男命が退治した八岐大蛇が端を発しているのである。
そして、大蛇の楔が奪われて、1週間後の午前0時。
神々の勢力内にある、出雲地域にほど近い幹線道路。
停車中の車の中に、大蛇の楔を奪った3つの影があった。
この先から、いよいよ出雲の地だ。
天界からの監視の目も行きとどいている。
もう、斑鳩のことも知れ渡っているだろう。
油断をすると、すぐに神の手の者が襲ってくるぞ。
さあ、この水を頭と体に吹き付けるんだ。
なんだ、この水は?
これは、大蛇の血を入れた壺に入れた水だ。
染みついた大蛇の血と水が混ざったものだ。
これを、吹き付けることで、しばらくは魔族の気配を消すことができるのだ。
しかし、数時間、数時間だけだ。
次の仕事は迅速に済ませ、出雲から遠く離れなけらばならない。
手間取ると、あっという間に襲われるからな。
出雲の地、須佐川のほとりに鎮座する須佐神社。
須佐之男命ゆかりの神社は全国に数多くあるが、須佐之男命の御魂を祀る神社は、唯一この須佐神社だけである。
境内への入り口となる隋神門の向かい南側には、天照大神を祀る天照社が鎮座している。
須佐之男命が御祭神となる神社に隣接して、姉の天照大神を祀る天照社が配置されているのは何故か。
この意味は、すぐにわかることとなる。
人通りも無い午前1時、影の乗った車が静かに須佐神社の駐車場の隅に入ってきた。
大きな木のすぐ横、目立たない場所に車を止め、3つの影が飛び出してきた。
その影は、疾風の如く本殿に向かう。
本殿、入り口。
おい、この鍵は捻り潰してもいいんだな。
ああ、構わないさ。
しかし、よく見るんだ。
人間の目には見えないが、神の鎖が扉を封印しているだろ。
この鎖を切らなければ、鍵は壊せない。
くそっ、どうすればいいんだ。
大丈夫だ、斑鳩から奪った、大蛇の頭の石を1個出してくれ。
見ていろよ。
あっ、大蛇の目が赤くなっていく!
離せ、火傷をするぞ・・・ふふふ、一度、楔から石に変わったものは火傷はしない。
真っ赤になった目の大蛇の頭を鎖に近づける、すると、大蛇の頭が、扉を封印している神の鎖を食いちぎってしまったではないか。
よし、鍵を捻り潰すんだ。
本殿の中に侵入した3つの影。
入り口正面の壁の後ろ側に位置する神座の前に。
さて、須佐之男命の御祭神と対面だ、扉を開けろ。
観音開きの扉を開き、中を見た影の1つが声を揚げる。
無いぞ!なにも無いじゃないか!
それに、別の影が諭す。
それでいいんだ。
何故だ、それを奪いに来たんだろう。
底板を外してみるんだ、何かないか?
うん、小さなガラスのような玉が3つあるぞ、これが須佐之男命の御神体なのか?
いいや、これは、天照大神の涙の結晶だ。
さあ、ゆっくり見ている暇はない。
この袋に入れるんだ。
これは、八岐大蛇の胃袋の1部だ、これに入れている間は、神も気がつかない。
よし、急いで退散だ、出雲を離れるぞ。
須佐之男命を祀っている神社に、本来あるはずの御神体がなく、ガラスの玉が隠されているのは何故か?
それは、須佐之男命を祀ることができないからである。
その意味は、隠されていた天照大神の涙の結晶にある。
須佐之男命が戻ってくることを憂いて、天照大神が涙を流し、御神体のいない神社とその結晶を加護するために、須佐神社の南に天照社を建立したのであった。
では、須佐之男命はいったいどこに・・・
Ⅳ、八塩折之酒
1台の車が、深夜にも関わらず、丹波の大江山の山中を走っていた。
無事に出雲を出られた、冷や汗ものだったな。
さて、ここが最後の仕事場になる。
林道の様だが、これ以上は車で進めない。
下りるんだ、歩くぞ。
けもの道を山の奥深くに30分程歩くと、こじんまりとした平地に出た。
着いたぞ、ここだ。
やっと着いたのか、ここはどこなんだ?
神の追手は来ないのか?
ここまでは来ることができない。
ここは、魔族の鬼が支配する地域だ。
そうか、仲間の地か、安心したぜ。
ふふ、安心するのはちょっと早いぜ。
鬼とは言っても、鬼族の最強の将軍、鬼王・酒呑童子の領地だからな。
なにっ、気に入らなければ、仲間も殺戮するという・・・
もうすぐここにお出ましになるぞ。
精々、嫌われないようにすることだ。
1時間程待った頃、大きな地響きとともに、地面が割れ鬼が現れた。
身の丈3mはあろうかという大きな鬼の軍勢である。
その中に、更に3倍以上の大きな鬼がいた、鬼王・酒呑童子である。
お前達か、魔王の手下は?
魔王から連絡はきている。
これまでの首尾はどうだったんだ?
全て、順調です。
そうか、さすがだな。
おい、あれを持ってこい、と鬼王が部下に命令する。
目の前に並べられたのは、大きめの酒樽に鉄鍋やいろいろな道具類であった。
確認しろ、これでいいな。
この地は、神も手出しできない、じっくり作り上げるんだな。
そして、早く魔王を復活をさせてくれよ。
この人間界は魔界に変わる日が楽しみだ。
じゃあ、俺たちは引き上げるぞ。
大音響と共に、鬼王・酒呑童子と彼の軍勢は、また地の底に戻って行った。
ふう、何とか、準備ができたようだな。
しかし、恐ろしくて、冷や汗が止まらなかったぜ。
さて、一休みしたら、仕事に掛かるぞ。
では、この酒を、樽から鉄鍋に移すんだが。
この鉄鍋、大きすぎて1人では持てない、皆で力を合わせるんだ。
直径2mはある鉄鍋を、炉の上に置き、そこに酒を移し込む。
それだけでも、なかなかの作業である。
この酒、妙に色が濃いな、それに、匂いもすごいぞ。
当たり前だ、この酒は八塩折之酒だ。
そう、あの須佐之男命が八岐大蛇を退治する時に作らせた酒だ。
丁寧に醸したお酒を用いて、更に又、お酒を仕込むということを8回も繰り返して醸造した酒だぞ。
色も濃くて、匂いもきついさ。
あの、巨大な八岐大蛇も、この酒を飲んで、眠りこけたのだからな。
この酒が煮えたら、そこに、須佐神社から奪ってきた、天照の涙を1つ入れるんだ。
天照の涙が溶けて、酒の量が半分になるまで煮詰まったら、斑鳩の大蛇の頭の石を1つ入れる。
更に煮詰めて、酒が無くなるまで煮詰めるんだ。
酒の最後の1滴が蒸発したら、鍋の底に、小指大の塊が残る。
その塊が完成品だ。
それを3回、3つ分作るんだ、いいな。
それから1週間の間、炉の火は燃え続けた。
Ⅴ、八岐大蛇の怨念
1週間後、大江山山中の奥深くで、燃え続けた火が、ついに消えた。
3つの影の目の前に置かれている、小指大の塊。
ツヤツヤした褐色の塊である。
これでいいのか?
これを作るために、あんな危険を冒したんだな。
しかし、これはいったい何なのだ?
3つの影の1つが答える。
これは、八岐大蛇の怨念だ。
この怨念が、世界を滅ぼし、大王様を甦らせるのだ。
人間界に伝わる伝説では、須佐之男命が八岐大蛇を打ち取り、助けた姫を嫁にして出雲の地に住み着いたとなっている。
そうではないのか?
いいや、事実だ、そこまでは・・・
しかし、その続きがあるのさ。
実は、八岐大蛇を須佐之男命が退治をしたが、その怨念までは消せなかった.
それどころか、最後の1尾が断末魔で吐き出した毒に、心身共に侵されてしまったのだ。
その結果が・・・フフフ。
因縁とは、恐ろしいものよのう。
魔界と天界が、このように繋がっていようとはな。
どういうことなんだ?
それは、我が魔族が、人間界を滅ぼした時に全てわかる。
この八岐大蛇の怨念はな、今は小さなただの石塊だが、本当は生きているのさ。
果てし無い欲と野望を持ち合わせた人間に取りついて、その人間を支配する。
取りついた人間を操り、この世界を破壊させるために動かす。
そして、その人間の野望成就が最高潮になった時、怨念の塊として復活するのだ。
その時が来るまで、じっと待っているのだ。
その資格を持った人間に巡り合うためにな。
さて、この復活とは、何を意味しているのか?
八岐大蛇ということは、怨念は8つのはずであるが、何故3つしかないのか?
八岐大蛇の復活が、何故、魔界の大王の復活となるのか?
第2章、ベトナムの地
Ⅰ、五百井一族の末裔
チ-ン、おはようございます、お母さん。
コーヒー入ったからね、飲んでね。
ベトナムに来ても、毎朝のお供えコーヒーは欠かせない。
そう、生前はコーヒーが好きな母親だったなぁ。
私が実家に行ったら、まずコーヒー、それも砂糖とミルクたっぷりの甘い甘いコーヒー。
そして、コーヒーはインスタントのネスカフェが決まりだった。
こっちに来て、ベトナム産だろうけど、ネスカフェのインスタント・コーヒー見つけた時は、ほっとしたよね。
朝のコーヒーをどうしようかって困ってたときだったし。
私の母親は五百井一族の血を引く人。
でも、五百井一族に関しては、特に知識もないけどね。
母親や親戚から、聖徳太子についていた宮大工だったって聞いてただけ。
法隆寺の建立にも関係したらしいけど、昔すぎてわからないよね。
こっちに移住する少し前のこと、生きることに疲れてしまった時があった。
その時、なんか導かれるように法隆寺に行ったっけ。
自分なりに、ご先祖様と同じ視線で仏様や寺社を見れるんじゃないかって思ったんだよね。
だけど、なんでそんな事を思ったのか・・・
そうそう、きっかけは中宮寺の如意輪観世音菩薩様に、無性にお会いしたくなったからだったなぁ。
あんなに仏様に会いたいなんて思ったことって、これまでなかったのに。
お会いして、心が軽くなったのは事実だし、その後のことも好転、本当に感謝してるんだよね。
そうだ、その時だったんだよ。
偶然に、法隆寺のすぐ近くに五百井の地名があるのを知ったの。
更に、そこに五百井伊弉冊命神社という神社があるのも知ったんだよ。
伊弉冊命の名に引かれて行ってみたけど、あまりにこじんまりして、古ぼけてる感じだった。
昔、近くにあったお寺の一部が、江戸時代くらいに移設されてきたらしいね。
五百井の名と伊弉冊命の名が繋がってることには興味を持ったけど、それだけに終わっちゃったなぁ。
でも、社殿に立ち入る時、よくわからないけど微妙な振動のようなものを感じたんだよね。
武者震いのような、ぶるぶるって感じだった。
社殿の壁にたくさんの木画があったのだけは印象に残ってるんだけど。
木のキャンパスに直接描いたような、ものすごく古い画で、昔の武将や、よくわからないようなものも。
年代はわからないけど、古すぎて、褪せてしまったんだようね。
あっ、その中に龍が空を駆け巡ってるような画があったっけ。
私を睨んでるようで、ちょっと怖い感じだったかなぁ。
五百井の親戚も数少なくなって、皆さん高齢になってしまってる。
こちらに来る前に催された、母親の七回忌でお会いして以来、連絡もしてないし。
まあね、もともと親戚付き合いはしていなかったし。
皆さん、お元気なのかな。
私より若いって、甥っこだけだしねぇ。
寂しいけど、もう、関係者も僅かなんだね。
そういえば、わたしのおじいちゃん、京都の西本願寺の僧正だった人。
大僧正様の次の位?
かなり、偉い人だったんだよね。
当時、近畿各地にお寺を持ってたし。
だから、親戚一同は皆お寺さんだったんだ。
無神論者って、私だけだったはず。
親戚の皆さんからすれば、異端者・罰あたり者だったのかな。
親戚を取りまとめたのは母親だったし、女系の長女だったこともあって、許してもらえてたのかもね。
まあ、子供のころは、神も仏もこの世にいないなんてつっぱってたけど、年取ると丸くなってくる。
無神論者っていっても、全てを否定した訳じゃないし、信仰はその人の自由だって思ってたし。
今の私には、神様や仏様は感謝の気持ちそのものになってるのかな。
それはいいことだと思うし、これからも続けていきたいよね。
Ⅱ、平穏な生活
日本を離れる前に、自分のルーツのような所に行けたのは、よかったよね。
これまでの人生で、こんな経験をすることなかったし。
ずっと、何かに追われて、人間関係に疲れ果てる毎日の繰り返しだったからね。
あの生活が、未だに続いていたらと考えたら、ぞっとする。
人生も終盤に掛かってきたけど、やっと自分らしい生き方を見つけられたよ。
これも、やっぱり、如意輪観世音菩薩様のお導きだったのかなぁ。
だとしたら、本当にこれまで罰当たりな人間だったのかも。
今の私、コロンとミー、2人の家族もできたし、とっても穏やかな生活。
ゆったりとした時間の流れに任せる毎日で、人間関係に悩まされることもない。
これまでの、日本での生活はなんだったのか。
人間らしくなんて、お世辞にも言えない毎日だったよね。
本当にやっと手に入れた、自分を見つめて、自分らしく生きること。
もう、この生活を絶対に手放しちゃだめだよ。
人生の最後を向かえるまで、このまま平穏な暮らしを続けるんだからね。
やっと、やっと、手に入れたんだもん。
コロン、ミー、ずっと一緒に生きていこうね。
多分、残された私の寿命、コロンと同じくらい。
その後は、次の世界で、また、一緒に暮らそうね。
Ⅲ、突然の来客
コーヒー飲みながら、静かなBGM聞いて、いい気持。
コロンとミーも、気持ちよさげに夢の中。
そんな、ある日の昼下がり。
階下から、ロイの声。
ロイは、私がベトナムに来てすぐに知り合ったベトナム人の青年。
今では、私の弟のような存在。
私の部屋は2階建の家の2階。
1階には奥にキッチンとトイレ兼シャワールーム。
そして、入り口側のスペースでは、ロイがバイトを使って、テイクアウト専用のジュースショップをしている。
毎日、9時頃に来て、夜8時頃には閉めて帰ってる。
そのロイが、Shoko! Customer is coming って。
ロイはベトナム人だけど、英語が話せるので、私との会話はもっぱら英語。
でも、お客様って・・・
私の知り合いで、この家を知ってる人なんていないはずなのに。
首をひねりながら、階段を下りていく。
そしたら、ロイと談笑している1人の日本人らしき女性。
年齢は40代半ばくらいかなぁ。
でも、顔には見覚えがないんだけど。
更に、なにか不自然さを感じる。
一応日本語で、何か御用でしょうか。
私に気づいて、その女性が近づいてくる。
翔子様ですね、お会いできてよかったです。
あの~、どちら様でしょうか?
なぜ、ここに私がいることがわかったのですか?
ああ、そうですよね、突然知らない人間が来たら驚きますよねっと微笑みを浮かべながらその女性・・・
私の名前はアメノウズメ、芸能に関する仕事をして、その昔は舞いをしていました。
今日は、翔子様に、とても大切なお話があります。
えっ、雨野さんですか?
芸能?舞い?いったい何のことなの。
どういうお話でしょうか?
あの、ここではちょっと、どこか落ち着ける、静かな所に行きませんか。
あっ、はい、わかりました。
着替えてきますので、少しお待ちいただけますか?
はい、結構ですよ、ゆっくりと用意してください。
急いで2階の部屋に。
いったい何者なんだろう。
近くで見たけど、今風の人とは全然違う感じだし。
すごい美人なんだけど、まるで絵で見る神様の顔。
スタイルも、細すぎるくらいにスリム。
そういえば舞いをしていたって言ってたね、そのせいなのかな。
雰囲気から、日本舞踊ってこと?
なんて思いながら、準備をして、コロンに行ってくるね。
コロンも心配そうな顔で、私を見てる。
じゃあね、クーラー点けとくから、お留守番お願いね。
1階に戻り、雨野さんお待たせしましたぁ。
静かな場所かぁ、この辺りじゃないわね。
1区まで出ましょうかで、道路まで歩いてタクシーに。
でも、雨野さん、歩き方も静かで、まるで道の上を滑ってくるみたい。
ホーチミン中心部の静かなカフェに入って、改めてごあいさつしましょう。
改めてはじめまして、山田翔子です。
こちらこそ、突然でごめんなさい、アメノウズメです。
あの、すみません、雨野が名字でうづめが名前なのでしょうか?
ホホホ、そうですよね、変な名前ですよね。
この名前も後で説明しますね。
翔子様、これから話すことは信じられないと思います。
でも、とにかく最後まで聞いてください、お願いします。
Ⅳ、意味不明の話
では、まず、私のことからお話しします。
翔子様は、日本の神話をご存知ですか?
はい、一般的なことなら
天岩戸のことはご存じ?
天岩戸・・天照大神様がお隠れになったという神話のことですね。
そうです、暗闇になってしまった世界に困った神々が、お隠れになった天照様のご出現を願い、岩戸の前で宴を催し、天照様が何事かと少し岩戸を開いた際、腕力・筋力を象徴する神アメノタヂカラオ様が扉を開いて、再び世界に光が戻ったという話です、ご存じですよね。
はい、その神話は知っています。
その時、岩戸の前で舞いを舞った神の名は、覚えておられますか?
え、えっ、ア・メ・ノ・ウ・ズ・メ・・・どういうことです!
驚かせてごめんなさい。
わたしは、そのアメノウズメです。
大昔の女神様が何故、そんなの信じられません、あっ、その血をひく子孫の方?
それにしても、神話の世界の話だし・・・
最初にお願いしました、とりあえず最後まで聞いてください。
私は、アメノウズメ、月読命様の意を伝える者として参りました。
月読命様はご存じですか?
