表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新世のアリエーネ  作者: 創式浪漫砲༺艦༻
結婚相談所のアリエル
7/18

悪魔の再来

 『お客様のためを思って言っているのです。もう少し条件を緩めたほうが――』

 

 ……ああ、もう口癖になってるな。


 周りの社員が笑ってこちらを見ていた。

 どこか諦めたように。どこか軽んじたように。

 でも、評価は悪くない。

 仕事は板についた。相談件数もトップだ。

 “やり手”と呼ばれて、拍手されて、表彰されたこともある。


 (……なんでだろうな。あの一件以来、僕は夢を見なくなった)


 それがきっと、仕事の邪魔をしなくなった理由。

 余計な期待も、痛みも、なくなった。

 サポートもいらない。

 もう、一人前なんだ。



 僕をこの店に入れてくれた受付のお姉さんは、もういない。


 あの人は、いつも笑ってた。

 でも、たまにつまらなそうな顔もしてたんだ。

 気づいていたけど、何も言わなかった。

 あれが理由だったのかな。

 ある日、急に辞めていった。


 

 気がつけば、僕はトップアドバイザーになっていた。


 特別に頑張ったつもりはない。

 夢を見なくなったら、自然と昇進していた。


 不思議なことに、昇進すればするほど――

 拍手の数は、減っていった。


 (……嫉妬か。醜いもんだ)


 そんなある日。

 アリエルは上役に呼び止められた。


 『アリエル君、ちょっといいかね』


 『はい、何でしょう』


 その表情に、わずかな違和感を覚える。

 訝しげな目つき。いつもと違う声のトーン。


 『最近、ホテルスタッフが足りてなくてね。

  君に、暫くのあいだマネージャーを任せたいのだが……引き受けてくれるかな?』


 その瞬間だった。


 ――全身を突き抜けるような音が、アリエルの中で鳴り響いた。


 ホテルマネージャー、だと……?


 もうこりごりだったはずの役職。

 あの場所で見た景色。

 ミルナ、夢、目覚め、失われた日々。

 あの“境界”にいた頃の記憶が、脈打つように蘇る。


 (これは……左遷か?)


 反射的に、そう疑った。

 表では丁重に。だが実質的には冷遇――

 そんな例を、何度も見てきた。


 けれど、下手に拒めば評価は落ちる。

 昇進は遠のく。

 何より……上役の真意を測るには、都合のいい舞台だ。


 ……心の奥で、まだ何かが燻っていた。


 そして、ほんのわずかの間を置いて、アリエルは答えた。


 『――暫くということでしたら、引き受けます』


 *


  少年の部屋に着くや否や、彼は幻覚を見ていた。


 『ご機嫌よう。貴方が私の担当でして?』


 ……居る。確かに、そこに居る。


 白磁のように透き通った肌、深紅に染まる瞳。


 その姿は、絶対に間違えるはずもない。


 ーーープラハ・ミルナ。そのものだった。


 *

 

  『こ、こらっ! 待つかしらっ! レディを置いてどこへ行くつもりなのよっ!』


 ――怖かった。


 嬉しさよりも、圧倒的な恐怖のほうが勝っていた。


 少年は我を忘れ、部屋のあらゆる扉を手当たり次第に開けた。


 何がどうなっているのか、まったく分からない。


 でも、何度開けても、そこは自分の部屋だった。

 ただの“部屋”なのだ。広がりもなければ、出口もない。


 ――閉じ込められている。


 その現実が、ゆっくりと脳を侵食していく。


 ひとつの希望にすがるように、少年はエレベーターへと駆け出す。


 (ない、あってくれるな……! お願いだ)


 切実な祈りと裏腹に、現実はあまりにも残酷だった。


 「メンテナンス中」「清掃作業中」

 そんな張り紙が、まるで呪いのように扉を覆っている。


 見渡しても、他に出口などどこにもない。


 あり得るはずの現実が、音もなく崩れ落ちていった。


 やがて少年は、肩を震わせながら、ひとつの結論に辿り着く。


 『そ、そんな馬鹿な……た、タイムスリップしているのか……!?』


 ――それは、近からずとも遠からず。

 運命の輪が音もなくかみ合い、いままさに“狂い始めた”ことを告げる、最初の兆しだった。

 

 *


 『来、来るなっ……!!!』


 少年は小さく、震える声で呟いた。

 コツ、コツ――と、少女の足音がゆっくりと近づいてくる。


 (違う、これは夢だ……悪夢なんだ……!)

 (早く目を覚ませ、頼む……近づくな、来るな、この――)


 『悪魔ーー!!!』


 咄嗟に叫んだその一言が、静寂を裂いた。

 少女の瞳が、ぴたりと揺れる。


 そのわずかな揺らぎと同時に、少年の胸にも何かが軋むように波打った。


 引き攣った顔?

 蔑むような、冷たい目?

 本気で「怖い」と伝えたとき、人はどう応えるのか。

 あの言葉で彼女を突き放してしまった――そんな後悔が一瞬、胸をよぎる。


 けれど――それは、違った。


 『誰が悪魔よ。失礼しちゃうかしら』


 ふわりと差し出された手。

 白く細い指先に、確かな体温があった。

 どこか呆れたような、それでも優しい笑み。

 少年を拒絶しないその瞳に、確かに何かがあった。


 (そうだ……僕は、あの子に何度も助けられてばかりだった)

 (今度こそ、今度こそ僕が――守らなきゃ)


 少年は、その手をしっかりと握る。

 もう、あのときのような迷いはない。


 自然に、静かに――二人で部屋へと戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