18.何処かの会社のパシリたち――(有)
時間は遡り、羽田空港・国内線出発ロビー―――
「どうぞ、お進み下さい。」
形式だけのチェックを受け、れい達はゲートを潜り抜けた。
「本当に大丈夫だった……。」
享一はれいの顔の広さに少し関心した、少し。
「だからって自分の世界に入り込んで弄り出しちゃダメよ。」
れいは口角を目一杯上げて忠告した。
「そういえばれいさん、何で北海道なんかに?」
またも蚊帳の外にされていた源三が背中越しに尋ねた。
「スパイダーの社長とコンタクトが取れてな。めったに表に出てこない奴だから会ってみたかったんだ。」
「そいつから近江の情報を?」
「さっすが一之瀬君、その通りよ。」
スキップしながら通路を進み飛行機を目差すれい。はしゃがないでください、と仕付けける源三。
その二人を眺めて享一は、兄弟がいたらこんな感じなのか、と頬を緩めた。
「追うぞ。」
異様な雰囲気を放つ男女数人はれい達の後を追ってゲートに進もうとしていたが、その行く手を阻む者が現れた。
「すみません、ちょっといいですか?」
青い服に特徴的な帽子からして警備員だろう。
深々と被った帽子のせいで顔が見えないのが少し不審ではあったが。
「ちょっとご協力いただけますか?」
そういって警備員は半ば強引に男女達を誘導した。
「ちゃんと飛行機の時間考えてくださいよ?」
長い前髪で顔の上半分が見えないリーダー格の男が冷静に言った。
他に男が二人、女が一人、皆黒いスーツを着ている。
「お時間は取りませんから……。」
そういって警備員は彼らを隔離された一室に連れ込んだ。
「で、何の用ですか?」
今度は唯一の女が口を開いた。女性らしい高く透き通る声だ。
肩に触るくらいの黒髪は直毛とは言えないが彼女によく似合っている。
「用件は簡単だ。」
警備員の口調にそれまでの優しかった面影は微塵も感じれらなかった。
「お前らが誰だかは知らないが、れいさんには指一本触れさせねーぜ?」
警備員は帽子を脱ぎ捨てた。茶色がかった短い髪にスポーツマンの顔立ちはイケメンの部類だろう。
「……貴様、何者だ!?」
四人の中で一番背の高い長髪の男が口調を荒げて言った。
「俺か?……なら覚えとけ、俺の名前は………二村透だ!」
「あー、疲れた疲れた!」
「警備員なんて突っ立ってるだけですもんね!」
休憩時間に入った二人の警備員が自動販売機で買った缶コーヒーを片手に通路を歩いていた。
「ここは空き部屋かな?」
(がちゃ)
先輩警備員が扉を開けると……。
「うわぁぁーーー!!」
「どうしましたか!?」
後輩警備員が慌てて中を覗きこむと血だらけの男が一人、壁にもたれ掛かっていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
後輩は腰を抜かす先輩を押しのけ男に駆け寄った。
「……行か………せるな…。」
男は掠れる声で訴えた。
「誰をですか!?」
後輩は必死に耳を傾けた。
「新……千歳………。」
その言葉を最後に、男は重力に従って俯いた。その右手には赤く染まった携帯が握られていた。
「申し訳ございません!そちらの便は既に当空港を離陸してしまいました。」
係員の女性は何度も頭を下げている。
「どうする、このままじゃ……。」
長身の男は青ざめた顔でうろたえる。
「分かっている。……次の便に空きはありますか?」
「少々お待ちください。」
女性は手早くパソコンをいじり始めた。
「奴らがスノーツリーに行くことは分かっている。なら"鉄の鳥"の行き先を"空の木"から"雪の木"に変える。」
リーダーは腕を組みながら呟いた。
「でも、タイミングよく奴らがいる時に衝突させられるか分からないわよ?」
女は心配そうにリーダーの顔をうかがった。
「………。」
「とりあえず次の便の空き次第だな。」
背の低い童顔の男が場を取り繕った。
「お待たせ致しました。空席が確認できました。」
「場所はどこでも構わない。四人分お願いします。」
「わ、分かりました。直ぐにチケットを発行いたします。」
機内―――
「で、どうするの?」
女の名前はエリ。モデル並の顔立ちとスタイルとは裏腹に、様々なテロの第一線に立ってきた。
「いいこと教えてやろうか?」
童顔の男はジン。張り付いた笑顔は人を殺す瞬間のみ、自然な笑顔になる。
「何だ?」
似合わない無精髭を生やした長身の男はカラ。
「ターゲットの腰巾着の一人に発信機をつけておいた。」
「そういうことは早くいいなさいよ!」
エリは素早く突っ込みの一撃を脇腹に入れる。
「ならとっとと場所を調べてくれ。」
リーダーはハル。四人とも列記とした日本人だ。
「はいはい。」
どこでも構わないと言ったが向こうが気を利かせてくれたのだろう、四人は固まって座ることができた。
