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くすんだ世界の中で  作者: 夜凪
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波紋

結局のところ、私はどちらも選ぶことはできなかった。

熱を出したのだ。

「じゃあ私は、おばあちゃんとこ行ってくるわね。お昼は食べれそうならお粥食べて。夕食までには帰るから。」

手慣れた様子で私の看病を済ませ、母はそう言う。

私は昔からよく熱を出していた。知恵熱、というやつだと思う。

「行ってきまーす」

母のいつもの、ちょっと大きすぎる挨拶が聞こえる。扉がガチャンと閉まる音と共に、いつもの静寂が戻ってくる。熱が出ている時はどうしてこんなに心細いのだろう。まるで、初めて留守番している子供みたいな気分だ。痛む頭をどうにか起こし、部活のグループLINEに欠席の連絡をいれる。そして、スマホの電源を落とす。今は先輩に関する情報を、何も見たくなかった。学校には、母から連絡がいくだろう。

天井に貼られたステッカーを眺めながら、まどろむ。



何か物音を感じて、目が覚めた。

いつの間にか眠っていたらしい。

時計を確認すると、昼を少しすぎたくらいだった。お腹は空いていなかったが、何か胃に入れようとキッチンに向かう。そういえば、どこにお粥があるか聞いていなかった。どうしたものかとキッチンを彷徨いていると、リビングの机に何か置かれているのが見えた。

それはお粥と、母からのメモだった。

「お粥、ちょっとでも食べられそうなら食べて。無理なら冷蔵庫にゼリーもあるよ。ゆっくり休んでね」

いつもの母のおしゃべりが、今は妙にありがたかった。

お粥を温めていると、不意にクラクラしてきたので、リビングの椅子に座る。手持ちぶたさで、テレビをつけた。

なんでもない内容だった。

どこかの誰かのインタビュー。

アナウンサーの食レポ。

俳優らしき人たちの告知。

普段見ない時間の番組で、少しだけ物珍しかった。

お粥のために沸かしていたお湯が、ゴポゴポと音を立てる。

重い腰を上げて、お粥を器に移す。

なんとか半分食べ切り、残りはラップをして冷蔵庫にしまった。

食器と鍋を洗面台に移す。

いつもならすぐに洗うところだが、そこまでの元気はなかった。

部屋に戻り、ベットに倒れ込む。あまり気乗りしなかったが、スマホの電源を入れる。

お母さんから何か連絡が来ているかも、なんて自分に言い訳しながら。

スマホを開くとLINEの通知はなかった。それでも、LINEを開く。

やはり、メッセージは来ていた。

私のスマホはいつもこうだ、シャットダウンしていた時間の通知は来ないらしい。他の人もこうなのだろうか。

一番上には、母からの「体調どう?お粥食べれた?」というLINE。

「お粥は半分ぐらい食べれたよ。体調もちょっとよくなったかな」そんな感じに返した。


さて、本題だ。

まだ画面の上には、新着メッセージの表示が残っている。

グループLINEと、個人LINE。

スクロールするのを躊躇う。

心臓が口から飛び出そうだった。

先輩からのLINEを期待する気持ちと、何も見たくないという気持ち。

まるで熱いものに触れたみたいに、スクロールして、すぐスマホを投げ捨てた。

一瞬見えた限りでは、先輩から直接何か来ている様子はなさそうだった。

恐る恐るスマホを拾い、今度はじっくり目を通す。

来ていたメッセージは、部活のグループLINEと、同期からのものだった。

どちらも、なんでもない内容。

「鍵取りました」

「先輩きました」

「体調大丈夫?」

「明日は何をする予定」

そんな感じだった。

今まで張り詰めていた緊張が一気にほどけた。その反動で、急に吐き気が込み上げる。堪えながらトイレに走る。幸いにも、何も出ることはなかった。

先輩がなんで部活に来たのか。

部活に来て何をしたのか。

何を話したのか。

聞きたいことは山ほどあった。

けれど、それを聞きたいとは思えなかった。



熱のせいなのか、緊張が急にほどけたせいなのか、また私は眠りについていた。

今度は母の声で目が覚めた。階段を降りた。

「お母さん、おかえり」

「凪、ただいま。まだ寝てていいのよ?」

「今日ずっと寝てたから、大丈夫」

「そう。何か食べられそう?」

「うどんとか、お粥とか、ゼリーなら」

「じゃあ、お粥あっためましょうかね」

母にお粥を温めてもらい、風呂に入って、さっさと寝ることになった。


湯船に肩まで浸かって、嫌な寝汗を流す。

私は歌った。

なんでもない流行りの歌だ。

歌っている間だけ、少しだけ何もかも忘れられた。

不意に、先輩との思い出がよぎる。

声が出なくなる。

まるで声を失ったみたいに。

私はよく、こうなる。


わざと冷たいシャワーを浴びて、風呂から出た。



風呂を上がると、直接部屋に戻った。

部屋に入った瞬間、通知が鳴る。

女の勘、なんていうのだろうか。


嫌な予感がした。


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