女王の慈愛
『ビート & ヨーン』
~特別攻撃隊の紹介~
【レオンハルト】
辺境の小国、オルドヴィア王国の王子。魔王を討つため、特別攻撃隊を編成した。度が過ぎるほどの生真面目。
【グン】
レオンハルトに育てられたフェンリル(神獣の銀狼)の双子の兄。冷静沈着で自信家。
【カミロ】
騎士。故郷の村を魔族に蹂躙された過去を持つ。陽気で荒っぽい。
【ブリュー】
カミロに育てられたフェンリルの双子の弟。好奇心旺盛で無鉄砲。
【ルカ】
魔法使い。奴隷のように働かされていた採掘場から連れてこられた。温和で仲間思い。
――銀杯は、吸い込まれるような青空をその内側に写し取っていた。
王家に聖杯として伝わる一客の銀杯。それを掲げ、レオンハルトたちは静まり返った森の深部へと足を踏み入れた。枝葉の隙間から、怪しい銀色の毛並みが幾度も翻る。しかし、聖杯が放つ威光に守られた一行に、牙が剥かれることはなかった。
辿り着いた最奥の祭壇。だが、そこに女王の姿はない。
「我はオルドヴィア王国の第一王子レオンハルトなり! フェンリルの女王に拝謁に参った!」
レオンハルトの叫びに応えたのは、木々の隙間から音もなく現れた一頭の老狼だった。
「女王はもういない……」
フェンリルの新王となった老狼が告げた事実は、あまりに冷酷で、あまりに重いものだった。
人間を滅ぼすことは神王アザトースの勅令であり、人間に手を貸すことは、神王への明白な反逆を意味していた。それを承知で、女王は人間に我が子を、神の力を授けた。その代償として、彼女は処刑されたのだという。
レオンハルトは、見ず知らずの自分たちに希望を託した女王の、あまりに深い慈愛に驚愕し、絶句した。
「……人間が犯した罪とは、一体何なのだ。我々は、何を間違えた!」
食い下がるレオンハルトに対し、老狼は、突き放すような視線を向けた。
「考えろ。そして悔い改めよ。答えを教えられ、ただ命じられたままに動くのであれば、それは機械と同じだ。それこそ人間が存在している意味などない」
手がかりを失い、レオンハルトが絶望の淵に立たされた時、静寂を切り裂いて、聞き慣れない声が響いた。
「パパ、諦めちゃダメだ!」
三人が弾かれたように辺りを見回す。声の主は、レオンハルトの傍らに立つグンだった。声変わりする前の男児のような、高く、澄んだ声。
(かっ……かわいい……!)
あまりの愛らしさに、三人の心に場違いな興奮の嵐が吹き荒れる。しかし、グンの黄金の瞳は至って真面目だった。
「魔王軍はきっと進軍を開始している。もう時間がないんだ。ここで答えを出さなきゃ、人類は自分たちが滅ぼされる理由も分からないまま、滅びることになる」
レオンハルトは跪き、グンの顔を優しく包み込んだ。
「グン、いつの間に喋れるようになったんだ?」
「今……喋ろうと思ったら、喋れた」
「ブリューも喋れるのか?」
カミロが期待に胸を膨らませてブリューの顔を抱擁したが、「ゥ……ウォンッ!」という短い、しかし全力の鳴き声が返ってきただけだった。まだ言葉にはならないらしい。
(これはこれで、たまらなくかわいい……)
鼻の下を伸ばし、顔を緩ませる三人をよそに、グンは新王との交渉を開始した。
「おじさんは人間のためにあえて答えを教えないんだね? 罪を犯した者が、誰かから正解を教わって反省の言葉を述べたところで、それは本当の悔い改めじゃない。欺瞞はすぐに見破られ、神々と和睦する道は永久に閉ざされてしまう」
「おじさん」と呼ばれた老狼が、僅かに驚いたように頷いた。
「でも、すぐには自分の罪を完全に理解できなくても、二度と同じ罪を犯さないように法を定めて、みんなでこれは悪いことなんだと理解していくことはできるはずだ。その法が当たり前になった時、人間は本当の意味で変われるんじゃないかな。そのために、ここで納得がいくまで話し合いたいんだ」
(グン……我が子ながら、恐ろしいほどの天才だ……ッ!)
三人は『うちの子天才なんですッ!』と大声で叫びたい衝動を必死に抑え込み、グンの言葉を支えに新王を見つめた。
老狼は暫し思案した後、重い口を開いた。
「グンよ、この者たちを傍で見てきたお前がそこまで言うのなら、賭けてみようか……その可能性に……」
老狼の鋭い眼光がルカを射抜く。
「そこの魔法使い、記憶の干渉はできるな?」
「はい!」
「オルドヴィアが国として成り立つ以前から生きる我が記憶を、レオンハルトに見せよう。言葉より、ずっと心に響くはずだ」
進み出たルカが老狼とレオンハルトの額に手を翳す。三人が静かに目を瞑った瞬間――。
濁流のような記憶が流れ込んできた。
それは、フェンリルと人間が同じ食卓を囲み、同じ空を見上げて眠る……太古のオルドヴィアの穏やかな日常だった。




