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くすんだ世界の中で  作者: 夜凪
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エピローグ

私はいつも気がつけばあの人を見つけていた。苦労することなく、あの人を視界に収めることができた。その時も、いつものように彼を見つめていた。彼が振り返るのが見えた。「こっちを見ないかな」いつもそんなふうに思っていた。一度もそんなことは起こらなかったけど。

ただ、その時はいつもと少し違った。

彼の瞳が私を映していた。



あの人を最初に知ったのは、高校一年生の時だった。入学式の日、在校生として入学式に出席していた彼を、私は初めて見た。まだその時は、名前も知らなかった。今思えば、その時もう一目惚れだったのかもしれない。

あの人の名前を知ったのは、体験入部の日だった。他の同級生と、新入部員を得ようと必死な先輩たちに囲まれながら、あの人の名前を知った。顔を近くで見たのもその時が初めてだった。私は当然のようにあの人のいる部活に入部し、運良く、先輩と関われる立ち位置になった。その時の私はただ浮かれていて、その後のことなんて何も考えていなかった。


「ちょっとー話聞いてる?」

「ああ、ごめんなんの話だっけ?」

「最近そういうの多くない?せっかくの女子高生生活、そんなんじゃすぐ終わっちゃうよ?」

少し物思いに耽っていたら、またいつものお小言が始まってしまった。悪い子じゃないんだけど、みんなが自分と同じことを楽しいと思うと思っているのがたまに傷だ。

「私はどうせ可愛くもないしいいんですー」

「またそういうこという!そんなことないって。それに、可愛くないからって楽しんじゃいけない理由にはならないでしょ?」

子供のように無邪気な顔で、彼女はそう言う。

彼女が私に関わってくるようになったのはつい最近のことだ。最初は冗談かと思って、冷たくあしらっていたら、女子数人に囲まれたのには驚いた。今も周囲からの視線を首筋で感じる。頭が痛くなりそうだ。

「今からカラオケ行くから、一緒に行こ?」

私の気など知らないで、彼女はまた私を遊びに誘う。その誘いを、周りからの非難を浴びないように避けることが、私の最近の日課になっていた。

「今日は図書館行こうと思ってて、また別の日に。」

「そっか〜じゃあまた別の日にね!」

いつものグループに戻る彼女の背を見つめながら、そんな日は永遠に来ないだろうと思った。


図書館に行っていないのがバレても面倒なので、帰る前に図書館に寄ることにした。なんとなく目に入った本を手に取り、窓際の席に座る。本を読むのは嫌いではないが、今回は本を読みたくて来たわけではない。十ページ読んだあたりで私の思考は宙を漂い始めた。開かれた本をぼんやりと見つめながら、彼女に初めて声をかけられた日のことを思い出していた。教室の隅で、彼女は笑っていた。周りの空気が、そこだけ少し明るく見える。私が入る余地なんて、最初からなかったみたいに。彼女と関わり始めて、私を遠巻きに女子が話していることが増えた。彼女と特に仲のいい友達なんか、私を恋敵か何かと勘違いしているのではなかろうか。かと言って彼女が関わってくる以上、冷たくあしらうこともできず、なんだかんだ板挟み状態のまま数週間が経っている。彼女が私に飽きるまでこの状態が続くのかと思うと、自然とため息が漏れた。

ふと窓の外を眺めると、良く晴れた空が見えた。こんなにいい天気なのに、読みたくもない本を持って図書館にいるのも勿体無い。図書館に行って本を読んだという事実は作ったのだから、十分目的は達成しただろう。


