第十六話:結末のあとの蛇足ならぬ節足について
一夜にして、父から受け継いだ酒場だった建物という財産は失われた。
若い店主はしばらく呆然としたものの、建物の瓦礫の中からかろうじて無事だった絵画を発掘し、いそいそと画廊へ持ち込んだ。
あのイアン・ニートルが良いと言った絵だ。ならば、いくばくかの金に換わらないかと期待したが……。
その有名画廊の絵画鑑定士いわく、
「よく描けているが、おそらく美術的な絵画ではなく、海洋生物学者が描いた観察のスケッチで、標本絵である可能性が高い」
生物学の標本絵の市場というものもあるが、鑑定士はこのような生物の絵は見たことがないという。
作者について調べてもらうと、その海洋生物学者が実在した記録はあった。
もしや世に知られていない新種で学術的な価値があるのではと、海洋生物学の専門家を紹介してもらったが、新種ではなかった。
その全身はたしかにスナホリムシらしく、節足の一部は〈ダイオウグソクムシ〉という海底に生息する生き物に酷似している。だが、絵の裏にメモされた発見年代と特徴を記したと思われる説明書きに体長二メートル三十センチと書かれていたことから、現実にはありえないと一笑に付された。
これは不思議の国のジャヴァーウォックや、喋るドードー鳥のような、空想上の生き物だろうと。
そして「グレイト・イアニトル」というラテン語名は、地球上の国ではどこにも、新種発見の報告や登録は、なかった。
〈了〉