06.戦闘――K
男は右手を振り上げて、何の迷いも無くソレを顔面目掛けて振り下ろした。
ドスッ
ナイフが突き刺さる鈍い音と共に、さっきまで俺が頭を預けていた物から羽毛が舞い上がる。
「このっ……少しは話を聞けぇ!!」
俺は眉間を狙ってきた容赦ない一撃を何とかかわし、すかさず男を力いっぱい蹴り飛ばす。
「いってぇー……」
下腹部がムリな行動を非難して叫び始める。立つことさえギリギリだったのに跳び蹴りは流石に不味かったか……
男は渾身の蹴りを軽くいなして距離をとる。ダメージは与えられなかったが距離が取れたので良かったことにしよう。
「へぇ、腹に穴が開いているのにそんな力が出るのか。少し侮っていた」
俺の蹴りが当たったであろう太腿あたりを埃を払う様な仕草をしながら、男は余裕たっぷりにこちらを見据えてくる。……そういやこいつ、ブリーフィングに配られた資料のはしっこに小さく載っていたな。たしか……
「今のは腹の傷を忘れてて力配分をミスっただけ。もうこんなに出したくねぇよ。ところで……いってて」
下腹部がしっとりとしてくる。あーあ、傷が開いちゃったか。
「あんたが近江一派の『若旦那』、近江義光だな?質問なんだがなんで病院にいるんだ?鈴蘭……だったか?そいつを殺したのは俺じゃないし、俺を殺したってれいさんが仇を取りにくるとは思えない。俺を殺したってなんの得にもならないぜ?」
取りあえず武器になりそうな物を探す時間稼ぎ兼、遠回しの命乞いをしてみる。
近くには机があり、その上にはカチカチに固まったお粥と季節外れのブロックに切られたスイカが置いてある。おそらく看護婦さんが持ってきてくれたのだろう。せめてナイフでも、と期待してみたけど希望はすぐに消えていった。
後方にはこの街を一望できるのではと思えてしまうほどの景色を映している窓。前方は近江義光とその後ろに扉がある。
……逃げ道は唯一つ。あとはどうやって隙をつくるかが問題だ。
「別に御凪本人を誘き出したいと思っている訳ではない。……まあ、最終的には消すがね。『お前達』は鈴蘭を殺した。だから我々も『お前達』を殺す。ただそれだけのことだ。全面戦争?笑わせる。戦争というのは互いの力が同じ時のみ使用される言葉だ。こちらが一方的に御凪一派(お前達)を殺したらそれは戦争ではなく虐殺だ。言葉を選べ、若造」
「虐殺……ねぇ。あんた、御凪一派をなめすぎじゃないか?そんな甘っちょろい考えをしてると本当に虐殺が起きちゃうぜ?……あ、これ食う?俺こんなに食えねぇ」
そう言って机にあったスイカに手を伸ばして一個を口に入れて、残り全部を近江義光の方に差し出す。
「……いや、俺はスイカに塩をつけて食べるタイプだ。塩がないならいらん。それにそんな干からびたのを食っても口の中が乾くだけだ」
「あ、そ」
俺は差し出した手を引っ込める。なるほど、『若旦那』というの名前は伊達じゃない。なかなかの観察力があるようだ。近江義光は話を続ける。
「なめられても仕方ないと思うがね?現に我々が御凪一派のトラックを爆破しても怖気づいたのか、なにも仕掛けてこないじゃないか。衛生兵を殺したと部下が言っていたな。なるほど、衛生兵は仲間じゃないというのか」
くっく と、近江義光は冷たく、嫌らしく笑う。
「衛生兵を殺した……だと?」
空気が変わる。第一線で活躍する衛生兵はアイツしかいない……まさか……
「まさか……吾郎を殺したのか!?」
スイカを食べた時に使っていたフォークを強く握り、俺は叫んでいた。かなりの怒号だったが流石『若旦那』、そんなことでは怯みもしない。
「さぁ?名前なんて聞いてないな。なんだ、怒っているのか?……いや、悲しんでいるのか。悲しむことはない、何故なら……」
近江義光もまた、再びナイフを握り締める。
「お前もここで死ぬからだ」
鋭い一閃。ナイフが銀の軌跡を描き、俺の眉間を切り裂こうとする。初撃と同じ位置。なら……
俺は咄嗟に机にあったお粥に使うものであろうスプーンを手に取り、額をガードする。ガチッ と金属と金属がぶつかる音が病室に響き渡る。
相手も流石ににこの行動には驚き、一度ナイフを引き二太刀目を下段に放ってきた。一直線にナイフが迫ってくる。……直線ならば防ぐ手段はある!
右手に持っていたフォークを直線の延長線上に垂直に振り下ろす。フォークのくぼみにナイフが挟まり、今度はガチリ という金属同士が噛み合う音が鳴る。ナイフの鍔が挟まって刃は俺に届かず静止する。
「ほぉ……フォークで戦うとは"裸の蛇"気取りか?」
「気取り……ねぇ」
そう茶化してくるが、一切力は抜かない。俺も全力で受け止める。
「さっき、俺を殺してもれいさんは仇は取りに来ないと言ったよな?あの人……俺を戦場に送るとき、武器を支給してくれないんだ。みんなにはいい銃を渡すのに、俺だけ『がんばれ!』って言って笑いながらヘリから俺を叩き落すんだ。そう、銃も弾も毎回現地調達だ。最初、臨機応変に対応できるような技術を叩き込まれているんだ、と思っていた。でも、ある日気づいたんだ……」
ガチリッ 完璧に噛み合った。
「れいさんは……俺のことをいぢめて楽しがっていたんだ!!」
俺は右手を大きく回し、ナイフを振り払う。ナイフは近江義光の手から離れてフォークごと飛んでいく。
「何が言いたいかというと、俺は武器が無くてもある程度は戦えるってことだ!じゃあな!吾郎の仇はいつか取る。覚えていろよ!!」
そのまますぐに後ろに跳び窓を開け、ケーブルで繋がったナースコールを片手に窓から飛び降りた――
取りあえず誤字訂正、ちょい追加。ぶっ壊してごめんなさいw
というか話が全然進まなかったな……orz