第4話 理性と感性
第4話 理性と感性
武治たち4人が集落に辿り着いたのは、2028年の初夏のことだった。人間の訪問は珍しく鎮也の時以来のことであったため、住人の全てが出迎えた。全ての住人が出迎えたのは人に対する懐かしさもあったのかもしれない。
21人の住人のリーダーは大介(52歳)で、この集落の近隣で産まれて育ち、妻の幸子(36歳)と長男の歩(あゆむ12歳)、長女の初音(はつね8歳)と暮らしている。大介は高校卒業と同時に父親のもとで農業に従事したので、世間一般の知識とか世渡りの方法とかについては疎かったが、人がよいために人望は厚かった。大移住の時も南へ移るチャンスは何度もあったのだが「ここに残ると言っている人が一人でもいる限り、おらも残るだ。ええな幸子」と言って出来るだけ山の奥へと移り住んでいったのであった。その時一緒に山奥に移ったのが今の住人20人で鎮也を加えて21人となっている。
武治たちがこの集落に住むことを望んでも「はい。そうですか」と簡単に受け入れるわけにはいかない。住人たちにも猜疑心があって、自分たちを南に移すための手先ではないかという疑惑を捨て切れないのだ。どうしようかと話し合った結果、大介とコウが4人と面談を行い、受け入れの可否はその二人に任せようということになった。
武治は隠すことなく覚えている限りの体験談を話し始めた。大介も最初は「ふむふむ」とか「それは酷い」とか相槌をうっていたが、どんどん理解し難い話の内容について行けなくなった。コウにしても全てを理解しているわけではなかったが、コウの思考方法の1つに“全ては真実だ”というものがある。相手の話や事象を全て正しいという前提で情報を集めて思考を巡らせるのだ。相手が嘘をついている場合や事象の証拠がねつ造されたものである場合、必ず矛盾が出るはずだと考えている。矛盾にも2種類あって、1つはお互いの価値観が衝突した結果の正悪不裁、つまり正か悪かでは裁くことのできない矛盾である。これは本来矛盾とはよばないのだろうが、現象として見れば矛盾と同一である。お互いが正しいと言うのだから、どちらかが悪のはずなのである。1つは自己矛盾である。考えが及ばないのかなんらかの意図を持っていると自己矛盾が起こると思っている。それからいくと、武治の話した内容はいくつもの謎はあったが、自己矛盾はみつけられなかった。こうやってコウは武治らの体験情報を集めた。その時説明に詰まる武治を懸命にフォローしていた大輝も微笑ましく思えた。むしろ、大樹に説明させた方が早いのではないかとさえ思われた。大介の武治らに対する印象は良好で、受け入れ可であり、コウも不可とする理由はなく、結果として武治らは住人として受け入れられることになった。人口は増加して25人となったのである。
武治らの住居を用意することになったが、元々1つの建物に全ての住人は寝起きしていた。建物は小学校だったもので、木造建築の2階建てであった。中学校も候補に挙がったがこちらは鉄筋コンクリート造りで改築や修繕が難しかろうということになったのであった。資材は街中に余るほどあったから教室を改装して暮らし易くした。冬には断熱材を配置し、夏には風通しをよくした。なにしろ電気が通じていないのだから皆の創意工夫が暮らしの快適さに大きな影響を与えていた。
建物には余分な部屋がいくつもあり、武治らの住空間は1日で完成した。初夏であったのが幸いして大きな作業はベッドを含めた寝具の調達だけであった。内装は追々整えようということになっている。喜んだのは大輝・道岳・夢で今日から自分のベッドで眠れることが、よほど嬉しかったようだ。
これで1つの建物の中に5つの住空間ができた。
1、コウ(62歳)、鎮也(28歳)
2、大介(52歳)、幸子(36歳)、歩(12歳)、初音(8歳)
3、忠(72歳)、礼子(42歳)
4、60歳~95歳の男5人。女8人。
そして
5、武治(49歳)、大輝(12歳)、道岳(11歳)、夢(9歳)
であった。