あ、ああ、天照様の妹神ですよね。
須佐之男命様と3人兄弟だったような。
そうです、よくご存じですね。
その、月読命様から、翔子様に大切なお願いがあるのです。
え~、私に、ただの普通の人間ですよ。
翔子様は知らないだけなのです。
翔子様は、この世界でただ1人、唯一の資格を持ったお方なのです。
でも、急にそんな事言われても・・・
そうですよね、でも、私と月読命様の事は、分かっていただけましたね。
はい、今私が、神話に登場する神様と話してるなんて、到底信じられないですが。
ホホホ、でも事実なんですよ。
とにかく今、天界・・いえ、この人間界で大変なことが起こっています。
残念ながら、天界の神では、もうどうしようもないのです。
3日後、月読命様が天照様の代理として、翔子様に会いにこられます。
その時、翔子様が落ち着いてお話を聞いていただけるよう、まず私が説明に来たのです。
何のために、月読命様が私に会いに来られるのですか?
とっても大切なお話をされるためです。
一体、どんな話を?
私が今言えるのは、この世界の終末に関わること、ただそれだけです。
それ以外のことは、天照様と月読命様しかご存じありません。
いいですね、この3日の間、心を静めて、平常心で月読命様に会えるようにしてください。
現代人と神話の神、接点などあるはずもないし、ましてや一緒にお話しなどできるはずもありません。
でも、これは夢でもなく事実なのです。
この現実を受け入れて、どうぞ平常心で月読命様のお話を聞いていただいて、賢明なご判断をお願します.
私の話はここまでです。
3日後また、ここにお出でください。
時間は、それまでにご連絡します。
ご連絡って、電話?メール?どういう連絡・・・
御心配の必要はありません。
安心してお待ちください。
今日は、本当にありがとうございました。
実は、もっと心を乱されるのではと心配していたのです。
さすがに一族の血を引くもの、アメノウズメ感服いたしました。
えっ、そう感服されても、その一族ってなんですか?
全ては、月読命様が明らかにされます。
本日お会いできて、更にはお話まで、アメノウズメ忘れることはございません。
では、ここでお別れします。
どうぞ、先にお帰りください。
では、また、お会いできる日を・・・
Ⅴ、天界の使者
家に帰って・・・
一体どういうことなんだろう。
さっきまでの事は本当だったの?
アメノウズメ様って、天岩戸の前で舞いを舞った女神様本人に会ったって。
こんなこと、誰かに話したら、頭がおかしくなったって思われるだろうなぁ。
100歩譲って、さっきまでのことは本当だとしても、3日後に月読命様と会う?
天照様の妹、神話の中心人物と会って話するの?
大切な話って、何?
ああ、頭が変になりそうだわ。
でも、この3日間で、覚悟を決めないと・・・ところで、一族の血を引くものって。
なんの一族なんだろう。
五百井家のことなのかなぁ。
でも、五百井の先祖は宮大工なんじゃないの。
わかんないことばかり、でも、3日後には全部わかるって言ってたよね。
とにかく、それからのことかぁ。
そうだよね、コロン。
なんか、大変なことになっちゃったねぇ・・・ワン!
3日後、同じカフェ。
昨日、夢の中にアメノウズメ様が出てきて、午後1時だって伝えてくれた。
夢の中って、やっぱり神様はすごいね。
今、12時45分、少し早目に来て、心を落ち着かせるように。
アイスコーヒーを飲みながら、待つこと15分。
1時ジャストに1人の女性が、近づいてきた。
アメノウズメ様以上の典型的な日本美人、間違いない、月読命様だ。
私も立ち上がって、お迎えをする。
翔子様ですね、月読命です。
はい、はじめまして、光栄です。
とりあえず、座りましょうか。
何か飲まれますか?
人間の飲み物しかないのですが・・・
翔子様は何を飲まれているのですか?
冷たいコーヒーです。
では、私も同じものをお願いします。
はい、注文しますね。
エム・オイ(ちょっと)
チョートイ・モッ・リィー・カフェ・ス・ダー|(ベトナムのアイスコーヒーをお願します)
これが、コーヒーというものですか?
神である月読命様のお口にあいますかどうか・・・
いえ、美味しいですよ、これは。
天界では、経験できないお味です。
これを飲みに、ちょくちょく下りてきましょうか。
翔子様、お相手をしていただけますか?
御冗談を、月読命様は気さくな方なのですね。
ホホホ、神と言っても、そう堅苦しいものではありません。
人間と、そう変わりないのですよ。
さて、天界の神と話をすることは、もう大丈夫ですね。
はい、大丈夫です。
よろしいですか、早速ですが話に入らえていただきます。
私は、天界の最高神である天照の御意向を伝えにきました。
お願いです、どうぞ、我々に力を貸してください。
今、人間界は破滅の手前にあるのです。
天界としても、それを見過ごすことはできません。
魔界の悪魔共がこの人間界を破壊して、魔界のものにしようとしています。
もし、そうなれば、天界・人間界・魔界のバランスが崩れて、神・人間・魔族全ての大勢の者が消滅してしまいます。
魔族の者達は、そういった成り立ちのことは知りません。
自分達の世界を大きくすることだけを考えているのです。
これまでは、この3重の世界の行き来が制限できていて、バランスを保っていました。
しかし、その制限が壊されようとしているのです。
それは・・・どういうことなのですか。
それに、アメノウズメ様にも申し上げましたが、私は唯の人間の一人ですよ。
私になにかできるのですか?
もう、お覚悟はできているようですね。
では、これから、全てをお話します。
少し長くなりますが、じっくりとお聞きください。
第3章、晴天の霹靂
Ⅰ、八岐大蛇の毒
それでは、話の全体を御理解いただけ安くするため、順番に話を進めていきます。
まずは、八岐大蛇の伝説からです。
大暴れした末、高天原を追放された我が弟の須佐之男命は、出雲国の肥河の上流の鳥髪の地に降り立ちました。
箸が流れてきた川を上ると、美しい娘を間に老夫婦が泣いていました。
その夫婦は大山津見神の子の足名椎命と手名椎命であり、娘は櫛名田比売といいました。
夫婦の娘は8人いましたが、年に一度、八岐大蛇という8つの頭と8本の尾を持った巨大な怪物がやって来ては娘を食べてしまったのです。
今年も八岐大蛇の来る時期が近付いたため,最後に残った末娘の櫛名田比売も食べられてしまうと泣いていたのでした。
須佐之男命は、櫛名田比売との結婚を条件に、八岐大蛇退治を請け負いました。
まず、須佐之男命は櫛名田比売を櫛に変えてしまい、自分の髪に挿したのです。
そして、足名椎命と手名椎命に、8回の醸造の末にできる非常に強い酒である八塩折之酒を醸し、8つの門を作り、それぞれに酒を満たした酒桶を置くように言いました。
時が過ぎ、ついに八岐大蛇が現れました。
頭と尾はそれぞれ8つずつあり、眼は赤い鬼灯のようで、松や柏が背中に生えていて、8つの丘、8つの谷の間に延びるほど巨大でした。
酒桶を見つけた八岐大蛇は8つの頭をそれぞれの酒桶に突っ込んで酒を飲み出したのです。
八岐大蛇が酔って寝てしまうと、須佐之男命は十束剣で切り刻みました。
このとき,尾を切ると剣の刃が欠け,尾の中から大刀が出てきたのです。
そしてこの大刀を天照御大神に献上したのですが、これが、草薙剣なのでした。
このような流れが、古事記や日本書紀に記され、現在に伝わっている神話です。
しかし、事実はまだこれに続きがあるのです。
酔った八岐大蛇を順番に切り刻んでいく中、最後の1匹が目を覚ましたのです。
その1匹は何とか頭を持ち上げ、須佐之男命を飲みこもうとしました。
しかし、まだ思うように体を動かすことができません。
結局は止めをさされ、他の7匹と同じように切り刻まれたのですが、止めを刺される寸前に、最後の力を振り絞って、喉の奥から息を吐き出し、須佐之男命に吹き付けたのでした。
その時は、ただの臭い息だと思っていたのですが、それから3カ月ほどしてから、異変は起こりました。
手足は腫れ上がり、顔は鬼のように変わっていったのです。
姿も鬼と化し、心も神であった須佐之男命から、魔族の物に変貌していったのです。
八岐大蛇の吐き出した息は、全ての生き物を悪魔に変えてしまう毒息なのでした。
普通の生き物なら、3日ともたないところですが、そこは須佐之男命、3カ月は体の中に抑え込んでいたのです。
しかし、その間にも八岐大蛇の毒は、どんどん増強し、ついに須佐之男命の体と心を蝕んでいきました。
なんとか治そうと、姉の天照大神も手を尽くしましたが、八岐大蛇の毒には勝つことができませんでした。
神々の努力は、全てが無駄に終わってしまいました。
その後、鬼と化した須佐之男命は出雲の地を破壊し始めたのです。
Ⅱ、須佐之男命の変貌、魔界へ
八岐大蛇の毒により、須佐之男命の力は強大となり、その体も巨大化を始めます。
このままでは、出雲だけでなく、人間界が消滅することになる。
神々の軍勢が、討伐に向かいましたが、ことごとく鬼になった須佐之男命に倒されてしまいました。
人間界で生まれた八岐大蛇は、人の恨みや妬み、殺戮を好む心から生まれ、心身が増強していったものなので、半神半魔の神の須佐之男命に対しては、神の力は皆無といっていいものでした。
見かねた天照大神は、人間界の魔族と闘う勇気ある一族に、草薙剣を預け、全てを託しました。
一族と人間界の存亡をかけた戦いが、ここに始まったのです。
まず、須佐之男命が八岐大蛇を倒したと同じように、八塩折之酒を醸造して、大きな樽にいれました。
心が鬼と化した須佐之男命には、当時の記憶も失われ、座り込んで酒を飲飲み干していきます。
意識が無くなりかけたその時、一族の長が草薙剣で心臓を一刺ししました。
鬼と化した須佐之男命は悲鳴を揚げ、その場に倒れこんでしまったのです。
しかし、巨大化した体に刺した刀傷だけでは、止めは刺せず、すぐに目を覚まし、また暴れ出します。
そこで、確保を諦めた一族は魔界に通じる井戸から、須佐之男命を魔界に送り込むことにしました。
連絡口となっている井戸は、時空を歪めることができるので、どんな大きなものでも出入りできるのです。
一族が守っている井戸は8か所。
奇しくも、大蛇の首と同じです。
そのうちの1つ、出雲の井戸に鬼の須佐之男命を送り込み、そのまま井戸を破壊しました。
これで終わった、人間界も救われたと思われたのですが、なんと魔界に落ちた須佐之男命が、魔界の半分を征服して魔王スサノオとなり、次は人間界に復讐をする勢いになっていました。
それを察した一族の長は、天照大神に相談をします。
天照大神はスサノオの前の魔界の大王である閻魔に密者を送ります。
当時、天界・人間界・魔界は3界の安定したバランスを保つため、適度に行き来を行い、話し合いを重ねていました。
連絡口はそのためのものだったのです。
魔界でもスサノオの力は相当なものでしたが、征服後も閻魔の勢力が頑張り、スサノオ軍と閻魔軍が一進一退を繰り返していたのです。
しばらくして、密者が持参した密書に返事がきました。
スサノオを捕らえ、封じ込める鎖が欲しいと。
普通の鎖では、捕らえても簡単に引きちぎられてしまうということです。
Ⅲ、大蛇の封印
八岐大蛇の毒で、強大な力を得たスサノオを封じ込める鎖を作るには、同じ八岐大蛇の体の部分が必要なんです。
そこで、天照大神は八岐大蛇の爪、両手両足8つ分の160本と牙、1匹2本の8匹分で16本分を人間の一族に送ったのです。
一族は大蛇の爪を砕き、鉄に混ぜて8本の強固な鎖を作る作業に掛かりました。
しかし、鋼鉄のような爪と牙は容易に砕くことができません。
困った一族の長は、天照大神に願い出て、須佐之命が八岐大蛇を切り刻んだ時に、欠けてしまっている十束剣を貰い受けました。
その十束剣を溶かし、3本の金槌を作り、爪を砕くことができたのです。
1匹分の爪から1本の鎖を作り、全部で8本の鎖を作り上げました。
その後、16本の牙から3本の剣を作り、天照大神に献上しています。
この剣は、八岐大蛇の牙から作られたので、大牙剣と名付けられました。
そして魔界では、閻魔軍の反撃が行われようとしていました。
魔物中心のスサノオ軍との攻防は、鬼族中心の閻魔軍の方が優勢です。
しかし、現大王のスサノオが現れると、正面攻撃は全く効果がありません。
次々と、閻魔軍の兵隊が踏み潰されていきます。
なんとか、スサノオの動きを封じることは、できないのか。
そこに立ち上がったのが、この時点で閻魔軍として参加していた酒呑童子一派でした。
酒呑童子の配下は副首領の茨木童子、そして四天王として熊童子、虎熊童子、星熊童子、金熊童子の四人の鬼が在り、更には、いくしま童子という勇猛な鬼も従います。
酒呑童子の力は、スサノオに引けを取りません。
決戦の時、魔物の群れに守られたスサノオ、正面から閻魔軍が激突します。
しかし、この時、酒呑童子と配下6匹の鬼の姿は見られません。
閻魔軍に押され、魔物の軍勢が引き始めた時、スサノオが加勢に入ります。
あっという間に形勢逆転で、閻魔軍が退却を始めたその時、物陰に潜んでいた酒呑童子の四天王が、油断したスサノオの両足を抑えにかかります。
それに続いて、副首領の茨木童子が右手、いくしま童子が左手の動きを止めます。
それを見た、魔族の軍勢が一斉に6匹の鬼に襲いかかります。
この6匹の鬼達は鬼族の中でも最も屈強な者達、魔物の攻撃を受け、全身血だらけになっても手足を離しません。
この瞬間、酒呑童子が大きく跳ねあがり、特大の斧でスサノオの頭部に渾身の一撃を加えます。
ただ、既に八岐大蛇の皮膚で覆われているスサノオの頭部は、斧の攻撃も表面で跳ね返しました。
しかし、酒呑童子の強烈な一撃は傷を付けられなくても、スサノオを気絶させるには充分でした。
これを見た、魔物は一斉に退却します。
気絶したスサノオ(シュテンドウジ)を閻魔支配地の牢獄に運び、人間一族が作った鎖で拘束しました。
8本の鎖を手足に各々2本ずつ使い、ついにスサノオの動きを完全に封じたのです。
皮肉にも、力を手に入れ最強の魔王となったスサノオは、同じ八岐大蛇から作られた鎖によって、永遠に動けぬ身となりました。
ただ、この鎖にも弱点があることを、返り咲いた閻魔大王は知る由もなく・・・
スサノオ捕囚の連絡を受けた天照大神は、ほっとするも、弟のことを憂い、嘆き悲しまれました。
その時、天照大神が流した涙が集まって、8つの玉となったのです。
これが、後に言う天照の涙です。
須佐神社の建立においては、当初、毒に侵された須佐之男命の治療のための建物であった。
しかし、治療の甲斐無く、魔界に落ちた須佐之男命の御霊を鎮める社となりました。
ただ、御神体になるはずの須佐之男命は魔界の魔物になり下がり、止むなく天照の涙を祀り、須佐之男命が帰還するまでの御神体としました。
しかし、そこにいないはずの須佐之男命を永遠に見守るため、須佐神社のすぐ隣に目立たぬ様、天照社を建立させたのです。
捕らえられたスサノオですが、自由が奪われたにも関わらず、全く慌てませんでした。
未だ配下にある魔族の者達に、閻魔大王に分からぬよう、密かに脱出のための指示していたのです。
今、天界・人間界・魔界に存在する道具や武器では、この鎖を切ることはできません。
でも、ある形で八岐大蛇を復活させることで、鎖の封印が解けるのです。
1頭1尾が復活するごとに、鎖の強度が普通の鎖になっていきます。
何千年かかろうとも、8本の鎖を切って見せると、スサノオの決意は燃え盛っていたのです。
Ⅳ、野望を持った5人の独裁者
スサノオが囚われて2000年以上が経った、戦国時代。
いよいよ、スサノオの計画が実行されます。
配下の中心に、影と呼ばれる者たちがいました。
下級の魔族とは、全く違う位置に属する存在です。
そして、その影の1つが、人間界に侵入したのです。
影は八岐大蛇の楔と天照の涙、八塩折之酒を手に入れ、八岐大蛇の怨念を生み出しました。
八岐大蛇の怨念に最初に取り憑かれたのが、天下統一に野望を抱く小田信長でした。
地の底から人間界をじっと観察していたスサノオには、天下統一などには興味はありません。
後の世になって、人間界に降り立った際、一番邪魔なのが、天界の神と通じる神主と外来ではありますが人間界に定着している仏教の仏に通じる僧侶でした。
特に、武の力を有する僧侶の軍団は、危惧するところです。
信長は当時、比叡山延暦寺の僧侶達と対立関係にあり、スサノオはそこに目を付けたのです。
そして密かに影を送ったのでした。
影は独裁者の側近に取り憑き、まさにその者の影に入り込みます。
しかし、影には人を操るような能力はありません。
じっと側近の影に同化し、独裁者のすぐ脇に近寄るチャンスを待つのです。
そして、密かに独裁者の寝所に近寄り、寝ている独裁者の耳横に八岐大蛇の怨念を置くのです。
不思議にも八岐大蛇の怨念は、石のように硬化していた塊から細く柔らかい生き物に変化し、独裁者の耳に向かって動き出します。
そのまま、耳から脳に移動し、脳の機能を支配してしまうのです。
信長を動かす目的は、比叡山延暦寺の僧侶達の殲滅だだ一つ。
他の野望には興味がないので、信長自身が判断を下します。
その一連の動きの中で、僧侶達の殲滅に向かわせるのです。
そして、ついにその時、1571年に比叡山の焼き打ちが実行されます。
信長が、軍勢に比叡山の焼き打ちを命令した瞬間、八岐大蛇の怨念が解き放たれます。
恐ろしい大蛇の姿が、信長の背中から飛び出し、一時の間空中を浮遊し、どす黒い霧の集まりとなるいなや、魔界のスサノオの鎖の1つに向かって、飛び立ちます。
信長と同席していた武将たちは、その信じられない光景を目の当たりにし、恐れおののきます。
しかし、すぐに気を失っていた信長を助け起こし、比叡山の焼き打ちに向かうのでした。
信長自身は今起こった事を知りません。
武将に聞いて驚く中、比叡山の焼き打ちは自分の意思ではないことを自覚するのです。
並みの武将であれば、すぐに命令を取り消すのでしょうが、これも天下統一に使えると即座に判断した信長は、そのまま比叡山を攻撃させ、多くの僧侶を殺害することになります。
1571年、スサノオの右足の鎖の1つが、普通の鎖になってしまいました。
その10年後、2人目の怨念に取り憑かれた人物、豊臣秀吉です。
スサノオは小田信長がキリスト教の宣教師を庇護し出したことに懸念をもちます。
せっかく比叡山の僧侶を殲滅させたのに、またそれに変わる新しい宗教が出現したのです。
ましてや、キリスト教には魔族を退治するエクソシストなる専門家が数多くいるのです。
そこで、2人目の影を、豊臣秀吉に向かわせます。
今回は、キリシタン擁護の信長を無きものとし、日本国内でのキリシタン増加を阻止することが怨念の役目でした。
前回と同様にして秀吉に取り憑いた八岐大蛇の怨念は、まず信長の殺害にかかります。
万人の知る本能寺の変は、明智光秀の起こした謀反ということになっていますが、魔界側の歴史は違います。
中国地方の毛利攻めの最中であった秀吉が、信長のそばで待機の光秀軍13000騎の援軍を依頼するのです。
それを了承した信長に対して、秀吉軍の中から護衛兵として1000騎を本能寺に送っています。
しかし、この時すでに秀吉は毛利と和睦を結び、それを隠して光秀軍を迎え入れました。
その夜、光秀軍歓迎の酒宴の後に光秀を毒殺、秀吉は500騎のみを連れ、本能寺に急ぎ向かいます。
他の秀吉軍は、光秀の配下全てを拘束しました。
秀吉が、本能寺に到着したのは1582年6月2日明方。
そのまますぐに、信長及び僅かな家臣を攻撃し、本能寺の変を完結させます。
この瞬間、2つめの八岐大蛇の怨念が解き放たれ、スサノオの左手の鎖の1つが、普通の鎖に変わりました。
そして、大蛇の怨念が抜けだした秀吉は自分の犯した過ちに気付き、他の武将からの攻撃を防ぐため、策を練ります。
まず、拘束した光秀軍全員を殺害し、鎧兜に軍旗を本能寺に運ばせ、戦死した武将に付けます。
更に、配下の者を光秀軍の残党として放ち、各所でこれを打ち取ったように見せかけたのでした。
本能寺の変は明智光秀の謀反であり、謀反の企み有と報告を受けた秀吉が急遽本能寺に向かった。
しかし、信長救出には間に合わず、やむなく光秀を打ち取り光秀軍を殲滅した。
このように事実を曲げて天下に知らしめ、自らが天下統一を果たしたのでした。
この後、スサノオの目論見通り、反キリシタンは次の徳川の世にまで影響し、キリシタンの弾圧、そして島原の乱へと歴史は進んでいきます。
時代はかなり遡ります。
縄文時代の成熟期に、現在の硫黄島付近の海底火山で大噴火があり、南九州一帯に大被害をもたらしました。
南九州に数多くあった集落も壊滅してしまいました。
その時、縄文の人々の大移動が始まり、おおくの人々が北へ避難したのですが、その中に船をこぎ出し、太平洋に向かったグループがいました。
その中の1部が南アメリカにまで到達したとの伝承があるのです。
太平洋岸にあるマヤ文明の集落から出土した土器が縄文土器とそっくりなこと。
インディオの血の中に、日本人と共通のミチコンドリアDNAが見つかったことなど。
近年、各種の調査で、この事実を証明する証拠も見つかっています。
このことは、スサノオも知っていました。
恨みの人種が、外国にも流出したのなら、それも殲滅するのだと・・・
そして、その頃に栄えたマヤ・アステカ・インカの人々の血にも、当然同じDNAが。
その頃、スサノオには喜ばしい報告もされています。
本能寺の変の61年前の1521年、スペイン人エルナン・コルテスが、マヤ・アステカ文明を滅ぼし、多くの人命を奪ったと。
後は、インカの人々です。
そこで、スサノオは1572年にインカ帝国を滅ぼしたフランシスコ・ピサロに影を送ったのです。
すでにインカ帝国はありませんでしたが、まだ沢山のインカ人が生活していました。
スサノオの指令を受けた八岐大蛇の怨念をはピサロを操り、当時中央アメリカで流行っていた天然痘の患者を、インカの生活圏に送り込んだのでした。
またたく間に天然痘が人々を襲い、なんと、1589年、インカ人の95%の人が亡くなってしまいました。
これでまた、3つめの八岐大蛇の怨念が解き放たれ、スサノオの右手の鎖の1つが、普通の鎖に変わりました。
スサノオの4人目の標的はナチス党のアドルフ・ヒトラーです。
何故、ヒトラーなのでしょうか?
