猫の舌
私に小説サイトを教えてくださった方たちはチャットの友人である。私も文章の勉強になるかと思い筆ならぬキーボードを叩いてみた。これがなかなか頭を使う作業で、また他人から批評をもらうと嬉しくなるのでなんとか二作品書き上げた。小説というのが私にとっては「仕事」や「作業」といった義務的なものもあるが、想像を膨らます楽しい知的快楽の場でもあるように思う。
この随筆を書こうと思ったのは文章の勉強の一つとして、とりあえず<書く>という作業をワンランク上達させるためである。だから題材も気ままなものにしたし、第一ほとんど家にいるから中身も家に関したものが多くなると思う。読者諸氏にはあまり面白い話ではないだろうが、コーヒーブレイクのつもりで読んでもらえたら幸いである。
時に・・・
我が家には三匹の猫がいる。二匹は黒の雑種で兄妹、もう一匹は茶トラで尻尾が短い。猫を貰い受けた頃は粉ミルクと猫用の缶詰少々に飯をまぶしたものを食わせていた。飯時になるとみゃーみゃー鳴くので、それがなかなかかわいいじゃないかと思っていた。ところが猫というのは雑食なのである。少し年を取ったころになると、ネズミやスズメの惨殺死体が日常の茶飲み場にころりとおいてあることがあった。一瞬何がどうなっているのかわからないので、赤色にそまった骨の山を見たときはまったくもって何がどうなっているのかわからず、あとになって悲鳴を上げるというのが常であった。
まあそれでも元気に暮らしてきたし、大病もそれほどしなかった。猫のいる生活というのは家庭に一つの灯を照らすかのようで暖かい。たとえ人間の家族が冷め切っていても、猫の顔を見れば誰もが頬を緩めたものだ。
と、ここまではよかった。茶トラのほうは後から来た猫だからあまり不平を言わぬが、黒猫二匹には少々困ったことが起こった。
親が60の坂を越えたとき、猫も同時に老けた。そして、歯槽膿漏がたたってなかなか食事がうまくいかない。三月に一度、動物病院に連れて行って痛み止めを打ってもらう。こうして老猫二匹は食欲を回復した。しかし、缶詰を与えてみてもそっぽをむくばかりであまり食べない。ドライフーズは食べるがそれも腹の足しにと割り切っている様子だ。
ある日、寿司を食っていたら雄猫がやってきて前足を人の手につんつんとあてがう。親父が振り向くと、足の上に乗って寿司を食おうとするので、親父はマグロを一切れ犠牲にした。雄猫は美味いとばかりに食ったが、親父はシャリだけを食う羽目になった。
マグロが終わるとまた手を出してくる。今度はサーモンが取られた。親父はシャリだけを食べながら、
「口が奢りやがった」
とぼやいた。
そうして、ある時は刺身、またあるときはアジの干物と人の飯を横からもらい、ついには味噌汁の油揚げ、ポテトチップス、ショートケーキ、食パンと人間が食べるものに関心を向けるようになった。その分、猫用の食事に気持ちが行かなくなったようだ。確かに猫の缶詰にもカツオやマグロ、鳥のささみなどが入ってはいるがやはりそれぞれ臭みがある。特にカツオなどはほかの刺身よりも臭みがある。だからワサビではなく生姜醤油で食べるのが習わしになっているのだろう。しかし、猫の缶詰には生姜醤油はないので食べる気がしないらしい。
マグロにしても鳥にしても所詮はくず肉の寄せ集めである。一度、ビンナガマグロの中トロを食べた身としては、もはや猫のそれに関心など示すはずがない。缶詰を嫌うようになってからはもっぱらボンレスハムである。しかも、どこそこ高原のなんとかハムという、ちょいとお高いハムが好きらしい。しかし、ハムも何十枚とあるわけではないから一日二枚。それとドライフーズ少々、水たっぷりという生活スタイルになった。
しかし、食欲はあるのでがっついてくれるだけ飼い主としてはありがたいのだが、また困ったことが起こった。
我が家には一年に一回、静岡県伊東市からアジの干物がたくさん届く。このアジの干物は天然のアジを開いて、天日干しにしたものだ。美味しんぼ風にいえば<本物のアジ>というわけである。天日干ししたアジはイノシン酸だかアミノ酸だか知らないが、うまみ成分が活性化してともかくも美味い。このアジが届いて早速食そうと思ったら、例のごとく黒猫二匹がやってくる。そうして親父とお袋のアジは半身を取られる羽目になるのだ。このアジがなくなると金目の干物に手をだし、カマスも食った。そして、我が家から天日干しのアジが消え機械干しした養殖のアジが食卓に並ぶと、匂いを嗅いだら、
「不味い」
とそっぽを向かれる。干物だけではない。刺身でも、養殖の赤みよりトロのほうが好きだ。あるとき、スーパーで天然クロマグロと書かれた赤身に出会った。物見遊山で買ってみたところ確かにそこらの赤みより味が濃くてうまい。そして、その匂いを嗅ぎつけて猫がやってくる。親父も人がいいから赤みをいったん咀嚼してそれから猫に出す。猫もこれは美味いと舌鼓を打つ。ここまではよい。その後、他の赤みは水っぽくて食えないとばかりに食べなくなった。
こうして我が家の猫どもはいわゆる食通になり、出先の家でずうずうしくもちくわなんぞをもらうようになってしまった。
「どうしたもんかね」
と尋ねると、親父は、
「仕方ないだろ。そうなっちゃったんだから」
という。そうなっちゃった原因は多分、人間が食う特上のものをあげた父である。そして、朝6時になるとこの食通どもが飯だと叫ぶ。そのたびに私は何とか高原のボンレスハムを片手に、眠い目をこすりながらハムをちぎってやるのだった。
<了>




