表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新世のアリエーネ  作者: 創式浪漫砲༺艦༻
結婚相談所のアリエル
8/18

至恩に揺れる赤い痕

 (……そろそろ、か)


 少年はどうにも落ち着けなかった。

 もし仮にこの現象が「タイムスリップ」なのだとしたら――ほぼ確実にやってくるのが、あの“入浴イベント”だからだ。


 (いや……あれは偶然起きた事故だった……出来ることなら、今回は避けたい……)


 少年の頭はぐるぐると回転していた。

 彼がこの部屋に「しばらくいる」理由――それは、警備員としての警備任務だという、言い逃れの効かない嘘だった。


 理由は単純だった。

 それしか、彼女と接触するための大義名分が思いつかなかったからだ。


 それに、もし別の手段を取って“分岐”が発生でもしたら――どうなるか想像もつかない。


 (……入浴イベントも同じ。できれば回避したいけど……)

 (それに……あのとき見た彼女の肩の赤み……もう一度、確かめておきたい)


 少年は何も言わず、静かに部屋を後にする。

 彼女を守る――その強い決意を胸に秘めながら。



  『きゃあっ!?』


 少女がバスルームの扉を開けたその瞬間、先客がいた。


 そう、少年――アリエル。

 何やら妙なサングラスをかけ、湯気の中に座っていた。


 ――登山用サングラス。


 肌色の露出を軽減し、赤みや変色部分だけが強調される特殊レンズ。

 防水仕様で、浴室内の異常確認や応急処置のため、正式に警備員に支給されている。

 もちろん、任務上必要な場面でのみの使用が前提だ。


 (あくまで任務……あくまで確認のため……)

 (僕は彼女を守るために、これを使っているだけなんだ)


 ミルナは瞬時に悲鳴を上げ、扉をバタンと閉めた。

 慌てて取り繕うアリエルは、思わず口を開く。


 『大丈夫です、お嬢さま。このサングラスは特製品。貴女のプライバシーを損なうことはありません』


 『そういう問題じゃないかしらっ!? 何故、貴方がここにいるのよっ、嘘つき警備員っ!!』


 しまった、とアリエルは心の中で呻く。

 忘れていたわけではない――だが、こればかりはどうしようもなかった。


 汗が止まらない。全身から冷や汗が噴き出す。


 『お、お待ちください! お嬢さ……っ』


 だが、ミルナはもう走り去っていた。


 この流れ――おそらく、前回と同じく非常呼び出しボタンを押しに行く気だ。

 あれもタイミング次第でどうにかなるかもしれない……が、やるしかない。


 アリエルはバスタオルを片手に風呂場を飛び出した。



 『やっ……やめてっ……』


 タオル越しに、触れる。


 二度目だ。

 滑った――のだと思う。いや、そう思いたい。

 彼女に触れるつもりなんて、なかった。


 (……なかったはず、だ)


 不意に、身体がこわばる。緊張していた。

 前よりは少し冷静。でも、それが逆に怖い。


 マネージャーの立場?

 そんなもの、今となってはどうでもよかった。


 ――これは通過儀礼。

 回避できない。必要なこと。


 (ここを越えなければ、彼女に触れられない)


 転倒の位置。角度。

 タオルを挟んだ距離。見えないようにかけたサングラス。

 どこまで意識して、どこまで無意識だったか――自分でも、覚えていない。


 『……かしら?』


 『ちょっと! 聞いてるかしら!!?』


 すべてが完璧に決まった、その瞬間。

 何かが――完全に崩れる音がした。


 触れた肌の温もりが、指先から溶け落ちていく。


 ――少女の肩の、赤い痕。


 呼びかける声に反応するように、

 見上げた少女へ白いアイスをーーそっと差し出す。

 


  ――運命の歯車は、既に音もなく廻りだしていた。


 『はぁ……? これ、何なのよっ……!?』


 アリエルとミルナは、テレビの前に座っていた。

 どのチャンネルに回しても、結婚相談所しか映らない。

 ミルナだけが、驚いた顔をしている。


 (これで二度目の視聴……分かってはいるけど……つまらない)


 だが、少年の目に映るものは違っていた。

 全く同じようで――どこか、おかしい。

 そこには、いつも通りのAさんが映っていた。


 


  レポーター:「さあ始まりました! 『なぜ結婚できたんダ!?スペシャル』!

  まず最初の応募者はこちら、Aさんです! それでは早速お話を伺っていきましょう。Aさん?」


 


 ……タイトルが違う。

 微妙な違和感。気づくのが一瞬遅れた。

 だけどそれは、些細どころではない違いだった。


 (前回は……結婚できなかったはずなのに!? すでに――結果が変わってる!?)


 思わず、冷や汗が頬を伝う。

 画面の中で、Aさんが結婚できた理由が語られていく。


 条件を必要以上に釣り上げず、本当に合った人を探したこと。

 そして、変えることのなかった価値観を揺さぶった、あるアドバイザーとの出会い――


 それは、紛れもなくアリエル自身のことを指していた。


 何げない日々の仕事。たったひとつの会話。

 それが、確実に形を変えて反映されている恐怖。


 (とっくに……分岐していたというのか?)

 (いや、これは……ミルナと僕の関係を変える分岐じゃないはずだ……!)


 頭の中に、鈍い音が響く。

 理解が追いつかない。けれど確かに、「何か」が進んでいる。


 そんな少年の混乱を、なだめるようなタイミングで、

 少女がすっとリモコンに手を伸ばした。


 『ふぅん。中々参考になるのよ。でも……少し、つまらないかしら』


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