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新世のアリエーネ  作者: 創式浪漫砲༺艦༻
結婚相談所のアリエル
4/18

痛みと歌が交わる夜

 ははぁ、これが彼女がここに通う本当の理由か。

 少年はふと察した。


 黒いタブレットを手に取った彼女。

 そして、その動きを見逃さずにミルナは白いマイクに手を伸ばす。


 このホテルにはカラオケも完備されている。

 彼女は一体何を歌うのだろう。少年の視線は自然とタブレットに向かった。


 すると――白閃のような光が一瞬視界を遮った。

 少年は思わずヒヤリとする。目の前数センチの距離で、白いマイクが鋭く伸びてきたのだから。


 「レディへの非礼よっ。貴方が歌うかしら」


 まだ怒りは収まっていないのか。

 ミルナの表情を窺うが、彼女は少しだけ微笑んでいた。

 女心は、本当に難しい。


 そう思った瞬間、突然の大きな音が響いた。


 ドンドンドン!!!ガシャーン!!!


 「おらぁ!お客様!大丈夫っすか?」


 勢いよく扉を蹴破り、黒い帽子と制服に身を包んだ男が飛び込んできた。


 「まさか私の監督者が初日で女の子を連れ込むなんてね……全く」


 しまった――。

 床に倒れたボタンが見える。滑った反動で落ちたボタンが、誤って警報を押してしまったのだろう。


 少年は警備員の顔を恐る恐る見る。

 ひとりは金髪青眼のツッパリ風少年、もうひとりは銀髪白眼の冷静な少女。


 間違いない――彼らは、少年が監督する2人の警備員だ。

 事前に書類で確認はしていたが、名前までは覚えていない。


 「ほら、行くっすよ」


 「話は署で聞かせてもらうわ」


 弁解の機会も与えられず、少年は強制的に部屋の外へ連れ出された。



  「部屋が同じ……? そんなこと、あるわけないわ」


 冷たく言い放つその声に、少年は黙るしかなかった。

 信じてもらえないのも当然だ。自分でさえ、未だに信じ切れずにいるのだから。


 目の前で調書を淡々と取る少女――サスティア。

 感情を排したような口調。時折、モニターの監視カメラを流し見しながら、指先だけが動いていた。

 黒の制服に袖を通した姿は、まるで整然とした機械のようだった。


 一方、警備室の扉の前。

 そこに腰掛け、口笛を吹きながら足を組んでいる少年――ダウス。

 「俺、走るのマジで世界一なんすよ!」

 などと意味不明なことを言っていたが、言動と裏腹に意外と状況把握は早いようだった。


 「見た感じ、彼女に手を出したわけじゃないようね。……かなりギリギリだったけど」


 冷静なサスティアの一言に、少年は心の中で深く安堵する。

 ここで誤解されたままだったら、本当に終わっていた。


 「いや〜、マジで良かったっすよ。

 いきなり初日で先輩捕まえるハメになるとか、トラウマもんっすわ」


 軽口を叩くダウスだったが、その顔にはどこか安心した色が浮かんでいた。

 

  「疑いも晴れたことだし、改めて自己紹介させてもらうわ。サスティアよ。これからよろしくね」


 「ダウスっす! 何かあったら、いつでも呼んでくださいっす!」


 一気に警備室の空気が和らいだ。

 この子たちが、僕の新しく担当する監視員なんだ。何だかちょっと、ワクワクしてくる。


 「僕の名前はアリエル! こちらこそ、よろしく!」


 しっかりと手を握り合い、いい雰囲気になったそのとき――

 サスティアがふと、小さく呟いた。


 「それにしても……何故、あの子がここに……?」


 「え……?」


 「……いや、何でもないわ。聞かなかったことにして」


 どうしても気になって理由を尋ねるも、彼女は守秘義務の一点張りだった。

 けれど、帰り際にこう忠告してくれた――


 「あの娘には特に注意して、大切に扱いなさい。 多分、貴方なら任せられるから」

 「しっかり彼女と向き合って、逃げないこと。……もしかしたら、彼女の方から――」


 そこまで言うと、サスティアは言葉を切り、静かに背を向けた。


 ガチャン。

 警備室の扉が、音を立てて閉まる。



 「愛してる〜♪」


 部屋の玄関を開けると、ミルナの歌声が響いていた。

 それは驚くほど綺麗で、何よりも心がこもっている。

 彼女、本当に歌うのが好きなんだな――そう思った。


 ここは邪魔しないでおこう。

 僕はそろそろと部屋に入り、静かに彼女の歌声に耳を傾ける。

 歌っている姿はまるで別人のように真剣で、どこか儚い。


 そっと、歌う彼女の近く――ベッドの側に腰を下ろす。

 彼女の一曲が終わるまで、微笑みながらただ静かに聴いていた。


 ふと、彼女と目が合った――その瞬間だった。


 「きゃああーーーーー!!?」


 ……。

 イタタタタ……。


 驚いた彼女が手からすっぽ抜けたマイクが、僕の肩に**ゴツン!**と直撃した。


 「……!!! ご、ごめん!!! 大丈夫!!?」


 ミルナが駆け寄ってくる。その紅い瞳が、どこか潤んでいた。

 たぶん、驚かせたことに本気で動揺しているのだろう。


 (また……泣かせてしまったな)


 「大丈夫だよ。ちょっと赤くなったくらい。それより、こっちこそ……ごめん。

  驚かせちゃったよね」


 僕の言葉に、彼女は目を伏せたまま、ほんの少し頷いた。

 しばらくして――


 「……全く! 趣味が悪いかしら! もう寝るわよっ!」


 頬を真っ赤にして、ミルナは逃げるように照明を落とした。

 ベッドの上に、ぽすんと倒れこむ。


 それに続いて、僕も隣に横になる。

 何も言葉はなかったけれど――


 きっと、彼女の中で何かが少しだけ変わった。

 何となくだけど、そう思う。

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