目の前のキミ
バサッ。
またか。後頭部に当たる感触を感じつつも、俺は伏せたまま前の気配を探る。程なく頭の後ろ辺りにプリントの端が当たる。地味に痛い。やめて欲しい。
なんだかもう半分意地みたいになっている。席替えでようやく前後になれた彼女は見事なまでに俺に興味が無いようで、何気なく話しかけようとしてもその隙を与えない。話しかけたつもりが独り言になってるのは良くある。良くありすぎて泣けるくらい。
後ろになれたおかげで分かってきたことは色々ある。仲が良い友達に向ける表情とか、歴史の授業が好きみたいであることとか、姿勢がいいってこととか。
でも、彼女の視線が俺に向くことはほぼ無い。
トントンという肩への軽い衝撃を感じ、俺は伏せた腕の中で目を開けた。そろそろ起き上がらないと、只の面倒くさいヤツだろう。良く寝たぜーみたいな空気を出すために伸びでもするか、そう思ったとき。
「佐藤君」
思ったより近いところから声がしたのと同時に後頭部に手のひらが乗ったのを感じて、俺は飛び起きた。
やばい、絶対おかしい人間だと思われてる。だって絶対今、俺の顔、真っ赤。
「あ、ゴメン。プリント」
ほら、戸惑ってる。せっかく合った視線は静かに外された。
「……どうも」
なるべく普通に聞こえるようにそれだけ言って、差し出されたプリントを受け取る。
彼女の手が触れたプリント、とか思っちゃってる辺りかなり重症なんだと思う。
いつかその手に触れたい、とか言っちゃっても良いかな。机にひじを突いて手の平でゆるんだ口元を覆って、前を向いてしまった彼女の後頭部に視線を送った。