前の二席にエリとジン。後ろにカラとハルが腰を下ろす。
「にしてもさっきの男、威勢のわりに弱かったね。」
エリは警備員に成りすましたターゲットの仲間を思い出した。
「そうとうな怪我を負っていたんだろう、体の動きが不自然だった。」
ハルは腕を組んで目を瞑っている。
「大人しくしていればもう少し長生きできたのにね。」
「………。」
カラは寝息を立てていた。ハルもそれ以上は口を開かない。
「つまんないのー。ねぇジン、まだ調べ終わらないの?」
「……終わった!」
携帯電話に似た機械の画面には地図が映っていた。
「教えろ。」
ハルの言葉に対してエリは口を尖らせた。
「移動中のようです。この速さは……車ですね。行き先はおそらく"雪の木"でしょう。」
「……この飛行機を乗っ取り、"雪の木"に追突させる。………行くぞ。」
ハルの言葉を合図に、四人は立ち上がり操縦席を目差す。
飛行機は轟音を立てながらどんどん高度を上げていた。
雲の上はそれまでの曇天からは想像もできないほど太陽の輝きで満ちていた。
「ちょっとお待ち。」
後一歩というところで狭い通路を塞ぐ邪魔者が現れた。
漆黒のロングコートを着た包帯だらけの冬着男と、ミニスカートにノースリーブの夏服女だ。
「死にたくなければそこを退け。」
ハルの眼光が二人組みを威圧する。
「そうはいかないのよぅ。だってあなた達、コレを突っ込ませる気でしょ?」
オカマ口調の男は小声で言った。
「透さんの最後の声、聞かせていただきましたから。」
オカマの横にはモデル級のエリが霞むくらいの美女がいる。
「貴様らもれいの仲間か……。」
ジンが一歩前に出た。そのスーツの袖口には拭き取りきれなかった血が滲んでいる。
「私は日比野吾郎、あなた達を食べる乙女よ。」
「妹の万由です。」
日比野三姉妹(?)の三人目で唯一の正常者にして内面、外見ともに完璧なのがこの万由だ。
「邪魔をするなら貴様らも消すだけだ。」
ジンは懐に手を伸ばした。
「待て。」
ジンを止めたのはハルだった。
ハルは吾郎の目の前に立った。二人の身長はほぼ同じだ。
(ズガンッ!!)
不意に重い銃声が鳴り響いた。乗客は無言のままハル達を見詰める。
「う、うぅ……ぅふふふふ、あっはっはー!!」
吾郎は天井を見ながら大声で笑った。
(カラーーーン!)
吾郎の左手から零れた銃弾は床を転がった。
「きゃあああああ!!!!」
吾郎のキャラと常人を越えた行動を目撃した乗客達は悲鳴を上げてパニックになった。
「っち!お前ら、乗客を……!」
(どさ、どさ)
ハルが仲間に目をやると同時にその仲間は床に崩れた。
「排除します。」
万由の目は底なしに深く深く曇っていた。
「くそがっ!」
ハルは両手にデザートイーグルを構えて引き金に指をかけたが……。
(ガチャ、ガチャ、ガチャ)
ハルは目を丸くして固まった。一瞬にして浮かんだ額の汗は頬を流れて顎から落ちた。
慌てふためいていた乗客の全ては多種多様の銃口をハルに向けていた。
「あなたは私達を甘く見ました。その報いを受けてもらいます。」
万由は感情のない声で言うとナイフをハルの首筋につけた。
「でもその前に、あなたの知っている情報を話してもらいます。」
「い、言うわけないだろ。」
その声と腕は震えている。
(ぽろ………ザクッ!)
「ああぁぁぁーーー!!」
万由の手から滑り落ちたナイフはハルの左足に突き刺さった。
「あなたの知っている情報を話してもらいます。」
万由はミニスカートの中から次のナイフを取り出して再び首筋につけた。
ハルは銃を手放し、大人しく万由の言うことに従った。
「パイロットさーん、このまま北海道に行っちゃってくださーい!」
吾郎はハルを嘗め回すような目で眺めながら無線に向けて喋った。
「おに……お姉ちゃん、透さん大丈夫かなぁ?」
万由の顔は美人かつ可愛い完璧な顔に戻っていた。
「あの子が簡単に死ぬはずない。助けに向かったゆりちゃんと七君がきっと何とかしてくれるわ!」
御凪れいの名の下に貸しきられた新千歳行きの飛行機は落ち着きを取り戻した。
しかし、捕まったハルにとって地獄の始まりだったことは言うまでもなく、その光景はまたの機会にでも………。
時間は戻り、北海スノーツリー現在の最上階・八十三階―――
「あなたが情報屋スパイダーの社長さんですね?」
れいは完璧な笑顔と敬語で男との距離を縮め始めた。
「初めまして。御凪れい様とその優秀な弾丸たち。私が社長のオオジョロウと申します。」
「オオジョロウ」について
名前の由来はオオジョロウグモ。
南西諸島(奄美大島以南)に住み、6~10月に姿を現す日本最大の蜘蛛。
体長はオスが7~10mm、メスは35~50mm。
円網(いわゆる蜘蛛の巣)は大きいものでは2mにもなる。
スパイダーの社長なんで蜘蛛に関連した名前にしたかったんですW