01.初動――消炭灰介
死後の世界があったとして、
私はぜったい天国にいけない。
そう言って、
人を殺したことのない殺し屋は笑ったんだ。
「や~今回は危なかったね」
御凪れいは苦笑いながらそう言う。
女性にしてはそこそこの身長と腰まで届く黒くつややかな髪。沈思黙考する姿は間違いなく大和撫子の部類に入るのだが、浅葱色のセーラー服の上から羽織った着古されたトレンチコートという彼女には不相応な出で立ちがいかにも御凪れいという人間の一端を表している。
「そう思うんなら自分も持ってくださいよ、コレ」
れいの傍に佇むブレザー姿の小柄な青年、火村源三はその場にしゃがみこむと、足元の死体の手から拳銃を拾う。弾倉を抜き、スライドを引いて薬室を空にしてかられいへと投げる。
れいはそれを受け取るとスライドを数センチ引いて弄ぶ。
「こんなものはいらないさ、言っているだろ? 私にとっての銃はおまえたちだ、おまえが私のそばにいる限り私にこんなものは不要だ」
れいは言葉を切る。源三の視線を見て少し逡巡するそぶりを見せてから言葉を続ける。
「自分の手を汚したくないわけではない。今更そんなこと言える立場じゃないしな、言っただろお前は私の武器だ。おまえは私の命令により人を殺す。それは武器であるお前の罪ではなく使用者である私の罪だ。わかったな」
源三に背を向け、れいは言いながら数歩遠ざかる。そして、
「ああ、でも…………」
と、振り返って言う。
「銃刀法違反でパクらても私は知らないから」
すこし困ったような笑顔で言うのだから、源三は口を閉じて曖昧に笑うしかなかった。
「それに、こんな連中から私を守れないほどおまえは軟弱なのか?」
こちらは首を振って一応の抵抗を見せる。
「はいはい。ケータイなってますよ」
れいはコートの懐から携帯電話を取り出すと耳に当てる。十数秒、電話機に耳を傾けた後、
「ん、わかった」
言って、携帯電話をしまうと同じところから今度は無線機を取り出す。
「あー、聞こえるかー」
れいは当然のごとく返事を待たずに命令を下す。
「二村、四季、打ち合わせどおりにやるぞ、開始のタイミングはおまえたちに任せる」
「どうしました?」
源三の問いに、れいは唇を引き結んだまま笑って見せる。
「歓迎会だ。源三、おまえも配置につけ」
「りょーかい」
「ようこそ、一之瀬享一くん? 私は御凪れい、歓迎するよ」
都心から外れてしまえばあたりには木と草しかなく、バスが来ないバス停で三時間ほど待たされた一之瀬享一はベンチに腰掛けたままれいを見上げる。
無造作に伸ばされた黒髪から覗く視線を受けつつれいは手を差し出す。
斜め上から差し出された手を享一は座ったまま受け取る。堅く握られた二つの手は二人の目が合うと、離された。
「さっそくだが任務だ」
背を向けて山道へと歩き出す。れいの後に続こうと享一は立ち上がり、学ランを羽織り直す。立てかけてあった猟銃を手に取り、歩き出す。
「とりあえず、ソレじゃダメだからコレを使ってくれ」
歩きながら渡されたのは、ベースケースから出された、標準機と二脚が装着済みの狙撃銃。
代わりに享一が持ってきた、猟銃はレミントンが入っていたベースケースへと収納される。
「人を撃ったことは?」
「ない」
享一は生い茂る草を分け、れいの背中に話しかける。
「まあ、鹿や猪を狩るのに大差ないさ、ひとつ違うとしたら、向こうも撃ってくるってことだけかな」
れいは振り返り、享一の顔色を窺うと、また前を向き草木を手で掻き分けながら前へ進む。
「まあ。そこらへんは慣れだからさ、最初のほうは私がサポートするよ」
れいは肩越しに親指を立ててみせる。
「なにぶん、この国には銃を扱ったことのある人が少なくてね、君みたいなのは貴重な人材なんだ」
「金持ちの道楽だ」
「フフ、そう言うな」
享一はれいが押しのけた反動で戻ってきた木の幹を片手でいなすとれいに追いつこうと少し歩幅を広げる。
