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新世のアリエーネ  作者: 創式浪漫砲༺艦༻
結婚相談所のアリエル
3/18

心音のすれ違い

 少年がお風呂に入って暫くしての事だった。

 

 『きゃあ!!?』


 何事かと振り返った時、少女はすぐそこのお風呂の扉を開けていた。

 しまったと思うも束の間、プルプル震えながら少女は慌てて扉を閉める。

 

 ドク……ドク……ドク……ドク。


 この音は自分の心音なのだろうか……?

 それとも彼女の……?

 扉を隔てて聞こえてくるような奇妙な感覚を少年は覚えた。

 

 少し落ち着いてきたかと思ったその時だった。


 『貴方一体何なのよっ!』


 扉の向こうで陰だけが見える。

 響いてきたのは彼女の怒り、どこか哀しい細い声。


 『も、申し訳……!!!』


 声を遮るように彼女が叫ぶ。


 『貴方、警備員じゃないわね……? ふざけないで! 通報してやるんだから!!!』


 途端に彼女の陰は消え、足音がどんどん遠くなる。


 いやだ……! 僕の……! 僕の部屋が……!!!

 冷や汗が止まらない。彼女はまず間違いなく僕を通報するだろう。そうなったら、どうなる!!?


 慌ててお風呂を飛び出し、タオルを片手に追いかけた。



 どうしてこうなったんだろう。


 『やっ……やめてっ……』


 肌と肌が密着する。

 お互いのタオル越しで。


 あれは、咄嗟の出来事だった。


 すぐさま少年はタオルを腰に巻き、風呂場から飛び出す。

 風呂場を右に曲がり、すぐの部屋へ。


 彼女が視界に入る。

 慌てて飛び出したのだろう。バスタオル一枚を羽織り、部屋の隅にある非常呼び出しボタンに手を伸ばしている。


 『お、お客様ーー!!!』


 必死の形相で少年は声を張り上げ、

 ──つるっ。


 気がつけば、取り返しのつかない状況になっていた。


 『っ……』


 少女はか細く呻き、紅い瞳に涙を滲ませる。

 今までの気丈な振る舞いが嘘だったみたいに。

 全てを諦めたと言わんばかりの顔。頬に、一滴の涙が流れて。


 少年はすぐさま彼女の側を離れると、両手と額を地面につけ、全力で謝った。



 ……。

 それにしても、あれは何だったんだろう。

 少年は、心に濃い靄がかかっているのを感じていた。


 扉を開けた瞬間、白い柔肌が、薄ら湯気と共に立ち上って見えた。

 その一瞬、鼓動が跳ね上がって、

 ──でも。

 彼女の肩に、少し赤くなった跡があった。


 彼女に、何があったのだろうか……。


 『……かしら?』


 『ちょっと! 聞いてるかしら!!?』


 いけない、考え事をしている場合ではない。

 慌てて、彼女の方を見る。


 少し落ち着いたのだろうか。

 彼女は脚を組み、ソファにどっかり腰を下ろしながらフンっと鼻を鳴らす。


 『今回のことは、大目に見てあげないこともないかしら! ただし、次からは嘘をつかないことよっ!』


 ──あの後、全力で謝って、事情を説明した。

 何とか、彼女の許しを得ることに成功した。

 今夜の楽しみにとっておいたアイスを差し出して、ね……。


 『しかし、困ったのよ……ここは私の部屋じゃないかしら』


 「どこか、お困りのことがありますか?」


 少年は尋ねる。


 どうやら彼女は、一人で気楽に過ごすためにこのホテルに通っているらしい。

 防犯設備が万全で、何かあればすぐ駆けつけてくれる。

 そんな“安心”が欲しかったのだという。


 ── (一応ここ、結婚相談所なんだけどな)


 はぁ、仕方ない。

 玄関ででも、しばらく暮らすか。

 そう考えて部屋を出ようとした時だった。


 『何、勝手に外に出ようとしてるかしら? レディを一人にするなんて、あり得ないのよ』


 ちょん、ちょんと指でリモコンを指差す彼女。

 一緒にテレビでも──彼女なりの、気遣いなのだろう。



 『はぁ……? これ、何なのよっ……!?』


 突然の声に、少年も目を見開いた。

 無理もない。テレビのどのチャンネルを回しても、映っているのは全て、うちの結婚相談所の様子なのだ。


 (おかしいな……部屋に来たときはバラエティ番組だったのに……)


 とはいえ、これはこれで妙に興味深い。

 特番らしく密着取材も入っていて、評論家まで登場している。



プロフィール

Aさん/40代/年収:非公開/職業:家事代行

希望相手

30代男性・年収600万円以上・家事スキル高め・見た目の良い人



 (あれ……どこかで見たことあるな……)


 ――Aさんに密着取材! なぜ結婚できないんダ!?スペシャル!!!


 レポーター:「さあ始まりました!『なぜ結婚できないんダ!?スペシャル』! まず最初の応募者はこちら、Aさんです! それでは早速お話を伺っていきましょう。Aさん?」


 A:「はい、よろしくお願いします! Aです」


 レ:「今回、この番組に応募された理由をお聞かせください」


 A:「はい……以前、『風恋婚活ペアリング』という相談所を利用していたのですが、なかなか理想の男性に出会えなくて……。

 正直、激辛相談って噂で内心ビクビクだったんですけど、でも、どこかで期待もしてたんです。

 それに……私の担当の方、偶然だったんでしょうか、とても優しくて……それが嬉しくて、どこかで満足してしまったんです」


 ――でも、それでは解決にならなかった。


 ドキッとした。

 間違いない。彼女は、僕がこの仕事を始めたばかりの頃に初めて担当した方だ……。


 レ:「なるほど……つまり、今回はしっかり解決したいと?」


 A:「はい……」


 レ:「では、評論家の○○さんにご意見をうかがいましょう!」


 評論家:「はい、Aさんのモヤモヤ、分析してみましょう。

 まずAさんのステータスは40代、年収非公開、職業は家事代行。

 そして希望条件は30代男性、年収600万円以上、家事スキルに加え、見た目も良い人……ですね。


 まず、お伝えしたいのは二点。

 ひとつは“条件設定”について。

 もうひとつは“共通価値認識”の必要性です。


 条件が多ければ多いほど、該当者は当然少なくなります。

 また、家事代行という立場で“主婦的役割”を望むのは自然ですが、それでいて高年収男性に全ての経済的負担を求めるのは、バランスを欠いていると言わざるを得ません。


 そして一番の問題点は“年収非公開”。

 これは、真剣に関係を築く上で信頼を損なう要素です。

 相手の情報だけを求め、自分は開示しない姿勢は、無意識のうちに相手を遠ざけてしまうのです」


 (……自分は、できているだろうか?)


 少年は胸を突かれるような思いがした。

 Aさんへの対応――あれも今思えば、未熟な自分に任されていたからとはいえ、至らぬ点だらけだった。

 そして、ミルナさんへの一件もそうだ。

 軽率な行動で、彼女を深く傷つけてしまった……。


 そう思った瞬間、ふと隣から声がした。


 『ふぅん、中々面白いのよ。でも……見るに堪えないかしら』


 そう言って、ミルナはリモコンをテーブルに置き、代わりに黒いタブレットを手に取った。


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