もし、八岐大蛇の怨念がヒトラーに取り憑かなければ、ユダヤ人の大虐殺はなかったでしょう。
ヒトラーは元々ユダヤ人に特別な感情をいだいてはいませんでした。
しかし、ナチス党で頭角を現していく中、党を拡大するために、財閥の後押しが必要だったのです。
そのため、キリスト教が主のヨーロッパでは、評判の悪いユダヤ人を攻撃することは、多くの人々に受け入れられました。
1935年9月にナチ党はニュルンベルク法を制定し、ユダヤ人の社会的地位を奪うことを堂々と行なったのです。
この政策はドイツ国民だけでなく、ヨーロッパの諸外国にも概ね公表でした。
しかし、本来ならここまでの政策で終っていたのです。
八岐大蛇の怨念が、取り憑かなければ・・・
取り憑いた怨念は、更にヒトラーを、ユダヤ人大虐殺という、狂気の人に変えていきます。
では、何故、スサノオがユダヤ人の大虐殺に導いたのでしょうか?
それは、日本人のルーツはユダヤ人と大きく関係しているからです。
古代イスラエル王国がBC928年に、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂し、北イスラエル王国はBC722年にアッシリア帝国に滅ぼされます。
この時、北イスラエル王国を治めていた10支族はイスラエルの地から連れさられ、以後行方不明になります。
それから約60年後に、日本の建国となるのですが、この建国は、北イスラエル王国のリーダーであったエフライム族が中心となって行われています。
それまで、大した技術も能力もなかった固有の日本民族に、政治・医術・土木建築・占星術|(暦)等々の技術を伝えたのが10支族の中のユダヤ人なのです。
そのために、文化・言語・風習等、多くのことで、日本とイスラエルに酷似が見られるのは当然のことでしょう。
日本人と古代ユダヤ人の共存が、日本の建国を導いたのです。
その後の、日本民族には日本とユダヤの両方の血が流れることになります。
スサノオにとっては、このユダヤ人こそが発展する人間界の人間の素であり、殲滅すべき人種なのです。
スサノオは大蛇の怨念でヒトラーを操り、ユダヤ人の大虐殺の命令を発動しました。
これでまた、4つめの八岐大蛇の怨念が解き放たれ、スサノオの左足の鎖の1つが、普通の鎖に変わりました。
ここでついに、スサノオの動きを封じている2重の鎖が1本になってしましました。
日本の国外の南アメリカとユダヤにまで影を送ったスサノオですが、ついに人間界の日本人の大虐殺を手掛けます。
5人目に選ばれたのは、アメリカ合衆国大統領のトルーマンでした。
第2次世界大戦、敗戦が決定的の日本、本土にいたのは高齢者と女性、そして子供ばかりでした。
そこに、もう落とす必要のない原爆を1945年に2つも投下する命令を下したのです。
原子爆弾のきっかけは、1942年、マンハッタン計画を秘密裏に開始させたルーズベルト大統領です。
しかし、戦況がはっきりしてきた頃、ルーズベルト大統領が急死、トルーマンが新大統領に選出されました。
この頃、アメリカ政府内でも、原爆投下否定論が大勢を占めていたのです。
ドイツ降伏後の1945年5月28日には、アメリカに核開発を進言したその人であるレオ・シラードが、後の国務長官バーンズに原子爆弾使用の反対を訴えています。
1945年6月11日には、シカゴ大学のジェイムス・フランク他6名の科学者が連名で報告書「フランクレポート」を大統領諮問委員会である暫定委員会に提出しました。
その中で、社会倫理的に都市への原子爆弾投下に反対し、砂漠か無人島でその威力を各国にデモンストレーションすることにより戦争終結の目的が果たせると提案しています。
また同レポートで、核兵器の国際管理の必要性をも訴えています。
しかし、暫定委員会の決定が覆ることありませんでした。
既に、トルーマンには大蛇の怨念が取りついていたのです。
更に1945年7月17日にもシラードら科学者たちが連名で原子爆弾使用反対の大統領への請願書を提出したが、影達の画策により、原爆投下前に大統領に届けられることはありませんでした。
軍人では、アイゼンハワー将軍が、対日戦にもはや原子爆弾の使用は不要であることを1945年7月20日にトルーマン大統領に進言しています。
アメリカ太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ提督も、都市への投下ではなく。ロタ島への爆撃を示唆しました。
また政府側近でも、ラルフ・バードのように原子爆弾を使用するとしても、事前警告無しに投下することには反対する者もいたのです。
これらの大勢の進言や嘆願も、大蛇の怨念に操られている大統領には無意味でした。
そして、トルーマンは、ニューメキシコ州での核実験(トリニティ実験)成功により、日本への原子爆弾投下を命令し、ここに全ての原子爆弾投下阻止の試みは潰えたのです。
1945年8月6日に広島、1945年8月9日に長崎へ、原子爆弾の投下が行われたのです。
長崎への投下命令を下した直後、これまでと同じく八岐大蛇が復活、トルーマンは意識を失いました。
3日後の意識が戻った時、我に返ったトルーマンは中止の命令を出しましたが、既に投下された後で、もうどうしようもありませんでした。
ここに、5つめの八岐大蛇の怨念が解き放たれ、スサノオの右足の鎖の1つが、普通の鎖に変わりました。
ついに、スサノオの動きを封じているはずの右足の鎖の効果が失われてしまいました。
Ⅴ、世界の終末を握る者
どうです、須佐之男命から、魔界へ落ちたスサノオへの経緯、お分かりになりましたか?
そして、過去に起こってしまった忌わしい事実を。
ええ、それは・・・
でも、5回あった大蛇の復活、阻止できなかったのですか?
八岐大蛇の復活を止めることができるのは、スサノオを魔界へ送った、人間界の一族の者のみ。
その一族も、ことごとく魔界の魔物に倒され、戦国時代にはいなくなっていました。
しかし、残る3つの八岐大蛇が復活したら、魔王スサノオの結界が解け、この人間界に舞い戻ってきます。
それも、長年の怨念で力を増幅させ、復讐の邪心に満ち溢れたスサノオです。
そして、その残る3つの大蛇の楔・天照の涙が奪われてしまったのです。
恐らく、八岐大蛇の怨念も、既に作られてしまっているのではと・・・
スサノオの影が、斑鳩から大蛇の楔、出雲から天照の涙を奪った後、大江山に潜伏していたようなのです。
でも、大江山って酒呑童子がいたと言う場所ではないのですか?
そうです、今や酒呑童子はスサノオの配下。
えっ、閻魔大王はどうなされたのですか?
閻魔様は遥か昔に引退され、今は鬼族の者が魔界の大王となっております。
しかし、その大王と酒呑童子の意見が合わず、酒呑童子とその配下の鬼達は離れてしまいました。
恐らく、スサノオ側の勢力に寝返ったのではないでしょうか。
そんな、それじゃ、残りの鎖が切れたら、抑える者がいないんじゃないですか。
そうです、そうなんです。
残り3つの標的は誰なのですか。
それは今、魔界に忍ばせている密者に調べさせています。
その3人が、世界の終わりを告げる者になるのですね。
はい、そうです。
しかし、このままだと日本だけでなく、世界が・・・・・
第4章、一族の使命
Ⅰ、五百井一族
それで・・まさか・・その一族とは・・・
そうです、五百井家の一族です。
でも、少なくなったとは言え、まだ、五百井の血筋は残っていますよ。
それに、親戚からは聖徳太子様に付いていた宮大工と聞いていますが。
はい、五百井家の皆さんの子孫はまだまだおられますね。
では、月読命様、何故わざわざ私に・・・
五百井一族とは言っても、その中でも血筋でいろいろ役割が変わってきます。
宮大工としての五百井一族、仏師としての五百井一族、そして神仏の使いとしての五百井一族です。
五百井一族で宮大工に従事していたのが8割を占め、後の仏師と神仏の使いが1割程ずつ程度でした。
その中の、神仏の使いとしての五百井一族が重要なのです。
そういえば、神仏・・・、何故神と仏が一緒にと思われるかもしれませんね。
神は日本固有、仏は外から日本に入ってこられた。
どの神、どの仏を信じるかは、人間自身が決めること。
しかし、人間界全体を加護するという時は、神も仏も同じ存在なのです。
神仏の使い、この仕事は、後の世に陰陽師と言われています。
元々は、神仏の指示により、その指令を全うする者達のことでした。
魔界の者が襲ったのも、その陰陽師達です。
奈良の時代には、まがいものの陰陽師が大半を占めていました。
しかし、本当の陰陽師の技量と資格を持つのは、五百井一族だけです。
更に言えば、五百井一族の直系の男子のみです。
陰陽師の血を引く殿方に男の子が産まれたら、その長男。
もし、女の子だけなら、その長女が産んだ男の子、それも長男のみです。
それ以外の血を引く一族の皆さんは陰陽師にはなれません。
翔子さまは、お母様が長女、お母様の御兄弟は3人の妹様だけです。
でも、陰陽師になるのは男子だけなのでしょう。
私は、女・・・
そ、それに、陰陽師の血筋は戦国時代前に絶えたのではないですか。
はい、魔族も神々も、もう末裔の者はいないと思っていました。
しかし、翔子様のおじい様、お仕事は何をされていましたか?
お寺の僧侶だったと聞いています。
そうです、最後に残った五百井一族のご先祖は、魔族からの追手を避けるため、仏門に入られました。
仏の加護を受け、その姿を隠したのです。
そして、密かに子孫を残し続け、今の翔子様がおられます。
この地に移られる前、如意輪観世音菩薩様にお会いにならなければ、未だにわからなかったでしょう。
仏門とは関係の無い社会で生きておられる翔子様を見て、菩薩様は驚かれました。
そして、日本国内では魔族の目が光っているので、外国、このベトナムの地に導かれたのです。
この地は仏教国、それも、他のアジアの国では珍しい、日本と同じ大乗仏教です。
翔子様をお守りするのにも、とても都合がよかったのです。
そうなんですか・・・
でも・・・
はい、先ほど言はれましたね、女性だと。
ホホホ、我々は神です、わかっていますよ。
今は女の方ですが、もともとは殿方ですわよね。
現在の姿はどうでもいいのです、五百井一族、それも陰陽師の血をひくものであれば。
翔子様、あなた様がその最後の1人。
魔族を倒すことができる人間は、翔子様しかいないのです。
Ⅱ、最後の1人
どうですか、ご自分のこと、お分かりになりましたか?
えっ、でも、ちょっと、直ぐに理解できたかと言われても。
そうでしょうね、信じられないことばかりですものね。
あの・・・もし、私がそんなことできませんと言えば、どうなるのですか?
そうですね、我々神と仏は全力で戦います。
しかし、スサノオの闘争力は半端なものでないので、勝てるかどうか。
もし勝てても、大きなダメージを受けることは間違いないでしょう。
そうした時、魔族の攻撃を受ければ、天界も魔族に支配されます。
つまりは、人間界・天界共に魔界に変わってしまう。
どちらにしても、終焉を迎えることになりますね。
ならば、もし私が闘っても勝てなければ・・・
全ての神々と全ての御仏が全力で翔子様を加護します。
もちろん、闘いの地に赴き、闘いをするのは、翔子様1人です。
御自分で状況を把握し、行動しなくてはなりません。
敵は八岐大蛇だけではありません。
翔子様の存在を影が知ったら、全力で阻止しようとしてくるでしょう。
場合によっては、大蛇が取り憑いた独裁者にその周囲の人達。
翔子様の周囲全てが敵になることでしょう。
その間は、とても孤独だと思います。
絶望的になることもあると思います。
しかし、私達は見ています。
そして、皆ができる限りの助力を惜しみません。
全世界の人間そして神々、御仏の運命がかかっているのです。
えっ、周囲の全てが敵に・・・
この私に、一体何ができるのですか?
翔子様はご自分の本当の力が、まだわかっていないだけです。
五百井一族、陰陽師の役に付くものは、計り知れない力を持っているのです。
なんせ、あのスサノオを魔界に追いやり、封印の鎖を作るほどの一族なんですよ。
Ⅲ、避けられぬ運命
ふぅ~、どうやら、御辞退するなんてことは無理なようですね。
そうですよね、私にとっては神話の世界の中の月読命様が目の前にいて、話をしている。
まだ信じられないことばかりですが、受け入れないといけないのですね。
翔子様・・・
でも、もう少し、今の平穏な生活を続けたかったなぁ。
まさか、こんな映画のようなことになるなんてね。
そして、自分がそんな大きな一族の血縁者だったなんて。
やっぱり、光栄に思わないといけないんですよね。
そんなことはありませんよ。
我々の力不足なんです。
影の動きを止められなかったのですから。
影を抑えられていたら、翔子様にこんな過酷なことをお願いすることもなく・・
なにも知らないまま、平穏な生活を続けていただけたのです。
本当に申し訳なく思っているのです。
月読命様、いいのです。
これが私の定めだったのでしょう。
お話聞いていて、わかったのです。
もう、私には子孫を残すことができません。
伝統ある五百井一族の陰陽師役、私で途切れるのですよね。
なので、長く受け継がれた血が絶えてしまうまでに役目を果たして、もう陰陽師など必要のない世界に・・・
きっと、御先祖様が、そう私に言っているのだと思います。
役目を全うせよと。
Ⅳ、残り三人の独裁者
ところで、月読命様、まず何をすればいいのでしょうか?
翔子様、先ほど私、残りの3人の独裁者は、まだ分からないと言いました。
しかし、本当は分かっているのです。
ごめんなさい。
翔子様が、立ち上がっていただくことが分からないと、お話できなかったのです。
いいんですよ、当然です。
で、その者は?
いいですか、気を落ち着かせて聞いてください。
中国の周金平主席、アメリカのオバマ大統領、ロシアのプーチン大統領です。
世界を動かす3人です。
え・・・・・何故?