「狩猟の経験があるなら山道は歩きなれているだろう?」
言葉を一端切り、れいはフフと意味深に笑いを漏らす。
「逆に市街戦は不得意かと思ってね、今日は君の入部試験も兼ねて、君の得意な作戦を選んだ」
れいは立ち止まると振り返らず、言葉を続ける。
「任務の内容は簡単。私が指示する目標を一人、殺してほしい」
狙撃地点はここだとれいは人差し指の先を地面に落とす。
少し勾配のある、適度に生い茂った山の中腹地点は目標を見つけるに易く、発見されづらく狙撃には好都合だ。
「まあ、君には一番簡単な作業であり一番難しい仕事になるかな? ……って、うぉーい! なに! なにしてくれちゃってんの!」
享一はれいの話しそっちのけで先ほど手渡された狙撃銃いじりにお熱だった。
「特にそっち、そのスコープ! けっこうお値段張るんだよ?!」
「じゃまだし」
外した照準機と二脚を享一は地面へと無造作に落とす。。
「じゃまだしって今日はあそこを狙ってもらおうと思ったんだけど!」
れいは指差す先、おおよそ400メートル先、森から少しはみ出た国道は、たしかに肉眼での確認は難しい。
「大丈夫だ。仕事はする」
無造作に伸ばされた髪の間から覗く、享一の端正な顔立が笑みの形に少しゆがむ。
その場に方膝を立てると享一は照準を覗く。
「おい」
享一は照準から目を逸らさずに、手短に、隣に佇むれいを呼ぶ。
「なに?」
「本当に手前の通りに目標はでるんだよな」
「もちろん、私の優秀な部下が陽動しているからね、心配は無用! 必ず現れるよ」
れいは少し胸をそらして、自慢げに言う。
「……」
「だ、大丈夫だからそんな目で見ないで、こんな山奥までわざわざ陽動するのは、街中だと目立つし、まあ、目立たない方法もあるんだけど……。言ったでしょ? 今日は一之瀬くんの試験も兼ねてるって、私の目に狂いがなかったって証明してもらわないと」
「……じゃあ、あれはなんだ?」
れいは先ほど享一が外したレミントンの照準機を拾って、覗き込む。享一の銃の先、800メートルほどのところの茂みの中で目標の少女が走っているのが見えた。
「あれ?」
「……」
享一は目を細める。れいの表情に冷たいものが宿った。
「目標だ、撃て」
今度は照準から顔を逸らして、れいを見る。前髪の奥から覗く瞳が真丸に開く。
その顔に浮かぶのは疑念と困惑。
「大丈夫だ、君は私が選んだ数少ない人間だ。選んだのはそれなりの理由があるし、選ばれるだけのものを君は持っている。私は信じているよ、たとえ目標が既知の、いたいけな少女でも――」
「大丈夫だ……仕事はする」
れいの言葉をさえぎった享一は既に再び照準を覗いていた。
「フフ」
それを見たれいは意味深に笑う。
瞬間。鳴り響く轟音、享一が引き金を引いた。しかし、弾丸は大きく逸れる。
一発、また一発と無駄な弾薬が消費されてゆく。
「おい」
耐え切れず、れいは声をとがらせる。
「所詮弾なんてまっすぐ飛ばないんだ、今のでレミントンのコツはつかんだ。次は確実に――」
享一は、長く、息を吸って吐く。
「――殺す」
そして、引き金は引かれた。
どうも、消炭灰介です
このたびはリレー小説『bullets~独りの少女の弾丸たち~』トップバッターを務めさせていただきました。
他のみなさんのお言葉に甘えて、自由に、趣味満載な小説となっております。ダサいタイトルも消炭が考えました。ええそうです。責めるなら私を責めてください。
今回は次の人が存分に暴れられるように少し背景描写や心理描写を減らしてみました(←消炭の実力が無い言い訳です)結構ラストも設定も余白を残しているので次にどんなのが上がってくるかが楽しみでしかたありません。果たしてこの消炭灰介趣味満載ワールドについてこられる猛者はいるのでしょうか?
次の執筆者は有北真那さんです。楽しみにして待っていてください。