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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

タンス敷本

掲載日:2026/06/17

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うわ、このタンスの引き出し、本がみっちり……本棚に入りきらない分を、ここに入れているわけか。すごいもんだねえ。

 アナログにはアナログのよさがある、とはいうけれど重さやスペースの問題は、どうしても避けられないよねえ。すべてにおいて万能、というのを作り出すのは並たいていなものじゃない。だからこそ取捨選択の大事さ、楽しさも生まれるんだろうけれど。

 紙に文字を記す。これ、つくづく文明の大発明のひとつだと思う。これまで口伝えばかりであったものを、内容の変質が少ない状態で残せるわけだからね。

 誰かの口を経た情報は、その人の能力や考えによる影響を受ける。伝言ゲームみたいに、最初から最後まででずいぶん形が変わるのも珍しくない。その点、筆記ならば少なくとも記した通りのことは確実に残るわけだ。

 そして、長く形を残すものだからこそ、思わぬことが起こる余地も生まれるのかもね。

 タンスと本についての、妙な話なのだけど聞いてみないかい?


 このように、タンスの引き出しへ本を入れること、実は僕のおばさんもやっていたらしい。

 おばさんは読書家とのことだけど、同時に物を捨てることに抵抗がある人とは母の談。たとえ読み終わって全然開かない本であっても、処分することはせず、ずっと手元に置いておきたいタチだと。

 まあ、分からなくもないかな。多かれ少なかれ自分がかかわったものだし、思い入れを持つのはおかしくないだろう。もちろん、道具は道具にすぎないと、きっちり切り替えて片付けられる人もいるとは思う。

 そうしているうちに、大小の本たちが棚を埋め尽くしていった。厚さや高さを考慮し、棚の奥の深さまで考えて、二段三段と壁を作っていくおばさんだったけれど限度がある。

 そこでタンスへの収納を考えた。湿気対策で、下段に新聞紙を敷き詰めてあふれた本を並べていくおばさん。

 下手に床へ転がし始めれば、それは混沌の芽生えといえる。いったん楽へ流れると、また元の状態や心持ちへ戻すのに並々ならぬ努力が要るもの。どこかで律しておかねばならない。

 このタンスは底辺に至らないためのセーフティ。身内だけなら恥も外聞も知られないし、当面の解決手段としてまずは安心していたおばさんだった。


 そうして少し経ち。

 おばさんの友達が本を貸してほしいと申し出てきた。おばさんの持っているものの中でも古めなやつで、タンスへ入れた記憶のあるものだったらしい。

 すでにおばさんのほうから、何度か本を借りている相手だ。ことわるのは人情にもとる。

 翌日には持っていくことを約束し、いったんは帰宅したおばさんは、さっそくタンスをあらためにかかろうとした。

 少し間が空いたとはいえ、久々に手をかけた引き出しは重い。ずりずりと右へ左へ、交互に力をこめながら、中身を引き出していく。

 詰められた本たちは、いずれもお店でつけてもらえるカバーに守られている。本の表紙が汚れることも、おばさんにはストレスだったからだ。そのぶん、目的の本を探すにはいちいち中身を開いて確かめなくてはいけない。

 とこしえにしまっておくなら問題ないが、リクエストのときは少々手間だったな、とおばさんは思った。


 けれども、実際にはそれ以上の面倒がおばさんを持っていた。

 おもむろに、一番手前の列に並べられた一冊を手に取ろうとするも、新聞紙から本が離れようとしない。

 早くも新聞紙が湿ってくっついたか、とも思ったけれど、はみ出ている紙面はざらつきさえあるが、きっちり乾いている。

 表紙と裏表紙をはさんで、ぐっと引っ張ってみても底の新聞紙が一緒にくっついてくる始末で、やむなくおばさんはハサミを手に取った。本をできるだけ傷つけないよう、そっと刃をあてがいながら紙同士の蜜月を終わらせていく。

 そうしてようやく切り離したものの、難儀はまだ片付いてはいなかった。パラパラとページをめくっていたおばさんは、いくつかのページの抜けに気付いたからだ。


 100ページあたり、2、3ページくらいのペース。ページ番号が振られていたから判別はすぐにつくも、外し方は丁寧そのもの。いっさいの破れ目も残していない。

 読書家のおばさんとて、本のどのページに何が書かれていたかの記憶は管轄外だ。抜けていることは悟れても、それが何だったかは把握できない。


 ――これ、貸す本も同じ目に遭っているんじゃあ……?


 そう考えると面倒がってもいられず、おばさんはお目当ての本探しを継続する。


 いくつもの本を切り離し、確認を続けるおばさん。

 友達に頼まれた本は、引き出しのだいぶ奥にあった。これまで引っ付いている本と、さほどでもない本の二通りを経験している。そして前者はいつも抜けているページがあり、校舎はその反対だ。

 あっさり手の中へおさまった本の、表紙をめくってみて、目指していた本であることに最初は安堵したおばさん。

 けれども、念のためにパラパラとページをめくってみて、愕然とした。


 白、白、白……たっぷりの白紙が束ねられていたんだ。文庫本1冊まるまると。

 摩擦、色褪せ、削り取り、そのいずれでも、こうもきれいな抹消はできないだろう。紙は印字前であるかのように、まっさらな状態だったのだから。

 信じられない、とばかりに今一度最初へ戻ってめくり直してしまうおばさん。

 やはり真っ白、と文庫の半分ほどまでは確かめたけれど、その先はこうもいかなかった。

 パラパラ漫画のごとく、ページをめくるたびにどんどんと紙に文字が浮かんでくるんだ。

 見慣れない直線と曲線の組み合わせ。知っている文字列ではない。それがページをめくるたびにどんどん鮮明なものとなって、おばさんの目へ飛び込んでくる――。


「ありがとう、借りるね」


 おばさんが、ふと我に返ったとき。約束していた場所で、友達が自分から本を受け取るときだったのだとか。

 後で知ったのだけど、おばさんはあの本をあらためてから、この友達に接する瞬間まで、一切の記憶が飛んでいたとのこと。ただし、家族に聞いてみても誰もおばさんに不審な点はなかったと話した。

 例の本を受け取った友達がきびすを返しかける。あの文字列が浮かんでいたら、ろくなことになりはしない、と直感したおばさんは肩に手をかけようとしたけど、触れたとたんに悲鳴をあげてしまう。

 静電気がなすそれと、そっくりの激痛が走って思わず手を引っこめてしまったんだ。友達はおばさんの声を受けたのか、もう一度振り返る。


「ひょっとしたら、一生借りるけど、許してね」


 友達とは、それが最後の邂逅。今に至るまで、再会はしていないみたい。

 そして大掃除のおり。例のタンスを動かしたとき、その下からあの失われたページたちが姿を見せた。

 インクたちに染まった畳の上。タンスにつぶされてくしゃくしゃになったページたちは、そのページ番号たちだけを残して真っ白になっていたとか。

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