途切れることなき、それぞれの道
「まさか、本当にあんなにあっさりと解散させちまうとはなあ」
「昔から先生は、思い切りのいい人でしたからね」
「にしても思い切りが良すぎるだろうが。部下がこの先飯を食っていけるかどうか、ちょっとでも考えたのか、お嬢さんは」
「そこは私と三嶋さんに任せるといったところでしょう。問われていますよ、先生の右腕としてやってきたキャリアが」
「ったく……期待しすぎだろ、俺らみたいなおっさんに」
仁方蓬は、一度目は宗教団体「聖域なき浄界」の三代目教祖として解散を決めた。そして二度目、今度は一般社団法人「超越科学研究開発機構」の代表としてその解散を行った。宗教と切り離し、純粋な超能力の研究機関としてやってきたはずだが、全く同じ結末をたどったあたり、やはり因縁とは切っても切り離せないのだと実感させられる。
「期待していなければ、私たちを吹田と京都、二つの研究所の長になんて据えませんよ」
「結局魔術とかいうバケモノ技術を開発して、星芒市に対抗したのは吹田の方じゃねえか。京都の方は大した力も貸してねえよ」
「とはいえ、新人類と旧人類なる区別があることを突き止めたのは京都の方ですからね。ここまでの超能力研究にいずれも必要不可欠であったことに変わりはありません」
せっかく人類が手にして発展させてきた超能力も、実際使えなければ意味がない。世の中には、どんな手を使っても超能力を獲得できない体質の人間がいた。それがはるか昔、大正時代に大きく数を減らした「旧人類」の貴重な生き残り、ということだ。「新人類」が時代を超えて持ち込んだ超能力によって、文化もろとも破壊された。2046年になった今、生きている人間はほとんどが「新人類」の末裔ということになる。
別にその事実が世間に知れたからといって、俺たちのこれからの生活が大きく変化するわけではない。大多数の人間にとっては関係のない話で、これからも何も変わらない日常が繰り広げられる。「新人類」は確かに当時の文化文明を破壊し、新たな人類代表としてこの世界に居座るようになったが、それまでの歴史が全部捨てられなかったことにされたわけではない。ただ、超能力に関わる、関わっていた人間であるほど、脱力感に襲われる事実になっている。
「まあ、解散して超能力の研究も打ち止めになっちまえば、どっちがどういう成果を上げたかなんて関係なくなるがな」
「そうですね……解散して部下たちの今後の飯のタネを考えるのもそうですが、自分の行く先も考えておかないと」
「お前は行くあて、あんのか。研究者を続けたいとは言ってたが」
「知り合いに大学教授がいまして。口添えはしてもらおうと思います。利用できるものはしていかないと、なりふり構っていられませんから」
「定年退職までの方が短いだろうに、えらくやる気なんだな」
「まだ息子のために稼いでやらないといけませんから。妻にも叱られるでしょうし」
「……そうだったな」
思えば「聖域なき浄界」の幹部だった二十年以上前から、髙橋はリアリストなところがあった。組織に属してはいるがどこか冷めた目で周りを見ていた。「聖域なき浄界」の教えから遠く、研究者気質であった人間からお嬢さんがピックアップしていったのは事実で、だからこそまず髙橋に白羽の矢が立ったのだろうが、だとしても冷静すぎた。対する俺は若かったのも手伝って、組織を裏切って研究者として生きようとする自分に確実に酔っていた。
『三嶋。私から誘っておいて悪いけど、あなたはたぶん、研究者には向いていない。今なら、引き返せるかもしれないよ』
『……引き返すって、どこにだ。俺にそんな道はねえよ』
『魔術はおそらく、超能力科学の極致だ。あと数年もすれば、あれを開発できた人間が勝ち、それ以外は負けという世界がやってくるかもしれない。三嶋、あなたはそれに耐えられる気がしないんだ』
『あんた、俺と髙橋を比べてんだろ。そうだよな、歳が近えのに出してきた実績がまるで違う。役職も似たようなもんだ』
『実績以前の問題だよ。実績をどれだけ出していても、その実プレイヤー向きじゃない人はたくさんいる。三嶋、あなたは』
『お嬢さん。……ちょっと、頭冷やす時間をくれ。互いにその方がいい。返事はその後でいいだろ』
仁方蓬――お嬢さんと交わした話を思い出す。組織のトップに立つ素質はなかったかもしれないが、人を見る目はそこそこある女だ。俺は本当に研究者に向いていなかったのだと、あれから二十年近くたった今なら分かる。そして、二十年経ってしまったことで、俺はもう別の道を選べなくなってしまった。
「三嶋さんは、どうされるおつもりですか」