忠は医師で、礼子は忠の娘で看護師である。大部屋の13人は、皆でいる方が寂しくないという理由で大きなトラブルもなく共同生活を営んでいる。
その夜、鎮也はコウに尋ねていた。
「どうして、武治さんたちが悪い人じゃないと分かったのですか?」
「わかったわけじゃないよ」
「それではどうしてここに受け入れたのですか?もちろん反対しているわけじゃないですが、コウさんの判断方法を学びたいのです」
「1つの方法だけど、理性によって可能性を探って、感性で決断するというところかな?」
面談は大介とコウによって行われたが、他の住人もオブザーバーとして会話を聞いていた。鎮也は会話の内容もコウの判断も理解するまでに至っていなかったのである。
「あんなに謎ばかり持っていたじゃないですか。僕なら怪しさ満載で信用できないな」
「う~ん、それじゃあ鎮也に聞くけど、鎮也は謎を持っていないかな?鎮也は自分自身のことを全部知っているのかな?」
「え?どうなのかな~?………確かに自分でも知らないことがたくさんあるような感じがする」
「そうそう、それが当然で、知らないこと自体が謎だと思うよ。謎を知らないことと定義するとこの世界は謎ばかりだよね。だから謎を持っているからといってその人が怪しいとか疑わしいとはならないと思うよ」
「そうするとこの世界は知らない事、謎ばかりで何も出来ないのじゃ…」
「そこだよ。だから人は基準を持つのだと思うよ。誰かに教えて貰ったり、自分で考えたりしてね。でも今日は基準そのものの話しは止めておこう。話が脱線するから」
「それじゃあ、コウさんは確固とした基準を持っているんですね」
「それは無理だよ。そんな基準は持てないよ。そもそも絶対的な基準などないと思うからね。やはり基準の話しはいつかということにして、謎についての話に戻すね。謎は無作為の謎と作為的な謎が存在すると思うのだ。無作為の謎は森羅万象をもって偉大な謎だ。これは適わぬとも解明に挑戦して生きがいの友ともなるものだ。一方、作為的な謎は人が誰かを貶めようと画策するものが多い。悪意を持って何かを為さんとしているとしか感じられないのだ。ところが、作為的な謎には作為の矛盾が何処かに存在する。それを見つければ、謎の正体を探しやすくなるのだ。無作為の謎にも矛盾が潜むが、往々にしてそれは謎を解いている自分の勘違いが多いし、無作為の矛盾は美しい。ここまでは訓練すれば自分の理性で考えられるが、決断となるとそうはいかない。最後の決断は感性あるのみだ。理性で決断はできないのだ」
コウも興にのると熱弁に近くなる。
「いつもと違うね、今日のコウさん。もっと冷静で論理的に説明してくれるのに最後は感性だなんていうから」
「人とはそういうものだと思うよ。理性は付け足しでメインは感性なのだ。ロボットで説明しよう。ロボットをセンサー部と中央制御部に分けてみると、どっちが大事かわかるかい?」
「う~ん。両方だと思うけど…」
「その通り。両方大事だ。問題なのはロボットがセンサー部と中央制御部の役割を完全に2分して分担させていることだ。そうするとセンサー部から大量の情報が流れてくると中央制御部は演算や制御ができなくなるからセンサー部と同期を取らなければならない。つまり、ロボットは中央制御部=理性が優位な道具だから自ずと中央制御部の性能が限界となる。人は理性部と感性部が混交しているというのが、わたしの持論だ。すると感性で得た情報を感性で処理することもできる。理性で処理できなくとも結論即ち決断が感性だけでも降せるということになる」
「よくわからないけど、それが武治さんたちとどう関係するの?」
「つまりだ、理性で謎を考え感性で決断を降したということだ」
「なるほど、つまりは、武治さんたちの話す内容の謎がわからなかったから、感性で受け入れを決めたということ?」
「そういうことになるが、少なくとも彼らの謎は彼ら自身の作為ではないということは分かる。余りにも謎が支離滅裂で、悪意を感じさせないのだ。だから彼らは信用できると思ったのだ」
コウは「明日から彼らの謎の体験を解明するぞ」と言って眠りに就いた。