外にでても特に予定もない私は、カラオケの近くは避けて帰ろうなんてぼんやり考えながら、まっすぐ家に帰ることにした。最寄り駅につくと私と同じ制服を着た人が沢山いる。私の高校は買い食いも、寄り道も禁止なはずだが、真面目に守っている人の方が少ないだろう。そもそも誰も守っていないルールに存在意義はあるのだろうか。彼女の帰り道はこっちでは無いはずだが、急いで改札を通り抜ける。今日以外も、私はいつもこの駅で見知った顔を探してしまう。いるはずがないとわかっているのに、もしかしたらにすがってしまう。いくら見回しても見知った顔はなく、1人この世界に取り残されたような気分になる。駅のホームへの階段を上る。コツコツとローファーの音が響く。履きなれてきたけど、ローファーは嫌いだ。足にフィットしなくて、子供みたいな気分になる。

いつも通り、電車を待つ間スマホを取り出す。一件の通知が目に入る。送り主は、部活の同期のようだった。「明日の部活に先輩が来る」そう書かれていた。先輩とは、私の一目惚れ相手で、ちょっと色々とあった人である。私の心臓が、うるさいくらいに暴れ始める。未だに先輩が私の中で大きな存在であることを、嫌というほど思い知らされる。それにしても、明日か。なんで今なのだろう。あんなに会いたい時は顔を見せてくれなかったのに。連絡もしてくれなかったのに。

電車が近づくのを知らせるアナウンスで、また意識が引き戻される。スマホをスカートにしまい、電車に乗り込む。いつも通りいっぱいでもなく、スカスカでもない車内を見渡す。電車から見る景色を、一年生のころは綺麗だと思って見つめていた自分を思い出す。どうして今の世界は、こんなにくすんで見えるのだろうか。見ないふりをしていても、あの一文が頭から離れない。顔を合わせるのが恐ろしいとさえ思う。クラスのこと、先輩のこと、部活のこと、考えることが多すぎて頭がおかしくなりそうだ。昔から私は良くこうなる。目立つのも好きではないし、要領も良くないのに、なんでも解決しようとするのが悪いのだ。そういう質なのだからしょうがない。そう思っていた時もあった。何度、全て投げ出してやろうと思ったかしれない。きっと不登校より、不登校予備軍の方が世界には溢れている。自分でこういう状態になって、そう思うようになった。行かない理由がないから行くなんて、いつまでも続けられるわけがないんだから。

どうして直接じゃなく、同期を通して連絡が来たのだろう。なんだって先輩の連絡を1番にもらうのは私だった…。それももう、五、六ヶ月以上も前の話である。無意識に手のひらに爪が食い込んでいた。これも子供の頃からの癖である。昔から私はよく考える子供だった。そのことに、つい最近まで気づいてもいなかった。気づいたきっかけも、先輩である。頭を振って無駄な思考を振り払う。

そういえば、さっきの連絡になんの反応もしていない。スマホを取り出し、部活のグループLINEを開く。既読をつけるのは躊躇われた。私ほど慌てふためいている人はいないだろう。なんだか急に虚しくなってしまった。改めて明日先輩が来るような予定があったかと、記憶を辿る。私の覚えている限りでは、明日はただ部活をして、練習に飽きたらいおしゃべりするくらいのはずだ。卒部して久しい先輩が、部活にくるというのが腑に落ちない。トラブルがあった後輩の顔なんて、わざわざ見たくないだろうに。一体全体なぜ今なのか。急に日常から非日常に連れ出され、私の心はすっかり借りて来た猫である。

先輩が今でも好きなのかと言われると、そもそも恋愛感情だったのかもわからない。嫌いなのかと聞かれると、そうではないと思いたいという返答になる。私たちの間で、決定的な何かがあったわけではない。ただ、お互いに今の関係に疲れていたのではないかと思う。今も私の心は、明日くるというたったそれだけのことででいっぱいである。そんな人と一緒にいて疲れないわけがない。それに、先輩には彼女がいる。五ヶ月ほど前、不意に知ったその事実は、あの時の私には驚くほどどうでもよかった。強いていえば、今まで先輩にベタベタしていたのが、彼女さんに申し訳ないという程度のことだった。


