潮騒
「あ〜〜! もう! クソッ!」
走る。
大声を出しながら裸足で砂浜を駆けた。
片足ずつ。不安定な砂の上で足をとられ、不規則に沈む。
「先輩のバカ! クズ! カス!!」
好きな男が知らない女とデートしてた。めちゃくちゃ思わせぶりなことたくさんしてきたのに彼女いるとか聞いてない。
「一緒に帰ろ? とか! 休みの日に2人でカフェ行ったりとかさぁ!! したじゃん!? 何!? 何だったのあれは!?」
しかも相手の女、挑発的な顔で私を見てきた。優越感に浸ってやがる。許せない。
「てか女の趣味悪ぅ!」
「てかそんな男が好きだった私、一番許せない! もうぜ〜〜んぶムカつく!!」
手に持っていたローファーを勢いよく砂浜に叩きつける。派手な音は特にしなかった。モヤモヤが逆に増したようにも感じる。
「愛香」
「は!?」
突然、よく知る男の声がした。
でも、声の主は先輩じゃない。
「瞬夜 え、なんでいんの?」
「泣いてると──思ったり思わなかったり」
「あ、そう」
「荒れてるかな、と思って」
「ふーん」
よくわからない理由で現れたこの男、瞬夜はなんかちょっと仲の良いクラスメイトだ。
「言ったじゃん 先輩彼女いるよって」
「は? 聞いてないよ」
「"瞬夜が私の気を引きたいだけでしょ〜"つって聞かなかっただけだろ」
「あっ…」
まずい、そんなこともあったような気がする。瞬夜と喋っているときに、まともに頭がはたらいていた試しがない。先輩に夢中で。
「てかさぁ、マジで今度こそ俺にしようよ」
「へっ…?」
「言ってんじゃん、ずっと。愛香が好きだって」
「……いや…えと…知っ…てるけど…」
「ほんとにわかってんの?」
目の前の男はノーモーションでスッと顔を覗き込んできた。改めてよく見てみると結構顔が整っている……気がする。やばい。なんかドキドキする。
いや、そうではない。そうではなくて。
「わかってる! わかってるから離れて!!」
「絶対わかってないよね? 好きってどういうことかわかる?」
「え? そりゃ! 好きは──……好きだよ……なんか…プラスの感情…好意的なやつ……」
不覚。語彙が何も出てこなかった。私はもう少し補足しようと頭の引き出しを適当に開けて回った──が、何か言葉が見つかる兆しは感じられない。
「はぁ」
瞬夜は目を逸らして特別大きなため息をついた。さすがにこの回答じゃダメか。
「愛香ってさぁ 好きな人以外見えてないじゃん。だからいくら言っても無駄だと思ってたんだけどさ」
「……うん。うん…?」
「俺の愛香への気持ちって、愛香が先輩に抱いてた気持ちと一緒だからね」
「……」
私が…先輩に抱いてた……気持…ち。少し考えてみる。かっこいいとか、かわいいとか。全部思い出す前に瞬夜が続けて口を開く。
「付き合いたいとか 手繋ぎたいとか 抱きしめたいとかさぁ 思ってるからね?」
頭の中でゆっくりと反芻する。その意味が温度を持ってわかった瞬間、顔に熱が集中するのを感じた。
「…ふぇ」
混乱した私の唇は何の言葉も紡がない。間抜けな鳴き声しか出せなかった。
助けを求めるように瞬夜の顔を見ようとすると、雑に髪の毛をかき乱された。
目の前に髪の毛のすだれができる。悪くなった視界の隙間を縫って瞬夜を見やると、わずかに赤らむ耳が見えた。
チッ。
舌打ちとともに、「やっと意識したかよ」と少し上擦った声が聞こえた。
意外に感じた。
向かいから風が吹いて、髪が後ろになびく。少し晴れた視界で彼を盗み見ると、居心地が悪そうに少し俯いて襟足の髪をいじっていた。
瞬夜が取り乱すところなど見たことがなかった。
なんだか私も恥ずかしくて、一緒になって俯いた。
夕日の赤が鮮やかさを増す。生温い潮風が私たちを包み込むように吹いていた。
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