日蝕
『ビート & ヨーン』
~特別攻撃隊の紹介~
【レオンハルト】
辺境の小国、オルドヴィア王国の王子。魔王を討つため、特別攻撃隊を編成した。度が過ぎるほどの生真面目。
【グン】
レオンハルトに育てられたフェンリル(神獣の銀狼)の双子の兄。冷静沈着で自信家。
【カミロ】
騎士。故郷の村を魔族に蹂躙された過去を持つ。陽気で荒っぽい。
【ブリュー】
カミロに育てられたフェンリルの双子の弟。好奇心旺盛で無鉄砲。
【ルカ】
魔法使い。奴隷のように働かされていた採掘場から連れてこられた。温和で仲間思い。
宴会の余韻に浸る兵士は一人としていない。そこにいるのは、死を覚悟した六十万の戦士たちだ。
偽神王ルシファーがどこを産声の地とするか予測がつかぬ以上、視界の開けた尾根に陣を構えるのが兵法の定石である。最高司令官イソグサ率いるロマール軍の大軍勢は、オルドヴィア山脈の尾根を目指し、地響きを立てて大移動を開始した。
山脈に潜む人間たちは、この異常な軍事行動を敏感に察知し、「魔王軍の一斉攻撃が始まった」とパニックに陥ったが、世界はそれどころではない。野営の支度を終えたロマール兵たちは、明朝に控える総力戦に備え、静かに眠りにつく。
同じ頃、レオンハルト率いるイザベルの民もまた、フェンリルたちと共に尾根への移動を開始していた。彼らは民間人であり、神々の戦いに加わる意思はない。あくまで戦火を避けるための、決死の避難であった。
「助けてもらっておいて、こんなことを聞くのもなんだけど……おじさんたちは、神々の戦いに参加しなくていいの?」
グンが並走するフェンリルの王に尋ねると、王は「何をいまさら」とでも言いたげに豪快に笑った。
「案ずるな。アザトースも承知の上だ。共に築こうではないか。**『神獣と人間が共に歩む、真実の国』**を」
「うん! ありがとう、おじさん」
「礼なら、これからルシファーと戦う神々に言うのだな」
夜が更けても、森の騒がしさは増す一方だった。
慌てふためき走り出す獣たち。弾かれたように飛び立つ野鳥。最終決戦に備え、戦力を温存し続けていた神々が、ついにその重い腰を上げたのだ。
木々の間を絶え間なく突風が吹き抜け、ゆらゆらと半透明の巨大な人影が闊歩する。この異常現象はオルドヴィアに限ったことではない。神々はルシファー誕生の兆しを逃さぬよう、世界のあらゆる場所を監視していた。
ある場所では季節外れの粉雪が舞い、ある場所では滝が逆流して止まり、ある場所では宙が裂け、無数の瞳が辺りを執拗に見渡す。
多種多様な魔族が暮らすロマールの街は、すでにもぬけの殻となっていた。外を歩くのは神々の巨影のみ。国民たちは皆、ロマール山脈の尾根に集まり、祈るようにその時を待っていた。
ゴブリンの男児は赤子のワイバーンを抱きしめて震え、大人たちも不安で眠ることなどできない。楽しそうに走り回るのは何も知らない幼子だけだ。やがて、遊び疲れた子供たちが親の腕の中で眠りに落ちていく。
東の空が朝焼けに染まり始めると、誰もが空から目が離せなくなった。
気を紛らわせるために朝食の支度が始まっても、ちらちらと月の位置を確認した。
雲の流れとともに、月が急速に朝日へと接近していく。これほど時が経つのを早く感じることはなかった。
ゴブリンの少年が無言で空を指差すと、世界は一瞬で暗転した。
朝日と完全に重なり、黒い円盤の輪郭だけが白銀に輝く月。紅に燃える雲。
大人も子供も、魔族たちは一斉に顔を上げ、眼孔を見開いてその異様な光景に硬直した。
いつの間にか野営地の上空には、象のように長い鼻を持つ神が浮遊していた。象鼻の神が人差し指を天に掲げると、野営地全体を巨大な魔法のバリアが包み込む。
そして、運命の七分三十二秒が経過した。
月が朝日から離れ、光が戻ると同時に、景色が横に揺れた。揺れはどんどん激しくなり、悲鳴が野営地に響き渡る。
ロマール山脈の反対側に位置するオルドヴィア山脈もまた、凄まじい横揺れに見舞われていた。イザベルの民は立ちくらみのようにバランスを崩して横転し、即座にフェンリルたちの口に咥え上げられる。
「土砂崩れだ!」
誰かが叫んだ。足元の大地が瓦解を始めている。
「走れ!」
フェンリルたちが人間を背に乗せ、一斉に駆け出した。幾本もの銀色の筋が、崩れ落ちる土砂よりも速く山脈を疾走する。
グンの背に跨るレオンハルトは、滑り落ちていく景色のなか、オルドヴィア山脈の麓に出現した「巨大な穴」を目撃した。
そこから一気に、大量の泥が噴き上がった。
何度も、何度も。連続して。
それは月に届きそうなほど天高く、真っ黒な飛沫をぶちまけた。
まずは自分に有利なフィールド作り。ルシファーが選んだ戦場――それは、この戦争の最終局地たるオルドヴィア山脈だった。