スサノオが世界の終焉、そして魔族の人間界征服計画を始めたのです。
これで、世界を終わらせるために。
そうです、この3国は世界でも大量に核兵器を所持する国です。
そして、核ミサイルの発射を命令できる人間なのです。
スサノオは核戦争を起こさせようとしているのですか?
はい、この3人に、ほぼ同じ日、同じ時間に発射命令を出させます。
命令と同時に、八岐大蛇が復活して、人間の体から抜けます。
しばらくは気を失いますが、早ければ数分で目覚め、罪の大きさを自覚するでしょう。
タイムラグが生じれば、すぐに各国に連絡、迎撃依頼をし、残りの2人の命令を狂わせることになる可能性も。
なんといっても、世界各地に向けての発射など、側近の皆さんが納得しているなずもないですし。
ですので、今回は影も1人ではなく、何人かのグループで入り込むはずです。
同時に世界各地に発射されれば、もう防ぎようがありません。
ですので、この3人の首脳を操り、側近の動きを止めて、決められた同じ時間に発射命令をだすはずです。
なんて、恐ろしい。
これじゃあ、世界の終焉が・・・
そうです、終りです。
ですので、八岐大蛇復活の瞬間に大蛇を仕留め、発射命令の撤回か、発射ボタンを押させないようにするのです。
えっ、ちょっと待ってください。
中国・アメリカ・ロシアの3国で、ほぼ同時に八岐大蛇が復活するんですよね。
私は1人ですよ。
どうするのですか?
神の力で、3人になれるのですか?
いえ、我々でも、翔子様の分身を作ることはできません。
姿だけをいくつも作るのはたやすいのですけどね、翔子様自身を3人にはできません。
それじゃ、どうすれば・・・
第5章、2人の従者
Ⅰ、守りし神
大丈夫です、翔子様と同行する者が決まっているのです。
でも、陰陽師の血が流れていないと、大蛇の退治はできないと。
はい、しかし、心が繋がり、一心同体の関係にある者なら、翔子様と同じ動きができます。
心が繋がり、一心同体の関係にある人なんていませんよ。
お任せください。
先に、翔子様をお守りする御仏をお教えします。
私がそうしたいところなのですが、我々神は人の中に入り、その体を守護することはできません。
しかし、御仏なら、翔子様と同化し、いろいろな苦難からお守りすることができます。
影から姿を隠し、影からの攻撃も防いでいただけます。
この度、その観世音菩薩様より申し出があったのですよ、光栄なことです。
観世音菩薩様・・って。
そう、如意輪観世音菩薩様でいらっしゃいます。
翔子様を見つけ、ベトナムの地に導かれ、その後の出会いまで関わられたのです。
最後まで、翔子様と御一緒すると言われています。
ありがたいことですね、ところで、その、その後の出会いとは・・・
翔子様の愛犬、コロンちゃんですよね。
えっ・・・
コロンちゃんを購入する際、他の小犬もいましたよね。
でも、翔子様は他の子犬には、全く目がいかなかったのではありませんか。
そうなんです、コロンちゃんは観世音菩薩様が差し向けていたのです。
たまたま購入した子犬ではなく、翔子様が巡り合うべきの子犬だったのですよ。
そして、そのコロンちゃんが救助したのが、子猫のミーちゃん。
この子猫も、観世音菩薩様が使わしたのです。
でも、コロンちゃんがうまく翔子さんに知らせて、ミーちゃんを助けられるかどうか、定かではありません。
そのため、ミーちゃんが家族になれなかったことを考えて、もう1匹の子猫を差し向けていたのです。
でも、ミーちゃんが無事に翔子様の家族になったので、確かメイと名付けたこの子猫は、残念ながら亡くなってしまいましたよね。
翔子様は3人家族と決まっていたためです。
あの、まだよくわからないのですが・・・
現在、翔子様は犬のコロンちゃんと猫のミーちゃんとの3人家族です。
そうです、3人家族になることも、観世音菩薩様のお導きです。
この闘いが、本当に起こった時のために・・・
Ⅱ、人に
ちょっと待って下さい、この闘いにコロンとミーも参加すると言うことなのですか?
でも、人間じゃありませんよ。
そんな、あの子らまで、こんな危険なことに・・・
翔子様、コロンちゃんもミーちゃんも、選ばれし者なんです。
そんなこと言っても、犬と猫です。
確かに最後は鬼退治のようなものだけど、桃太郎じゃあるまいし・・・
ホホホ・・・なかなか面白いですわね。
笑ってる場合じゃないですよ、真剣にそう思ってるのですから。
これは、失礼しました、でも、面白い。
大丈夫です、危険な戦いであることは間違いないですが、彼女達も人間として闘うのです。
更に、翔子様と同じく、御仏が守護致します。
いったいどういうこと・・・
彼女達は、神々の力によって、人間に姿を変えるのです。
そして、翔子様の従者として、八岐大蛇の退治をするのです。
翔子様はもちろん斑鳩の中宮寺は御存じですよね。
観世音菩薩様の前に安置されている御仏はどなた様ですか?
薬師如来様と阿しゅく如来様ですね。
そうです。
そしてもうお一人は?
確か、天宝童子様・・・
天宝童子様はどなたのお姿かは?
それは、よくわかりま・・・あっ、確か、天照様。
そうです、高天原より降臨のお姿なんですよ。
菩薩(菩薩)様と天照様、無関係ではないでしょう。
そして、このお二人の如来様がコロン様とミー様の守護に当るはずでした。
と、言うと・・・
翔子様がお生まれになってから守護されているのは、どなたか御存じですか?
母親から、大日如来様ときいたことがあります。
そうです、ずっと大日如来様が翔子様を見守っておられました。
そして、今回も大日如来様が守護を望んでおられました。
しかし、事が事だったので、翔子様の守護は観世音菩薩様に。
コロン様の守護が阿しゅく如来様でミー様の守護が薬師如来様です。
ここで、大日如来様から、たっての希望で闘いの守護をさせて欲しい、せめて翔子様のお力にとのこと。
ですので、コロン様の守護は大日如来様がされることになりました。
翔子様の守護は観世音菩薩様、コロン様は大日如来((ダイニチニョライ)様、ミー様は薬師如来様が引き受けます。
すごい御仏様ですね、我々もびっくりしています。
それだけ、人間界だけでなく、天界にも危機が迫っているということなのです。
それでは、彼女達に会いに、翔子様の家に行きましょう。
きっと、私達を待っていることでしょう。
Ⅲ、3人の決意
それからしばらく後、翔子の家の近く。
タクシーを降りて、下町の路地を歩く2人。
しかし、人間離れした美しさと、静かに流れるように歩く月読命の姿に、周り全ての人が目を奪われた。
月読命は本当の神ではあるが、まるで神を目前にしたような神々さを感じているようである。
やっぱり月読命様、美しいから、皆さん息のんで注目ですね。
何をいっているのですか。
しかし、完全に神の雰囲気を消すことってできていないようですね。
着きました、ここです、ちらかったままだし、汚いですよ。
コロン、ミー、帰ったよ~。
えっ、どうしたの2匹共、ならんできちんとお座りして・・・
月読命様が来られること、知っていたの?
そうですよ、この者達は、もう、分かっているのです。
翔子様の許に使わされたことも、使命も。
そうなの?
えっ、2匹共頷いて、私の言葉も分かるの?
そうなんだ。
さて、早速にかかりましょう。
目を閉じて、頭を下げる2匹。
その頭の上で、祝詞を唱えながら月読命の両手がゆっくり動く。
その時、両の掌から、まるで流星群のような小さな光の玉が無数に2匹に降り注ぐ。
光の玉が2匹を包みこんだ時、一瞬星の爆発のような閃光が走った。
思わず目を閉じた翔子が、ゆっくり目を開け見た物は・・・
2人の、若い女性が微笑みながら立っている姿。
笑顔で、コロンがママって小さな声。
続いてミーもママ・・・。
翔子と2人の従者、役者が揃った。
Ⅳ、孤独な戦いへ
翔子様、これで私の役目は終わりました。
2人が人間の姿の間は、お話ができます。
ゆっくりと、お話してください。
そして、これから始まる闘いのことを。
3人が3つの違う国に行って、孤独な闘いをしなければなりません。
誰1人、失敗は許されない闘いです。
しかし、離れていても、心は繋がっているのですよ。
もう1度、じっくりと話し合って、闘いの決意を。
心が決まりましたら、この箱をお開けなさい。
日本へのフリー航空券と2人のパスポートが入っています。
翔子様は、もう、お持ちですよね。
コロン様の人間のお名前は山田天照(あまてらす)、ミー様の人間のお名前は山田月読命(つくよみ)でございます。
我々姉妹の名を、そのまま使っていただきました。
これは、私達の期待と、このようなことに巻き込んだお詫びです。
日本に着かれましたら、ゲートを出てください。
そこで、お待ちしています。
何日、何時の飛行機かの連絡は無用です。
わかりますので。
もうすぐ、天からの向かいの者が到着いたします。
私は、その者たちと天界に戻ります。
それでは、また、空港でお会いしましょう。
翔子様、本当にありがとうございました。
月読命様・・・
さて・・・コロンとミー、状況はどうあれ、ママは嬉しい。
こうやって、お話できるんだよ。
ママ、私達もだよ。
2人共こっちに来て、思いっきり抱き締めさせて、お願い。
第6章、日本へ
Ⅰ、伊勢神宮内宮
出発の日の昼下がり、3人の部屋で・・・。
さてと、2人の服やもろもろも買ったし、荷造りしたらOKかな。
コロンはこのスーツケース、ミーはこれね。
そして、はいパスポート、すごいね、きちんと2人の写真も。
山田天照に山田月読命かぁ、2人とも光栄だね。
やっぱり、神様ってなんでもできるのね。
さあ、今晩の飛行機に乗ったら、もう後戻りはできないよ。
ベトナム空港、関西空港行、ナイトフライト便・・・。
どうしたの、ころんもミーも、寝れない?
うん、やっぱり緊張するね、飛行機も初めてだし。
そうだよね、でも、寝ておかないと日本に着いてからが大変だよ。
そうよね、わかった。
翌朝、関西空港に到着・・・
着いた、いよいよだよ。
ところで、お迎えの人はどこなんだろうね。
2人とも、注意しておいてね。
あっ、ママ、あそこ、月読命様ともう一人の女の人がいる。
急いでっ。
翔子様、そしてお二人のお嬢様、遠いところをありがとうございました。
とんでもございません、月読命様、アメノウズメ様、わざわざありがとうございます。
ちょっとゆっくりしてからにしたいのですが、あまり時間もありません。
皆さんは、このまま難波駅まで行ってください。
その後、近鉄特急に乗り換えて、宇治山田駅で降りて、改札口までお願いします。
一緒に行ってもいいのですが、やっぱり目立つようですし、魔族の目もあるので。
私達は改札口でお待ちしています。
乗り方や乗り口は翔子様、よく、おわかりですよね。
はい、勝手知ったる大阪難波です。
2人とももうすぐ着くよ。
お弁当は全部食べた?
うん、日本の食べ物って、本当に美味しいね、ママ。
ママも懐かしいんでしょ。
そうだね、見る物全部買って帰りたいね。
あっ、着くよ、降りる用意して。
翔子様皆様、改めて、ようこそ。
飛行機に続いて、長時間の電車、お疲れでしょう、もう少しです。
車を待たせています、こちらに。
これから伊勢神宮の内宮に向かいます。
私達も内宮に入れるのですか?
もちろん、そこで、天照様がお待ちです。
車は、伊勢神宮の敷地内から少しそれた小道に入ります。
しばらく進むと、深い霧、その霧が晴れた時、目の前に荘厳なお社がお姿を・・・。
皆さん、到着しました。
月読命様、ここは?
そう、もうおわかりですね。
ここは、伊勢神宮の内宮ですが、皆さまの住んでいる空間とは別のところです。
そう、伊勢神宮の内宮で限りなく天界に近い所。
さ、私の後に続いてください。
階段を上がり、社の中へ。
更に奥に進むと、全身から光を発する神々しい女性が座っている。
お姉様、翔子様とお嬢様をお連れ致しました。
皆様、天照様です。
五百井一族の血を引く者、よくぞ参られた。
私は、この時を待っていました。
とても嬉しく思いますぞ。
私共こそ、お会いできて、光栄です。
話は全て、この月読命から聞きました。
よく、この危険な仕事を引き受けてくれましたね。
神々、御仏一同、感謝していますよ。
もったいないお言葉、私共などに全うできますかどうか。
しかし、全力を尽くして、遂行させていただきます。
ありがとう、翔子様。
あなたは、五百井一族陰陽師役の最後の一人。
神々、御仏だけでなく、陰陽師として活躍された御先祖からも、守られるのです。
陰陽師役の血はあなたで途切れるとしても、これが人間界での陰陽師を必要とする最後の仕事。
全てがこれで終ります。
あなたと娘さん達、神と仏、陰陽師の先祖達が力を結集して立ち向かう、最初で最後の決戦なのです。
Ⅱ、遂行すべき任務
いいですか、これからの段どりです。
月読命、ゆっくり説明してください。
まず、皆さん別々に3国に向かっていただきます。
入国後、各国の大統領及び首席の許に向かうのです。
その手段は各自の判断ですが、その際、守護の仏様が力を貸してくだします。
八岐大蛇に操られた大統領は、核ミサイルの発射命令を下します。
その瞬間、八岐大蛇が姿を現すので、切りつけ、一撃で倒すのです。
失敗すれば、復活して魔界に飛び去ってしまいます。
大蛇が体から離れたら、操られていた大統領は気を失います。
大蛇を退治してすぐに、目を覚まさせなさい。
大統領が操られながらも、発射してはいけないと思っていた者なら、すぐに中止命令をだすでしょう。
命令が発せられて、発射指令部では、暗証番号を2つの金庫から取りだし、2人の将軍が確認。
その後、順番に番号を読み上げ、コンピューターに数字をインプット。
発射命令ボタンが解除され、指令長官がボタンを押して、ミサイル発射です。
命令が出て、発射ボタンを押すまで、最速90秒、それまでに、中止させるのです。
もし、倒れた大統領の脇に行けない時、発射命令した電話かインターホンを使い、自分で中止命令をして下さい。
言葉や声紋等は、守護様にお任せなさい。
更に、どちらもできない最悪の時、神々の力を集めて、発射指令室へ瞬間移動をさせます。
しかし、守護仏様までの移動はできません。
あなたの体を離れてしまうことになります。
発射指令室内で、その状況を判断し、なんとか発射を阻止してください。
ただ、我々日本固有の神では、守護仏様のいなくなった体を、元の位置には戻せないのです。
御自力で、空港まで辿り着かなければならなくなります。
なんとか、最悪の事態にならないよう、頑張ってください。
そして、発射を阻止後、すぐにそこから、脱出するのです。
大統領の突然の失神に、大蛇の姿を見て、同じ室内にいる人達は混乱するでしょう。
その混乱の隙に、逃げるのです。
外に出たら、自力で空港まで向かってください。
タクシーや自家用車等を止めれば、守護様が事を進めてくれます。
空港に入れば、急いで成田便の手続きをして、乗り込むのです。
もしかして、待ち時間の間に、軍から手配される可能性もあります。
混乱の中、大統領の暗殺未遂犯となってしまいかねません。
しかし、顔を見らていなければ、大丈夫。
守護様が皆さんを守ってくださいます。
もし、顔を見られていたら、守護様の指示通りに行動なさい。
必ず、成田便に乗れます。
後は、ゆっくりと飛行機で日本に戻るだけです。
頑張ってくださいね。
Ⅲ、三種の神器
では、私|(天照)から、闘いのための手助けになる道具を差し上げましょう。
これは、代々伝わる三種の神器。
八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)
八咫鏡(やたのかがみ)
草薙剣(くさなぎのつるぎ)
です。
八尺瓊勾玉は、私の岩戸隠れの際に、玉造部の祖神である、玉祖命が作り、榊の木に掛けたものです。
元々は、長い緒に繋いだ勾玉でした。
神話における天孫降臨では、私の命を受け葦原の中つ国を治めるために高天原から日向国の高千穂峰へ天降った、天孫の邇邇藝命に、三種の神器を持たしたとなっています。
しかし、この時の三種の神器の八尺瓊勾玉は、私が後に玉祖命に新たに作らしたもの。
現在、皇居に現存するのは、天孫降臨の時の物です。
ここにある勾玉は、岩戸隠れの際に榊の木に掛けられたものです。
3つに分けて、人間界で言うアクセサリーのようにしています。
常に、首にかけて、決して離さぬよう、いいですね。
この勾玉は、魔族の者からあなた達の気配を消して、あなた達の存在をわからないようにしてくれます。
これを外さなければ、魔界の者から発見されることはありません。
そして、万が一発見されて影の者の攻撃を受けても、跳ね返してくれます。
八咫鏡は、私が岩戸隠れをした際に、作鏡連らの祖神であった石凝姥命が作ったものです。
しかし、天孫降臨の時の三種の神器の八咫鏡は、勾玉と同じく、私が後に石凝姥命に新たに作らしたものでした。
岩戸隠れの際の鏡は、かなり朽ち果てて、所々が割れてしまっていましたので。
この伊勢神宮内宮で奉安されている私の御神体としての八咫鏡は、天孫降臨の時の物です。
今回、元々の八咫鏡の破片を集めて、これを作りました。
皆さんが言うと、コンパクトですね。
この鏡は、八岐大蛇を退治した後、脱出の手助けをしてくれます。
コンパクトを開くと、あなた方がその時にいる施設の中から外に出るまでの通路を光で誘導します。
更に、誘導中は人間の目から皆さんの姿は見えません。
この後にお渡しする羽衣も、姿を隠すためですが、それだけです。
誘導中の皆さんは、磁界の狭間を進みますので、通路を阻むドアなどはそのまま、通り抜けられるのです。
外に出たら、光は消え普通のコンパクトに戻ります。
そして、3つ目の三種の神器、草薙剣です。
神話では、須佐之男が出雲・簸川上で倒した八岐大蛇の尾から出てきた剣となっています。
天孫降臨の時の三種の神器の剣、その剣は八岐大蛇の尾から出てきた剣そのものです。
しかし、1185年(元暦2年)の壇ノ浦の戦いで敗れた安徳天皇が、平家の舟から共に入水した際、草薙剣も一緒に今の関門海峡の海底深くに沈んでしまいました。
その後、源氏が安徳天皇と一緒に沈んだ剣と勾玉を発見します。
勾玉は箱に入っていたため浮き上がったもの、剣は当然浮いては来ないので、私が新たな剣を見つけやすい所に置いておいたのです。
現在、熱田神宮には、その時に私が置いた草薙剣が祀られています。
そのどちらも、八岐大蛇の尾から出てきた剣なのです。
そうなんです、大蛇の尾は8本、剣も8本だったんです。
神話では1本の様になっていますが、須佐之男が私に献上したのは8本の剣でした。
ここにあるのは、その草薙剣。
もちろん、復活寸前に姿を現した大蛇をしとめる剣です。
残り6本の剣を、高天原の刀鍛冶が3本に集約しました。
一撃で大蛇を倒さないと、復活を許してしまう。
ですので、攻撃力を更に強くさせました。
ただ、大蛇を倒したら、剣は砕け散ります。
砕けた剣は、気にせず、脱出してください。
そして、これは高天原の井戸の水と高天原の絹で編んだ羽衣です。
羽衣は今は小さいですが、両端を掴んで振ると大きくなります。
体を包めば、姿を消すことができるのです。
ただし、姿を消している時に声を発すると、羽衣は消えて無くなりますので、御注意を。
井戸の水は、2通りの使い方があります。
1つは、ある者に近づき、頭に数滴振りかけると、その者の影のように移動できます。
センサーや熱感知のような機械にも反応せず、その者の後ろを影のように付いていけるのです。
施設へ潜入の際に、必要になるかと思います。
2つは、気を失った者の目を覚まさせます。
大蛇が体から飛び出た時、操られし者は気を失います。
急いでその者の顔に井戸の水を振りかけなさい。
すぐに気がつくことでしょう。
この巾着も差し上げます。
全てをここに入れてお持ちなさい。
こんな小さな巾着には入らない・・・ですか。
ホホホ、御安心を。
これは普通の巾着ではありません。
いいですか、入れますよ。
ほら、きれいに全部の道具が入りましたでしょ。
出せばまた、元の大きさに戻ります。
そして、草薙剣もこれに入れておけば、なんら問題なく飛行機に持ち込めるのですよ。
Ⅲ、我が心の斑鳩中宮寺
私が、皆さんにお渡しできる物、これが全てです。
疲れたでしょう、今日はこの伊勢で、ゆっくりと疲れを取るのです。
この社に宿泊してください。
神しか入れぬ温泉もあります。
明日は、奈良の斑鳩に向かい、守護様とお会いしてくださいませ。
それでは、また・・・。
ママ、温泉ってこんなに気持ちいいものなの?
