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心の穴

『ビート & ヨーン』


~特別攻撃隊の紹介~


【レオンハルト】

辺境の小国、オルドヴィア王国の王子。魔王を討つため、特別攻撃隊を編成した。度が過ぎるほどの生真面目。


【グン】

レオンハルトに育てられたフェンリル(神獣の銀狼)の双子の兄。冷静沈着で自信家。


【カミロ】

騎士。故郷の村を魔族に蹂躙された過去を持つ。陽気で荒っぽい。


【ブリュー】

カミロに育てられたフェンリルの双子の弟。好奇心旺盛で無鉄砲。


【ルカ】

魔法使い。奴隷のように働かされていた採掘場から連れてこられた。温和で仲間思い。


挿絵(By みてみん)


ルシファーは核戦争に飽きた。

その後、急速に心を侵食してくる「退屈」という猛毒に抗うため、彼はスワンプマンたちの造形美を追求し始めたが、それも長くは続かなかった。かつて「巨大な穴」を埋め尽くしていた泥沼はもう存在しない。代わりにそこを埋めているのは、用済みとなったスワンプマンたちの無数の残骸だ。

《この穴は……僕の心の穴だったのか……》

独り虚しい声が頭の中に響いては消えていく。ルシファーは残骸の山の頂に横たわり、むせび泣いていた。

《寂しいよぉ……神さまァッ……助けてよぉ~》

誰も答える者はいない。神々はとっくに彼自身が抹殺してしまっている。やがてルシファーは考えることを辞めた。

まばたきもせず、なにかを見るわけでもなく、ただ視線をそこに置いた。身体も動かさなかった。唇が重力で垂れただけ、筋繊維の一本も動かす気になれない。

風が吹き、雲が流れ、日が沈み、また日が昇る。死んでいるようで、死んでいない。石になったような、自分が消えて景色に溶け込んだような、不思議な感覚……。

その静寂を切り裂いたのは、フェンリルの王に跨った人間の王、レオンハルトだった。

ほとりで鳴った微かな足音に、ルシファーが弾かれたように飛び起きる。その目に飛び込んできた「生身の人間」の姿に、彼は驚き、そして愛しい恋人との再会を味わうように、たっぷりと時間をかけて、にんまりと笑った。

ルシファーは毛を逆立てて全身を震わせ、拳を固く握りしめながら、歓喜の金切り声を上げた。

《居た居た居た居たッ!まだ居たァアッ!神は僕を見捨てていなかったぁぁぁぁぁッ!》

フェンリルの王は一歩後方へステップし、残骸の山から躍り出たルシファーと距離を取る。

《おいでぇ~……かわいい我が子~……愛しの坊やぁ~》

「逆だろ。お前が俺の子だ。俺たち人間の祈りがお前を生んだんだからな」

《どっちでもいいだろぉ!そんもんッ!お前は黙って俺に従えばいいんだよッ!泥人形にもなれねぇ出来損ないがぁッ!》

敵意を剥き出しにしたルシファーにレオンハルトが矛を構えた。フェンリルの王と呼吸を合わせ、隙を窺いながら左回りに円を描く。

《ごめんごめん!ごめんよぉ~……恐がらせちゃったねぇ~……ほら、僕の弱点だよ。僕を殺しに来たんだろう?おいで。さぁ、こっちへ》

ルシファーの上半身が花びらのように裂けて、広がった。その中心で虹色のクリスタルが脈動している。曝け出された弱点だろうか――?ルシファーの言葉を鵜呑みにはできない。

レオンハルトが矛を振り回すと、風魔法の突風が両者の間に吹き上がる。

ルシファーがよろめいた瞬間、レオンハルトの姿が消えた。

次の瞬間、真横からの斬撃。ルシファーはへし折れるほどのスウェーでそれを避けた。

《危なーい》

フェンリルの王の突進に合わせて繰り出されるレオンハルトの連撃を難なくかわしていく。

《危ない! 危ない! 危ないねぇ~》

しかし、二人の攻撃は止まらない。無表情のまま繰り出される、連撃につぐ連撃。徐々にルシファーの余裕の声が短くなり、次の斬撃に遮られていく。

《危ない!》《危な!》《あぶ!》

スピードが上がっている。そう気づいた頃には時既に遅し。フェンリルの王の突進とレオンハルトの斬撃は風魔法を巻き込んで、臨界点の超加速に達していた。ルシファーは無言で避けるので精一杯だ。均衡が崩れた刹那、閃光のように鋭い一突きが曝け出された弱点を貫いた。

飛び散る虹色の破片。次の瞬間、背中の重みを失ったフェンリルの王の目の前で、ルシファーの姿が竜巻と共に消えた。

レオンハルトは、ルシファーの深層世界に飛んでいた。目の前に佇む無防備なルシファーと自分だけの、真っ白な、なにも無い世界――。

レオンハルトは矛を構え直し、ルシファーを射抜くような視線で睨み付けて宣告した。

「お前が引き受けた『罪』を、今すぐ全部返してもらうぞ」

《なんの話……?》

「人間の罪を背負っただろう」

《……うん》

「人間の罪を奪うな。贖罪は、その罪を犯した本人が行わなければ意味がない。贖罪のできぬ人間に、罪から逃れ続ける人間に、価値などないんだ!」

《それじゃあ意味ないだろッ! 僕が存在している意味がッ! なくなっちゃうだろッ! 僕は人間の罪を全て背負う存在だ! それこそがッ、僕の存在意義だッ!》

「そもそもな……お前の存在そのものが矛盾なんだよぉぉお!」

レオンハルトの逆袈裟斬りが、ルシファーの股下に食い込んだ。渾身の力を込めて、レオンハルトが雄叫びを上げる。

「うおぉぉぉぉぉお!」

フェンリルの王は、確かにレオンハルトの雄叫びを聞いた。直後、真下から凄まじい地鳴りが迫る。

巨大な穴の底からクジラが大口を開けて舞い上がった。スワンプマンの山を丸ごと飲み込んだクチバシの先端に浮かぶのは、矛を天高く突き上げたレオンハルトだ。

フェンリルの王が神速の瞬発力でレオンハルトを咥えて跳び去ると、間一髪のところでクチバシが閉ざされた。

滑空しながらレオンハルトは、一瞬前まで自分がいた場所を見つめた。

スワンプマンの山を口の中に閉じ込めたクジラが舞い上がった勢いのまま流れるように巨体を反り曲げて、優雅に落下していく。

その瞳はどこか達観したような、物悲しさを宿していた。本当は全て虚構だと、ルシファー自身も最初から分かっていたのではないだろうか……?

そんな疑念がよぎったのもつかの間、クジラは儚い光の粒子となって霧散して消えた。

「良くやった、レオンハルトよ!」

見上げると、自分を咥えたフェンリルの王の口の端が釣り上がっている。レオンハルトは見えているかどうか分からなかったが、兜の中から屈託のない微笑みを返した。

そう、勝ったのだ。

人類は、自らの生み出した途方もなく強大な『矛盾』に、打ち勝ったのだ!


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