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神たる条件

『ビート & ヨーン』


~特別攻撃隊の紹介~


【レオンハルト】

辺境の小国、オルドヴィア王国の王子。魔王を討つため、特別攻撃隊を編成した。度が過ぎるほどの生真面目。


【グン】

レオンハルトに育てられたフェンリル(神獣の銀狼)の双子の兄。冷静沈着で自信家。


【カミロ】

騎士。故郷の村を魔族に蹂躙された過去を持つ。陽気で荒っぽい。


【ブリュー】

カミロに育てられたフェンリルの双子の弟。好奇心旺盛で無鉄砲。


【ルカ】

魔法使い。奴隷のように働かされていた採掘場から連れてこられた。温和で仲間思い。


挿絵(By みてみん)


実に一年半ぶりの帰国だった。オルドヴィアの城門をくぐったレオンハルトの鼻を突いたのは、山脈の清廉な空気ではなく、豪奢な宮殿を飾るために焚かれた、鼻持ちならないお香の臭いだった。

玉座の間。レオンハルトを迎えた父王は、自分の耳を疑った。

目の前の息子は、傍らに立つ巨大な銀色の獣を「実の息子より大切にしている」と言い放ったのだ。さらに提案された新しい法――奉仕する動物を国民として迎え、屠殺を禁じるなど、到底受け入れられるはずがない。馬鹿げていた。あまりに馬鹿げていて、どこから反論すればよいか分からぬほどに!

「レオンハルト様、あなたは騙されているのです!」

沈黙を破り、口火を切ったのは、二人の間に生まれたばかりの我が子を抱く妃だった。かつての愛妻の顔は、怒りと嫌悪で醜く歪んでいる。

「一年半も国を放り出し、ようやく帰ってきたと思えば、あろうことか獣に洗脳されているなんて! こんな屈辱があるでしょうか!」

最愛のグンを、そして自分たちの絆を「屈辱」と切り捨てられたレオンハルトの瞳に、激しい怒りの炎が宿った。

「聞き捨てならないな。私がグンに洗脳されている……? そしてそれが屈辱だと……?」

一歩、レオンハルトが踏み出す。その威圧感に妃が息を呑む。

「一年半、国を放ったらかしにしただと? 我々が魔王軍と戦わなければ、今頃この国は地図から消え失せている。その子も、お前も、ここにいる全員がとっくに亡き者となっていたはずだ。まず感謝の辞を述べるのが筋ではないのか!」

だが、妃はせせら笑った。人類の科学技術こそが魔王軍を退けたのであり、レオンハルトたちは居ても居なくても結果は変わらなかったのだと。

「あなたは勇者を気取って自分勝手に振舞っていただけ。……獣と愛し合うなど、吐き気がするわ。気持ち悪い」

乾いた音が広間に響いた。

レオンハルトが、妃の頬を叩いたのだ。驚いた赤子が泣き喚いた。

「……私は国を継がない。父上、この国は貴方たちが好きにするがいい」

レオンハルトは冷徹に告げた。

「私は、先ほど説明した法の下で、新たな国を創る。今からここで移民を募る。……我らと共に来る者だけが、真の未来を掴むだろう」

レオンハルトが時計台の広間に集まった民衆に建国を宣言したとき、返ってきたのは熱狂ではなく、地を這うような笑い声だった。

「王子は気が触れたぞ」「獣に化かされたんだ」

口々に囁き合う民衆。彼らにとって、王子の言葉は「正気ではない男の戯言」に過ぎなかった。

「神と人間の違いは、愛を知っているか否かだ。より厳密に言えば、愛の価値を知っているか否かだ。奉仕は愛の発露であり、その奉仕に虐待や屠殺で報いることは、愛への裏切りに他ならない」

レオンハルトは、自分の言葉を嘲笑う民衆の瞳の奥に、得体の知れない「自信」を感じ取っていた。

民衆が、レオンハルトの警告の中で決定的に信じていない部分。耳から耳へ抜けてしまっている決定的な一点――。それは、**『神々が人間を滅ぼそうとしている』**という事実そのものだった。