ううん、ここは神様専用の温泉。
ママが知ってる温泉と全然違うよ。
お湯が体をほぐしてくれるなんて、こんなの初めて。
翔子様、お湯はいかがでしたか?
あっ、アメノウズメ様、はい、とても気持ちよかったです。
人間界の温泉とは、全然違うのですね。
もちろんです、体の疲れだけでなく、病気も怪我も治してくれるのですよ。
この効能のうんと薄いのが、人間界の温泉です。
それでも人間は、病気を治すために湯治に行ったりしてますものね。
神の温泉なら、1度2度入れば、全てがよくなります。
これから、お食事を運びます。
これからは、3人水入らずでお過ごしください。
明朝、9時に出立しますので、それまでに御用意をお願します。
もしよろしければ、朝にもう一度温泉にお入りください。
完全に、なにも異常の無い体に戻りますので。
それでは、明日お迎えに伺いますね。
皆さん、おはようございます。
ウズメ様、おはようございます。
いかがでした、ゆっくりお休みになられましたか?
はい、ありがとうございました。
こんなに体が軽く感じたこと、何十年とありませんでした。
そうでしょう。
翔子様はこれまでの無理から、たくさんの病魔が体の中に巣くっていたのです。
それを知って、天照様が昨日の1日を割いて、翔子様の体を治されたのですよ。
そうだったのですか・・・しかりとお礼を申し上げないといけませんね。
いえいえ、御気遣いを無用です。
さあ、出立しましょう。
月読命様がお待ちです。
皆様、おはようございます。
まあ、翔子様、顔色がとっても良くなって。
ありがとうございました。
さあ、車に乗ってください。
今日はこのまま奈良の斑鳩に向かいます。
その日のお昼すぎ。
皆さん、お疲れ様でした、法隆寺の参道に着きましたよ。
それでは、中宮寺に向かいましょう。
中宮寺は法隆寺の東側、夢殿のすぐ裏(北)側に位置している。
10分程歩くと、御門前に着く。
法隆寺からの観光客は、大抵が夢殿を見学後には法隆寺に引き返す。
しかし、中宮寺を知る者は、そのまま夢殿を回りこんで、如意輪観世音菩薩様を見学される。
今も、ちらほらと観光客の姿が見える。
観光客とは別の入り口から、月読命の使いの者が中に入って行く。
直ぐの出て来られたのが1人の尼僧。
このお寺は、飛鳥時代の建立されて以来、尼寺を通してきた、唯一の寺である。
その尼僧が静かに月読命の前に。
さ、こちらに。
ありがとうございます。
観光客の順路とは外れて、裏側の入り口に向かう。
尼僧の後に続き一同が、寺の内部に。
10帖程の和室に、月読命と翔子・その娘の4人が通された。
ここで、しばらくお待ちください。
翔子様、いよいよ最後の準備ですね。
月読命様、ここに観世音菩薩様がおいでになるのですか?
そうですよ、大日如来様、薬師如来様も御一緒にです。
私も、少々緊張致します。
15分程の後、静かに襖が開き、4人の前に人の様な、陽炎の様な3体が揃った。
待たせましたね、私が観世音菩薩です。
私の右が薬師如来、左が大日如来です。
お会いできて光栄です。
私の後ろの中央が、五百一族陰陽師役最後の一人、山田翔子様です。
その両側に坐しておりますお二人が、娘様です。
よくぞ、決心なさいました。
神々、御仏一同、お礼を申し上げます。
もったいないお言葉でございます。
さて、もう御承知でしょうが、私達が皆さんの守護をさせていただきます。
ここで、皆さんと同体、すなわち、皆さんの体の中に入ります。
体が一つになると、守護の御仏とは言葉に出さなくても、頭の中だけでお話ができるようになるのです。
そして、魔物の攻撃からもお守りすることができます。
もう時間がありません、早速、同体の儀を行います。
少し、体と頭に違和感を覚えることと思いますが、直ぐに元に戻ります。
目をつむって、楽にしていてください。
では、私,観世音菩薩が翔子様、娘のコロン様には大日如来、ミー様には薬師如来です。
いいですか、始めますよ。
Ⅳ、全てが揃って
5分程の時間であろうか、揺れ動いていたような部屋の流れが、静かになった。
翔子様、どうですか、大丈夫ですか?
えっ、もう終わったのでしょうか、はい、大丈夫です。
2人の娘御も、大丈夫のようですね。
月読命様、守護の準備も滞りなく終了いたしました。
よかった、ありがとうございました。
これで、全ての準備が整いましたね。
皆さん、今ここに神・仏・人間の協力において、最後の魔族との闘いが始まります。
決して、負けられないのです。
天界、人間界を守るために。
一致協力、死力を尽くして闘いましょう。
それと、もう1つだけ・・・
昨日、新たな悪い情報が入りました。
酒呑童子の配下のいくしま童子という最も勇猛な鬼が魔界から姿を消したそうです。
どうも、人間界に入りこみ、3国の内の1つに入ったようなのです。
酒呑童子は、副首領や四天王を含め、名の通った鬼だけで7匹。
何故、そのうちの1匹だけなのかは、わかりません。
しかし、大蛇退治の時、邪魔をする可能性が大きいのです。
充分に気をつけてください。
では、翔子様は明日成田より11時の便でモスクワに。
コロン様は羽田より11時半の便でワシントン。
ミー様は成田より18時の便で北京に向かっていただきます。
そして、大蛇復活の時は、日本時間の4日後午前0時です。
翔子様とコロン様は明日の深夜、ミー様は明日の夜です。
到着から大蛇復活の時まで、2日程しかありません。
その間に大統領及び主席に接近するのです。
これから、大阪の伊丹空港から羽田に向かい、今晩は東京で泊まります。
翌朝、そのホテルで皆さんバラバラの動きになります。
私は、伊丹空港までお送りいたします。
それでは、参りましょう。
第7章、終局へのストップウォッチ
Ⅰ、各地へ
翌朝、3人揃って朝食を取り、使命を成就後、無事に再会することを誓った。
コロンもミーも頑張ってね。
きっと、無事に帰ってくるのよ。
うん、大丈夫よ、ママ。
それより、ママのところが一番厳しいのだから、ママこそ気をつけてね。
さて、そろそろ7時、お部屋に戻って、用意するね。
コロンは羽田だから、ゆっくりね。
ミーも3時に出ればいいから、この部屋をそれまで使えるように頼んでるから。
じゃあ、ママ行くね。
本当に気をつけて、必ず帰ってきてね・・・
その日、3人は、それぞれの飛行機に乗って、目的の地に旅立った。
ふぅ~、ファーストクラスかぁ。
天照様、奮発してくれたんだね。
お気持ちありがたく頂いて、リラックスして体を休めておかないと。
北京首都国際空港入国ゲートを通るミーの姿。
薬師如来様、いよいよ北京に来ましたね。
ミー様、気を引き締めて行きましょうね。
まず、タクシーに乗りましょう。
何も言わなくていいですよ、私がミー様の口を借りて話します。
運転手さん、○○ホテルまで行ってください。
数時間後、シェレメーチエヴォ国際空港。
着いた・・・菩薩様、これから?
市内までタクシーを使うと2~3時間かかります。
まだ鉄道があります、アエロエクスプレスでベラルースキー駅まで行ってタクシーに乗りましょう。
更に2時間程後、ワシントン・ダレス国際空港にコロンが。
ついに、アメリカに来ましたね、大日如来様。
コロン様、もう23時半です、タクシー乗り場に急ぎましょう。
コロン様は何も言わなくていいですからね、私が全てうまくやりますよ。
運転手さん、××ホテルまで。
その頃、各国では混乱が始まっていた。
まず、中国が核ミサイル発射準備を指令した。
続いて、ロシアがこれに続く。
一番遅れてアメリカも準備を開始した。
衛星写真でも、一部が確認され、更に真実味が高まっていた。
対策を講じる各国の総司令部の中で、何故か、最高責任者のオバマ・プーチン大統領、習国家主席だけが落ち着きはらっていたのである。
迷いもなく、核弾頭の装着準備命令を発していた。
さらに、各将軍達を驚かせたのが、攻撃目的地が発射国以外にも置いていることであった。
最初に発射準備の指示を出したのが中国。
中国では、大蛇に洗脳された主席が共産党幹部に、ついに世界を征服する時がきたと洗脳。
ここに中国が世界の覇者となる日がきたと、高らかに宣言したのである。
攻撃目標はアメリカ・オーストラリア・日本・インド・ヨーロッパ各地を攻撃目標とした。
誰が見ても、第3次世界大戦の勃発、しかも核戦争。
こんなことを初めては、地球の終りになる。
人民解放軍の将軍達も大きな疑問を持ったが、主席による度重なる軍部の粛清で、逆らえなくなっていた。
それに同調するようにロシアも防衛を理由に反ロシアのEU・イスラエル・中東各国・アメリカを標的とした。
これも大蛇に洗脳された大統領の命令が幹部達をあおった。
クレムリンの軍幹部も、ロシアが核攻撃を受けると言うことで、大きなパニックに陥った。
中国のミサイルはロシアに向いてはいなかったが、アメリカの核弾頭準備の報告で、冷静な判断を失った。
核戦争になると、その他の核保有国からの攻撃も予想される。
そのため、先手必勝と反ロシアの核保有国が全ての攻撃目標である。
アメリカは中国の動きをいち早く察知。
大統領に判断を求めたが、大蛇に洗脳された大統領は、瞬時に反撃の命令を下した。
まず、早急に核弾頭の設置に動いたため、ロシアの判断をも狂わせることとなってしまった。
アメリカ国防総省の最高幹部も、ほぼ全員が核攻撃不可であった。
しかし、中国・ロシアが共同で攻撃をしてくるとの情報は、核攻撃を回避することはできなかった。
更に大統領は、この機に乗じて南アメリカ各国が攻撃してくるとして、攻撃目標に南米主要国も置いた。
もう、いつ、核戦争が始まってもおかしくない状況に追い込まれていたのであった。
Ⅱ、潜入
スサノオが決めている、発射命令まであと2日、明日1日が過ぎ午前0時になった時である。
しかし、これは日本時間、各国には時差があるため、もう2日もない。
アメリカでは、明日の午前11時が、Xタイムである。
早朝にホテルを出たコロンは、ホワイトハウスのウエストウイング側に向かった。
当然、ホワイトハウスでは緊迫した雰囲気の中、出入りの警護も厳しくなっている。
さあ、いきますか、コロン様。
巾着から羽衣を出して、姿を消しましょう。
門のすぐ脇に行って、開いたら中に入るのです。
ここでは、体温センサー等はないので、安心して入りましょう。
恐らく大統領他の幹部メンバーは、もう国家安全保障会議室に籠っているのでしょう。
食事やトイレ、その他の通達事項もあるでしょうから、この廊下にいれば大丈夫。
今日1日、ここでメンバーの1人が出てくるのを待ちましょう。
そして、高天原の井戸の水を使って、誰かの影になって中に入るのです。
朝ごはんはしっかり食べてきましたね。
ロシアのXタイムは午後7時。
翔子は、ホテルの食堂で朝食を取っていた。
翔子様、恐らく今晩に大統領側近の幹部が集合するはずです。
できれば、それまでに側近の誰かの影になっておきたいところなんですけどね。
誰もいませんね、じゃあ、調査書類を開いてみましょうか。
大統領府のメンバー及び大統領と行動を共にする可能背のある人ですね。
ロシア国防相・大統領府長官・第一副長官・副長官が2人・補佐官が8人・顧問が9人。
この中で間違いなく、大統領と一緒になるのは・・・
補佐官、顧問は不確定です、外しましょう。
長官か第一副長官が理想ですよね。
しかし、魔族が取り憑いている可能性も高い。
でも、やっぱり長官か第一副長官です。
近づいてみましょう、翔子様の勾玉が気配を消してくれるので、魔物には気付かれないでしょう。
え~、ロシア大統領府長官はセルゲイ・イワノフ氏、側近中の側近ですね。
大統領府第一副長官はヴャチェスラフ・ヴォロージン氏ですよ。
連邦の大統領府や大統領官邸が置かれているクレムリンですね、行ってみましょうか。
Xタイムが一番遅いのが中国の午後11時。
朝食後、ミーはホテルの部屋で薬師如来と相談していた。
最後の会議の時に出席するのは、国家中央軍事委員会の主席・副主席・委員の全員で合計11人。
主席が習近平氏で副主席が范長龍氏と許其亮氏、委員が8人で、皆さん軍の上将。
誰の影になって入りこむのがいいのでしょうね。
国家中央軍事委員会があるのは、天安門じゃなくて、八一大楼というところ。
隣に人民革命軍事博物館があって、私達のも行きやすいって言えば行きやすいですね。
とにかく、行ってみましょうか?
軍関係の部署もいろいろ入ってるし、人の出入りも多いでしょうから、あまり目立たないでしょう。
あっ、コロン様、出てきましたよ。
大統領まで一緒に、お昼のようですね。
きっと、ホール横のダイニングに行くのでしょう。
私達も、付いていきましょう。
大統領・副大統領・国防長官・統合参謀本部議長・大統領首席補佐官・報道官・上級顧問の皆さん、総勢9人ですね。
大統領のバラク・オバマ氏には八岐大蛇、そして統合参謀本部議長のレイモンド・T・オディエルノ陸軍大将、ほらよく見て、頭の上に瘤のような黒い物があるでしょう、魔族の影が取り憑いているのですよ。
どうもそれだけですね。
酒呑童子の部下は、ロシアか北京のようです。
いいですか、私達は国防長官のアシュトン・カーター氏の影になって入りましょう。
カーター氏がトイレに行った時に、高天原の井戸の水を使うのです。
総勢無口のまま、軽い食事が終わって、会議室に戻る人やコーヒーを取りに行く人、席を外して打ち合わせをする人、そして、国防長官がトイレに向かった。
コロン様、行きましょう。
トイレに入った国防長官の後ろに近付き、首筋から背中に井戸の水を振りかける。
その瞬間、コロンの視線が国防長官の目と同じ位置に変わった。
大日如来様、影になったのですか?
そうです、後は、八岐大蛇の出現を待つだけです。
ここまでは、思った以上にうまく進んでいますね。
多分、オバマ大統領は操られし心の中で、精いっぱい抵抗しているのでしょう。
それ故、大蛇の怨念の拡散もかなり薄いようです。
心の中を完全に支配されてしまえば、大蛇の怨念は周囲にまで及んでしまいます。
その時は、側近の人まで一緒に操られてしまうのです。
ミー様、やっぱり非常事態のようですね。
博物館も本日閉館になってます。
では、あそこの建物の影に行って、そろそろ羽衣を使いましょうか。
八一大楼の中に入って、国家中央軍事委員会の会議室に行ってみましょう。
思ったより早くに、集まっているかもしれませんよ。
と言うことは、国家主席は本心共、そう完全に大蛇の怨念に支配されてしまったのかも。
そうだとしたら、操られているというより、自分から進めていますね。
そのような状態になっているとすれば、最悪ですね。
操られているの人が、国家主席以外にもいるかもしれません。
その人の影にはなれないので・・・もし、メンバー全員に及んでいたら。
とにかく、確認に行きましょう。
菩薩様、なんか妙に静かだと思いませんか?
もっと非常時の感じになっていると思ったのですが・・・
本当ですね、翔子様。
赤の広場も普通に観光客もおられますね。
軍事関係の部門は、クレムリンの西側です。
とにかく入って、安全保障会議事務局に行ってみましょう。
大統領府のメンバーは、中にいるはずです。
さ、巾着の中の羽衣で姿を隠しましょう。
何、メインホールなのにほとんど人がいないです。
翔子様、安全保障会議事務局は向こうの廊下です、早く行きましょう。
ドアが開いたら、その隙に入りましょう。
普通に執務をしている感じですね、でも、話声が全然聞こえません。
皆さん、顔も強張っていますよ。
この施設の皆さんは、核戦争の勃発を知ってしまっているのでしょう。
あそこにいるのは、大統領補佐官のウラジスラフ・スルコフ氏とセルゲイ・プリホドコ氏ですね。
しばらく、見張っていましょう。
ミー様、会議室のドアが開いています。
入りましょう。
えっ、これが会議室?