「どうすんだろうな。……正直なところ、アテはねえ」
「研究者以外に、かねてからやりたかったこととか」
「やりたかったこと、なあ」
思い返せば、俺の人生が変わったきっかけは全部たまたまだ。「聖域なき浄界」に入ったのも、そこの幹部になったのも、超能力研究を始めたのも、全て。
大学時代、空きコマにキャンパス内をぶらぶらしていたら、鳩宮つぐみが演説をやっていて興味を持ち、「聖域なき浄界」に入った。俺がもっと真面目な学生で、京大生らしからぬ様子で空きコマがなくなるように詰め込んでいれば、その演説を聞くことはなかった。あるいは、授業にバイトにサークルにと学生生活を謳歌して、ヒマだと思う機会がもっと少なければ、演説を聞いてもそんな怪しい宗教の仲間になるなんてことはなかった。
大学の専攻は有機化学だったから、超能力科学を理解できる貴重な人材として重宝された。下っ端の人間は酸素や炭素すらちんぷんかんぷんな化学オンチばかり、俺は入った時点でエリートコース確定。ほとんど幹部扱いと言ってよかった。
「強いて言うなら……古民家カフェなんかは興味あるかもしれねえな」
「……ふっ」
「笑ってんじゃねえよ」
「いいんじゃないですか? 三嶋さんがやるというのも、なかなか乙だと思います」
「馬鹿にしてんだろ、お前」
「真面目に言っていますよ。それくらい振り切って、これまでと全く違うことに挑戦しようと思えるのは、素晴らしいことです。どこまで行っても研究者だと自覚して、その道から外れることを恐れている私とは、対照的です」
「……まあ、俺からしちゃお前は茨の道を行こうとしてるってのは、否定しねえよ」
これから先、超能力研究はどんどん明るみに出ていく。その時、得体の知れない技術を研究していた人間がまともに扱われる保証はない。科学の最先端に常に触れ続けていた俺たちは、元素記号を見ただけで全身がむずがゆくなるような人間がいったいどんな思考回路をしているのか、上手く想像できないのだ。心機一転、全く関係のない職につくならともかく、研究者としての道を歩み続けると決めた人間に世間がどれほど冷たくするか、実際その時になってみないと分からない。
「そうなると、……あの子たちは、やはり三嶋さんにお任せすべきなのでしょうね」
「あの子たち? ああ、例の二世信者と魔竜族とかいう異世界のガキか」
「もう少し言葉遣いを改めないと、怖がられますよ」
「知ったこっちゃねえ。俺は元からこういう人間だ」
「まったく……」
お嬢さんは昔から、意図せずして「聖域なき浄界」の餌食になっていた子供たちを逃がす活動をやっていた。その内訳は親がすっかり危ない道にハマってしまった子供と、異世界から連れてこられたものの使えない能力しかないと放逐された「転生者」。なかでも最後にこの世界にやってきたプラナス一家と、彼らに任せた二世信者の少年は、お嬢さんにとって特別なようだった。
「先生は、今でも彼らに支援しているようですね」
「確かあのガキ、もう大学も出て働いてるような歳だろ。プラナス一家も自立してるだろうに。なんでまた」
「一度面倒を見て縁ができたから、でしょうね。そういうのを大切にする方ですから。金の切れ目が縁の切れ目、とも言いますし」
「お人好しだな、まったく」
「先生が実質的な親権を引き取る前、三嶋さんも面倒を見ていたのでは? しかも二つ返事でしたし」
「お嬢さんの頼みは断れねえんだよ、昔から」
「三嶋さんも、負けず劣らずのお人よしですよ」
「うるせえな」
プラナス一家と少年の面倒をいったい誰が見るのかという話になった時、髙橋はちょうど生まれたばかりの息子の世話でそれどころではなかった。お嬢さんにとって、そういうことを託せるような、本当に信頼できる人間は最側近の髙橋と俺しかいなかった。それは俺も分かっていたから、ぐだぐだ言わずに引き受けただけのことだ。後に柏柚香による研究機関の買収問題が起こり、俺たちに魔の手が及ばないよう、お嬢さんが彼らの面倒を見るようになったのだった。
「会いたいですか、あの子たちに」
「……積極的に会いたいとは思わねえよ。側から見りゃ、俺たちは研究者に転身したとはいえ、教団の人間だったって履歴がつきまとう。印象は最悪だ。俺たちがよくても、あいつらがどう思ってるか」
「そうでしょうね……とはいえ、顔を合わせることにはなりそうですが」
「だろうな。お嬢さんは会わせたがる人だ」
超能力研究は終わった。が、それは何もかも打ち止めになることを意味するのではない。あくまで、これまでも数多くあったはずの変節点の一つなのだ。俺はため息をついて、電子タバコを吸いに外に出た。




