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確かに恋だった

作者: 朱月夷緒

【確かに恋だった】



 嫌いな人間の嫌いな部分は、自覚の有無に関わらず自身も持ち得ているものだ。

 例えばそれは親や知人の個性でもあるのだろうが、人間ひとりひとりには基準がある。甘受できる範囲が広いか狭いか、だ。

 そもそも他人に対して許容範囲などという、上から目線な物の考え方をするこの社会的動物は、人間であるだけで面倒なものだ。

 しかしそれを持たぬ人間こそ、もっとも厄介とも言える。


 超大国の中で最も国土面積が狭く、海もなく、山らしい山もない。そんな資源に恵まれない国、ブランカの郊外。

 煉瓦造りの豪邸は見事な庭園を持ち、家柄の良さを感じさせた。

 三階にある角部屋は、この家の令嬢の私室である。

 明るめの茶髪が、かけていた左耳から一房落ち、顔の前に陰の線を作った。

 右手でペンを動かしながら、反対側の手でかけ直す。そのまま左手は動かなくなり、頬杖に近いポーズを保っている。この間、少女の視線は問題集とノートしか往復していない。

 来る学年審査に合格し、来月からは次学年の予習を始めなければならない。彼女の考えは握っていた先に伝染し、ぐっと力を入れてしまえば先端の芯がか弱く折れてしまった。

「っ……」

 そのタイミングで、三回のノックが聞こえた。

 苛立ちを込めた小さな応答をしたが、相手は気付いているはずだろうに、素知らぬ顔で室内に足を進めた。

 白を基調にした部屋は広く、ドレッサー、ウォークイン、ベッドと続き、隅に置かれた勉強机に彼女は向かっていた。近くに放り出されている女学校の鞄は開けられた形跡がなく、手にしている問題集の難度から授業のレベルはすでに突破しているのだろう。

「少し休憩なさってはいかがですか、オフィーリアお嬢様」

 黒髪に端正な顔立ちをした執事服の青年だった。オリエンタルな雰囲気の存在感ある(執事として美点かどうか不明だ)彼を、オフィーリアはブラックと呼んだ。

「私が何のために、必死に勉強しているのか。本当の理由を知っているはずでしょう?」

「はい」

「じゃあ、ブラック。二度とそんなこと言わないで。休憩は私が判断するわ」

「……出過ぎた真似をいたしました」

「本当よ。その顔でそんな浅はかなことを言うなんて」

 ブラックの社会的地位は、ここブランカ国ではほとんど最低に近い。圧倒的な貴族階級が物を言うこの世界で、その頂点ともいえる『特級貴族アッシュ家』に仕えることができるなど、奇跡もいいところだ。

 それは偏に、アッシュ家の令嬢オフィーリアのせいでありおかげだ。

 ブラックの外見はどうやら、彼女の想い人に似ているらしい。彼女に気に入られた結果、ブラックは身の丈に合わない高い下駄を履かせてもらっている。

 彼女の物言いにやや棘があるのも、まずは彼に似ている顔で浅薄な言動をしないで欲しいのだろう。それはブラックにも理解できた。

 あとひとつは、完全にブラックの憶測なのだが、彼女は他人に向けるべきすべての感情を、想い人である彼に注ぎ込んでいる気がするのだ。要は、彼以外に彼女は他人に対して一点の曇りなく興味がないのだ。

「私はね」

 ふと言葉を発した彼女に、反射的に応答する。問題集から顔を上げる気は未だにないようだ。ブラックが部屋に入って以来一度も交わらない視線は、彼女が睨めつける冊子の遙か向こうを見ているようだった。

「彼のそばにいたいの。あの宮廷人形を、私だけのものにしたい。彼に相応しいのは世界で私しかいない」

 ブラックは確定させた。彼女の想い人の正体をはっきりと見据えることができた。彼女の言葉を借りるなら、宮廷人形の名に相応しいのは世界で彼しかいない。

 近くにあったドレッサーの鏡に映る自分の顔を眺めたブラックは、納得した。この国では珍しい黒髪やその他パーツが、どことなく似ているのだろう。

 それでもどことなくだ。彼の方が優れて綺麗な顔をしている。

 今日のノルマをクリアしたのか問題集を閉じた彼女は、ブラックを見つめてにっこりと笑んだ。

 しかしその笑みは、ブラックに向けられたものではない。

「アーサーさま……」

 ついに彼女は彼の名前を口にした。ブラックと彼を重ねている。

 十二、三歳の少女の言動ではなかった。明るめの茶髪も、紅い瞳も、平均よりやや下回っている小柄な身体も、すべて年相応の愛らしさがあるというのに。

「……最初は、私を好いてくれたあなたが好きだった」

「…………」

「いつからかしらね? 恋が執着になったのは」

 今も鏡に映る自分の顔を一瞥しても、彼女の求める彼とはほど遠い。

 家柄も、才能も、頭脳も、それこそ、顔も。

「ブラックは許せる範囲なの」

 随分と上から目線な発言だった。

 ブラックは実際、雇い主の娘なのでそれでも構わないと思っている、しかし手に入らない彼の代わりにされているのだ。どう足掻いても代わりは代わりなのだ。

 彼女は椅子から立ち上がり、ブラックの元へ歩いた。彼女曰く許せる範囲の顔を手のひらでなぞり、再度アーサーさまと呟く。

 その行為はまるで、

「……まるで自慰的行為ですね」

「……そうね。ブラックを代わりにして意見を許さなくて、私の嫌いな人形扱いだわ」

 嫌いな人間の嫌いな部分は、自分の一部だ。


 恋を執着にすり替えた時点で、代わりの人形ではもう満足できなかった。





end.



*******

ブラックは本名ではありません。黒髪→ブラック。


title by 確かに恋だった

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