まるで、全人代の会場を小さくしただけですよ。
これでは、2人の副主席以外は、国家主席に近づけないです。
ミー様、慌てないで。
今、ここには6人は全員が、大蛇の怨念に操られています。
目の動きが異常に少ないのが特徴なんです。
これから加わる5人の委員が、そうなっていないことを祈りましょう。
どちらにしても、明日です。
この会議室、今は出入りできますが、恐らく明日は閉鎖されるでしょう。
それまでに、私達の影になってくれる委員を探しましょう。
今室内にいたのが、副主席の范長龍氏と許其亮氏、委員の常万全氏、張陽氏、趙克石氏、張又侠氏の6人。
その中の、国防部部長の常万全氏の魔族の影が憑いていました。
残りの幹部で、一番前の席に座りそうなのが、総参謀長の房峰輝氏ですね。
それか、総装備部長の張又侠氏・・・
国家主席と副国家主席3人が会場に向いて座り、後8人が4人ずつの2列の席ですね。
恐らく、張又侠総装備部長、呉勝利海軍司令員、馬曉天空軍司令員、魏鳳和第二砲兵司令員の4人が後ろの席。
他の4人より、位が落ちるのです。
ということは、房峰輝総参謀長しかいません。
房峰輝総参謀長を探しましょう、大蛇の怨念に支配されていなければいいのですが・・・
翔子様、2人が出ていきます、付いていきましょう。
コーヒーラウンジ・・・あっ、第一副長官のヴャチェスラフ・ヴォロージン氏がいますよ。
お待たせしました、第一副長官。
大統領はいかがでしたか?
うーん、確かにいつもと様子が違うんだが。
この緊張だから、しかたがないのかな。
しかし、なんとかこの危機を止めないと・・・
ただ、大統領に付き添っている、セルゲイ・クジュゲトヴィチ・ショイグ国防相とウラジスラフ・スルコフ副長官の様子も変なんだ。
大統領を心配してなのか、傍から離れようとしないし。
なかなか大統領と直接話ができないのだよ。
セルゲイ・イワノフ長官は何と?
これから、相談をするつもりなんだが・・・
我々としては、何としてでもこんな複数の国へも核攻撃は防がないといけない。
しかしなぁ、中国とアメリカが攻撃準備しているのも事実だし。
長官とは、中国に事の実際を問い合わせてみるつもりなんだが、大統領がなんというか。
中国人民解放軍の指令室はどこです、薬師如来様。
1番奥の部屋です。
ドアが閉まっていますね。
誰かいるようですが・・・
何とか開かせましょう、ミー様、あそこのバケツ、思いっきり蹴飛ばしてください。
けたたましい音が廊下に鳴り響いた。
各室のドアが開き、何事かと職員が出てくる。
ミー様、今!
あっ、房峰輝総参謀長といる人、李克強首相ですよ。
本当ですね、心配で、ゆっくりと天安門にいられないのでしょう。
でもこの様子だと、房峰輝総参謀長は、大蛇の怨念の影響を受けていませんね。
まず、一安心です。
房峰輝総参謀長は今日は、この庁舎から出ないでしょう。
付きまとって、チャンスがあれば、高天原の井戸水を、いいですね。
その夜、国家安全保障会議室から、数人の人が出てきた。
コロンが影となっているアシュトン・カーター国防長官、ジョー・バイデン副大統領、デニス・マクドノー大統領首席補佐官、ジョシュ・アーネストホワイトハウス報道官の4人である。
バラク・オバマ大統領と統合参謀本部議長のレイモンド・T・オディエルノ陸軍大将、上級顧問の3人の皆さんは、会議室の重苦しい雰囲気中に留まっている。
4人はラウンジに向かい、休憩をしながら、誰かを待っているようである。
そこに現れたのが、アメリカ海軍司令官ヘンリー・ハリス・ジュニア大将、そして5分程後にジェームズ・クラッパー合衆国国家情報長官であった。
どうでした、各国の情勢は。
ロシアでは、大統領は攻撃を受ける気配を感じたら、直ぐに反撃するように命令しているようです。
側近の中には、なんとか阻止しようとしている者もいるのですが、各国共にいつでも攻撃できる態勢にあるため、武装解除は難しいと・・・
中国に続きロシア、そして我が国合衆国の3国だけだったのが、状況を察知して、イスラエル・インド・パキスタン・イギリス・フランス・北朝鮮の各国も、配備を進めているようです。
ただ、これらの国は、まだ半信半疑のようですが。
何と言っても、世界が滅んでしまう行為をするはずがないと、誰もが理解していますので。
中国はどうなんだ。
現在、中国は他国と一切の通信を拒絶しています。
なんということだ、もう話し合うことはできないのか?
しかし、何故大統領は、ロシア・中国に対話を求めないのだ。
最近、様子がおかしいんだよ。
口数もめっきり減って、何かを考えて、1点を見つめている感じなんだ。
精神的に異常をきたしているのじゃないのか?
そんな風にも思えないのだが・・・
それに、付き添っている陸軍大臣も同じなんだ。
どういうことだ、ロシアの側近も同じようなことを言っていたぞ。
うーん・・・
とにかく、情報を得られない中国の動きが鍵になるな。
同じころのロシアでは・・・
大統領は何と?
他国と情報の共有は一切するなとの命令だ。
先ほどの、アメリカの情報部との話では、やはり大統領が同じような状態のようだ。
しかし、中国は一切の連絡を拒否しているので、情報が得られない。
これでは、手の打ちようがないな。
これ以上、大統領の命令に反することもできないし・・・
しょうがない、もう大統領府会議室に戻らなければな。
うむ、先に行っててくれ、私はもう1杯コーヒー飲んでから戻るよ。
翔子様、チャンスです。
高天原の井戸水の用意を、第一副長官の後ろに回りましょう。
ヴャチェスラフ・ヴォロージン第一副長官がコーヒーの自動抽出機の前で、しゃがんでコーヒーを取り出そうとした時、翔子様今です!
これで、大統領に近づけますね。
後は魔族の影の者に注意です。
ただ、セルゲイ・クジュゲトヴィチ・ショイグ国防相とウラジスラフ・スルコフ副長官の2人の様子が妙だって言ってましたよね。
それが気になります。
まさか、酒呑童子の手の者がここに来ているのでは・・・
Ⅲ、核ミサイル発射命令
ミー様、聞きました?
明日の朝7時、国家中央軍事委員会の会議室に召集命令が出ましたよ。
と言う事は、房峰輝総参謀長は今宵一休みする時があるでしょう。
その時に、高天原の井戸の水を使いましょう。
その深夜、総参謀長はイスに疲労が溜まったのか、座ったままウトウトと仮眠を始めた。
さ、ミー様、井戸の水を。
これで、明日の朝、習近平国家主席と対面ですね。
ホワイトハウスの国家安全保障会議室では、深夜においても、大統領との交渉が行われていた。
ただ、核戦争はしてはならないという側近の意見に、大統領と統合参謀本部議長が中国とロシアが解除すればを繰り返すのみである。
まったく、側近の声が届いていない。
側近の面々は必死であった。
午前5時、待機していたヴャチェスラフ・ヴォロージン第一副長官にも、大統領府会議室への召集がなされた。
翔子さま、いよいよですね。
影の者はさておき、酒呑童子の手の者には要注意ですよ。
攻撃された際、私の力でも全てを防ぎきれないかもしれません。
でも、ここに鬼がいると言うことは、コロンやミーのとこにはいないと言うことですよね、菩薩様。
それだけでも、私は安心なのです、ホッとしています。
翔子様・・・
日本時間、23時55分。
中国時間、22時55分。
ミー様、そろそろ時間です。
総参謀長から離れて、国家主席の近くに行きましょう。
影の者が気配に気づくかもしれませんが、大丈夫です、姿は見えません。
アメリカ時間、10時55分。
もう万策尽きて、側近も黙ってしまっていた。
アシュトン・カーター国防長官は大統領の会議テーブルの真向かいに座っていた。
コロン様、国防長官から抜けて、さ、大統領の脇に!
ロシア時間、18時55分。
ヴャチェスラフ・ヴォロージン第一副長官は大統領の2人隣の席。
翔子と大統領の間には、影の者か鬼か・・・
翔子様、静かに草薙剣を。
ただ、八岐大蛇に切りつけてはなりません。
切りつけたら、そこで草薙剣は砕け散ります。
その後、鬼との闘いができません。
ですので、八岐大蛇には真っ直ぐに突き刺すのです。
動いている大蛇に突き刺すのは難しいかもしれません。
でも、集中して、翔子様ならできます。
さすれば、砕けた剣の半分は残ります。
それで鬼と闘うのです、いいですね、大蛇と鬼、時間は1分が限界です。
なんとか、やり遂げましょう。
時間は何もない様に進んでいく、世界の終末に向かって・・・
日本時間、午前0時。
中国時間、23時ジャスト!
習近平国家主席が目の前のホットライン電話で叫ぶ。
ミサイル発射!
その瞬間、全ミサイル口が開いた。
アメリカ時間、11時。
大統領!中国の発射口が開きました!
バラク・オバマ大統領が司令部直通電話で叫ぶ。
攻撃開始!
ロシア時間、19時。
時計を見ていたプーチン大統領、核攻撃の司令部であるロシア戦略ロケット軍の直通インターホンのスイッチを入れ、叫んだ。
全てのロシア戦略核兵器、発射!
90秒後、世界に核兵器が乱れ飛び、人類の終りが来る。
Ⅳ、八岐大蛇復活
発射命令発動の瞬間、国中に響き渡るような雄たけびが響き、真っ黒の体に燃え盛るような真っ赤な目の見るに堪えない醜悪な姿の大蛇が姿を現した!
コロン様、今です!
すぐ脇で待機していたコロンが草薙剣を一振り、見事に大蛇を倒した。
コロンの攻撃に驚いた影は、慌てて攻撃してきたが、大日如来のバリアに触れた瞬間消えて無くなった。
大蛇が黒い霧となって蒸発したのを確かめて、その場で気を失っているバラク・オバマ大統領の顔に向かって高天原の井戸の水を振りかるコロン。
直ぐに気がついた大統領、握ったままの直通電話の受話器に向かい、発射命令中止、発射命令中止を何度も連呼した。
8人の側近の人たちは、大蛇の姿に恐れおののき放心状態のままで、何が起こったかも分からず、大統領の声で我に返った。
コロンは、大統領の中止命令を聞いて、直ぐにコンパクトを開く。
すると、遠くからコロンを一筋の光が導く。
速やかにコロンはその場を去った。
全く姿も現さず、完璧に指令をこなしたのである。
中国、国家中央軍事委員会の会議室、ここでも大蛇が雄たけびをあげた。
驚いた側近達だったが、大蛇の怨念に影響を受けている6名は、当然のごとく見つめていた。
その時、ミーの放った一撃で消滅する大蛇を見て、気を失っている習近平国家主席に続くようにその場に倒れていった。
ミーが井戸の水を振り掛けようとした時、息をのんだ。
倒れたが范長龍副主席が、習近平国家主席の顔を隠していたのだ。
慌ててミーはホットライン電話の受話器を掴んで叫んだ。
命令中止!その声は薬師如来様の法力で国家主席の声に変わっていた。
しかし、声を発したことで、ミーの姿が現れてしまった。
そのミーに飛びかかった影であったが、薬師如来の防御に消滅した。
大蛇の次に、突如出現した若い娘の姿に、残った側近は混乱した。
その中、ミーは直ぐにコンパクトを開き脱出に向かう。
現れたかと思ったら、また消えてしまった女性、その中で、受話器の向こうから発射口閉じました、解除確認の声。
ロシアでも、大蛇出現。
少し離れていた翔子は、体ごと大蛇に向かって突っ込んでいった。
捨て身の攻撃は見事に大蛇を貫いた。
大蛇は断末魔の声を揚げ、真っ黒い霧に覆われて消滅していった。
Ⅴ、決死の攻撃
その時であった、一杯に手を伸ばした翔子の左腕に向かって、鬼の斧が振りおろされた。
痛!翔子の左腕の手前で斧は止まったが、筋肉は砕けた。
観世音菩薩の法力でも、そこまでが精一杯だったのだ。
よくも邪魔をしてくれたな、このいくしま童子様がお前を始末してくれる。
翔子様、気を確かに。
苦痛に耐えながら、半身になった草薙剣を構える。
その時であった、翔子の勾玉が目がくらむ程、光輝いたのだ。
いくしま童子の脇にいた影は光を浴びて消えて無くなった。
いくしま童子もしばらく目が利かなくなっている。
翔子様、鬼の眉間に剣を!
いくしま童子、これで終り!
翔子は鬼の眉間に半身になった草薙剣を尽き刺した。
ぎゃあ~、いくしま童子の体が溶けていく。
最後に鬼が、俺が消えても、今頃仲間が大魔王様を解放し、結局は魔界の勝利になるのだと叫んだ。
魔界の勝利?
どういうこと?
翔子様、早く!
大統領は今の鬼との戦いの最中、側近が部屋の外に運んでいた。
直通インターホンは・・・鬼の攻撃でバラバラになってしまって・・・
翔子様、1分が過ぎました。
このまま、ロシア戦略ロケット軍司令部に・・・
私は、もう守護ができません、なんとかお一人で頑張ってください。
翔子の目の前が霞のように歪んでいく。
その時、気絶している側近の銃が、翔子の右手に吸い寄せられてきた。
菩薩様の最後の法力で、翔子に武器を持たせたのだった。
歪んだ空間が、元に戻った時、目の前には機械で囲まれた指令室。
今まさに、2人の将軍の暗証番号の入力が終り、発射ボタンがせり上がってくるところである。
指令室の軍人達も、いきなりの女性の出現にギョ!としている。
このコンピューターね。
翔子は、一切周りに目を止めずに、コンピューターに向かって引き金を引いた。
モニターを打ち砕き、発射ボタンを打ち砕いた。
その時だった。
護衛兵の銃弾が、翔子の脇腹と太ももを貫いた。
慌てて、横にあった機械の影に身を隠した。
しかし、兵士に向かって銃を撃ってはいけない。
気がつけば、更に頬に腕、足と命中は避けられたが、数か所から血が噴き出していた。
そっと覗いて、コンピューターを破壊したことを確認した。
これで、何とか発射は止められたわね。
銃弾は途切れることなく飛び交っている。
隠れている機械も、もう砕け散りそうになってきている。
そうだ、コンパクト、コンパクトを開けば。
傷の痛みに気を失いそうになりながら、なんとか巾着からコンパクトを取り出し、開いた。
導きし光が、翔子の傷の痛みも和らげた。
その時、指令室のインターホンから、ロシア語の叫び声が響いてきた。
プーチン大統領の声じゃない。
そうか、気がついて中止命令を出しているのね。
今頃、遅いわよ。
ああ、光のお陰で何とか歩けそうね。
外に出なくちゃ。
Ⅵ、発射阻止
アメリカ、中国、ロシアとどの国も、核ミサイルを発射することはなかった。
応戦覚悟だった、その他の諸国も軍備を解除した。
唯一、発射中止命令を下してなかった、プーチン大統領も、気がついて直ぐに発した命令で装備の解除がされた。
3人の決死の働きにより、世界の終末は防がれたのであった。
バラク・オバマアメリカ大統領は、側近に打ち明けていた。
何かに頭と体を支配されてしまっていたと。
大蛇を目撃した、アシュトン・カーター国防長官、ジョー・バイデン副大統領、デニス・マクドノー大統領首席補佐官、ジョシュ・アーネストホワイトハウス報道官らも揃って証言していた。
あの時、会議室内に、我々の他に絶対に誰かいました。
特に、アシュトン・カーター国防長官の証言は、周囲を驚かせた。
前日から、何か温かい物を背中に感じていたんです。
大蛇が大統領から現れたと同時に、それがす~と消えて無くなりました。
あの、大蛇は間違いなく、誰かが倒したのです。
大統領が失神なさって、大蛇が消えた直後に、大統領の顔に水が掛けられたんです。
私ははっきりと見ました。
その姿の見えない者が大統領の目を覚まさせてくれたと思っています。
きっと、神です。
神が、この危機を御救い下さったのです。
ロシアと中国でも、同じようなことが起こったのではないでしょうか?