私が入部した時二年生は五人、三年生は一人だった。しかし、夏休みに入る前に、三年生は引退。二年生も二人退部してしまった。私の同期は二人だったので、総勢で六人という、こじんまりとした部活だった。人数が少ないこともあり、一年と二年でペアを組んでよく練習していた。そして、その時たまたま、私のペアが先輩になった。かといって、お互い深く踏み込むタイプでもなかった。ただ世間話をしたり、アドバイスし合ったり、先輩後輩として仲が深まる以上のことはなかった。今思うとあの時が一番穏やかだった。必要以上に先輩に執着せず、それでいて先輩の近くにいられた。先輩に告白しようなどと無謀なことは望まず、あの関係に満足できていれば何か違ったのかもしれない。先輩は決しては私を拒絶はしなかった。よく「ごめんごめん」と笑いながら。周囲に囲まれているような人だった。よくいえば親しみやすい、悪くいうと舐められやすい。頼りになるのに、どこか放って置けないところがあった。


私の最寄り駅についたが、まだ電車を降りて家に帰る気にはなれなかった。適当な駅で降り、ぼんやりと歩くことにした。昔から、歩いている時が一番考えごとに集中できた。

先輩は私からのLINEを無視はしなかった。けれど、先輩からLINEを送ってくれたことは一度もない。たったの一度も。

恋愛においても、一個人としても、私は先輩にとってどの程度の人間だったのだろう。

それすら、今の私にはわからないままだ。


特にすることもなく、ぼんやりと考え事をしていると、気づいたら家についていた。今からまた出かける気にもならなかったので、制服を脱いでベットに寝そべる。両親は共働きで、帰ってくるのは夜だ。兄弟もいない。しんと静まり返った家が、我が家の通常運転である。静かすぎて、自分の心臓の音まで聞こえてきそうだった。

もう一度部活のグループLINEを確認する。今度は誰かが返信しているようだった。既読だけつけて、またスマホを伏せる。天井には子供の頃に貼ったステッカーが、そのまま残っていた。模様が顔に見えて怖くなって私が貼ったのだ。あのときはこっぴどく怒られた。

いつまでも先輩のことについて考えているわけにもいかず、鉛のような体を起こし机に向かう。机の上には私の日記のようなものが置いてある。そのとき思ったことを書き出しているノートだ。

そのノートには先輩のことも書かれている。ノートは5ヶ月近く開いていない。まるでパンドラの箱のようだ。一度開けば後戻りはできない、そんな気がしていた。

ノートをいつものように机の端に移動させ、明日の予習に取り掛かる。けれど案の定というか、全く進む気配はなかった。

そもそもなぜ、私がここまで悩まなければいけないのか。私たちは付き合ってもいなければ、今はもう親しくもない。私が何か悩まなければならない道理なんて、ないはずなのに。「考えてもなるようにしかならない」私の最近のおまじないを、頭の中で唱える。何度も、何度も。

「ただいまー」

またしてもぼんやりしていると。、階下から母の声が聞こえてきた。続いて、階段を登る足音。

「お母さん、おかえり」

「ああ、凪そこにいたのね。ただいま。今日の夕食はハンバーグよ」

母はいつものニコニコした顔でそう告げる。母は明るく元気で、社交的な人だ。そんな母からなぜ私のような娘が生まれたのだろうか、と毎度思う。別に、父に似ているわけでもないのに。

「そうだ凪、明日家族で集まりがあるって言ってたでしょ?どうするの?行く?」

そういえば、そんな話をしたかもしれない。

「ごめん。忘れてた。」

「もう、凪はいっつもぼんやりしてるんだから」

「それって学校休まなきゃいけないやつ?」

「まぁ、来れるなら来てくれた方が、みんな喜ぶだろうけど。凪のしたいようにすればいいわ。」

母はそれだけ言って、私の返事も待たず、階段を降りて行ってしまった。

明日先輩に合わずに済む理由ができた。そうなっても、自分がどうしたいのか、全くわからなかった。

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