08.その灯火、簡単に消えないのが人間――㈲
病院の向い側の低いビルの屋上に私達はいる。透君は3階の病室にいる。はずだ、生きていれば。
「大丈夫、あいつはこんな簡単に死ぬような奴じゃないよ。」
不安そうな四季の顔を勇気づけるように、八戸は彼女の頭を"クシャ"っと撫でた。四季は恥ずかしがりながらもそれを受け入れた。
「あの部屋のはずなんだけど……。」
八戸は撫でるのを止めて1室を指差す。窓を開け放たれカーテンがなびく。その不規則な動きで部屋の中が断片的に姿を見せる。
「うそっ!?透君……いないよ!?」
四季は柵に乗り出して慌てる。さすがの八戸もこれには驚いて返す言葉がなかった。
「とりあえず………、六条と七弥を待とう。僕達はもう動けるほどの体力がないしな。」
八戸は柵に寄り掛かるように胡坐をかいて座り、四季も座るように促した。
………。
無音が10秒ほど流れた。四季が困ったような顔で話題を探している。八戸はカバンから餡パンと牛乳を2個ずつ取り出した。
「食べるか?」
彼女はとてつもなく突っ込みを入れたかったがその全ての言葉を飲み込み、変わりにこう言ってから好物の餡パンを頬張った。
「………ありがとう!」
木々に囲まれた山奥にある近江一家の隠れ家。2階建ての白い外壁はひび割れやペンキの剥げが目立つ。今日は普段と雰囲気が違うご様子───
「くそぉっ!どうして鈴蘭が……!!」
若い男達が壁を何度も殴る。拳の皮膚は擦れ、血が滲んでいる。
「盗める物盗んで、奴らを皆殺しだ!」
「そうだ!ぶっ殺してやろうぜ!」
男達が怒りに支配されている時、ヘリコプターの騒音が近付いてきた。
「おい、あのヘリおかしくねーか?」
1人の男が指差す。
「何で速度落とさないで突っ込んでき………!!」
(ズドォォーーーン!!!!)
ヘリは2階に直撃。窓ガラスと外壁を突き破って侵入してきた。それと同時に飛び降りたパイロットが黒煙を纏いながら床に着地した。
「ゴホッ、ゴホッ……、一体何が……。」
状況を把握する前に1人の男の首が転がった。
袖も裾もボロボロの漆黒のロングコートを着、顔も含め身体中を所々血塗られた包帯で包まれたパイロットは右手に身の丈を軽く越える釜を持っている。その姿は誰がどこから見ても死神だ。
「誰だテメー!?」
(パァン!)
間髪入れずに銃弾が放たれた。しかしその銃弾は死神の目の前で消えた。釜を振るう速度が速過ぎて常人の目では追えきれないようだ。
「これから死ぬ貴様等に名乗る名など持ち合わせておらぬ。強いて言うならば………衛生兵よぅ!!」
死神に振り回される釜がいくつもの首を宙に舞わせた。数分後、近江一家の隠れ家は倒壊した。
「そにしても……遅いですね〜。」
四季は欠伸しながら言った。餡パンも牛乳も既に2人の胃の中だ。緊張の糸が切れたのか2人共極度の眠気に襲われている。
「なんなら寝ててもいいよ、美里亜。」
「久しぶりに名前で呼んでくれましたね。」
四季は少し照れくさそうに、でも嬉しそうに八戸を見つめた。
「た、たまにはいいじゃんか。」
目線を反らし口を尖らせる八戸。
「あれー?照れてるんですかー?」
四季が八戸との距離を縮める。八戸は彼女を視界に入れまいと首を必死に振る。しかし彼女はしつこくついてきた。
「ちょっと雅さーん!」
四季が"グイ"っとさらに顔を近付けると八戸はさらに動揺して手をばたつかせ、なぜか2人は倒れてしまった。四季が仰向けになりその上に八戸が押し倒したかのような位置取りは、まさか、まさか……!?
「雅……さん。」
「美里亜………。」
(ガ、ガガガーー!)
空気を打ち壊すかのように無線が鳴りだす。2人は咄嗟に起き上がり背中合わせに座った。顔を見ずともお互いに赤面しているのは丸分かりだ。
「こちら六条よ。どこにいる。」
無線の声は六条ゆりだ。八戸は自分達の居場所を告げた。できるだけ平静を装って。
六条達が来たのはすぐに分かった。殺し屋にしては……いや、どんな人間にしても目立ち過ぎるデコトラが姿を現したのだ。こんなトラックを運転するのはアイツしかいない。2人は苦笑いをし合ってからビルを下りた。
「ィヤッッッホォォーーーイ!!2人共生きてて良かっっったわぁぁーーーっはっはっはっ!!!!私っっったら有る事無い事妄想し過ぎてバナナと間違えてキュウリ食べてたのよぉぉーーーほほほ!!」
リーゼントに捻り鉢巻き、剃りすぎて青くなった顎と口回り、そしてこの気持ち悪い程に超がつくハイテンションの早口オカマはそう、日比野吾郎の弟にして兄を越える変態の日比野千歳だ。
「し、心配ありがとうね……。」
2人は千歳に手を振ってありとあらゆる改造がほどこされたデコトラに乗り込んだ。
更新の早さなら私だって少しは自信があります!
でもこれで明日は寝不足決定です(´;ω;`)
from.真那