中国の国家中央軍事委員会のメンバーも頭を抱えていた。
習近平国家主席は、気を失っていて大蛇は見ていない。
しかし、大蛇の怨念の支配から逃れていた4人は、目撃したのであった。
大蛇が消え去った後、突如と若いアジア系女性が現れた。
日本人か中国人系の女性であったと。
その女性が、習近平国家主席の声色で中止命令をだし、また姿が煙のように消えてしまった。
普段の時に、このような話は誰も信じないだろうが、この時ばかりは、国家主席始め、皆が全てを信じた。
神か、仏が現れて、この中国、そして世界を救ったのだと。
ロシアでは、更に複雑な事になっていた。
会議にいた12人の内、失神していたのがプーチン大統領とセルゲイ・クジュゲトヴィチ・ショイグ国防相とウラジスラフ・スルコフ副長官。
他の9人が大蛇の姿を見ている。
その中で、ウラジスラフ・スルコフ氏、イーゴリ・セーチン氏、アレクサンドル・アブラモフ氏の3人の補佐官で大統領を室外に避難させた。
残った6人が一部始終を見ていたのだった。
大蛇を倒した直後に女性が姿を現した。
と、同時に国防相の体の中から巨大な鬼が出てきて、女性を攻撃、闘いの末に女性が勝って、鬼が溶けてしまった。
その女性が消えたかと思ったら、ロシア戦略ロケット軍司令部にも女性が現れ、ミサイル発射を阻止した。
司令部関係者の証言から、どちらに現れた女性も、同一人物らしいとのこと。
プーチン大統領が、正気に戻って慌てて中止命令を出したが、この女性がいなければ、核ミサイルは発射されていた。
大統領が気にしているのが、ロシア戦略ロケット軍司令部で銃撃戦になったこと。
女性はかなりの深手を負った様子だし、一切兵隊には発泡していなかった。
何と言っても、ロシア戦略ロケット軍司令部はロシアから3000km以上離れているオジンツォフにあるのだ。
これらのことを考えても、普通の人間業ではない。
人間が、瞬時に3000kmも移動できるはずがないのだ。
しかし、神であったなら、銃弾で怪我はしないであろう。
かなりの血痕が会議室にも指令部にも残っているのだ。
それも同じ人間の血液であり、もちろん、普通の人間のものであった。
プーチンは思った。
救世主が、3国に現れたのだと。
怪我をした救世主に何かあってはいけない、何とか探し出して、助けたいものだと。
そして、世界の終りの寸前までいったことの顛末の詫びを入れ礼をしなくてはと。
その後、バラク・オバマアメリカ大統領、習近平中国国家主席、プーチンロシア大統領が極秘に電話会談を行っている。
第8章、脱出
Ⅰ、施設の外に
さて、見事に大蛇を倒した3人の行方は・・・
コロン様、もう建物を出ます。
光は敷地の外まで続いていますから、ゆっくりでも大丈夫ですよ。
でも、思ったよりホワイトハウスは静かですね。
大勢の人が会議室に走っていますから、騒ぎがあったのは伝わっているようですけど。
恐らく、大統領が早く気付いたことで、ある程度のことは理解されたのでは。
そうですね、私達が敵だと思ったら、すぐに門も道路も閉鎖になるでしょうから。
コロン様、いいお仕事をなさいましたね。
翔子様にも、褒めていただけますよ。
ありがとうございます、でも、ママやミーは無事なのかな。
2人共、核ミサイルの発は食い止めたみたいだから、大蛇も倒したのでしょうね。
ただ、鬼がどこにいたのか・・・
ミー様、お見事でしたよ。
この光に沿って、外に出たら、そのままホテルに向かいましょう。
飛行機は明日の15時前ですからね。
24時前には、お部屋に戻れそうですね。
今、八一大楼内は警備が厳しくなってますけど、まだ、事の詳細が分かってないのでしょう。
国家主席はかなり深くまで大蛇に入りこまれていた様ですから、まだ、気を失ったままなのでしょうね。
正気に戻って、皆さんのお話しを整理したら、ある程度は理解されるかもですね。
ただ、ちょっとだけミー様の姿を見られてしまいましたね。
皆さん、びっくりしたでしょうね。
あの修羅場に、可愛い女の子ですからねぇ。
その女の子が中止命令を出して、この国を救ったのですものね。
きっと、神の化身とでも思うのでしょう。
さあ、もう大丈夫です。
あっ、丁度タクシーが来ました。
ミー様、止めてくださいね。
ふぅ~、光のお陰で痛みがマシといっても、体が思うように動かない。
それに、一体ここはどこなのかな。
壁も随分強力なコンクリートみたいだし、また階段かぁ。
随分、地下深くだったのかな。
ああ、また、たくさんの警備兵。
そりゃそうだよね、あんなに派手に撃ち合いしちゃったんだものね。
でも、私は、コンピューターを撃っただけで、人には撃ってないのだけどなぁ。
こんなに厳重な中でも、普通に通過。
神様の光、本当に神の助けなんてね。
でも、光が消えたら、傷、傷むのかなぁ。
えっ、何ここ。
森の中じゃん。
光はあそこの道路までね。
でも、今の時間は22時前かぁ。
Xタイムから、もう3時間もたったのか・・・いえ、まだ3時間かぁ。
うう~痛い!
ああ、光が消えちゃったんだね。
3時間・・・ミサイルの攻撃が無いってことは、コロンもミーもやり遂げたのね。
よかったぁ。
でも、ここって、目の前は大きな池なのか川なのか。
完全に森林の中なんだ。
モスクワからは、随分離れちゃったのかな。
それにしても痛みが、体中が燃えてるみたい。
それに、太ももも撃たれたんだね、もう歩けないよ。
あ、道路の向こうに小屋がある。
なんとかそこまでいって、休もう。
小さな木戸を開いて中に入る。
小屋の中は何にもないね。
何かの作業小屋なのかな。
横になりたい・・・あそこの藁の上がよさそうね。
寒いけど、体中が熱くて痛くて、苦しい・・・
いたぞ、あの小屋の中だ!
皆で、食ってしまおうぜ。
誰か来た?
食うって?
ああ、兵士の次は、魔物かぁ。
でも、もう闘えないよ~。
ごめんね、コロン・ミー。
ママはもうだめみたい。
その時、無数の魔物に向かって、空の上から光の矢が放たれた。
ギャー、一瞬にして、魔物は消え、空から光の舟が下りてきた。
えっ、なに、誰かが魔物と闘ってるの?
船から降り立った3人、しかし、3人共輝く光で覆われている。
音もなく小屋の戸が開いた。
誰?
翔子は、もう闘う気力も無く、力なく尋ねた。
もう大丈夫ですよ、魔物は全て消えて無くなりました。
翔子様、よく頑張りましたね。
ああ、こんなに痛々しいお姿に・・・
大丈夫、すぐ楽にして差し上げます。
3人の中の1人が、撃たれた傷口の上に、そっと手を添える。
すると、ゆっくりではあるが、痛みが治まり、傷がもとに戻っていく。
翔子は、少しずつ痛が納まる心地よさと極度の疲労で、意識が遠ざかっていった。
気がつくと、そこは光輝く舟であった。
ここは・・・?
心配ないですよ。
この舟は、釈迦の許に向かう渡し船です。
お釈迦様?
そうですよ。
観世音菩薩から、助力嘆願の連絡が入りました。
あなたに力を貸していた、大和の国の神々の力はアジアの大地までは届かないのです。
モスクワから戦略ロケット軍司令部までは約3000km、この移動は観世音菩薩があなたと同
体だったからできたことです。
世界のため、魔族からこの世を守るために闘っているあなたを、釈迦はお見捨てになりませんよ。
しかし、ロシアはロシア正教会の国、隣接する中国は仏教も弾圧し、今では神も仏もおりません。
正教会の神は1つのみで、我々仏や大和の国の神には非協力的なのです。
この度は、ロシアでも中国の国境に近い場所だったのと、チベット仏教の御仏様達が力を貸してくれたので、この舟をだせたのです。
釈迦の許まで、もう少し掛かります。
ゆっくり、お休みなさい。
傷の手当てももうすぐ終りますよ。
Ⅱ、空港へ
ホワイトハウスを無事に脱出したコロンは、タクシーに乗り込む。
ワシントン・ダレス国際空港まで。
あっ、大日如来様、ホテルに荷物を置いたままです。
いいのですよ、安心なさい。
空港に行けば届いています。
空港に着いたのが、搭乗の50分前。
搭乗手続きを急いで済ませ、山田天照様、お荷物は・・・
あっ、申し訳ありません、事前にお預かりしておりました。
重ね重ね申し訳ありませんが、搭乗ゲートまでお急ぎください。
出国もスムーズに、急いでママとミーにお土産買って搭乗口に向かう。
あっ、もう皆さん乗り込んでるね。
ギリギリセーフ、これでゆっくり帰国できる~。
大日如来様、本当にありがとうございました。
コロン様、疲れたでしょう、ぐっすり眠って帰りましょうね。
ミー様、9時半ですよ、そろそろ起きましょうね。
さすがに疲れましたよね。
下の食堂に行かないと、朝ごはんの時間が終ってしまいますよ。
お腹いっぱい食べて、空港に向かいましょう。
遅い朝食を取って、シャワーをして、さあ、行きましょうか。
はい、薬師如来様。
北京首都国際空港に着いたのが、午後の2時過ぎ。
搭乗手続きも終わって、空港内で遅いランチ。
ママとコロン姉にお土産買って搭乗口に。
さて、やっぱり帰りの飛行機はほっとしますね。
19時過ぎには日本かぁ。
ママもコロン姉も帰るの明日なんだよね。
一足先に戻って、ママと姉姉をお迎えしなきゃ。
しかし、16時5分のモスクワ発の便には、翔子の姿は無かった・・・
Ⅲ、再会
数時間前、雲海を流れる舟に乗った翔子は、インドのとある地方の山中に到着する。
翔子様、さあ、着きましたよ。
釈迦も、御待ちかねのことでしょう。
翔子様、こちらへ。
案内されたのが、人里離れた山中の寺院。
一見、寂れているように見えるが、非常に荘厳な印象を与えられる寺院であった。
中に入ると、翔子とあまり変わらない大きさのお釈迦さまが座っておられる。
しかし、背中から発している淡いようで神々しく輝く光、これがオーラというものである。
翔子様、御苦労でございました。
傷の方はいかがですか?
まだ、痛みますか?
はい、もうなんとか、有難うございました。
恐らく、脇腹と太ももは、もう少し痛むかもしれません。
しかし、もうほとんど治っていますので、心配はありませんよ。
でも、もう少し治療が遅かったら、命にかかわっていたのです。
本当によかったですね。
観世音菩薩から、緊急の話があり、私は恥ずかしくなりました。
いくら陰陽師の血を引く者といっても、人です。
その人が、人間界はもとより天界をも救うために大蛇や鬼と闘うなどと。
ですので、全くの微力ではありましたが、喜んで御助力をさせていただいたのです。
しかし、あなたの娘御共々、御見事でしたよ。
使いの者が、お釈迦様に向かって合図を送る。
着いたようですね。
そろそろお向かいが来られましたよ。
如意輪観世音菩薩、入っていらっしゃい。
あっ、菩薩様、また会えたぁ、よかったぁ、私、なんとか頑張ってきました。
翔子様、御無事で・・・
本当によかった。
でも、小屋の中で、魔物に食べられるって思った時は、もう覚悟を決めたんですよ。
戸が開いて、仏様のお姿を見た時は、嬉しくて嬉しくて・・・・・
では、翔子様、もう一度入らせていただきますね。
一緒に、帰りましょう。
山道を走る車の中。
翔子様、今日明日は、ホテルで泊まって、明後日の飛行機に乗ります。
市内までは3時間程かかります。
かなり揺れますが、傷の方はどうですか?
大丈夫、まだちょっと痛むけどありますが、大したことないです。
今日は温泉のある所に泊まるので、今晩と明日ゆっくり浸って、治してしまいましょう。
温泉なんですか?
嬉しいです。
その後、早朝にインドの地方空港を出てインディラ・ガンディー国際空港へ。
午前の便に乗って、日本に向かう。
今日の夜には日本に着きますよ。
お疲れ様でしたね。
ありがとうございます。
東京都内のホテルでは、コロンとミーが心配で心が張り裂けそうになっていた。
乗ってるはずの飛行機に乗ってないし、お互いの話から、いくしま童子と闘ったのはママだったし。
如来様からの情報では、ミサイル司令部でも撃たれて瀕死だっとか。
インドのお釈迦様のお力で、傷も治って、今晩戻ってくると聞いてはいたけど・・・
やはり無事な姿を見るまでは、安心できないし。
2人の娘がホテルのカフェで、ママ遅いね、まだ着かないのかな。
もう、22時だよ、如来様、本当にママ戻るの?
御2人共、大丈夫ですよっと言ったその時、エントランスにママの姿が!
飛んで迎えに行く2人、ママ、よかったぁ、心配したんだよ。
もう、悲しくて淋しくて、昨日も寝られなかったんだよ。
2人は涙一杯で、翔子に抱きつく。
ママも、早く2人に会いたかったの、コロン、ミー。
翔子も涙が溢れて止まらない。
3人は、周りの目も気にせず、喜びを分かち合った。
Ⅳ、信じられない連絡
その日は、ホテルのスイートで、豪華な遅い夕食を済ませ、1つのベッドに横になって、語り明かした。
翌朝、部屋で賑やかに朝食を済ませた後のこと、思わぬ呼び鈴がなった。
あっ、私行ってくる。
コロンがドアを開くと、そこに月夜命の姿があった。
月夜命様!
3人が迎える中、月夜命が部屋に入り・・・
皆さん、本当に御苦労さまでした。
正直、皆さんの御働きには驚いています。
予定では、もう2,3日ここでゆっくりしていただくつもりだったのですが・・・
そして、本来なら、全てが終りのはずだったのですが・・・
どうしたのですか?
月夜命様・・・
ごめんなさい、あんなに危険なことをやり遂げてくださったのに。
もう1度、もう1度だけ。
えっ、どういうことなのです、どうか気にせずに話してください。
3匹の大蛇の復活は全て阻止したのに、スサノオが地上に上がってきそうなのです。
えっ、何故?
鎖の封印が解かれたのですか?
と、その瞬間、翔子の頭に、いくしま童子の言葉が浮かび上がってきた。
俺が消えても、今頃仲間が大魔王様を解放し、結局は魔界の勝利になるのだと叫んだと・・・
まさか、酒呑童子が・・・
その通りなのです。
5人の部下と酒呑童子の6人が、何百年もかかって、鎖の根元を溶かしてきていたのです。
普通の鬼を生贄にして、その血を取り、それに酒呑童子とその配下しか吐き出せない毒を吹きかけてきたのです。
2人で1本、交代で全く休まずに、何百年も。
そうか、それで動ける鬼は1匹だけ、3国のうちロシアにしか来られなかったんですね。
では、この後どうすればいいですか?
最後まで使命を果たさないと、意味がありませんからね。
ね、2人ともそうよね。
うん。
有難う、皆さん。
本当に感謝致します。
明日の新幹線で名古屋に、近鉄特急に乗り換えて奈良、そして中宮寺に向かいます。
天照も、中宮寺で合流致します。
今日は1日、このままゆっくりしていてください。
それでは、明日早朝にお迎えに伺います。
第9章、魔王スサノオ降臨
Ⅰ、急遽、中宮寺へ
ママ、せっかく終わったって思ったのにね。
でも、今度は3人一緒だから、心強いね。
だって、ママは鬼を倒した人なんだもん。
そんなことないよ。
あれは、観世音菩薩様の御助力と勾玉(マガタマのお陰よ。
そういえば、如来様が全然御話してこられないんだけど。
守護仏様は、私達がそれぞれ帰国して、落ち着いたのを確かめてから、戻られたのですよ。
でも、また明日、直ぐにお会いできます、多分・・・
魔王のスサノオって強いのでしょ?
ママの御先祖様達も倒せなかったのだよね。
魔界に落とすことしかできなかったって、言ってたよね。
そうねぇ。
きっと、明日どう闘うのかを、教えていただけるでしょう。
でも、コロンとミーを、もう危険な所に連れて行きたくないのよ、ママは。
大丈夫、心配しないで、皆で力を合わせれば、魔王も倒せるよ。
私達が、ママを守ってあげるからね。
ありがとう、2人とも。
さあ、今日はもう寝ましょう。
明日は大変だからね。
うん、おやすみママ。
おやすみママ。
翔子様、コロン様、ミー様、おはようございます。
月夜命様、おはようございます。
皆さん、準備はよろしいですか?
では、参りましょうか。
はい。
今回は、私も御一緒しますね。
タクシーが参りましたね。
東京駅までお願いします。
名古屋で乗り継いで、近鉄奈良駅。
ここからからは車で参りましょう。
もう、迎えが来ているはずです。
中宮寺に行くの、なんだか随分前のことのよう。
菩薩様や如来様にお会いしたのは、ついこの前なのに・・・
さあ、法隆寺の参道です。
降りましょう。
中宮寺の門前では、先日の尼僧が迎えてくれた。
皆さん、よくぞ御無事で。
さ、さ、中へどうぞ。
先日の和室に通され、しばらくの後。
静かに襖が開き、部屋の中が眩しいくらいに輝いた。
天照大神、如意輪観世音菩薩、大日如来、薬師如来、阿しゅく如来と揃っての御成りであった。
さらに、月夜命が入り、大和の国の神と仏が揃ったのである。
天照大神が前に出て、3人に言葉をかける。
翔子様、コロン様、ミー様、本当にお疲れさまでした。
皆さんのお力で、世界は核戦争の恐怖から救われたのです。
数百年続く陰陽師のお力、見せていただきました。
しかし、月夜命が御話ししたように、酒呑童子の画策でスサノオが、もうすぐ地上に舞い戻ってきます。
何とか、それを阻まないと、せっかく取り戻した人間界の平和も崩れてしまうのです。
皆さん、お願いします、もう一度力をお貸しくださいませ。
何をおっしゃるのですか、天照様。
私達3人は、闘うためにここに来ているのです。
それで、どうすれば・・・
先日お渡しして、残っている武器はもう使えません。
今回の武器はこの剣のみです。
この剣は?
翔子様の御先祖様達が、封印の鎖と一緒に作った大牙剣です。
この大牙剣は、八岐大蛇の牙から作られたものです。
でも、この剣だけで・・・
Ⅱ、五百井の聖地
そして、再び観世音菩薩様、大日如来様、薬師如来様が皆さんを守護なさいます。
もう、あまり時間がありません。
さあ、五百井伊弉冊命神社に向かいましょう。
ここは、ママの御先祖様の?
そう、ママのルーツの場所。
でも、もう崩れかかってるよ。
ついこの前までは古いけどしっかり建っていたのよ。
恐らく、魔族の影が張られていた結界を破って、大蛇の楔を持ち去ったから。
私の、この命の源を・・・許せない。
静かね。
これから、魔王が出てくるなんて信じられない。
気を引き締めてね。
大蛇とは、格が違うわよ。
Ⅲ、井戸
でも、どこから魔王は出てくるの?
それは、あの井戸からでございます。
日本にいくつかある、魔界と人間界を結ぶ連絡口。
皆さんが外国に行かれている内に、神が全部封印したのです。
しかし、ここだけは五百井一族の聖地。
一族の思いが結集されて代代伝わる井戸です。
どうしても封印はできなかったのです。
でも、結果的にそれがよかったのです。
もし封印していたら・・・
スサノオの力なら、都市の中に大穴を開けて、魔族の軍隊を引き連れてくること位はするでしょう。
だから、この井戸がある限りは、ここが唯一の通路になるのです。
既に真夜中、水を打ったような静けさの中に、少しずつ地響きのような振動が伝わって来る。
この井戸は、次元の歪の井戸、どんな大きなものでも出入りができる。
魔王はいったいどのくらいの大きさなのか。
あの、酒呑童子達が、束になってかかって動き止めるのが性一杯だったとか。
振動と共に、地響きのような音が加わってきた。
ママ、私達が井戸の中に入れないの?
