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新世のアリエーネ  作者: 創式浪漫砲༺艦༻
結婚相談所のアリエル
1/18

マッチ売りはもういない

 現代都市、アリエーネ。

 そう呼ばれてるけど、どこか嘘くさい街。

 昔、風生師っていう人たちが理想とか皮肉とかで喧嘩して、そのまま街になった……らしい。

 誰が言い出したんだか知らないけど、案外本当かもしれない。


 見た目は普通の街。けれど、歩いてみれば何かが動く――そんな気がする。



 アリエーネの端っこのほうで暮らしている少年、アリエル。

 空っぽみたいな顔で、今日も街を歩いてる。


 ここは風恋広場。昔は恋人たちが集まる場所だった。

 今じゃ、結婚相談所だらけ。夢もロマンも、どこかへ行ってしまった。


 焼き芋持って歩いてるカップルも、今は見当たらない。

 代わりにあるのは、大きな声と冷たい空気。


 「はぁ……」


 白い息が、空にふわっと消えていく。

 それでも少年は歩く。


 この街は太陽が滅多に顔を出さない。

 “常勝極夜” ――そんな異名で呼ばれて、オーロラが見えるってことで一時は人気だった。

 SNSとか新しい電車とかで人は集まり続けて、夜の街は光に埋もれた。


 でも今じゃ、星も見えない。

 人間の作った灯りで、空の川までかき消された。


 「今じゃマッチも売れないんだなぁ……」


 昔、少年はこの広場で何でも屋をしていた。

 靴を磨いたり、マッチを売ったり。

 少しでもお金を稼いで、病気の父さんにタバコのパイプを買ってあげるために。


 父さんは、最後に一言だけ言った。


 「面倒なことは煙に巻いて逃げてもいい。でもな、やるって決めたら……確定させろ」


 そう言って、ふぅ、と煙を吐いて逝った。


 きっと、今がその“やると決めた時”なんだろう。

 少年は道端の店を畳み、歩き出す。


 「……着いた」


 看板にはこう書いてある。


 結婚相談所 ーー 風恋婚活ペアリング


 最近流行ってる、大きな相談所らしい。

 “斬新なサービス”ってのがあるらしくて、ちょっとだけ話題になってる。


 少年は中に入る。

 赤いカーペット。受付に立つ、きちんとした女性。


 「いらっしゃいませ! 結婚相談所は初めてですか?」


 「……うん、まあ」


 「ではまず、氏名と電話番号、その他のご記入を――」


 「あの……」


 「……?」


 少年は少し黙って、深く息を吐いた。


 「……僕を、雇ってもらえませんか」



 希望条件:30代男性、年収600万円以上、家事スキル高め、見た目がいい人。


 「かしこまりました! 条件に合う方が見つかり次第ご連絡いたします!」


 ツー……ツー……ガチャ。


 ……少年は思った。

 どうして人は、そんなに高いものばかり求めるのだろう。

 この前の電話の相手、Aさんって人は40代で、仕事は家事代行らしい。年収は非公開。


 男も女も、自分より上の相手を求めてる。

 それが恋なのか、制度なのか、もうよくわからない。


 昔は――もっと違った気がする。

 足りないところは支え合って、心で埋めてた。

 でも今は、何もかも“条件”で決まっていく。


 少年がここで働こうとしたのは、ただの生活のため。

 金がなかった。それだけだ。

 マッチも靴も、今じゃ誰も見向きしない。

 ボロボロの姿で相談所の前に立って、見かねた受付の女性が服をくれた。


 あの時、少し泣いた。

 情けなさと、嬉しさと、何かよくわからない気持ちで。


 ――あぁ、心って、まだ死んでなかったんだな。



 この相談所、どうやら普通じゃないらしい。


 制服がない。

 みんな私服で働いてる。少年は別に気にならなかったけど、他の店だと珍しいことらしい。


 それから、接客が……すごい。

 親身ではあるんだけど、耳の痛いことも平気で言う。

 “お客様は神様”って感じじゃない。むしろ、客が怒られてるくらい。


 そして、一番びっくりしたのが――部屋を貸してること。


 それも、婚活専用のホテル。監視付き。


 ……正直、少年は「監視」ってのがよくわからなかった。

 プライバシー?センサー?キー認証?

 難しい言葉ばかりで、半分くらい意味は分からない。


 でも、とにかく安全には気を使ってるらしい。

 警備員もいて、何かあったら呼べるボタンもあって……。


 どうやらこのホテル、婚活のために作られていて、初日はランダムに相手と一緒に泊まる。

 2日目以降は、希望に沿って相手を変えるらしい。

 使い方は自由、とのこと。


 ……なんだかよくわからないけど、きっと便利なんだろう。



 「なんで、僕は働いてるんだろうな……」


 営業が終わって、手の中に少しの金。

 少年は帰る。風恋広場の、そのまた奥

 ――瓦礫の納屋。


 「いいなあ……あんなホテル、僕も泊まってみたいな」


 瓦礫を枕にして、目を閉じる。

 昔は、星がきれいだった気がする。

 けど今は、どこか儚くて。


 (都市が光を飲んだからかな……。高望みする気持ち、ちょっとだけわかるや)


 まばらに瞬く星を片目に、少年は――静かに、眠る。



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