彼らは、根拠のない自負に浸りきっていた。自分たちは神に選ばれ、愛されている特別な存在なのだと。その肥大化した自尊心が、自らの行いを省みるというスタートラインに立つことすら阻んでいる。だからこそ、人類全滅の足音がすぐそこまで迫っている状況でも、腹を抱えて笑うことができるのだ。

人間が定める「神」の条件。

それは、無条件に自分たちを愛し、常に自分たちの味方をし、どんなに醜悪な行いをしても決して咎めることのない――。

あまりにも身勝手で、傲慢な「神の定義」であった。

レオンハルトの言う「人間を滅ぼそうとする神々」など神ではないのだ。そんな話をするレオンハルト側に付いているフェンリルも神であるはずがないのだ。

一方、メルカトリアに赴いたルカたちも、似たような壁に突き当たっていた。

魔王軍の脅威を肌で知っている分、オルドヴィアよりはマシだったが、それでも彼らの言葉は受け入れられなかった。

「特別攻撃隊はフェンリルにそそのかされ、狂ってしまった」

人々はそう結論づけ、自分たちを守ってくれたはずのフェンリルを「不浄な獣」、「悪魔」と呼んで忌み嫌い始めた。

ルカは落胆したが、カミロはこうなることを予期していた。なぜなら自分自身もフェンリルの女王からグンとブリューを授けられて、『この子らを実の子より大切にせよ』と言われた時に、実の子よりも、この獣を愛せだなんて、狂っていると思ったからだ。

カミロは冷静に、どうしたらこの獣を見下す考えを改めさせることができるのか?と思案したが、その思考はすぐに掻き消された。

今、彼が最も気掛かりなのは、命を懸けて守った人間たちから、劣悪極まりない侮辱を浴びせられたブリューのことだった。傷ついたブリューの心を慰めることこそが最大の関心事であり、妄想に浸っている人間たちのことなど、もはやどうでも良かった。

カミロは、必死に言葉を重ねるルカを肘で小突いて早々に演説を切り上げさせると、バルコニーを後にした。

自室へ戻る道中、ブリューは首を垂らし、とぼとぼと力なく歩いていた。カミロとルカは部屋に戻るなり、ブリューを二人の間に挟んで強く抱きしめた。

「ごめんよ、ブリュー……。あんな奴らの言うことなんて、気にしなくていいんだ」

溢れ出るブリューの涙を拭い、何度も、何度もその頬にキスを贈る。二人の温もりが、冷え切った神獣の心を溶かしていく。

「キャン!」「キャン!」と小型犬のような甲高い声でブリューは泣いた。

その悲痛の泣き声が枯れるまで、二人はグリューを慰め続けた。泣き声が枯れても、ブリューの心が溶けるまで抱きしめ続けた。

同じ頃、時計台の広間を後にしたレオンハルトも、木陰でグンを抱きしめていた。

「すまない、グン。お前にあんな思いをさせて……」

レオンハルトは溢れ出る涙を拭い続け、何度も慈しむようにグンの頬にキスをした。

「……もう、人間は見捨てよう。奴らに救う価値などない」

吐き捨てるように言ったレオンハルトに対し、グンは静かに首を横に振った。

涙に濡れた黄金の瞳は、絶望に濁ることなく、真っ直ぐに「希望」だけを見据えていた。

「……パパ、僕はこんなことではめげないよ。……僕が、人間の未来を守るんだ」

その純粋で、かつ揺るぎない覚悟を秘めた声に、レオンハルトは目を見開いた。

傲慢な人類を肯定するためだけの身勝手な「神」ではなく、彼らがどれほど醜く自分を拒絶しようとも、その未来のために立ち上がる――。

目の前にいる幼い神獣こそが、人間が一生かかっても到達できない、真の「神の愛」を体現していた。


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