そんなことしたら、もう戻ってこれなくなるよ。
連絡通路と言っても、この井戸の次元の歪の圧力なら、人間なんて押しつぶされてしまう。
魔王だから、これくらいの圧力は耐えられるの。
音と振動は更に激しくなってくる。
大牙剣はしっかり握って離しちゃだめよ。
魔王の体は鋼鉄並み、しっかり持っていないと、弾き飛ばされるからね。
恐怖を逆なでする音に耳を覆いたくなる。
激しい振動は、立っているのもやっとである。
その時、井戸から、手が出てきた。
来るわよ!
油断しないで!
Ⅳ、最後の決戦
ぐわぁ~、久しぶりの人間界だ。
ついに俺は戻ってきたぞ!
魔王スサノオの復活であった。
な、なんて巨大なの。
それに、まるで鬼そのものじゃない・・・
身の丈、はるかに10mは越えている。
見上げなければ、頭も見えない。
両足、左手には封印の鎖を引きずったままである。
その時、気丈にも翔子が叫んだ。
魔王スサノオ、まだ安心するのは早いわよ。
私達が、あなたを倒して見せる。
わっはっは、たかが人間3人で何ができる?
うん・・・
もしかして、八岐大蛇の復活を邪魔したのは、お前達か?
ということは、いくしま童子を倒したのもお前か?
そうよ、私が倒したのよ。
人間の女が・・・どういうことだ。
まあいい、ならば、今ここで、俺がお前を捻り潰してくれる。
魔王スサノオ、私は五百井一族陰陽師役の血を引く最後の1人。
御先祖様の力を借りて、この場で、始末をつける。
おもしろい、どれだけの力があるのか知らぬが、受けてやる。
後で、後悔するなよ!
その時、魔王スサノオの強烈な右手の一撃が空を切った。
翔子は、すばやく身を屈めて避ける。
そして、思いっきり飛び上がると、魔王の腹に大牙剣の一撃を与える。
ほう、なかなかやるじゃないか、しかも大牙剣を持っていたのか。
もう容赦はしないぞ!
魔王スサノオは両足でコロンとミーを踏みつぶしにくる。
2人はなんとか、かわしながら、足に攻撃を仕掛けていく。
翔子はジャンプを繰り返しながら、腕や腹への攻撃を繰り返す。
3人には、守護仏様の法力で、並はずれた素早さやジャンプ力が見に付いている。
しかし、どの攻撃も致命傷にはならない。
どんどんと3人の体力が落ちていくだけであった。
どうした、もう終りか?
だめだ、こんなこと繰り返しても、キリがない。
そのうちに、私達がやられてしまう・・・
コロン、ミー、どうしよう。
Ⅴ、魔王スサノオの封印
こんなことしてても・・・
あっ、そうだ、あれは封印の鎖よね。
そしてこれは大牙剣。
コロン!ミー!、足の鎖、大牙剣で地面に突き刺して固定してみて。
この地は五百井伊弉冊命神社、聖なる度御先祖様の地、きっと地面にも封印の力が。
私が魔王の気を惹きつかるから、いい?
いくよっ!
翔子が、わざと魔王の正面に飛び上がり、僅かな攻撃を続ける。
もう、止めとけ。
所詮、お前達人間の力はこんなのものだ。
蚊に刺された位にしか感じないぞ。
その間、左右の足の足の鎖を力一杯に引いた2人。
一気に大牙剣で、鎖と地面を固定する。
な、何だ、足が動かないぞ。
こんな地面の土から、何故剣が抜けないのだ!
戸惑っている魔王を見て、翔子は左手の鎖を引き、御神木に向かって力一杯の跳躍。
そして、左手の鎖を御神木に固定した。
これは、どういうことだ、鎖が何故抜けない。
やはり、私の想像は正しかった。
ここは、我々の聖地、この中の全ての物に、御先祖様の封印が残っていたのよ。
おのれ~、皆殺しにしてくれる!
そう叫んで、魔王スサノオは自由な右手で素早い攻撃を仕掛けてきた。
少し鎖の長さに余裕のあった足で、攻撃を繰り返す。
その時、緩んでいた鎖にミーが跳ね飛ばされ、土塀に叩きつけられた。
そのまま、ミーは気を失った。
慌てて助けに向かったコロン。
そのコロンは、右手の激しい一撃で反対側の土塀に叩きつけられた。
コロン!ミー!翔子は叫んだ。
その時、翔子に隙が生まれた。
その隙を、魔王スサノオは見逃さなかった。
素早い右手が翔子を襲う。
翔子をわしづかみにして、目の前にもってきた。
わっはっは、これで万事休すだな。
お前を、このまま、握り潰してから、あの2人も踏み潰してくれるわっ!
ぐぅ、もうこれまでなの?
剣もないし、この手から抜けられない。
コロンとミーを助けないと。
さて、お前の苦しむ顔を見ながら、ゆっくりと体を砕いてやろう。
うう・・・、苦しい・・・意識が・・・
その時であった、五百井伊弉冊命神社境内一杯から、無数の光の玉が湧き上がってきたのだ。
湧いても湧いても、後から続き、境内の地面も空中も一杯になった。
これはなんだ!
魔王スサノオが叫んだ瞬間、その無数の光が魔王を包みこんでいく。
がぁ~、何だ、体が動かんぞ。
そして、天からも一筋の光が下りてきた。
翔子、翔子よ、我は伊弉冊命、この天之瓊矛をお前に授ける。
この矛は、我が下界を作る時に最初に使ったもの、この世で突きさせないものは何1つ無い。
しっかり、握って最後の一太刀を入れるのじゃ。
意識を失いかけていた翔子も、伊弉冊命の声で正気に戻った。
続いて天照の声が翔子に届く。
この光の玉は、翔子様の御先祖、五百井一族全ての魂です。
魔王の弱点は、鬼と同じ眉間、さあ、最後の止めを刺してください。
翔子は握る力が弱まった魔王の手から抜けだし、魔王の頭に飛び移った。
魔王スサノオ、これで最後、全て終りよ!
大きく振りかぶり、魔王の眉間に突き刺した。
ぐあぁぁぁ!
魔王はスサノオは、断末魔の悲鳴を上げ、仰向けに倒れこんだ。
勝った、勝ったのね。
コロン、ミー・・・・・勝ったよ。
地面に降り立った翔子も、その場で気を失った。
Ⅵ、解毒
倒れた魔王を残して、光の玉は一つまた一つと消えていった。
何故か、全ての光が、微笑んで翔子達を祝福しているようであった。
五百井伊弉冊命神社に静寂が戻った。
あるのは、激しい闘いの後と魔王スサノオの亡骸だけであった。
翔子、コロン、ミーの3人の姿も、もうそこには無かった。
ただ、魔王の目・鼻・口等の穴という穴から、どす黒い液体が流れだしていた。
その全てが流れ出し終った時、魔王スサノオの姿はなく、ありし日の須佐之男命であった。
ついに、八岐大蛇の毒が、須佐之男命から抜け出たのであった。
眩しい朝日が境内に差し込む頃には、その須佐之男命の姿も消えていた。
五百井伊弉冊命神社は、昨日と何変わらぬ姿に戻って
第10章、終結
Ⅰ、精根尽き果てて
翔子は満面の笑顔で色取り取りのお花の中を走っていた。
その後を、コロンとミーがこれも笑顔で追い掛けていく。
御花畑の向こうは真っ青な大海原、遥か遠くで空の青さと海の青さが交わっている。
翔子は、仰向けに寝転んで空を見る。
そこに、コロンとミーの顔。
翔子を覗き込む。
ママ、ママ・・・えっ、私夢見てるの?
ゆっくり目を開くと、涙一杯の2人の顔。
ママ、よかった気がついた。
ママ、大丈夫だよね、よかったね。
どうしたの?
まだ、きょとんとしている私を、そっと抱き起こす人。
あっ、月夜命様。
そうだ、魔王スサノオを倒した後、気を失ってしまったんだ。
コロン、大丈夫だった?
ミーは?
2人とも、お元気ですよ。
闘いの傷も、もう完治されましたよ。
ああ、よかった、私はどの位・・・
丸3日間。
そんなに寝ていたのですか?
はい、心身共に限界でしたし、魔王からあれだけ絞められましたもの。
眠っている間に、怪我も全部治しておきましたよ。
ありがとうございました。
3日間も寝ていたのですから、お腹も空いたでしょう。
今、コロン様とミー様が食事を取りに行っておられます。
食事を取りに?
ここは、どこなのですか?
高天原です。
えっ、天照様の?
はい、まだ、お疲れでしょう。
3人で食事をして、落ち着かれたら、天照のところに行きましょう。
それにしても激しい闘いでしたね。
覚えていらっしゃいますか?
まさか私も、五百井一族の魂が・・・
それに、私達のお父様、伊弉冊命までが・・・
とても、驚いています。
まさに、総力戦でしたね。
本当に、魔王に握り潰されそうになった時はもう・・・。
でも、私、魔王になってしまったとは言え、天照様の弟君を亡き者にしまったのですよね。
あっ、そうか、翔子様はまだ御存じなかったのですよね。
何をですか?
いいんですよ、後でわかりますから。
Ⅱ、姉弟の和解
翔子様、どうですか、出れますか?
はい、準備できました、行きましょう。
・・・これが、高天原・・・
どうです、のどかでいいとこでしょう。
あそこが天照様の社所です。
ほほほ、そのお顔、いいんですよ。
貧相で愛想のない建物でしょう。
い、いえ、そのような・・・ただ、素朴でシンプル・・・と言うか。
まあ、上手におっしゃいますこと。
いいんですよ、貧相なんですから。
神には、装飾など必要ないのですよ。
どうぞ、お入りくださいね。
天照さまは奥の部屋におられます。
入り口のような広間を抜けて、翔子の前にいる月夜命が襖に手をかけた。
少しだけ襖を引いて、月夜命が部屋の中に声をかける。
御姉さま、翔子様をお連れしました。
どうど、お入りください。
開かれる襖に合わせて、どんどんと光が漏れてくる。
全て開かれた時、翔子は目を見張った。
外観からは想像のできない程の広々とした部屋である。
しかも、電気の様なものは一切ないにもかかわらず、晴天の昼間のような明るさであった。
ようこそ、翔子様、ささ、こちらへ。
ありがとうございます。
月夜命に続き、天照の前に進んだ。
その時、翔子は天照の横に鎮座する男性の神を見た。
あっ、あなた様は!
天照は嬉しそうに答えた。
そうですよ、須佐之男です。
須佐之男命様、御無事だったのですか?
はい、あなた様に止めを刺された後、八岐大蛇の毒が流れ出してくれたのです。
お陰様で、元の私に戻ることができました。
こちらに運ばれた後、高天原の神々に手当てを受け、今はこの通りです。
神である私が申すのもおかしいのですが、あなた様は、私の命の恩人ですよ。
人間界を破壊することも無く、天界に戻ることができました。
本当にありがとう、礼を言います。
そんな、もったいないお言葉。
それにしても、よろしゅうございました。
天照様の弟君を亡き者にしてまったという私の重荷、今す~と消えました。
そんなことを、翔子様は、人類を救うため、そしてこの天界を救うために闘ったのです。
それなのに、私の弟を・・・無理な使命などを押し付けた上に、本当に申し訳ないです。
い、いえ、そんな、困ります。
ふふ、ははは・・・部屋の中に笑いが広がっていった。
元々この須佐之男は、私とのささいな諍いから、この高天原をめちゃくちゃにして、追放されました。
その後、降り立った地で八岐大蛇を退治し、後は翔子様も御存じのお話です。
実は、私と須佐之男は、まだ和解をしていなかったのです。
しかし先ほど、須佐之男からの謝罪があり、二千年以上を経て後に姉弟共に和解ができました。
まさか、この様な時が来るとは、想像もしていませんでいた。
私を始め、大和の全ての神々が喜んでいます。
翔子様とお2人の娘御には、感謝してもしきれません。
Ⅲ、神々の祝福
そなた、娘様お2人をお呼びして。
天照は、控える共の物に指示をした。
姿を見せ、驚く2人に、お母様の横にと導いた。
さて、翔子様、コロン様、ミー様、この度は本当に御苦労でした。
大和の神々、観世音菩薩様・大日如来様をはじめ大和にいる御仏の皆さま方、そしてお釈迦様をはじめとする大陸の御仏の皆さま方全てが、3人の活躍を称賛し喜んでいます。
今一度、私、天照大神が代表してお礼を申し上げます。
そこで、3人には、なにか褒美を授けたいと思うのですが。
天照様、私は先祖から繋がる使命を果たしたのみ。
お陰様で、最後の最後に、ご先祖様の皆さまとも合うことができました。
あの光の玉、私には、光の中に1人1人のご先祖様の顔を見たのです。
私は、ご先祖様にも守られているのだと実感しました。
更に、神様、菩薩様、如来様、お釈迦様、人間がお目に掛かることができるはずの
無い皆様ともお会いしお話ができました。
それが、何よりの褒美でございます。
ただ・・・ただ、望みと云えば・・・2つ程・・・
何ですか?
構いませんよ、遠慮なくおっしゃってください。
ありがとうございます。
では、何も変わらない元の生活に戻りたいです。
私は人間、コロンは犬、ミーは猫、この生活です。
そして、人間界には避けられない定め、寿命というものがございます。
その寿命を全うした後、また3人で次の世界に進みたいのです。
その時は、今のような親子として・・・
翔子様、あなたはこの神の国に立ち入った人間です。
そして、神しか入れない温泉にも入ったのですよ。
更に、決して人間には乗ることのできない、お釈迦様の渡し船にも乗りました。
その寿命とかが切れた時は、3人共今の姿で、この天界に来ればいいのです。
皆さんの大好きなお花畑も、大きな森も湖も、きれいな空もここにはあります。
この地で、我々と共に、末長く暮らしましょう。
どうですか、これで満足していただけますか?
ありがたき幸せです。
本当に、ありがとうございます。
良かったね、コロン、ミー。
エピローグ
Ⅰ、平穏な日々に
コロン、おいで、お散歩行くよ~。
ミー、お留守番お願いねぇ。
今日も暑いね、コロン。
もう、バテバテになっちゃう。
いつもの池のベンチで少し休んでいこうね。
ベンチに座って、夜明け前のホーチミンの下町。
いつも2人でボーと見つめてる。
それにしても、あの数日間は夢だったのかな。
神様や仏様も夢の話だったのかな。
私のパスポートには、しっかりロシア・インドの押印が残っているし。
まあ、どっちでもいいね、コロン。
今はこうして、幸せに暮らしているんだもの・・・
その日の午後、一つの報道が世界を驚かした。
3つの核大国、アメリカ・ロシア・中国が核の廃絶を宣言した。
そして、その他の核保有国にも、強力に廃絶を促し合意に至った。
ついに、核兵器の無い世界が実現されるのだと。
全世界の人々は大いに歓迎したが、何故急にと不思議がった。
その後、世界が核戦争勃発寸前にあったとの情報も世界に流れた。
何故回避できたのか、3カ国の報道官は、まじめ且つ真剣に、悪魔の企みを救世主が現れ、経ち切ってくださったと発表した。
アメリカ合衆国では姿の見えない神か人、中国では一瞬目撃された少女、ロシアでは関係者の目の前で鬼と闘かい、更に軍司令部で核ミサイル発射を阻止し負傷を負った女性の後を追っている。
特にロシアに残った血痕から普通の人間、そしてDNAから日本人ではと推測されたからである。
3カ国の共通の考えで、これは隠ぺいしてはいけないとの結論に達した上でのことだった。
しかし、ただ1つ、公表をしていない事があった。
それは、各会議室の監視カメラの映像であった。
アメリカ合衆国では、一瞬大蛇の恐ろしい姿が映りだされていた。
中国では、どちらも一瞬だが、大蛇と少女の姿が。
しかし、何故か少女の顔は2人の人間の顔が重なったような感じでぶれていて、はっきりとの判別はできなかった。
ただ、ロシアの大統領府会議室の映像は関係者を驚愕させたのである。
大蛇の出現から消滅、不思議な女性と巨大な鬼の闘いの一尾始終が映っているのである、ただ、ここでも女性の顔ははっきりしなかった。
鬼を破った直ぐ後、女性はまるで4次元空間に呑まれるように姿を消した。
しかし、ロシア戦略ロケット軍司令部における監視カメラに映った映像は違っていた。
コンピューターを破壊している女性の顔は鮮明に映し出されていたのである。
発砲後、銃撃を受けた女性が機械の影に隠れたので女性の姿は見えなくなったが、機械の影から大量の血が流れてくる様が映っていた。
直ぐ後に、兵隊が回り込んで機械の後ろを調べたが、その時は女性の姿は消えていた。
その後の調べで、廊下から外部にまで続く血痕を発見、基地から脱出したものと思われている。
それ故、プーチン大統領は救世主の救出を願ったのだが。
コーヒー飲みながら、核廃絶のニュース見て、横で寝ているコロンとミーに良かったねって。
ゆっくり顔を持ち上げたコロンとミー、翔子に目で笑いかけていた。
Ⅱ、その後
世界から核が無くなって、15年後。
3人が暮らしていた、ベトナムの家には、違うベトナム人の一家が暮らしている。
3人共、もう人間界に姿はなかった。
お花畑の中で寝そべる母親と娘が2人。
ゆっくり起きあがって湖畔に向かう。
母親の作ったお弁当を食べながら大きな湖を眺めて、きれいだねって微笑み合い、そして笑いに。
天照大神は約束を果たし、コロン・ミーを人間に戻し、翔子との3人家族を受け入れたのであった。
高天原に来た新しい3人の住人は、どの神が見ても、幸せそのもので、行く先々で笑いが絶えない。
そして、コーヒーとかサンドイッチとか、様々な見慣れぬ飲食物を振る舞い、その美味に神々を驚かせていた。
余談・・・
ロシア大統領の最優先命令により、救世主の居所を必死で探索していたロシア連邦保安庁(KGB)が、ついに謎の女性を発見したとの報告を大統領にしていたのである。
東南アジアのある国で、彼女の命が燃え尽きる寸前のことであった。
急ぎ、世界の関係者が秘密に面会に向かった。
誰が行ったのか、面会できたのか、その時の話等、一切公開されていない。
ただ、既に無くなっている愛犬と愛猫の写真を抱きしめ、その者は笑顔で息を引き取ったとされている。