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第九話:謎解きのはじまり

「では、謎解きをしてあげよう」


 都会のひょろりとした優男のふうはなりをひそめ、イアン・ニートルの真っ黒な瞳の奥にはひどく暗くておぞましいなにかがこちらを覗いていた。


「二回目の航海のとき、あの自称医師たちは研究のため、乗員の行動を徹底管理していた。だからあなたが彼らに知られないようにこっそり島へ上陸するのは不可能だった。あの船で乗員が自由にできたのは、自分の船室で寝ている間くらいだったのだ」


 老船乗りは恐怖を忘れて顔をあげた。


「なぜ知っている?」


 二回目以降の島への航海では、老船乗りには明確な目的があった。

 誰にも知られぬようひとりで上陸し、単独行動できる自由時間があることだ。

 あの船ではいずれも無理だった。軍隊なみに、就寝と起床時間に、三度の食事を食べ終える時間まできっちり決められていた。


「だから三度目は急いで、(みずか)ら行動した。危険な航海へ何度も出るには、(おのれ)がすでに歳を取り過ぎている自覚があったからだ」


 そうだ。もはや老船乗りには、あの島へ行きたがる客の訪れを悠長に待つような時間はそう残されていないとわかっていた。


「そしてあなたは、三度目の航海に出た」


 あの島へ行くには船がいる。多少の嵐が来ても乗り切れる経験ある船乗りたちが乗る、頑丈な船が。


「最後の犠牲者は、あなたが選んだ。彼らは難破船の墓場の話を聞かされたが、それまでの犠牲者と違ったのは、あの島に何があるかを知りながら、最初から協力を約束した仲間だったのだ」


 分け前をエサに、小さい会社の船主をたぶらかした。


 外洋航海にも出られる立派な中型船と船員を抱えた、自身が船主でもある船長だ。彼とは〈海王亭〉でたまたま知り合った。

 酒を飲みながらでは〈難破船の墓場〉なぞ、胡散臭(うさんくさ)すぎて信じてもらえなかった。


 だが、老船乗りはいくつかの難破船の船名を覚えていた。


 港湾局で過去の記録を調べれば、行方不明になった船名と積み荷の記録が残っている。

 それらの船が実在し、戻らなかった証拠を目の当たりにして、船主の船長は喜んで協力を約束した。いい海の男だった。部下にも慕われていた。あの船長の船になら乗っていたいと、老船乗りも思ったものだった。


「船は無事に島へ到着した。だが、偶然にも、ほんの三日前に近くで難破して助かった遭難者がいた。何も知らぬまま樹液をなめ、〈病気〉を発症して。あなた方は上陸してそれを見た。船長は、目の前で見る見る悪化していく発症者の様子におののき、あなたが島のどこかに隠したという金塊の回収をあきらめ、即座に島から退去する指示を下したのだ」


 イアン・ニートルはそこでわずかな間をおいて言った。


「あれは、あっという間の出来事だったな」


 イアン・ニートルは知っているのだ。あの島で老船乗りが体験したことを。


「あの臆病者が悪い。あれが最後のチャンスだったのに!」


 あの島で老船乗りが見つけた金の延べ棒、もとい、莫大な財宝を回収できる、最後にして唯一の機会だったのに!


「俺がいくら疫病(えきびょう)じゃない、人間から人間には伝染しないと説明しても、あの船長は聞かなかった」


 ほんの数時間、島に留まってくれれば、一部でも回収できた。老船乗りの取り分が半分に減ろうと、あの船長達全員に平等に分配したって、皆が残りの人生を貴族のように暮らせる財産になったのに!


「いや、英断じゃないかね?」


 イアン・ニートルは小首をかしげた。


「ただ、そのせいで、あなたは岩の近くに隠しておいた、もっとも取り出しやすい金塊すら持ち出す暇もなかったわけだが。それだけは、あなたは自分一人で掘り出さなければならなかった。なぜなら――」


 イアン・ニートルは、そして老船乗りの反応を待った。


「やめろッ!」


 老船乗りは怒るまいとしていたが、気がつけば怒鳴りつけていた。


「その場所には、あなたが昔殺した仲間の遺体も埋められていた。そこには殺人の凶器である、あなたのイニシャル入りのナイフも一緒に埋められていた。深く刺してしまい、取れなかったから」


 老船乗りは目を見開いたままで固まった。


「おまえ……何者なんだ?」


「そのとき私にも遭っているのだ。覚えていないだろうがね」


 イアン・ニートルは意味深に口角をあげた。老船乗りはもちろん、覚えは無い。


 あのときは誰もいなかった。

 白い砂浜、風がうなり、波の音はいつにもまして単調だった。


 波打ち際で魚が跳ねた?


 いや、あれは魚じゃなかった。砂よりは色の濃い大きな何かが波打ち際にいたような……。あれは何の生き物だ? 砂を掘っていた……?


「おまえ、死体を掘り出したのか?」


 言ってから、老船乗りは冷や汗をかいた。


 俺は何を考えているんだ。

 あの島で、あのとき砂を掘っていたのは、あの生き物は、人間じゃないだろうに。


 このイアン・ニートルは、目の前にいる男は『人』だ。ものすごく変わり者だとしても、姿形は人間のそれじゃないか。


 イアン・ニートルはその質問には答えず、老船乗りをじっと見据えながら続けた。


「あなたは見つけた物を奪われないよう、島のいくつかの場所へ分けて隠した。そのうちの一つが海岸の岩陰だった」





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